あっと思ったときには遅かった。
彼は、きれいに割れた薄いグラスの欠片を手に、やれやれだぜと首を振る。落下を防ぐ方法はあれど、力加減は自分次第。考え事をしながらグラスを拭いた己が悪い。
たかが器一つ、普段なら大した問題ではないが、今日は大問題だった。
これから訪ねてくる友人は、この極端に薄いグラスで飲むビールが何より美味いと言う。割れたといえばグラスより怪我を心配してくれるだろうが、他でもない自分が許せない。ちょっぴりでも、友の表情を曇らせたくないのだ。
彼は、破片を片付けると帽子を手に飛び出した。近くの百貨店まで車を飛ばせば、ギリギリ間に合う計算だった。
ところで、彼は強運の持ち主と呼ばれている。今も、目当ての品がディスプレイされた店を早々に見つけたから流石だ。
しかし、運命の女神は気まぐれだった。彼の強運も、一吹きで飛ばしてしまう。なにしろ、店に入った瞬間お目当ての品が売れてしまったのだから。最後の一つを逃し、すでに余所へ回る時間は残っていなかった。

苦い思いで戻ると、ドアの前で友が待っていた。様子を敏感に察して案ずる友へ、何でもないと片頬を上げた彼が「それは?」と視線を落とせば、友は笑みを浮かべて紙袋を掲げた。
「うすはりグラス、セットで貰ったから持ってきたんだ」

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