"船員達は胴切りにしたトビウオの身に枸櫞(クエン)を絞り、上を向いて大口を開けるとつまみ上げた身をすとんと口の中に落として骨ごとかみ砕いて飲み込んでいる。
トビウオは透明に澄んだ身の詰まった淡泊な味で、すでに塩味があって酸味をつけるだけでちょっとしたご馳走になった"
高田大介「#図書館の魔女 第三巻 (講談社文庫)」p.234 Kindle版より
文字で読むからこそいっそう食欲をそそられる箇所……!
ここに登場する枸櫞(クエン)はシトロン、柑橘系の果物の一種である。
私は釣ったばかりの魚をそのまま捌いて食べる文化圏で育っていないので、正直なところ、引用部分と同じ光景が目の前で繰り広げられたら惹かれつつも尻込みすると思う。
しかし、小説に出てくるこの生魚の魅力的なこと。
海水と潮風によってもたらされた塩気、それをまとった艶めかしい透明なお刺身に、枸櫞の酸味が加わる。魚の身は果汁との対比でほんのり甘くも感じるに違いない。
慣れるまでは喉に引っかけてしまうという小骨も、現実なら食べにくいことこの上なさそうだが、こうして文章に書かれていれば食感に適度な歯ごたえを添えてくれる存在となる。
やがて食道から胃袋へ、つるりと滑り落ちていくお刺身の冷たさ。