この時点でサンジはチョッパーと出会ってすぐで過去も知らんし、そもそもチョッパーへの気遣いで「あいつもバケモノだ、お前だけじゃない」って意図だとサンジもバケモノって言葉にネガティブな印象を持っていてチョッパーにマイナスイメージを抱いてることになるじゃん。
そうではなく、バケモノという言葉自体をマイナスに捉えておらず、その前にチョッパーをバケモノ呼ばわりしてたのも否定や差別ではないって意味合いでは。
140話のチョッパーをバケモン呼びした直後のサンジとルフィの会話が
「(略)バケモノで……」
「いい奴だ!おもしれェっ!」
「サンジ!あいつ仲間にしよう!!」
なのもあって、あそこは「気遣ってあえてバケモノと言った」よりも「バケモノでも気にしない人がいる」ことにチョッパーが自身の価値観に衝撃を受けてる場面かなって。
いうてこれは読解よりは解釈寄りの話かも。
ともあれこの言い回しが出来るのが優しいというのは確かに正しいので「一つの場面や台詞に複数の要素が含まれることもある」と考えるようにすると良いかなって。
最後のまとめが気に入らないのでもっかい言及しとこ。
ここの場面で見せたいのは「チョッパーが『バケモノ』を受け入れてくれる人がいることを知って心情に変化が生じる」ことであって、「サンジが優しい」では無いって話。
主題(チョッパーの心情変化)を描く過程で関わったのがここではサンジだったから彼の思考や行動方針に則ってシーンを作るとこうなる、なのよな。
だから「サンジの優しさを汲み取れるコマ」ではあるけど「サンジの優しさを描くためのコマ」ではない。
あくまで副次的な要素なのにそこだけに注目されると本来の演出意図のほうを読み取っているのか疑問に感じてしまう。
話題がサンジについての場だったり理解していてもわざわざ口にしていないだけの可能性も十分あるから上記を前提に話しているなら良いんだけど、そうでない人もいそうな感触があるのが嫌というか、良い内容なのに把握せずにいるのもったいないなと思ってしまう。