フォロー

読書備忘録『けものたちは故郷をめざす』 

*岩波文庫(2020)
*安部公房
新潮文庫版の絶版で入手困難だった安部公房の初期長編小説が岩波文庫で復刊。意外にも岩波書店が安部公房の単著を出版するのは初めてらしい。岩波文庫入りの経緯に興味津々ではあるが、理由は何であれ復刊はありがたい。舞台は大日本帝国とともに消滅した戦後の満州。ソ連軍と八路軍と国民軍の入り乱れていた時代である。その中、親切なロシア軍人に保護されていた久木久三は、まだ見たことのない祖国日本に憧れて出立することに。ところが乗車した列車が襲撃を受けて、寒空の下に放りだされてしまう。ここから彼は瀋陽を目指している高石塔という中国人と荒野を放浪することになる。この物語の大部分を占める放浪の場面は寒気と空腹を覚えるほど濃密に描かれているので、未読の人には覚悟を決めてかかることをおすすめする。雪と氷に閉ざされた荒野。押し寄せる飢餓と極寒。同行者との衝突。過酷な自然界は文明から隔絶されているばかりでなく、国家の概念すら寄せ付けない空虚さで満たされていて、現実と幻覚の境は曖昧なものに変化する。その卓越した表現法は素晴らしいの一言に尽きる。

ログインして会話に参加
Fedibird

様々な目的に使える、日本の汎用マストドンサーバーです。安定した利用環境と、多数の独自機能を提供しています。