ジム・オルークが石橋英子と語る、音楽を取り巻く「少し変」なこと。音楽体験を拡張する環境と文脈の話 | CINRA
https://www.cinra.net/article/202309-eachstory_ymmts
ステージと観客の間にでかい池があるのよい
#音楽
続き
一方でそれらの多くは極めてパーソナルで独立した作品なので、先人の作品を踏まえて新たな表現を生み出したり、あるいはその時その時の社会のあり方を反映させたりといった連続性のある営みにはなりにくい
作家・作品と受け手が互いに個として対峙する表現のあり方はもちろんあっていいし、それだけあればいいという人もいるかもしれない
ただ人間社会というものが縦横の連続性をもつ以上、表現が同様の性質をもつのは自然なことだし、逆にそういった表現によって社会の連続性が見えてくるところもあると思う
時間・空間の隔たりを飛び越えてあらゆる作品を並置したうえでアルゴリズムによって選出・提案される仕組みが、受け手に対してそのような連続性を見えにくくしているところはあるかもしれない
ただし昔の人が文脈をきちんと踏まえて鑑賞していたかというと、そんなわけない気がするけど
多くの人はテレビ局や出版社やレコード会社や広告屋が提示するままにコンテンツを消費していたのではないか
その意味では目糞鼻糞かもしれない
あとこれ書くのちょっと怖いけど、"「批判はダメ」のニュアンスがある" ところもアウトサイダーアート/アール・ブリュットと相似形
別にアール・ブリュット作品を批判したらダメとは言われたことないけど、まあ覚悟いるよね
#ulmm