「教育と愛国」見てきた。
割と知っていることばかりだったけど、時系列で次々に当事者の語りもはさみつつで見ると喰らう部分となるべくしてなってるんだなという感じ。もちろん肯定ではない。

維新が極論を言って(る体で自民党の押し進めたいことをアピールする)というのは安倍が悲願の教育基本法に手を入れたときからずっとなんだな。やっぱり野党第一党にしてはいけないね。維新が野党第一党になったら参政党が今の維新の役やるよ。国民民主党は中途半端にお行儀が良いから無理。

終わったあと、感想を述べ合うコーナーで「政権交代しよう!頑張りましょう皆さん!」みたいなこと言って拍手されてた人がいたけど、それもきつかった。呑気か。正義対悪って単純な物語はもう捨てようよ。と、言いたかったけどこの上映会を教えてくれた職場の先輩が一家で来て隣に座ってたのでむむむーってなってた。むむむー。

高齢の女性が(戦争経験者)、当時受けた教育の話とこの映画が重なると言って、絶対あの頃の教育に戻しちゃいけません!って力を振り絞って発言して(その後へたり込んでた)それはとても良かった。最高でした!って言っちゃった。

しかし、理解増進法可決後にスポーツって言い出した現在まで一直線で繋がってる。考えてないやつは強い。そして、そんな奴らのスイッチが入るのが、人権、関東大震災(での虐殺)、日中戦争、従軍慰安婦、強制連行、沖縄戦。加害の歴史を学ばせないこと。

だったら我々は逆を行けば良いんだよね。

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昨日の参政党のヘイトデモ行進の写真が🐦に沢山流れてて、大きな「日本の伝統を守ろう」という段幕と「女性と子どもを守ろう」という沢山のプラカを見て思ったけど、本当に繋がっているなと。
彼ら(デモ参加者の大半はおじさん)の言う「日本の伝統(≒家父長制)」を守る中で守られる「女性と子ども」なんだろうなと。

家父長制社会における女子供は「所有物としての女子供(妻子)」と「共有物としての女子供(消費材)」しかいない。よって、自分たち(俺たち)が所有も消費も出来ないジェンダーやセクシャリティは存在していない。存在してはいけない※。
彼らは実存としての女子供の安全や、女子供を現実に受ける被害から守ろうと言っているのではなく、自分たち(俺たち)の「所有物」と「消費材」を守っている。そこに女子供の人権も主体もない。

「日本の伝統を守ろう」という言葉に含まれる戦前回帰のような思想と家父長制の存続。
自民党が与党という建前で公に言えない部分を維新や参政党が補って訴えているのだろうなと思うけど、これは「教育と愛国」でも描かれていた通り、自民党内の極右とその強力な支持者たち(日本会議、統一協会、神社本庁など)が、訴えて来たことでもある。

※なので、移民・難民との共生、夫婦別姓、同性婚、全て許さないわけだと納得できる。

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