#ノート小説部3日執筆 ファミチキが食べたいのじゃね。/お題「布団」
某ナガノ先生のファミチキに寝転ぶ、ちいさくて可愛いやつの姿を見ました。
ファミチキなんかに寝転んで、油まみれにならないのかな――とか。
包み紙を掛け布団にしても寒くないのかな――とか。
くだらないことを考えすぎたお陰で、私の夢の中にまで出てきてしまうのでした。
私は、ファミチキの布団の上に寝転んでいました。
ここがどこなのか、よくわからないけれど――
私は見知らぬファミチキの布団の上に寝転んでいました。
なるほど、サイズが大きくなれば、包み紙体も厚くなるのですね。
サクサクの衣はまるで毛布のようにサクサクでフカフカでありながら油は浮かんでおらず――
たとえるなら、起毛素材の毛布のような感触と、ウォーターベッドのようなや柔らかさで私の体を柔らかく受け止めてくれています。
それは余りにも都合のいい幸福な時間でした。
都合もよすぎると、毒に感じられます私に浮かんできたのは――
これは果たしてファミチキなのかという疑問でした。
体を起こせば、そこに漂ってきたのは、懐かしくも新鮮な香りでした。
スパイシーでジューシーなそれは、まぎれもなくファミチキでした。
まさかと、目をしぱぱたかせても、そこにあったのは――ファミチキでした。
私が寝ていた場所には、あのファミチキが巨大なシルエットで横たわっていたのです。
カリカリと焼き上げられた衣は、砂漠の砂丘のような起伏を描き――
ふっくらとした衣の表面が柔らかい黄金色の油膜を纏っています。
近づくと、ファミチキからは温かい蒸気が立ち上っており――
手で衣を掴むとサイズこそ違うもののですが、触り心地は普段のファミチキと何ら変わらないものでした。
(じゃあなんで、私は油まみれじゃないんだろう――)
なんて、考えは、最早野暮というものでした。
お腹の底から湧き上がる期待感と欲望を胸に、私はその巨大なファミチキの一部を掴み――
ためらいもなく、衣の一部に歯を立てました。
パリッーー
一口、一瞬の硬さの後、衣が歯の下で心地よく割れました。
口の中いっぱいに広がる、香ばしさと油の味わい。
ブラックペッパーのスパイシーさが最初に舌を刺激し、それに続いてガーリックの芳醇な香りが鼻腔をくすぐります。
そして、衣の中に閉じ込められていた肉汁が、まるで時を待っていたかのように溢れ出しました。
海です。海のような肉汁を私は味わいながら、さらなる一口を肉に突き立てました。
皮の下に隠された鶏肉の柔らかさは、布団にしていたときから感じていたふんわりして柔ららかく、肉の繊維は噛めはほどけるように切れる適度な弾力があるもの、その上で噛めば噛むほど、しっとりとした旨味がしっかりと溢れ出す味わい。
そういえば、ファミチキってこんな味だったっけ。
見た目だけなら、台湾から揚げ以上の大きさのファミチキを、私は飽きることなく、かじりつきむしゃむしゃ食べ続けました。
現実では二つ食べるだけでも大変な濃い目の味付けも夢の中では時間の感覚も曖昧で、どれほどそのファミチキと格闘していたのか、分からないほど――
やがて、ふとした瞬間に目が覚めて、現実世界に戻った私は、しばらくの間、ただぼんやりと天井を見つめていました。
夢の中で味わったファミチキの味が、まだ舌の上に残っているような気がして、私は朝、出かけた時にファミチキを食べてみることにしました。
案の定、半分食べたところで胃が苦しくなってきました。
今すぐ、家の「布団」が恋しくなってきたところでこの話はおしまいです。
#ノート小説部3日執筆 「ちゃんと寝床で寝なさいね」
新しい朝が来た。希望……あるかなぁ。たぶんある。
居間の机の下からもそもそ這い出して、ぷやぷやあくびをする。
久しぶりに自宅に帰ってきたら、自分の部屋が物置と化していた。数年空けてたら、まあそうなる。
なのでこうして、居間で夜を過ごすようになった。横になれるスペースがあるだけ、まだマシだろう。
「お兄ちゃん!ちゃんとあったかくしなさい!今日は寒いんだからね!」
起きて早々、妹から強めの語気で心配をブン投げられた。
そんなに言うことかなぁ。ちゃんと服は着てるだろうに。
「居間はエアコンないんだから、せめてもうちょっと着込んでなさいよ」
いつもの服じゃダメらしい。寒さの感覚はよく分からない。ついでに暑さも分からない。
さらに言うなら、妹のことも、未だによく分からない。今日も何でキレてるのか、トンと理解できていないし。
ただ、最近ようやく、これが一種の心配であることは理解できてきた。どうやらオレの体調を気遣ってくれているらしい。自分自身に無頓着(らしい)なオレには、これ以上ないサポートだ。
ちゃんと聞かないと、いつ死んでもおかしくない域まで来てるらしいから。……いつ聞いても自覚がなさすぎる。
「はい、ひときわデカいやつ。これ羽織ってなさい」
かなり大きめの毛布をかぶせられた。いくら家の中とはいえ、これを引きずって歩かなきゃいけないのか。
まあ普段からしっぽ引きずってるし、同じようなもんかな。
「……というか、こんなに寒いのによく冬眠しないわね。ママはもう冬眠するから、地下室に籠もっちゃったわよ」
冬になるとヘビは冬眠する。合成半獣(アノマニマルズ)でもそれは変わらない。
オレは……ちょっと前までニンゲンと生活してたから、冬眠しなくなった。カフェインと、局長からもらった薬でなんとかしてた節はある。つくづく自覚がないけど。
「お前は冬眠しないのか?」
これは純粋な疑問だ。ウチの奴らは基本的にみんな冬眠するから。
「研究室のみんなが寝たら、アタシも寝るわよ」
寝ないなこれ。この子の研究メンバーは、冬眠なんて無縁な奴らしかいない。
……そうこう話しているうちに、なぜか毛布が追加されていた。居間の一角に、積み上がった毛布の山ができている。
「はい、これお兄ちゃんの“ねどこ”ね」
「野生生物じゃねーんだぞ。さすがにそんなことしない」
でも寝たい。あのふかふかに埋もれて寝たら最高だろうな。ガキの頃から、ああいうのに埋もれるのは大好きだ。なんか落ち着くから。
「でもこういうの好きでしょ?」
「うん」
バレてた。やっぱり妹に隠し事はできないらしい。
せっかくだし、毛布の山に突っ込むことにする。
