自分もそれがずっと謎だったんですけど一応の答えは島薗進氏の指摘と昼寝猫氏の考察、それと通俗道徳とがなるのかなと考えています。

>「反共」がほとんど宗教的信念のようになった。これは1910年の大逆事件、1925年の治安維持法などに遡って考える必要がある。「反共」と「国体」が結びついて、日本の右派的な世界観の核になった。「尊王攘夷」が明治期の戦争を経てここに転換していった。

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>文化宗教が国粋極右の下駄と仮定すると、本邦は余程の思考鍛練が無い限り成人の頃には生きてる事が右。これの国粋極右ブ―スタ―が個人宗教としての、稲盛や船井、松下イズム、スピでそれらに染まりやすい。勿論、新宗教、新新宗教にいく連中もいる。国粋極右バイパス多数で、国策化したのが清和。

自分自身の貧しさの原因を自分自身の努力不足などとし社会に解決を求めるのは悪であり恥であると自覚的・無自覚的かを問わずに広く共有されている。
社会に原因があると指摘するあらゆるものはこの社会観念を否定し、常識を揺らがせるため忌避される。

この社会観念・常識の中に「民主主義・基本的人権と構造的に対立する天皇制を宗教だと認識させないまま無意識・無自覚に信仰させる仕組み」が組み込まれている。

自分自身の貧しさの原因が社会にありその解決を社会に求めると「宗教だと認識させられないまま無意識・無自覚に信仰している天皇制」と「民主主義・基本的人権」との矛盾を突きつけられる。
だから忌避する。

ここまで考えなくても「民主主義・基本的人権そのものを胡散臭いものと捉えているがためにそれの擁護を主張する日本共産党やキョロ充ら以外の真っ当な立憲民主党、社民党なども胡散臭いものと考えて回避対象・攻撃対象とする」ときに、今の日本社会だとわかりやすいまとまり方が「反共」なんだと思う。

>現象としては安倍以降ですが、安倍的なるものの温存は逆コースの産物ですから、55年体制から。そして55年体制は戦前バックラッシュ含むので、近衛新体制辺りからですかね。令和は1930年代に似てますから。

twitter.com/tcv2catnap/status/

>令和社会は「劣等処遇原則」蔓延だから。それ通俗道徳の罠だから。

EVシフトの失敗で日本社会がボッコボコになる方が良いと自分は考えてしまう。

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