映画『テルマ&ルイーズ』(1991) ※ネタバレ 

いつかもう一度見たいか:死ぬまでにあと3回ぐらいは見たい

文章冒頭から映画の結末に触れてる注意
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ところどころなんだかなあと思いながら見てたけど、最後に車が崖から飛び出した瞬間、これはアメリカンニューシネマでありかつ「モラハラやら性暴力やらで男に苦しめられ続けた女2人が旅をしながら場当たり的に男をとっちめたり食ったり他にもいろいろ犯罪したりして警察に包囲されてどうしようもなくなったら手を取り合って死ぬ」という立派なアウトロー映画だったことを理解して、なんだかなあと思っていた部分すべてに納得がいった

自身を取り巻く環境の理不尽さ・苛酷さが主人公を犯罪に駆り立て、最後に死へ向かわせるのはアウトロー映画のひとつの典型だと思う
たとえば『血まみれギャングママ』なんてまさに周りの男によってアウトロー化した女の話だし

本作の最後に主人公たちを崖のそばに追い詰める警察官が(画面に映る限り、また外見で判断する限り)全員男性なのは象徴的(時代性・地域性他を考えれば特に不自然でもないのだろうけど、それだけになおさら)
2人は自分らの意志で崖から飛んだけど、社会の理不尽さに抵抗を試みた結果として世界からはじき出されたともいえる
そのとき隣に友達がいたことだけが救いだったんだと思う

主要キャラクター全員よかったけど、とくにテルマのキャラクターがよかった
最初は奔放さ・軽率さに軽い苛立ちを覚えるけど、それが十代で結婚して以来毒夫から受け続けてきた抑圧の反動であることが分かると、言動の一つひとつが愛おしくなる

その毒夫も小物っぷりが微笑ましくてよかった
主人公たちに共感するならテルマを苦しめるこの男を憎むべきなのだけど、憎み切れない
少なくとも自分はそうだった
主人公たちも男にさんざん苦しめられながらも関係を簡単には断ち切れないし、テルマにいたっては男に手ひどく裏切られては次の男を求めることを繰り返す
男、あるいは男性性そのものを主人公たちと完全に敵対する存在として描かなかった意図は分からないけど、自分には人間や世界の複雑さ(や、それゆえの救われなさ)をそのまま描こうとしたように見えた
もちろんそれは男たちへの赦しではないだろう
世界へのある種の諦めなのかもしれない

映像的に面白かったところ
78分あたり
画面には快晴の路上が映っているのに、雨のような音が聞こえる
カメラが振られて道路脇の草むらに入り、そのまま左に草むらを抜けると、大雨が降る全く別の場所の道路が映っている
快晴の道路と雨の道路が平行に走っているような感じ
コマ送りで見てもつなぎ目が分からない

あと終盤、主人公たちの車がパトカーをかすめてすれ違ったときにちぎれて飛ぶサイドミラーをとらえたスローのカットはこれ見よがしな感じがなくておしゃれだった
廃村?を突っ切ってだだっ広い荒野をたくさんの車が駆け抜けていくカーチェイスを上空からとらえたショットもかっこよかった

あと、道中に立ち寄る店でかかってる音楽や演奏される音楽がことごとくよかった
80~90年代の米ルーツロック、サウンドが硬くて絶妙にダサかっこいい
#見た映画 #ドラマ映画

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