軍師 映画とパンフバレ 

天鬼は土井先生が山田家や忍術学園で過ごした記憶をなくした姿(幼少期の辛い経験だけを持っている)みたいなことをパンフで書かれてて、あのとき山田家に拾われなかったifの土井半助…って思うとウッ…てなる
天鬼は「土井先生がまったく変わってしまった姿」じゃなくて、「もしあのとき出会ったのが山田家でなかったらこうなっていた可能性がある」って考えられるので、逆にこっちのほうがゾクッとするところがある 「もし」を考えてしまって…
私、怪物事変で夏羽くんが「自分はあの時隠神さんに出会ったけど、もし隠神さんが悪い人だったら?悪いや悲しいやかわいそうが分からなかったら自分も(悪いことを)やっているかもしれない」って考えるシーンが大好きなんですけど、天鬼のifもそれと似たものを感じていて
それぞれ元来持ってる性格や気質はあれど、「もしあのとき出会うものが、与えられたものが違ったら、こっちに染まっていたかもしれない」っていう
だからこそ「あのとき出会えたもの」の尊さを改めて思ってしまうんですが…
何が言いたいかというと、あの時点から山田家に出会って今の土井半助になるまで、それは山田先生や奥さんもそうだし、自分を慕ってくれた利吉くんの存在も含めて、今の土井半助を形成した大きな時間だっただろうと思うんですよね

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からの利土井 

今の土井半助を形成してるのは山田家との出会いとそこで過ごした時間、忍術学園の先生になってからのたくさんの経験と思い出、それらで得た絆、たくさんあると思うけど、その起点に利吉くんがいたっていうのを改めて噛み締めてしまう
忍術学園に通うとかもなく、当時両親の他にきょうだいとか歳の近い友達とかもいなかったっぽい?(認識違ったらごめん)利吉くんにとって突然できたお兄ちゃんはものすごく大きな存在だったと思うし、そりゃ慕うよな…って思う
でも土井先生も利吉くんが慕ってくれること、目をキラキラさせて教えたことを喜んでくれるのが、あの時期の土井先生にとって確かに、少なからず救いでもあったんじゃないかなーって思う

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