『怪獣保護協会』のジェンダーアイデンティティの翻訳1
-ジェイミーは一人称「わたし」で男性的な口調と行動。
-ニーアムは一人称「あたし」でthey代名詞は翻訳されず、すべて名前に置き換えられています。確かに「あたし」も男性が使用し得る一人称ですが、若者キャラなので、性別不明だったと気づきにくいです。
-翻訳者後書きで上記が種明かしされていますが「(ニーアムは)代名詞としてtheyが使われているのでトランスジェンダーと思われますが」と書かれています。これは正確な情報ではありません。
-theyはノンバイナリーそのほかのジェンダークィアの人が選択することもある代名詞です。ジェンダークィアではなくても選択する人もいます。また、ジェンダークィアがトランスジェンダーという自己認識かどうかは人それぞれです。詳しく知りたい人にはエリス・ヤング『ノンバイナリーがわかる本』(上田勢子訳、明石書店)をおすすめします。
-ニーアムの口癖の呼びかけmateが「兄さん(ルビ:メイト)」と翻訳されていますが、おそらくbroやmanと違って性別のない呼びかけ言葉だからmateが用いられているので、ジェイミーに対する呼びかけが「兄さん(メイト)」なのは、読者を誤誘導してしまうと思います。
余談
「そんな細かいことにこだわるの?」と思われる方もいるかもしれません。
しかし、せっかく日本ではまだ貴重なジェンダークィア(かもしれない)キャラクタが登場する本なので、その表象や正確性はがんばってほしいところです。
本書の場合は著者の配慮や意図があり、そもそもコロナ禍中が舞台で非常時にどういう人たちが困窮しがちだったかを複数の観点から書いているのです。例示すると;
主人公ジェイミーは友人の男性同士カップル(うち1人はトランス男性)と同居しています。劇場に勤める二人はコロナ禍で収入を失い、貯金も少ないため、しかたなく理解のない家族を頼ろうとしています。ジェイミーは友人たちとの生活を守り、奨学金を返済するために働き口を必要とします。
なお、男性同士のカップルはもう一組、チョイ役で一瞬登場します。
ジェイミーやニーアムと共に活躍する同期入社の仲間たちは、推定インド系女性や推定マオリ系ニュージーランド人男性です。ジェイミー以外は理系で博士号もち。みな、収入のために妙な仕事に飛びつかざるを得なかったわけですね。