「人権状況の改善」についての簡単なメモ。

我々を取りまく世界の人権状況を改善するやり方は複数ある。

(1)各国の憲法、法律に人権を組み込み、各国の司法・行政が法により人権を守る

(2a) 国際人権法(世界人権宣言、国際人権規約、各種人権条約)を根拠に、国連機関、NGO、欧州議会、米国国務省のような影響力ある団体が人権問題を言語化・文書化し、国境を越えて問題解決を促す

(2b) 国連機関、NGOなどの団体が、食料援助、選挙協力、難民キャンプ支援、その他インフラ支援(学校/病院の運営や井戸、上下水道の整備など)の形で国境を越えて人権状況を改善する直接的な活動をする。WHO、ユニセフ、ガザで注目集まるUNRWA、UNHCRなど。NGOではアムネスティ、ヒューマン・ライツ・ウォッチなど。

(3) 「ビジネスと人権に関する指導原則」やESGの指標の形で企業経営に人権を組み込む

(4) SDGsインパクト投資のような形で、投資家が人権状況を改善する方向に資金を流すよう影響力を行使する

あの手この手で、少しずつ人権状況改善の取り組みは強化されている。
レッシグによれば、人を動かす手段は法、規範、アーキテクチャ(コード)、市場の4つ。(1)は法、(2)は実質的に規範、(3)と(4)は規範&市場か。
(続く

以上に加えて、規範を市民に広めること、つまり「理性を持ち人権を守りましょう」というアイデアを市民に広めるやり方がある(いわば「新しい啓蒙」。いくつか派閥がある)。

アマルティア・センは規範の重要性を強調する。ザルの目を細かくし、なるべく多くの人権問題を拾い上げるには「目玉の数が多い」方が有利だ。

当たり前すぎて見過ごされがちなことだが、最もキャパが大きな人権擁護機関は各国の行政だ。その一方で、人々の人権を最も大規模に侵害している主体は各国の法執行機関(警察、入管、刑務所など)と治安維持部隊。これは大きな矛盾だ。

理屈の上では政権中枢が人権のアイデアを重視し、司法や行政の現場に人権のアイデアを浸透させることが最も効果が大きい。しかし……

日本国の場合、政権与党である自民党の中に堂々と「人権を撤廃したい」と唱える政治家がいる。政権与党に影響力を行使してきた統一教会や日本会議も人権が嫌いだ。統一教会系の論客は「人権を教えると家庭/教室が崩壊する」と堂々と主張する。そして自民党が憲法改正を進める狙いの一つが人権を無効化すること。
(続く

21世紀に入ってから、自民党政権は男女共同参画の骨抜き、子ども庁から子ども家庭庁への改名、夫婦別姓への反対、同性婚への反対、LGBT法骨抜き、共同親権の導入など、各分野で人権バックラッシュ(人権への逆行)をじわじわと進めている。

日本の司法も、伝統的に人権への態度はかなり消極的だ。日本国憲法が定める人権の規定は「企業対個人の私人間契約には適用されない」「外国人には適用されない」という最高裁判決が判例となり、その後の司法判断を消極的なものとし続けている。

2023年に来日した国連人権理事会ビジネスと人権作業部会は、ミッション終了報告の中で「日本の裁判官への人権研修を推奨する」と明記した。国際人権法の専門家らから見て「日本の司法はまずい」と認識された訳だ。

一方で、ビジネス分野は人権状況の改善が進んでいる。

ジャニーズ問題があれだけ大きくなったのは「ビジネスと人権」の枠組みのおかげだ。企業はサプライチェーン全体での人権状況改善が求められている。つまり特定の会社内に留まらず、取引先企業を含めた国際的なネットワーク全体で人権を守るよう求められている。これにより、企業に人権を守るよう求める圧力が国境を越えて作用する。
(続く

