@rucochanman バービーまだ見てないのですが『スキャンダル』あたりは中級編な気がするんですがどうでしょ?根本的な部分に捩れがあるので初級編の先にありそうだし、マーゴとケイト・マッキノンが出てるし、なんとなく比較できそうな気がした。というかはやくバービー見なさいよ私、という話ですね、ハイ
こういうのを見ること自体が問題なのかもしれないが…しかしこのベターってした発色(みんな顔が灰緑色)のトンチキな夢っぽさにはなんか純粋映画性は感じる。吸血鬼(原形に近く牙でなく乱杭歯なんですね)と宗教と性と血と花畑、メガネ青年に父親に母に祖母に宣教師に美しいお姉さまにと全方位に炸裂する甘美なソフトコアっぽいロリータエロスの概念を圧縮した空間にもかかわらずなんか「どういう話なんだよ」が勝ちすぎてるんだよな。
とはいえお屋敷ー!イヤリング!白レースの胸元!ハチミツ!くだもの!水浴びする金髪の娘たち!仮面の男!ムチ!楽器!わたあめのような蜘蛛の巣!花売り娘!倒れ込むシーツで千々に乱れる黒髪ー!ひなぎくに散った血!色とりどりの文字で書かれたお手紙!とか、一部を切り出してみれば完璧に「乙女」的なものなのである。
乙女とおっさんの性的妄想共犯関係については搾取の型であったことは認めざるをえない、しかし、このあたりのアリスモチーフの規範外に向かおうとする自由と性のややこしさは(特にこれチェコヌーベルバーグの流れだもんな)少しほどいて考えていったほうがよいよなあとは思っている。
「闇のバイブル/聖少女の詩 HDマスター版」がU-NEXTきてたので見てたんですが、なんなんだこれ。倫理的には全方位にダメですが(おそらくある世代の女の子たちはこのシュールなファンタジーが好きだったはずだ)見入っちゃうものはある。なんなんだこれ。https://video.unext.jp/title/SID0090736?utm_source=org.joinmastodon.app.ShareActionExtension&utm_medium=social&utm_campaign=nonad-sns&rid=PM040421031
大いなる自由見てきた。フランツ・ロゴフスキはやはり良いですね。抑制された語りでなぜそうするのか言外に見事に説明しきっている、いくつかの反復されるイメージについてあとでゆっくり振り返ってみたい。
映画クラスタって言われてた頃とはだいぶついったらんどの映画について話す人たちのグループ構成って様変わりしてるんだけどSNSの怖いとこで自分が関わってないとどういう勢力図(あえて勢力と呼びたい)があってその言葉がどういう位置の人から発せられてるのか、すごい見えにくいんだよな。バズでも届かないとこには全然届いてこなかったりする。私もフワッと「変わったなあ」と思ってるけど、具体的に知らないことのほうが圧倒的に多い。他人の言葉を気にするなというのは考え方としては妥当だが、細分化されたコミュニティが相互に無関心過ぎる感じも少々まずいよなー、私がどうこう言う話でもないけど。みたいなことはちょいちょい考える。
『白い暴動』を見ました。題材は良いしパンクムーブメントと社会運動のリンクについて貴重な証言集でありこういうドキュメンタリーはナンボあってもよいね先人たちに敬意を、そして我々も拳を固めていこうやで、と思いながらも証言以外の演出がことごとく合わないので(プロパガンダで何が悪いと言われようと苦手なものは苦手だ)困ったな。説明映像をああいう「それっぽい切り貼り」をパンクっぽさとするのは好きではないのよ…DIYマインドとそれっぽさが違う何かに見える…もっとシンプルにやってよかったんでは
とはいえスパイダー・パンクがなぜ黒人のキャラクターとして描かれてるのかはこれを合わせてみることでよくわかると思う。
しかしパンク、確かにどっちにいくかわからなさ(実際本人たちにも明確になってない場合も含め)相当強くあったんだろうな…こういう草の根の運動家たちが「反体制はこっちやろがい!間違うな!」って引っ張ったのもそうだけど、やはりユニオンのユニオンができないとコトが動かないもんだよなー。これは共通の目的のためにと頑なにならなかったマイノリティ側の姿勢なしには成立しなかったというのも現場に複雑な気持ちはあったはずだが、それでも暗闇の中では手を繋ぐしかないわけよね…
中抜き中抜き言われてるビジネスモデルの代表格みたいな領域のとこに長くいるのでTwitterの「プラットフォームに手数料が」「代理店が」みたいな世界は割と地獄ー!って思ってます。
最近の日本映画もみよう。と思いたち『ある男』を見ました。なんかすごく「見る小説」っぽ…そしてわかりやす…と思いつつ、結構面白く見られた。全体的に記号の処理になりすぎてる気がしなくもないが(ヘイトスピーチのTV番組とかなんか過剰なんよね、画面で映さなくても成立しそうなとこを撮る映画ではある)少なくともこういう視点でこういう題材の映画をちゃんと撮ろうとして志に見合う形で撮れてるのはかなり良いのではないでしょか。
時間スキップにテロップがないのが良いなと思ったら「一年後」はあったのでアレ?みたいなとこがちょいちょい気になりつつ、基本的には整った演出と脚本と演技できっちり作られた映画だと思う。
しかし金勘定にはもうちょい意識的であってもよいのではなかろうか、というのが私の気持ち。一瞬も顔を出さない父親は養育費はちゃんと払ってたのだろかな、あと労災かな…
時折記号をはみ出すアクトが見られるのでそのへんはスリリング、しかし一切はみ出そうとしない窪田正孝の抑え方がMVPではなかろうか。「無」を志して頑なに「無」を貫く身体になっていたと思う。
しかしここでも弁護士の妻が虚無すぎてスーンとなりますね。できれば無にしないでほしいな。
勝手がわからない