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読書備忘録『ウィトゲンシュタインの愛人』 

*国書刊行会(2020)
*デイヴィッド・マークソン(著)
*木原善彦(訳)
実験小説と聞いてぼんやり想像する方向性は不完全ながらもある。でも『ウィトゲンシュタインの愛人』の実験性は想定外だった。物語の概要を説明するにも、明確な起承転結が設けられているのではなく、大きな謎が解き明かされることもないのだ。はっきりしているのは、人類最後の一人となったケイトという人物の独白であること。地上から人類が消えた理由も、ケイトだけ生存している理由もわからない。海辺の家で孤独な日常を送る彼女の語り口は淡々としている。正確にはタイプライターで書かれた彼女の文章だ。過去には生存者を求めて捨てられた自動車を乗り継ぎながら各地を旅したこともあった。その旅路の果てにあったものはタイプライターだった。即興的な彼女の文章は脱線と跳躍を繰り返し、話題は時間軸を無視して自由奔放に飛びまわる。家族の話を語っていたら洗濯物の話に移り、旅の話からウィリアム・ギャディスの話に変わる。自由連想法を思わせる想像の跳躍は物語の欠片を落とし、呟きを寄せ集めたような不思議な小説世界を構築していく。

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