『柔道龍虎房』、黒澤明の『姿三四郎』という元ネタからよくここまでオリジナルな物語を生み出したなあと感心してしまう、物凄く奇妙で美しい映画。肉体も精神も自分の意思を離れて運命も儘ならず、それでもすべてを受け入れた先にある清澄な地平を見せてくれるのでドバドバ泣いてしまう、ジョニー・トーってめちゃくちゃ乾いて残酷な映画も撮るけどこういう厳しさと優しさが両立した映画も撮るから本当に好き。
場末のカラオケバーで雇われ店長兼ギタリストとして暮らし、アルコールとギャンブルに依存しているかつての天才柔道家・シト・ポウ(ルイス・ク―)の元に「対戦してくれ」と頼む青年トニー(アーロン・クォック)と歌手志望の若い女性シウモン(チェリー・イン)がやってきて……という話で、この三人の関係がとても良い。はじめ信頼も危うかった打算的な関係が、つかの間だけどかけがえのない関係に変化していく。怒りや侮りといったマイナスの感情が、結果的にそれぞれを動かして信頼に変化していくという描き方も意表を突かれる。そんでヒロインのシウモンがかなりがめつくて図々しくてしぶといキャラクターで、男性二人とも対等な関係を築いていくから爽快で、後半にかけてどんどん美しいエピソードが描かれる。ジョニー・トーは女性に変な夢抱かないとこが良い。
『姿三四郎』『續姿三四郎』に対しては最大の敬意が払われていて、作品内でも引用されているんだけどこんな引用の仕方する!?ってめちゃくちゃ驚く。特に賭場でシト・ポウが大負けして、シウモンがその場の金掴んで逃げ出して二人で駆けてくうちにお金をばらまいて追いかけてきた賭場の用心棒と一緒に札を拾う……という描きようによってはトンチキにもなるエピソードのBGMが抒情的で美しく(ジョニー・トーって音楽の使い方独特だよね…)って思ってたらおそらく『姿三四郎』の中でも相当有名なエピソードが男女逆転で描かれて、映画館で見たときもひっくり返るかと思ったけど再見しても凄かった、元ネタが恋の始まりを予感させるエピソードだったのに、修羅場から逃れるための物凄く乱暴な応急処置になってて、それでもここを起点に主人公が変化し始める重要なエピソードとして描かれてる。主人公の前に現れる柔道家が暗黒街のボスだったりカラオケバーのオーナーだったり、途中の乱闘場面が全員柔道経験者で互いに投げ合ってたりして、対戦相手が変わり者ばっかりなのも『續姿三四郎』を思い出せば納得がいくし、多分シト・ポウの師匠の息子のモデルはあの人だろうし決戦の場所もライバルが勝敗よりフェアネスを取る結末も、敬意に溢れて素晴らしい。