【教会の日曜礼拝に「行く」ことについて】
土曜まできっちり働いて、日曜に朝早く起きて礼拝に行くの、正直きつい。
日曜の礼拝は「霊的に絶対必要」とか「週の初めの憩い」とか「主のもとで新しく力を受ける時」とか「クリスチャンの義務であり権利である」とか色々言われてるけど、いや体を休めるのも大切でしょ、と思う。
もちろん礼拝そのものを否定しているのでなく、日曜朝10:30以外の選択肢がないと、どうしても参加できない人もいるよね、という話。その点でオンライン礼拝はありがたいけれど、「オンライン礼拝など礼拝でない」と言われたり、確かに臨場感はないよね…と思ったり。礼拝はやっぱり(今のところ)「日曜に教会に行く」ことなのか。
それはそれとして、日曜礼拝を誰でも「休める」のは必要だと思う。
専業の人(礼拝奉仕が「仕事」の人)も必要に応じて休めるべきだし、まして兼業の無給の奉仕者が「休めない状態」なのは不健全きわまりない(うちの教会がそうだった)。「礼拝で新たな力を受ける」という言説(信仰?)は、それを妨げてしまうので良くないと思う(個人が「新たな力を受ける」のはそれはそれでいいのだけれど)。
自分は昨日(土曜日)は仕事が忙しかったし、20時頃帰ってきて食べて寝るだけだったので、今日は礼拝行かない。