ユニクロはサプライチェーンからウイグル強制労働に由来する製品の排除するよう求められた。ジャニーズ問題は、ジャニーズタレントをCMに起用するスポンサー企業のコンプライアンスに抵触することが、問題解決に向けて動いた大きな要因だ。企業におけるパワハラ、セクハラが問題視されるのも、「大きな人権問題を抱えた会社は、コンプライアンスに抵触するため他の企業から取引を切られる可能性がある」という側面が大きい。

日本はいま変な国になっている。前述したように政府の動きでは人権バックラッシュ(逆行)が激しい一方で、国際基準で動くビジネスの現場ではますます人権に配慮した経営が求められている。

日本の人権状況改善という課題の中で見れば、下手をすると司法や行政よりも、企業(残念ながら主に大企業に限られるが)の方が先進的、という構図が定着する可能性すらある。

(以上の投稿は、下記のBlueskyへの投稿を一部手直ししたものです)
bsky.app/profile/akiohoshi.bsk

追補:
本文に補足すると、外国人の永住許可取消し法案、相次ぐ政治家によるヘイトスピーチ、これらも非常に重大な人権問題と認識しています。

国際人権規約委員会の審査で日本が指摘された数百項目におよぶ改善点の大半を日本政府が却下し続け、特に国内人権機関の設立を拒否し続けていることは大きな問題です。

一部の大企業では人権状況が進みつつあると指摘しましたが、もちろん「やったふり」——人権活動や環境配慮を行っていると主張しながら実態が伴わないいわゆる"ブルーウォッシング"——を警戒する必要は常にあります。政府や企業を観察、監視しつづける必要があることは言うまでもありません。

人権は「あるべき姿」であり、現実との間には常に(大小の)乖離があります。その意味で「人権は建前にすぎない」といった見方をする人もいるかもしれません。

しかし、人権はただの建前ではありません。「あるべき姿」は国際人権法として明文化されています。世界人権宣言は国連加盟国の共通の理念です。そして多くの人権条約を日本政府は批准済み。「日本は人権を守る」と国際社会に向けて約束済みであり、約束を破るなら非難や制裁を覚悟しなければならない。国際社会の善良な一員であるためには、人権を守り続ける必要があるのです。

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付録:

日本の司法が人権に消極的で知識も乏しい件についての資料。

●国際人権規約の活用と個人申立制度の実現を求める宣言(日本弁護士連合会)より

"国際人権(自由権)規約委員会によれば、同規約2条は、各締約国政府に対し、同規約をすべての行政・司法機関並びに個人に周知させる義務を課していると解されている。また、日本国憲法98条2項は、条約の誠実遵守義務を定めている。しかしながら、日本国政府や最高裁判所は、明らかにこの周知義務を怠っているため、一般市民はおろか、司法権を担う裁判官にすら同規約が周知されていないのが実情である。"
nichibenren.or.jp/document/civ

●「国連ビジネスと人権の作業部会訪日調査、2023年7月24日~8月4日ミッション終了ステートメント」より

"私たちが確認した重大問題の一つに、UNGPs(国連ビジネスと人権に関する指導原則) や、LGBTQ+の人々に関するものなど、事業活動の関連で生じるさらに幅広い人権問題に対する裁判官の認識が低いことが挙げられます。これに対処するため、私たちは、裁判官や弁護士を対象に、UNGPs に関する研修を含む人権研修の実施を義務づけることを強く推奨しま す。"
ohchr.org/sites/default/files/

●国際人権規約 自由権規約 第2条
1 この規約の各締約国は、その領域内にあり、かつ、その管轄の下にあるすべての個人に対し、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位等によるいかなる差別もなしにこの規約において認められる権利を尊重し及び確保することを約束する。
2 この規約の各締約国は、立法措置その他の措置がまだとられていない場合には、この規約において認められる権利を実現するために必要な立法措置その他の措置をとるため、自国の憲法上の手続及びこの規約の規定に従って必要な行動をとることを約束する。

●日本国憲法 第98条2項
日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。

●国連「ビジネスと人権に関する指導原則」
英文(PDF)
ohchr.org/sites/default/files/

日本語訳
unic.or.jp/texts_audiovisual/r

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