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読書備忘録『トニオ・クレエゲル』 

*岩波文庫(2003)
*トーマス・マン(著)
*実吉捷郎(訳)
月並みな言葉ではあるが、身につまされるような、痛いところを突かれたような読後感がある。クレエゲル名誉領事の息子であるトニオ・クレエゲルの遍歴を辿り、芸術家と俗人の対立を浮きあがらせるとともに、どちらにも属することのできない人間の苦悩を表現した『トニオ・クレエゲル』は世紀をまたいでも色褪せることはない。青春期は持ち前の芸術家気質が祟り、少年と少女との恋愛に失敗する。ところが後年作家となったトニオは、胸の奥底でくすぶる俗人に対する憧憬をおされられなくなっていく。凡庸な日常を捨てて美を追究する芸術家と、凡庸な日常に幸福を見出す俗人。その世界観は相反するものであり、トニオは芸術家と俗人の狭間で煩悶することになる。対立する思想や共同体の板挟みに陥ることは往々にしてある。現代日本の読者が本作品を読んで「まるで自分のことが書かれているようだ」と思うのも、トニオの苦悩が普遍的なものだからといえる。なるほど。こう解釈すると女性画家リザベタ・イワノヴナがトニオを「踏み迷っている俗人」と断言したのも頷ける。

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