自民青年局の懇親会でダンサー呼んでましたってやつ「いやらしいから」ダメって言ってるんだったらなんか違和感あるんですよね…うまく言えないけどダンサーがセクハラされたとか業務外のことを強要されてないのならそこまで大事にすることかなと思ってしまう。もちろん同時に接待にコンサルとか「女」を挟むようなホモソ文化と健常シス異性愛男性優位の政策がガッチリ噛み合ってるって批判はできるだろうけど

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これポリタスの『「性の防波堤」「女の特攻」女を差し出す社会に生きて」youtube.com/watch?si=tACBNSoO8
を見てぐちゃぐちゃ考えていた。
産経や追従するマスコミが「過激なダンサー」とか「チップ口写し」と扇情的な描写を選ぶ姿勢が、戦後女性を「娼婦」と「一般婦女」に分断する思考と「娼婦」を日本政府や米軍がその時々で都合良く良いものとして宣伝したり悪い人として取り締まったりする姿勢とすごく重なっている。この政治資金パーティーが問題になってる中でホテル借りて豪華な懇親会やってるだけでも十分批判対象になり得るのに、それでは絵的に弱いからわざわざ「ダンサー」の「いやらしさ」を強調したって狙いが透けて見える。
そうやって右も左も一部の職種を「ケガレ」として扱う文化、「いやらしい」サービスはけしからんというのも「ケガレ」た仕事の従事者だから「可哀想」なんだというのも、コロナ下の助成金不支給だったり石川でラブホテルを二次避難先や助成の対象外にする行政不作為と繋がっているのは明白だ。
自民青年局を批判するにしろ、性風俗業界の女性ないしセクシャルマイノリティ差別・外国人差別構造を問題化するにしろ、従事者でない人が主張に都合がいいようにその仕事を描写するというのはそれこそ差別構造にのっていると思う。

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