(承前)「われわれはこのような議論から、まず第1に、パーソンズの精神分析学への関心が学生時代にまでさかのぼることのできるものであったことに気づく。ただしフロイトについては、『性を非常に強調している』点で、『われわれの目的には重要でない』としていることも、のちの彼のフロイト評価との関連で記憶にとどめておきたいと思う。同時に、こどもの社会化にかんする議論が展開されていることにも、注目しておかなければならない。後年の理論展開が、学生時代の関心に端を発しているとみることができるからである」47頁
「パーソンズは第1レポート[1922年]の最後に、文化に影響を与えるそのほかの2つの要因について、さらに検討をくわえている。その第1は、『地理的状況や気候などの、完全に外的な影響』であり、第2の要因は、『遺伝と人種的差異という、非常に論争的な問題』である。この2つの要因はいずれも、人間の主体性に制約をくわえる所与的要因と理解することができるが、パーソンズは、この2つの要因を『規定因』とみなすことに強く反対する。第1の地理的要因が文化に影響を与えることはいうまでもないが、しかしながら人間は動物に比して、『環境条件に適応するより大きな力』をもっている。…
パーソンズによれば、第2の『遺伝と人種的差異』にかんしても、同様に考えることができる。とくに『遺伝と人種的差異』にかかわる『現代の遺伝学は、非常に新しいもので、むしろ萌芽状態にある』ことを忘れてはならない。したがって『これまでのところ、そのうえに理論を基礎づけうるような明確な証拠は、ほとんどない』。メンデルの遺伝法則にしても、『最も単純なかたちで染色体の遺伝図式』を示すにとどまっている。人間にそれを適用しうるのは、色盲などの非常にかぎられた現象についてのみである。精神薄弱といった現象を、そこから説明することは困難である」51頁→
(承前)「こうしてパーソンズは、心理学者ゴッダードの有名な『カリカク家』の研究に、批判的に言及する。ゴッダードは、カリカク家に精神薄弱と犯罪が多発していることを根拠にして、『犯罪への傾向は明らかに遺伝的である』と結論づけている。だがパーソンズによれば、パーソナリティの一般的弱さや混乱傾向が遺伝的であったとしても、『犯罪や売春の直接の原因は、社会的条件に求めなければならない』。しかもこうした議論が一般化され、特定人種の優劣にまで拡大されるとすれば、ことは重大である。『この問題は、こんにち最も激しい議論の主題となっており、それゆえ二重に注意深いアプローチを必要とする』。
この論点についてパーソンズは、そもそも人種間の『優劣を判断しうるなんらかの信頼しうる基準を見いだすこと』は、困難であると主張する。むしろ人種間の優劣を論ずる議論は、ウォルター・リップマンがのべているように、恣意的な判断であり、偏見をともなったものであるとみなければならない。『白人人種が黒人人種よりも優れているとか、適応能力が大きいということさえ、証明することはできない』。このような先入見は、非常に重要な結果を生みだすこととなろう」51-2頁
「彼[パーソンズ、1923年]は、『モーレスの進化過程』の検討にのりだす。そのさい、『進化論の進化』という観点が強くうちだされていることにも、留意しておかなければならない。進化論という理論図式そのものも、進化すると考えられ、思想史的アプローチが示されているからてある。
パーソンズによれば、『中世においてモーレスは、大多数の人々に疑問なく受けいれられていた』。それが拒否される場合でも、『モーレスが継続的に変化する』とは考えられていなかった。『進化論的観点』と『それを倫理的・道徳的行動に適用することとは、19世紀後半の生物学におけるダーウィン主義運動と、明確に結合している』。だが『ここ5年ほどのあいだの、この問題にかんする最良の文献にあらわれている思想は、40年ないし50年前のそれとは、かなり異なっている』。『進化論の進化』を考察しなければならないゆえんであるという」57-8頁→
(承前)「『初期の進化論の顕著な特徴』は、『いわゆる進化を、あらかじめ運命の定められた1つの方向への継続的な漸進的変動と想定する』ところにある。それは『単純なものから複雑なものへ、アメーバーから人間への変動過程』であり、『ほとんどつねに強力な人種の発展』に終わるとされていた。『だがこうした命題は、問題をあまりにもひどく単純化しすぎた誤りであると思われる』。それは『経験的事実というよりもむしろ、感情的偏見に適合的な』、『モーレス』の結果であるとみなければならない。 近年の生物学研究、とりわけ遺伝学においては、『ドグマ的な主張は非常に少なくなり、多くは試論的な仮説となっている』。すなわち『多少とも不規則な期間に、明確に理解されていない方法で、むしろ急激な変化ないし突然変異があらわれる傾向』を強調する。この突然変異によって発生した種のうちどれが生き残るかは、それが発生した環境条件に依存すると考えられる。したがって単線的進化という図式は成立しえない。そもそもダーウィンは、ドグマを排して『驚くべき量の証拠を蓄積した』。『ダーウィンの名がドグマ的な単線的進化論と結びつけられたのは、大部分彼の信奉者の責任である』。『ダーウィン主義は、思想がモーレスによっていかに歪められるかの典型的事例をなしている』」58頁→
「ヘンダーソンの主催する『パレート・セミナー』にも、ふれておかなければならない。ヘンダーソンは、ハーヴァード・メディカル・スクールを卒業し、母校の教授として、生理学・生化学・生物学・物理化学・科学史などの広範な領域の研究を推進した、高名な自然科学者である。彼は、同僚の生理学者キャノンのホメオスタシス——すなわち、生物有機体が体内の安定性を維持しようとするメカニズム——の研究に、強い関心をもっていた。…
このセミナーを通じて、1930年代のハーヴァードでは、『パレート崇拝』といわれるほどパレートが流行した。このセミナーの影響を最も強くうけたのは、当時大学院にはいったばかりのホーマンズである」88-9頁
「この時期[1935〜6年]にフロイトと本格的にとりくんだのは、『ホーソン実験』で有名な精神分析学者エルトン・メイヨーの勧めにしたがった結果である」125頁
https://fedibird.com/@9w9w9w9/109405423177496462 [参照]
「『[文化の]収斂理論は、生物の進化における生物発生法則とよばれるものと、緊密に関連している』。後者は、単細胞からの生物学的発展の途上にある個体が、原生的状態からその種が通過してきた諸段階を、実際に再現すると仮定するものである。これに対応する人類学的仮説は、すべての文化が文化的進化の同一の諸段階を通過すると想定する。この場合異なった文化間の差異は、進化過程の異なった段階のそれとして説明されることになる。『生物学においてこうした考えは、非常に一般的な意味でのみ、真理と認められているだけであり』、具体的にはさまざまの変異がしられている。これと同様に文化的進化についても、『非常に広いアウトラインとしてのみ』、諸段階の継起的発展を認めることができるにすぎないと、考えなければならない」49頁