川上弘美 著『ゆっくりさよならをとなえる』は、新聞や雑誌に連載された短い文章をまとめたエッセイ集。
本の話が非常に多いのが興味深かった。楽しそうに本を探し本に囲まれて本を読んでいる日々、こちらも思わずニコニコしてしまう。
ご本人曰く、"趣味といえば本を読むことくらいしかない"とのこと。今でもそうなんでしょうか。紹介されている中のいくつか、私も読みたくなってメモを取った。
どの文章も書き出しが良くて、そこでグッと掴まれる。テーマに対して端的であったり、自らの主張であったり、誰かからかけられた言葉であったり。
第一印象って大事ですよね、と思う。
まるで短い小説をいくつも読んでいるようだった。直接的な感情表現をしないことで、どんな思いだったのだろうと想像させてくれる余地がある。
淡々と穏やかに綴られた日々を読んでいくうちに、だんだん心が落ち着いてくる。日常のこと、読んだ本のこと、なんでもすぐには自分の感情を言い表せない時があるけれど、そのままでもいいのだと、なんとなく思えた。
漢字の開き方や言葉の選び方が影響しているのか、終始やわらかい雰囲気が漂っていて、けれどサッパリとしていて私にとって安心できるエッセイだった。
まるで小説みたいで素敵だなと思った箇所抜粋。
" 彼女は黙る。私も黙る。二人して考えをめぐらす。春の夜の温気が、店の中にも、入ってくる客たちの肩のあたりにも、柔らかくまとわりついている。
思い思いのタネを注文し、最後は二人とも汁のしみた大根でしめくくった。合計は五千四百円。店のがらり戸を開け、のれんをかきわけて外へ出た。月がまんまるだ。おぼろ月夜ではなく、くっきりとした春の月である。春のおでんだったね、と言い合いながら、駅までゆっくりと歩いた。何かわからぬ花の匂いが、夜の中を漂っていた。大根の味が、ほんの少し口の中に残っていた。"
(「春のおでん」より)