手触りの種類もいろいろで、みんなふかふかのふわふわだ。重すぎず軽すぎもせず、ちょうどいい具合。おふとんはちょっと重すぎるから、このくらいが好き。
部屋の隅でぼんやりするのは好き。毛布のもふもふに包まれているのも好き。だから、部屋の隅でもふもふに包まれているのは最高に好き。
ぼんやり眠くなってきた。まあ、しばらく仕事は無いし、寝ても大丈夫かな。意識のトルクを落としつつ、まぶたを閉じる。
「おじゃましま〜……あれぇ、燈羅(とうら)くんはいらっしゃらない感じで?」
「冬眠してます。ほらアレ」
なんか聞こえる。このかちゃん……伏見監視官が来てるらしい。
「あらぁ!冬眠“できるようになった”んですねぇ!ちゃんとおねんねして、えらいですねぇ!」
謎の褒められ方をしている。そういえば、施設にいたときは『ちゃんと寝ろ』とドヤされていたっけ。
「起きちゃうんで、その辺にしてもらっていいですかね」
う〜ん、起きてもいいけど、もう少し寝るか。まだ眠いし。
「……で、一緒にこいつの部屋まで運んでくれませんか?」
「いいですよぉ。強制送還は担当監視官の務めですから」
#ノート小説部3日執筆 「毛布と『もうふ』」
「毛布! おいで!」
その男が呼ぶと、ちょっと毛が長めの小さな犬が走ってきた。小さな舌がちらりと見える。犬は尻尾を振って男のもとに走っていくと、せわしなくお手とおかわりを繰り返した。男がボーロのようなおやつをあげると喜んで食べている。
思わず僕はその男に話しかけてしまった。
「毛布……ちゃんというのですか」
「ええ、そうです」
怪しまれないよう、慌てて手を開いてみせる。僕は足元にしゃがんでいた犬を見て、またその男に目を移した。
「うちの子も『もうふ』というんですよ」
「ほー!」
男は目を丸くして答え、その場にしゃがんで「もうふ」に話しかけた。
「もうふちゃんって言うんだ。よしよし、いい子ですねえ〜」
「もうふ」は男をちらと見て、僕の足に体を丸めるようにして隠れた。僕はトイレバッグを直しながら座り込む。
「すみません、ちょっと臆病なもので……」
ここは郊外にある小さなドッグラン、小型犬コーナーだ。ペットショップに併設されたここは、それなりに犬と飼い主が集まる場所になっている。走り回る子もいれば、飼い主さんと引っ張り合いをする子、隅っこで座っているだけの子とさまざまだ。
「かわいいですね。毛布ちゃんはポメラニアンですか?」
「そうです。血統書はないのですが、たぶんそうでしょう」
毛布ちゃんは「もうふ」のお尻を追っかけている。オス同士だからいきなり乗っかったりはしないだろうが、「もうふ」のほうがやや大きい。ケンカにならないように目を配りながら、男に聞いた。
「どうして毛布と?」
「うちに来た時はまだ小さくてねえ、母方では毛布を離さなかったんですよ。結局うちに来る時もずっと口に咥えてて、そのまま……」
毛布ちゃんは座った「もうふ」のお尻を嗅ごうとしていた。「もうふ」も黙って嗅がれていたが、そのうちお尻をあげて、好きに嗅がせるようになった。嫌なわけではないらしい。
「へえ」
「今でもとってありますよ、その毛布。もうボロ雑巾のようになってますが、何度も妻が繕ってね」
「なるほど」
黒いジャケットにラフなズボン、男の歳は自分と同じくらいだろうか。定年退職後といったところだ。短くした髪には白髪が多く、髪自体が薄くなった自分とはそこだけが違うように見えた。しかし、なんとなく親近感が湧いたのは自分だけではなかったのかもしれない。
「『もうふ』ちゃんはどうですか?」
「ああ、この子はプードルの血が入っていたらしくて……もっふもふだねえって言ってたら、いつのまにか『もうふ』に。獣医さんには笑われましたが」
「ほう。たしかに巻き毛っぽいですな。本当にもっふもふちゃんですねえ」
くるんと巻いた毛がみっちりだ。特に垂れ耳の手触りがいい。今度はその「もうふ」が毛布のお尻を嗅ぎに回った。
「ははは、同じお名前でも由来が違うもんですね」
「ええ、ええ。退職後、仕事が減って暇になったのもあって、少し運動しなきゃと思ったのですが……こんなに犬がかわいいものとは思わなかったですよ。ねえ、毛布?」
「わかります、わかります。この子のおかげで第二の人生が楽しいですよ」
「かわいがりすぎて妻にも呆れられるほどで……なんなら、子供よりかわいいですね」
僕も深く同意してうなずいた。
「そうですよねえ。子供は家を出てしまえば、ひとりでなんとでもやっていけますもの」
「結婚なぞしたら、実家に帰ってきませんって」
話す二人の足元で、ふんふんと二匹の犬が匂いを嗅いでいる。尻尾が揺れているのを見ると、どうやら相性は悪くなさそうだ。
「おや、『もうふ』は臆病なのであんまり友達がいなくて……よかったなあ、毛布ちゃんと挨拶できて」
「毛布は気が強いんですけど、『もうふ』ちゃんにはあんまりかかっていきませんね」
「おやつジャーキーあるんですけど、ちょっとあげても大丈夫ですか?」
「いいですよ。毛布、よかったですねえ〜ほら、ありがとうって」
小さなジャーキーを見せると、二匹は喜んで食べはじめた。犬を飼って二年、僕は初めて他の飼い主さんと話したかもしれない。それも、僕と同じ定年後のオジサンと。
「いつも来てるんですか?」
「たまにね。気が向いた時だけ。……ああ、駅前に家があるので、そこらへんで会えるかもしれませんね」
「ああ、僕も似たようなものですよ。それなら、駅も散歩コースに入れましょう」
こうして男と僕は、毛布パパと「もうふ」パパとなり、一週間の後に駅前で再会するのだった。
どうしてジャパンのアニメガールはプリンを取られるとあんなにも怒るのか? お題「プリン」 #ノート小説部3日執筆
その謎を解くべく我々はセブンイレブンに向かった。
うむ。やはり販売されている。
それもかなり安価で。
最初に考えたのは日本ではプリンの材料が貴重であるため、あまり販売されていない、あるいはかなり高価であるという説だ。
しかし、実際には日本のコンビニエンスストアに売られている。
つまり国中で安く買えるということだ。
もちろん上を見れば貴重かつ高価な品はある。
それはどんなジャンルでもそうだ。
そもそもプリンの材料は卵、牛乳、砂糖だ。
この豊かな国で手に入らないということはない。
ならば、アニメに出てくるプリンは取り合いが発生するほどの上物なのか?
