安田 菜津紀さんがしっかり書いておられた。
『この虐殺は、恐怖や不安が蔓延した「非常時」に人々が陥る「集団の狂気」「群集心理の弊害」と評されることがある。けれども当時のことを知るほどに、「群集心理」という文脈だけには回収はできないと感じてきた。1932年、現在の岩手県陸前高田市矢作町では、「平時」にも関わらず、朝鮮人労働者を襲撃、惨殺した事件が起きている』
『関東大震災当時、警察に自ら出向き、朝鮮人を殺害した「恩賞」を求めた者までいた、という話も残っている』
『善良な人間が混乱の中で「衝動的に」動いてしまったというよりも、植民地支配という構造的な力関係の中、朝鮮半島出身者を見下げ、差別する「土壌」がすでに、日本社会に出来上がっていたのではないだろうか』
【エッセイ】ヘイトスピーチとホロコーストの間を生きる 関東大震災から100年の地平に立って
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