自分の痛み感じるのは前帯状皮質ACCだが、他者の傷みを感じ取れるのは大脳皮質だそうだ。つまり信号が遮断されて大脳皮質の想像力が働かねば他者の傷みを感じないということだ。彼らには信号を遮断させてしまう何らかのトラウマがあるということなのだろう。‥‥なんとなく分かる気がする。
これは、例えば母親が赤ん坊の泣き声という表出を、知覚し大脳皮質で他者の<こころ>の「?」として想像し、帯状皮質感じる自分の<こころ>の「?」の感覚と摺り合わせながら、同じ<こころ>の「?」だと同定していく、共感というプロセスだと言っていいだろう。
言葉を発することの出来ない赤ん坊の<こころ>は、母親が想像して埋めるしかない。他者の<こころ>というものは、基本的に想像として構成されたものなのだろう。認知症が進んできて、言葉によるコミュニケーションに齟齬が出てきた自分の老母を見ていて、本当にそう思う。
【こころ】
「‥オドラデクは、人間とかかわりのない「小さなものの中での幸福」に包まれて、死ぬこともできずにひっそりと生き続けるだけである。その幸福にはもちろん言葉がない。しかしその沈黙は、一種の真空状態を作りだして、人間の、悲しみと区別のつかぬ「気がかり」を引き寄せずにはいない。」(川村二郎『アレゴリーの織物』講談社文芸文庫2012年)

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