それも違う。
作中の描写を見る限り、大半はプラスチックの使い捨て容器に入った安価なものだ。
ガールたちがよほど困窮している?
一部、それをネタにした作品はあるにはある。
しかし、やはり一部だ。
そして、それをネタにするような作品はもはやプリンすら食べられないという話を作りがち。
もしや、プリンとはなにかの隠語なのか?
例えば、キッズの死体をぬいぐるみで表現するみたいな。
となると、プリンはなんの隠語だ?
隠語が必要ということはセックスかバイオレンスに関係があるはずだ。
プリンで連想するのは、やはり、オパーイか。
冷蔵庫にオパーイ入てるとか日本のアニメガールはハンニバルレクターなのか。
・・・そんなわけない。
だいたいオパーイをプリンで例えるの嫌いなんだ。
乳輪でかすぎ。
そして、黒すぎ。
守備範囲外なのさ。
しかし、隠語、暗喩という方向性は悪くない希ガス。
どれ、プリンとR18で検索・・・。
ふむ、キャラ名プリンは弾くとして・・・ワ、ワッツ? これはいったい?
『プリン化』
お、おお? これは?
プリンにガールのフェイスが描かれてやがる。
ガールがプリンに変身させられたということか。
ジ、ジーザス。
プリンが食われてやがる。
しかも、食われるたびガールが猫のマタタビ嗅いだような顔を。
ワッツハプン?
なにが起きてるのかまったくわからなーい。
ジャパンのHENTAIは奥が深すぎる。
私に理解してきるものではないのですね。
ただ日本のアニメガールがプリンを取られて怒る理由はわかりました。
そのプリン、仲間だったんですね。
#ノート小説部3日執筆 「修羅場にプリンRTA」 お題:プリン
催事の前はちょっとした戦場である。
何しろ作らなければならない商品の量が多い。
そのくせ催事に参加できるかどうかは抽選で、決まるのは納品のだいたい1ヶ月前なのだ。
とはいえ商業施設で行われる10日やそこらの催事では、いつも商品展開してもらっているカフェ兼ギャラリーでの1ヶ月分以上の売り上げを平然と叩き出すため、音希にとってはある種の生命線でもあるので疎かにはできない。
よってその催事を控えた音希はせっせと作業卓に向かってアクセサリー製作を続けていたのだが……
如何せん座り仕事である。目も手も頭も酷使する。
そうなると作業を続けるにつれ肩や腰は痛みを訴えてくるし、生欠伸も増えてくる。
これはそろそろ休憩するべきだろうか。むしろ仮眠か。
そう思いながら立ち上がり、伸びをしたところでふと気づくちょっとした空腹。
もしかしてだけど。
もしかしてだけど。
さっきから眠い気がするのって糖分足りてないだけなんじゃないの?
そうとわかればやるべきことはひとつ。
「ただいまよりプリンRTAを開始する!」
音希はひとり宣言した。
プリンRTA──それは主に修羅場に開催される、プリンをオーブンに放り込むまでをいかに短時間で終えるかを競う競技である。
尤も、競技者は常に音希ひとりなので、競うと言っても過去に出した自己ベストと競うわけなのだが。
単に時間に追われながら作るよりもRTAと銘打った方が楽しいに決まっているからそう称しているのである。
ちらりと時計を見やって時刻を確認し、割と雑に競技は開始された。
ストッカーから砂糖とグラニュー糖、冷蔵庫から牛乳と卵とバターをまとめて持ってくる。
そしてそれらと各種ボウルや耐熱容器をキッチン台に並べて計量開始。
その素早さたるや、F1のピットクルーの如しである。
牛乳は耐熱の計量カップに250cc注ぎ、軽くレンジにかける。
その間に砂糖50gを大きめのボウルに、グラニュー糖30gを小さめの耐熱容器に入れて、グラニュー糖の方は5ccほどの水で湿らせておく。
牛乳を温め終わる音が聞こえたら、今度はグラニュー糖の入った耐熱容器と入れ替えて、こちらはおよそ2分。
レンジがカラメルを作っているうちに耐熱ガラスの深皿に薄くバターを塗って、カラメルを入れる準備を済ませておく。
残りの時間で砂糖を牛乳で溶かし、卵3個を割りほぐし、牛乳と合わせる作業を可能な限り進めておく。
レンジが再び温め終了の音を立てたらここからはタイムアタックだ。
グラニュー糖が溶けていてもまだ透明だったら追加で温め、もし薄く色づき始めていたら取り出して10ccほどの水を加えて手早くかき混ぜる。
にゃんぷっぷーの体毛より薄い黄色だったものが余熱であっという間にカラメル色に変化し、すぐに粘って硬くなってしまうので、その前にバターを塗った深皿に全て注ぎ込まなくてはならない。
なお、このカラメルを余さず深皿に移せて、深皿の底をぴったりカラメルで満たせると大層気分が良い。
カラメルを作るのに使った容器は後で洗いやすいようにお湯に浸けておき、音希はレンジをオーブンモードに切り替えて160℃で余熱する。
残りの作業は余熱が終わるまでに済ませるのだ。
砂糖、牛乳、卵液を合わせたものを丁寧に、特に白身のダマが残らないように撹拌し、バニラエッセンスを数滴垂らす。
そうしてできたプリン液を、茶漉しで濾しながらカラメルを張った深皿にそっと注ぐ。
できるだけ表面が泡立たないようにするのが好ましいが、別に誰かに提供するわけでもないのでそのあたり細かいことは気にしないでおく。
そして天板にプリン液の入った深皿を載せ、適当なポットに蛇口から汲んだお湯を幾ばくか入れた状態で余熱終了の音を待機できればおおよそ最速タイム達成というわけである。
余熱が終わったオーブンに、プリン液を溢さないようそっと天板を入れ、天板にはポットからお湯を注ぎ入れて、蒸し焼きできる状態にする。
