●人権を擁護する立場の意見
- テレビは勝ち組の集まりだった。弱者の視点や他者をおもんぱかる力が無意識の内にずれてくる。一人一人が弱者に寄り添う人生観を持つことが港社長の言う“愛”なのでは
- 視聴者、出演者、取材対象者だけでなく、テレビの番組制作に携わる人々の人権にも目を向けてほしい。自身の人権を守られていないスタッフが、テレビの向こうの人の人権に敏感になれるはずがない
(感想:これは正論。現場の人々の人権を守ることから始めるのは正攻法といえる。「ビジネスと人権」の原則に照らすと同じ意見に落ち着く)
- 関東大震災では誤報が人々の思想を先導し、誤った思想に基づいて大勢の命が奪われたという悲惨な過去がある。その過去は絶対忘れてはならない。テレビ報道はSNSがどうであろうと、真実しか放送しないということを固く守ってもらいたい
(感想:これは大事。フェイクニュース、ヘイトスピーチを流さないことはメディアとして最低限のモラル)

こう見ると、いい話とひどい話の両方が含まれていました。「両論併記でアリバイを作ったが、本音はこうだよね」みたいな運用にならないことを願います。

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フジテレビの「番組審議会」で感じた懸念を言語化しておきたい。

人権擁護という課題に関して「中立」や「両論併記」を装うことは、倫理に反する。

そもそも日本国憲法は、国が人権を擁護する義務を明記している。そして国際人権法の多くの条約を、日本は批准している。

すなわち、日本の人々は人権を守る義務があるのであり、人権を守る、守らないの立場には、「中立」や「両論併記」はありえない。

すべてを相対化する相対主義は、倫理の崩壊を意味する。

世の中の価値観が多様化し揺らいでいると憂うのであれば、だからこそ世界が共有する倫理規範であり国際法である「人権」を守ることが求められるだろう。

反人権言説は正義に反する。同様に人権に関する「両論併記」も、正義に反する。
fedibird.com/@AkioHoshi/111924 [参照]

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