『武家の女性』山川菊栄(岩波文庫)
著者の母である千世のお話を主に、水戸の古老たちからも聞き集めた幕末・水戸の武士の家庭……血生臭い時代の中で生活をつくっていた女性たちの姿を、まるで見てきたかのように描かれているのが本書。
著者は『おんな二代の記』でもそうであったが、高性能カメラのような繊細さと色鮮やかさで聞き集めたお話をまとめられるゆえ、まるで本人が体験した話だと錯覚する。たとえば
> まだしらじら明けの、霧の深い夏の朝です。手習い子たちの「トン、トン」と門を叩くのを合図に、奥の方の女も子供も一せいに起き出して、雨戸をくります。庭の草にはまだ夜露がしっとりと、時には開けきらぬ空に名残の月が仄白く残っていることさえあります。井戸にはつるべの音、勇ましい水の音。そして台所にはチョロチョロ、パチパチ、大きなかまどの下に火が燃え始めて、白い煙が連子窓から外へ流れ出します。部屋部屋には、ハタキや箒の音。(p.11)
この筆致により描かれる幕末社会の庶民生活の証言をぜひ体験してほしい。