なお、天板にお湯を張った状態で待機しないのは、シンプルに重くなってオーブンに入れる難易度が上がるからである。
これでオーブンのドアを閉じ、40分ほど焼けばプリンの完成だ。
あとは使った道具を洗って、本来の作業の続きに戻ればいい。
だんだんと部屋に満ちる甘い香りが、疲労感を和らげてくれるような気がする。
音希は9ピンにビーズを通しては端を丸める作業を幾度となく繰り返しながらプリンの出来上がりを待つ。この最後の40分だけはどう頑張っても短縮できないのがもどかしいが、40分後にはプリン休憩に入れると思えば自然と作業にも身が入るというものである。
こうして音希はプリンが焼き上がるまでの間にいくつかのピアスとイヤリング、ブレスレットを作り上げた。
そして念願の焼き終わる音がキッチンから聞こえてくる。
ドアのガラス越しに焼き加減を見て、良さそうなのを確認してからミトンで天板を掴んで取り出す。
バニラの甘い香りがふわりと鼻をくすぐった。
これはしっかりと冷やせば昔ながらの、音希好みの固めのプリンになるのだが、今は熱々とろとろのでいいから食べたい気分だった。というか、その焼きたて特有の食感を味わえることこそ自家製の醍醐味であるといえる。
音希はスプーンで適当にプリンを半分ほど皿によそうと、ふうふうと息を吹きかけ軽く熱を冷ましてからおもむろに頬張った。
素朴で滋味深い味わいが熱を持って口の中でとろけて広がっていく。
プリン本体の優しい甘みとカラメルの微かな苦味がマッチして、糖分不足の脳に染み渡るようだ。
音希は夢中になってはふはふとプリンを口に運んだ。
「ん〜〜〜、最高……」
出来たての熱々とろとろプリンで当座の活力を取り戻した音希はひとりごちる。
しかも何が最高って、この残りのプリンを冷蔵庫に入れておけば明日もプリンが楽しめるというのが何よりも最高なのだ。
それを思うともうしばらく頑張れそうな気がしてくる。
無理は禁物だが、納期遵守のためには多少の無理も致し方ない話。
こうして音希はささやかな満足感とともに催事用の商品作りに戻ったのだった。
おわり
#ノート小説部3日執筆 プリンが食べたいのじゃね。/お題「プリン」
喫茶店で紅茶を頼んだ。
コーヒーではなく、紅茶を頼んだ。
何となく非日常感が欲しくて、私はプリンを頼んでいた。
プリン――プリンなんて、何時から食べていなかったのか。
だが、ケーキではなくて、プリンが良かった。
あの小さな、それでいて大きな黄色く、それでいて茶色いプリンが食べたかった。
しばらくすると、ウェイターがティーポットとプリンを運んできた。
シンプルな白い皿の上、透明なカクテルグラスに乗ったプリンがやってきた。
プリンは、僅かに揺れながら光を湛えていた。
表面はつややかで、艶やかで、滑らかでだった。
まるで磨き上げられた琥珀のような滑らかさがカラメルの上に浮かんでいる。
白く、黄色い、プリンだった。
銀のデザートを手に取り、プリンの表面に触れてみた。
抵抗とも呼べない抵抗をしながらプリンにスプーンが沈み込む。
程よく硬い、プリンだ。
そっとすくい上げると、断面には細かな気泡は一つもなかった。
一口、プリンを口に運んだ。
スプーンから滑り落ちるような舌触りの生地は、ひんやりと冷たく引き締まっていた。
感触が、舌の上に滑り込み、体温で温められるたびに、ほのかな甘みがゆっくりと広がった。
しっかりと、舌で蕩けるプリンだ。
バニラの香りは控えめに、砂糖漬けの卵の甘さを邪魔しない私の思い出の中にあるプリンの味がした。
二口目は、やや大きめにカラメルを乗せて掬い取る。
プリンはまるでバターを切るように、きれいな面を見せながら分かれ――
琥珀色の液体が、程よい粘度でプリンに絡みつく。
口に運ぶと、カラメルの苦みと甘さが、自然なプリンの味わいを引き締める。
甘くて苦くて、また甘い――私にとって、プリンには他に何もいらない。
私は安堵しながら白い陶器のカップに紅茶を注ぐ。
琥珀色の液体が描く放物線が、カップの中で渦を巻き収まる。
最初の一口は、香りを確かめる。
カップを両手で包み込むように持ち上げ、立ち上る蒸気とともに香りを深く吸い込む。
アッサムのモルトのような芳醇な鼻腔をくすぐり、その奥には、かすかな花のような甘い香りも潜んでいる。
そっと唇をカップの縁に寄せ、最初の一口を味わう。
舌の上に広がる力強い味わいが口の中に残るプリンを洗い流していく。
暖かく麦茶のような深い味わいは大人になってから覚えた楽しみだった。
それが、冷たく甘いプリンという子供の思い出と混ざり――心地よい今の私を作る。
二口目では、より繊細な味わいが見えてくる。
まろやかな、茶番の温かみが体の芯まで染み渡ったところで――
私はプリンをスプーンに乗せる。
カラメルしっかりと絡めて――わずかな苦味を帯びた甘さを舌一杯に感じる。
瞳を閉じる。
プリン――プリンを次食べるのはいつの日になるだろう。
あの日から、一歩アップデートした非日常を味わいと香りで覚え直す。
私はまた、プリンが好きになる。
#ノート小説部3日執筆 お題『プリン』 『原理主義者の主張再び』 遅刻申し訳ありません
固いものか、柔らかいものか。まさに究極の二択と言っていいだろう。どちらにも良さがあるが故に、時として争いにすらなる。
これだけ言うと、何の話をしているのか分からないだろう。『固め一択』と思ったなら、恐らくそいつはラーメンの事だと思った福岡県民だ。そっちの話もそのうちやりたいが、今はおやつの時間だ。
すなわち、今しているのは、プリンの話だ。
