「“被害者遺族の為に“死刑は必要だ」と部外者が主張する事のおためごかしを厳しく指摘し死刑廃止を訴える中山千夏氏の文章より。
一部のみの書き起こしですみません。
以下のトゥートに続きます。
https://jodo-shinshu.info/wp-content/uploads/2015/09/4715c5a3e5a83f0cc1cd179c11038500.pdf
死刑制度とか少年法厳罰化とか、被害者の為とか言うの全然腑に落ちなくて「被害者や遺族の権利を守る為に労力を割くより、死刑や厳罰で済ませた方が(心情も労力も)楽」だからだろ…と感じている。
被害者や遺族を盾にしないで“自分が“死刑存続を望んでいるんだと言え、と思う。自分の主張として責任を持て。人のせいにするな。
私は死刑制度に反対します。
“被害者の為に遺族の為に“死刑は存続すべき厳罰にすべきと主張する人達の中に、徴用工の人達を日本軍性奴隷制被害者(従軍慰安婦)を入管での虐待による死者や暴力の被害者を旧優生保護法の被害者を米軍基地に反対する沖縄の人達を被害を訴える人達を無視したり嘲笑したり迫害したりした人間が多数いるんだと思うとはらわたが煮えくりかえる。
何が被害者の為だ。殺していい犯罪者や義憤して思いやってみせる被害者やバカにしていい被害者を自分の都合で決めてるだけだろうが。
「犯罪防止の為に/遺族の感情を考えたら死刑は必要だ」と主張するくせに、その理屈で言ったら昭和天皇が死刑にならなかったのは筋が通らないのに、日帝の被害者が靖国参拝に憤ることさえ許せない人間達の国。