わたしはマンガ読みなので、大衆アートの即脳に来るアプローチ(暴力とかエロとか)や消費に特化したキュレーションとかを愛してるけどさ、
日本の一番の芸術の学び舎でしょう?
サイトを見てみても歴史的な批判もジェンダーの視点も「作られた遊女表象」の批判もなく、マジのマジで「一生懸命ゆかりの品を集めてきたよ!楽しんでねー!」みたいなノリで遊女がキラキラデコレーションされていて
そこに批評がないなら、そんなもん民間企業とかにやらせればいいんじゃないですか。
「名品の数々で体感する吉原ワールド」って、梅毒でも体験させてくれんの?借金取りに棒でぶっ叩かれたりすんのかな。
3月公開、ぜひぜひ春の上野に搾取&抑圧の徒花を咲かせてほしい。
「食事が満足にもらえないので焼き芋を自分で買って飢えを凌いでいる」「苛烈な暴力(仕置き)を受けている」(p150)「遊女の身体そのものが土地や建物と同様に担保商品として扱われており」(P139)
キレイkawaiiで終わらすのは無理だぜ!
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784907986162
ちょっとね、まさにいま、こういう本を読んでいて。二十世紀の話なんで吉原とは少しズレますが。
P22
いわゆる〈男性〉文学者たちが遊郭通いをするなかで描き出したどこか哀愁の漂う遊郭のイメージを離れて、(中略)かの女たちがおかれていたのはほとんど絶望的ともいえる過酷な状況であった。
(山家 悠平著『遊廓のストライキ―女性たちの二十世紀・序説』株式会社共和国、2015年)
性売買を行う場所にまつわる展示をするなら「で?遊女のイメージって誰が作ったの?誰に都合よく?」という批判は絶対に行われなければいけなくて、
それをただただ、「キレイステキkawaii」でキュレーションするの、それはどーゆー気持ちでやられてるんでしょうか、というのは