プリン。小学生にとっておやつの王様、大好物筆頭核というイメージの強いスイーツだろう。しかし、成長するにつれてケーキなどの他スイーツに押され、徐々に影が薄くなっていく。
だが私に言わせれば、プリンの多様さはケーキにも決して劣らない。卵と牛乳と砂糖、材料は三つだけというシンプルさだが、それ故に作り手の個性や腕が如実に反映されるのが、プリンというスイーツなのだ。卵と牛乳の配分で味どころか食感まで大きく様変わりし、カラメルの味にまで思考を巡らせれば、その組み合わせは多種多様。
だからこそ――最初に述べた話題になる。
*
「固め一択だ」
「いやいや、柔らかいのしか勝たんっスよ」
某県のやや郊外、駅前に出来たばかりのお洒落なカフェ。白を基調とした清潔感のある店内で、私は後輩とプリン片手に議論を交わしていた。
私の手には固めの『昭和のクラシックプリン』が、後輩の元には『平成のやわらかプリン』がある。
後輩と私は、活動帰りに駅近くのカフェに寄っていた。二人ともプリン好きだと知っていたので、折角だからと誘ってみたところ、あっさり承諾されたのである。それは良かったのだが、ここに来て認識の齟齬が生じた。
私は固め、後輩は柔らかめプリン支持者だったのだ。この店は両方あったので好みを外す事は無かったが、代わりに今のような論争が起こった。
私は自他共に認める原理主義者である。その私からすれば、昔からの製法で作られる、卵の味を存分に味わえる固めの食感こそがプリンの醍醐味だ。そこを譲ってしまえば、最早同一の『プリン』では無い。
そう後輩に主張したところ、彼女はいつも通りの鋭い目つきでふぅ、と息を吐いた。怒っている訳では無いが、元々目つきが悪いのと真っ黒い瞳ゆえ、知らなければ普通に怖い。青い髪も冷たい印象を与える一助となっている。
「先輩の原理主義っぷりは今更なので何も言いません。……でも卵と牛乳使って固めてるのは同じですから、これもプリンの形の一つでしょう。それをプリンじゃないと切り捨てるのは暴論が過ぎると思いますが」
「別にプリンじゃない、とまでは言わない。だが同じチョコケーキでも、ガトーショコラとザッハトルテは別物だし、実際名前も分けられている。なのにプリンは全く異なる二つが同一の『プリン』として存在しているんだ。それが気に入らん。何れこの固めプリンを駆逐して、柔らかめプリンこそ本物のプリンなのだと歴史修正する気だろう」
「流石に被害妄想が過ぎますよ」
「そうとは言い切れんだろ? 現にケーキ屋で買えるプリンの大半は柔らかめじゃないか」
「童話と同じっスよ。時代の流れっス。……てか先輩、そんなに嫌がるなら食べた事はあるんですよね?」
「ある訳ないだろ。気配を察した瞬間避けてるからな」
「……え?」
俄かに後輩の目に陰が差した。
まずい。プリンは美味いが状況がまずい。一年程の付き合いで培ったセンサーが『怒り』を感知している。
「……童話については、流石にこだわってるだけあって読み込んだ上での意見だったので、反論のし甲斐がありました。けど……食べずに批判するとなれば、ライン越えですが」
後輩の声のトーンが、一段下がった。だが一度言った手前、修正する事は出来ない。私は背中にシャツが張り付くのも気にせず、とにかく口を動かした。
「プリンの主役は卵であり、舌に少し力を込めて潰れる固さと、もっちりとした食感が醍醐味だ。撫でた程度で崩れて牛乳の味が主張するのが本当に同じプリンだと、そう思うか? そんなに牛乳が好きならお誂え向きなのがあるじゃあないか。牛乳プリンってやつが」
「……ハァ」
「……私が間違っているとでも? なら反論の一つでも――おごぉっ!!?」
突如私の口に、棒状の金属が押し込まれた。突然の事態に驚いた瞬間、口の中に広がる優しい甘み。そしてプルリと舌で弾けていく、心地良い物体たち。目の前の後輩に目線を戻して、ようやく私が今口にさせられたものが何なのか、理解した。
「柔らかめプリンは牛乳や生クリームを強めることで、とろけるような食感と共に乳製品のマイルドで心地良い味わいが楽しめる一品です。良かったですね、食わず嫌いが治って」
「君というやつは……」
得意げに笑う後輩に、私は唇を噛み締める事しか出来なかった。何しろ今、『美味い』と思ってしまったからだ。
しかし、このまま彼女の思うままでいるつもりはない、私にも、先輩としてのプライドがある。
「わざわざ君のプリンを私にくれてありがとう……礼と言っては何だが――」
「ありがとうございます、頂きます」
「あっおい! ノータイムで取りに来るんじゃない!」
仕返しに口内にスプーンごとぶち込んでやろうとした私の思惑を、自ら取る事で打ち破った後輩。彼女は二、三度口を動かすと、右頬に小さくえくぼを作った。
「あっ、これ美味しいですね。もっちりしてて、卵が濃厚。……あれ、どうしたんスか先輩」
「おのれ……こうも私をコケにするとは……」
「どっちかと言うと毎回先輩が自滅してるだけかと」
「ええい、もう少し可愛げのある後輩が来てくれれば!」
「ちなみに先輩。一つ提案があるんですが――」
頭を抱える私の腕を突くと、後輩はメニュー表の二つのプリンを交互に指差した。
「私と先輩で、固いのと柔らかいのもう一個ずつ頼みませんか?」
彼女の何処か輝いた目を見た私は、対抗心がすっかり失せてしまった。
「……採用」
*
「ちなみに先輩。コーヒーは元々イスラム修道者だけが用いる宗教的な秘薬です。砂糖とミルクなんて入れずに飲んでたでしょうね」
「……」
「ブラックだと飲めないんですね。過ぎた口を利きました」
「散々利いてるだろ……」
#ノート小説部3日執筆 お題:プリン 『訳アリ物件』 微ホラー?
*
冷蔵庫を開けると毎日一個、必ずあるモノが真ん中の段に鎮座していた。
朝起きて、朝飯を作ろうと冷蔵庫を開けると必ずそこにあるもの――『プリン』と目が合う。……いや、プリンに目があるわけではないから、正確には、目に入る、なんだが。
冷蔵庫を開けたまま、ガシガシと頭を掻く。
――昨夜寝る前には確かになかった、プリン。
――昨日の朝も入っていて、処分した筈の、プリン。
――毎日毎日、処分しても、処分しても必ず翌日冷蔵庫を開けると入っている、プリン。
しかもご丁寧に毎日違う種類のものが入っている。
一体誰がこんな悪戯をしているのか、さっぱり分からない。
確かに、不動産屋からこの部屋は『訳アリ物件』だとは聞いていた。
だが、その『訳アリ』がこの毎日冷蔵庫の中段に買った覚えのない品物が入っている事、だなんて思いもしなかった。
家賃が周りの部屋よりも圧倒的に安かった上に、日当たり良し、間取り良し、立地も駅近徒歩五分と理想的だったので、霊など信じていない俺は速攻決めたんだが、これは心霊現象よりも性質が悪い『訳アリ』なんじゃないかと思う。
なにせ、『プリン』は物理に存在している。
気持ち悪くて食べては無いが、触れるし、値札まで丁寧に張られたままの時だってある。
つまりは、誰かがこの部屋に侵入して、このどこからか買ってきたプリンを毎日俺が寝ている間に、冷蔵庫の同じ場所に鎮座させ続けている、という事だ。
俺がここに引っ越してきてこの一年もの間、一度として欠かす事無く。
あまりにも気持ちが悪くて、この部屋を契約した不動産屋に相談し、部屋の鍵を変えて貰ったのだが、全く効果はなかった。
しかも。
しかも、だ。
この部屋の鍵は、前の借主の時も一度交換しているという。そして、前の借主が退去した後にもちゃんと交換したそうだ。
ならば、スペアを持っている不動産屋の誰かが犯人なのではないか、とかなり強めに抗議をしたのだが、そんな事をする人間は雇っていない、という返事しか貰えない。
それが本当なのか嘘なのかは分からないが、そう言われてしまえばこちらとしてはそれ以上強くは言えず今に至る。
深く溜息を吐く。
俺がこの部屋に住み始めて、一年。
不動産屋曰く、最長記録、だそうだ。一年目の更新時にそう言われて、喜色満面で社員全員に拍手までされてしまった。ノリも、意味も分からねぇ。
まぁ、プリンが冷蔵庫の中に鎮座している以外は特に害がない為、毎日「もったいねぇなぁ」と思いながらそれをゴミ箱に処分しているが、本当に誰がこれを毎日置いているのか分からないというのはやはり気味が悪い。
もう一度深く溜息を吐き、手を伸ばしてその中段に我が物顔で鎮座しているプリンを掴む。
と、俺の横から白くて細い手がすぅ……と出てきて俺の手の上からプリンを掴んだ。
「!?」
驚きプリンから手を離す。
今のは、なんだ? と目を擦り、次に目を開けて冷蔵庫の中を見た時、さっきまで確かにそこに鎮座していたプリンは、綺麗に消えていた。
まるで最初からそこには何もなかったかのように。
その事にますます俺は混乱し、何度も目を擦り、冷蔵庫の扉を無意味に開けたり締めたりして、中を確かめる。
だが、確かにさっきまであったプリンはまるでさっき見えた白い手が冷蔵庫から取り出したかのように、そこからなくなっていた。
「……えぇ……?」
思わず間抜けな声が出る。
辺りを意味もなくきょろきょろと見て、またもう一度冷蔵庫を開けプリンがなくなっているのを確認して、頭をがしがしと掻く。
……とりあえず、今日はプリンを処分しなくていいってことか……と、ポジティブに考え、俺は慌てて会社へ行く準備をし、部屋を出た。
***
朝起きて、会社に行く準備をした後、いつものように冷蔵庫の中を覗く。
昨夜買ってきた筈のプリンが、綺麗さっぱり消えていた。
――昨夜、新しく買って確かに入れた、プリン。
――毎朝、なくなっている、プリン。
――毎晩、毎晩、買ってきても、作ってもなくなっている、プリン。
この事に気が付いたのは六年前だ。
夜の間にプリンを冷蔵庫の中に入れておくと、翌日、そのプリンは綺麗に冷蔵庫の中からなくなっている。
きっとこの部屋に住まうプリン好きの霊がそれを食べているのだろうと思いながら、今日こそ満足してくれたかな? と毎日思う。
だけど、毎晩プリンをお供えしても、翌日にはなくなっていることを考えると、きっとまだまだ満足してないんだろう。
この部屋を借りる時に不動産屋さんから説明を受けたこの部屋に起こるという心霊現象の話。
借りる人が必ず足音や、物音、はたまた勝手に冷蔵庫の中から食料が消えるなどの怪奇現象に恐れをなして次々と退去していったそうだ。
その霊はきっとこの部屋を最初に借りた人で、相当のプリン好きだった、とそんな噂があるのを『事故物件』や『訳アリ物件』の理由や噂などを記載しているサイトで見つけた。
霊感ゼロの癖にオカルトが大好きな私は、必ず心霊現象に見舞われるというのならば私にも霊を感じる事が出来るのでは?! と勢い込んでこの部屋を借りた訳だ。
だけど、一度も霊現象と遭遇することなく、たまたまプリンを冷蔵庫に入れていた時にそれが翌日消えたのを見て、私は感動した。そのプリンは最初普通に自分で食べる為に買ったプリンだったのだけど、その日から私は毎日プリンを冷蔵庫の中に『お供え』し続けている。
お陰様でこの部屋に住んでそろそろ六年になる。
この心霊現象が多発する部屋に六年も住んでくれた、と言って毎回更新日には不動産屋さんからは感謝され、素敵な笑顔と共に拍手を贈られる。
そんな不動産屋さんの態度をこそばゆく思いながらも悪い気はしなかった。
だけど、ある日。
いつものように冷蔵庫を開けて中身を確認すると、いつもなら忽然と消えていた筈のプリンが、まだそこに置いてあった。
「……あれ?」
予想外の事に思わずそう口の中で小さく呟く。
そしてその場所にまだあるプリンへと手を伸ばした。
と、自分の手がプリンを掴む直前、男性のごつごつとした手がそのプリンを掴んでいるのが、視えた。
始めて見る現象に驚き、思わず掴んだプリンをそのまま冷蔵庫から取り出す。
さっきのは、ひょっとして……。と、胸元でプリンを持ち、考える。
初めての、心霊現象――?!
とくん、と胸の奥でトキメク音がした。
「……え、今の、え? プリン好きの、霊、さん?」
トクトク、と高鳴る胸を押さえ、もう一度視えるだろうか、と手に持っているプリンを冷蔵庫の中に戻し、少しの間それに手を当てたまま様子を見る。
だけど、その腕は出社ぎりぎりの時間になっても現れず、私はがっかりしながら会社に向かった。
***
「なんでまた入ってんだーーー!!」
仕事から帰り、冷蔵庫を開けて、俺は思わず絶叫する。
朝、変な手が確かに取りだして消えた筈のプリンが、また、そこに鎮座していた。
俺は冷蔵庫の前にへなへなと座り込み、暫くそのプリンを見つめた後、のろのろとスマホを取り出すと、全国展開している大手の不動産サイトを開いた。
#ノート小説部3日執筆 『うーん、お腹も在庫も、いっぱいかな』
「……にぃに、どうしたの?この大量のかぼちゃプリン」
冷蔵庫を開けて早々、妹がドン引きしている。仕方がない。僕だってこの量は想定外だった。
現在、冷蔵室のライトが見えなくなるくらいまで、かぼちゃプリンの箱が入っている。
支援者(パトロン)さんが主催した、ハロウィンのイベントで配ったやつの余りらしい。
どうやら毎年行っているらしいが、そもそもそんなイベントがあったことも知らないので、興味がない。いや、僕の絵が展示された事だけは知っている。だが、それだけだ。
「賞味期限は来週だよ。食べ切れるの?」
無理だと即答する。さすがにこの量を食べ切れるほどの甘党ではない。
これでも、毎日1つずつ食べている。今日食べる分でようやく1箱減るのだ。それでも10箱、60個以上余っているのは、もうどうしようもない。
そうだ。せっかくなら、妹の楽団に持っていけと促す。それなりに人数がいるはずだし、ちょうどいい差し入れになるだろう。
「ごめんねにぃに。私たちそのイベント出たんだ。差し入れ、このプリンだったのよね。まだうちにあるよ」
聞く限り、出演者に箱で配っていたようだ。既に楽団員の大半は食べ切ったか、食べ飽きているらしい。
「……というか、今日来た理由もプリン(これ)だし。にぃになら食べると思ってさ」
そう言って妹が見せてきたプリンは、冷蔵庫にあったものと同じだ。こっちは食べ飽きていたらしい。
もしかしなくても、支援者さんは『甘い物は無限に食べれる』とでも思っているのだろうか。
まあ、あの人はそういう所がある。際限も見境も無いタイプの甘党だ。イベントに協力していたパティシエールの方も、そんな感じの人らしい。
「……どうする?これ」
しょうがないから、他の人に押し付けることにしよう。
“押し付け”というと人聞きが悪いが、内容はお菓子なのだからなんとかなるだろう。
しかもパティスリー留里のお菓子だ。県外では予約も取れないほどのものを、こんなに大量に。拒否される確率の方が低いはずだ。
ちょうど今日は来客の予定がある。その人にあげれば、少なくともうちの在庫はなんとかなる。大量の荷物になってしまうが……、あの人は断ったりしないだろう。
それでもダメだったら?その時は、ご近所付き合いをするしかないか。
ちょうどよく、玄関チャイムの音がした。
「こんにちは。事務局の者ですが――」
――
「……ということがあってね。これはおすそ分けだよ」
と局長から言われたものの、さっくり数えて50個以上ある。これを“おすそ分け”とするには、あまりにも余りがありすぎる。
ひと仕事終えて戻ってきたら、応接デスクに、なんかすごい量のプリンが置いてあった。
どうやらお得意さんから押し付け……、貰ったらしい。
この印刷、このプリンの容器、それとこの量。まず間違いなくウチの母ちゃんだ。
おおかた、毎年恒例のハロウィンイベントで張り切りすぎたのだろう。毎回クッキーとプリンを大量に作って、それを大量に余らせる。冬場の我が家の様式美だった。
クッキーは日持ちするから後日店に並ぶが、プリンはそうもいかない。期限が切れる前に、ご近所さんに押し付けて回ってたっけ。
お得意さんが誰で、どこから貰ったかは知らないが、この量を貰ってるってことはイベント関係者だったのだろう。
「にしても、なんでこんなにあるんですかね……」
一緒にこの状況を眺めている先輩から、当然の疑問が飛んだ。
「一度にグロス単位で作るからじゃないっスか?」
憶測だが、半分事実みたいなもんだ。だってマジでそのくらい作ってたから。
※グロス 1ダースを1ダース=144個。
「さすがにそんな訳ないだろうよ。そんな大変なこと、わざわざするかな?」
します。してました。うちの母ちゃん、スイーツに関してはリミッターが無いから。クッキーに関してはキロ単価で作ってたから、もっとヤバい気もするけど。
母ちゃんも、イベントの主催である七逆(ななさか)さんも、『甘い物は無限に食える』と思ってるフシがある。
いや、オレだって食いたいとは思う。胃袋がなかなかそれを許してくれないけど。
昔はいくらでも甘い物をかき込めた気がするけどな。子供の胃袋なんてタカが知れてるから、あんまり変わらないか。
あーあ、また懐かしい気持ちになってきた。仕事に支障が出るから、できるかぎり抑えておきたいのに。
こういうときは、甘い物を食うに限る。とりあえずスプーンを引っ掴んで、プリンを口に運ぶ。
なめらかでしっとりした甘さと、柔らかい舌触り。うん、いつ食べても美味い。
「うん、おいしいねぇ」
先輩も絶賛している。当然だ。うちの母ちゃんのプリンなんだから。
どーしよ、仕事が片付いたら里帰りでもしよっかな。その時は何か贈ってやらないと。 [参照]
#ノート小説部3日執筆 「こういうときの、神頼みですわ!」
「う〜〜、最悪ですわ〜っ!」
終礼後もずっと机に突っ伏していた、ランちゃんが雄叫びを上げた。この子、この時期はいつもこんな感じ。
「空は飛びづらいし頭も痛いし死ぬほど寒いし、授業は上手く行かないし、今日は踏んだり蹴ったりですわ!」
大変だなあと横目に見ながら、私は帰り支度を続ける。
「う〜〜、アンリ!この後に予定はありまして?」
あーあ、私に回ってきちゃった。他の子は……ああ、いつもの仲良しメンバーはみんな休みだ。みんな具合悪いんだって。
「ないよ。今日は習い事も、お家の仕事も無いから」
それに、断る理由もないもんね。
「良かった!一緒に行ってほしいところがあるのですけれど……」
「うん、いいよ。行こっか」
二つ返事。まあ、いつものことだし。
……というわけで、お忍びで山を降りてきた。門番さんにウチの権力をちょっと見せれば、だいたいなんとかなる。
「やっぱり、山を降りると頭痛がマシになりますわ!」
ランちゃんはたぶん、そういう体質なんじゃないかな。私はよく分からない。
「ところで、どこに行くの?」
そういえば相談もしていない。普段なら、道すがら目的地を聞いたりするのに。
「神様に直談判しますわ!わたくしたちの体調不良の原因を除いてもらわないと!」
うーん。そんなことしなくても、ほっとけば何とかなるんじゃないかな。
それで、やって来たのは神社。うん、すっごいボロボロの、ね。怖い作品ならまずヤバい怪物が出そうな所だね。
「わたくしたちも半分怪物みたいなものでしょう?今更恐れる必要はありませんわ」
強い。さすがクラスで一番の優等生だ。
『なぁに、ちびっ子たちぃ、遊びに来たのぉ?』
間延びした声が、境内に響き渡る。まあ、この辺の神様ならよくあること。わりとフレンドリーだし、相談に乗ってくれる。でも姿は見せてくれないんだよね。
「わたくしたち、お願いごとがあって来ましたの。お話ししてもよろしくて?」
すごい。神様相手なのに、ランちゃんはいつもの口調だ。
『それってぇ、頭痛とか、する感じぃ?』
「そうですわ!……まさか貴方が原因!?」
『違うわよぉ。最近多いのよねぇ、そのお願い。ウチの管轄じゃないんだけどぉ〜』
所々にあくびのような伸び音をさせながら、その声は続けた。
『そこのぉ、もう一匹はどうなのよぉ。頭が痛くなったり、しないのぉ?』
「う〜ん……。あんまり……?」
私にそういった不調は起こっていない。私が鈍感なだけかもしれないけど。
『そ〜なのねぇ。ま、別に流行り病とかじゃないから、気にしないでいいわよぉ』
やはりぷやぷやとあくびをしながら、神様は答えた。
『この時期は気圧が下がるからぁ、頭痛とか起こしがちなのよねぇ。自然法則としてしょうがないから、諦めてちょうだぁい』
「そんなぁ!わたくしたち、けっこう苦しんでますのよ?なんとかならないんですの?」
神様はひときわ大きなあくびをかました後、こう答えた。
『あったかくして、早めに寝なさぁい。健康に過ごせば、なんとかなるわよぉ』
解決方法としては初歩的だ。そりゃそうよ、としか思えない。
『ま、こっちからもある程度は言っておくからぁ、ちょっとでもマシになるといいわねぇ』
すごい。他人事だ。まあニンゲンではないから仕方ないんだろうけど。
『お話はおしまいよぉ。さっさと帰りなさいねぇ。日が落ちたら、一段と寒くなるからぁ』
そうして、神様の声は止んだ。
「う〜〜ん、納得いきませんわ……。でも、神様が言うなら仕方ありませんわね……」
ランちゃんはしょぼくれている。いつもピンと立った耳が、ぺたんこになるくらいには。
「まあまあ。帰ろっか。そろそろ暗くなっちゃうし」
そう言った矢先、日暮れのチャイムが鳴った。いい子も悪い子も帰る時間だ。
――
「……ってわけなんでぇ、気圧上げてもらえないですかぁ?」
そんなこと言われても。メインシステムはもう冬モードにしちゃったし。
「つい2週間前まで夏モードだったじゃないですかぁ!いきなり変えるとニンゲンが困っちゃうんですよぉ〜」
うーん、じゃあまた気圧上げておくね。
「あーっ!そんなに一気に上げちゃダメですよぉ!」
じゃあどうすればいいのよ!みんなワガママすぎるでしょ!
「ゆっくり変えてくれって話ですよぉ。気圧調整レバー、真ん中で止めればいいじゃないですかぁ」
半端なのは変じゃん。しっかり変えた方がキリが良いでしょ?
「うー、平成さんに戻ってきてほしいですねぇ。引き継ぎくらい、ちゃんとしてほしいもんですよぉ。まったく」
#ノート小説部3日執筆 「20XX年日本の旅」 お題:文庫本 ※前回分
私とミカは今、列車に揺られている。
座席は都心部を走るようなロングシートではなく、向かい合わせのボックスシート。
何なら電車でさえない。気動車──いわゆるディーゼルカーだ。
線路は一条きりで、対抗路線の列車とは駅ですれ違う。
まぁ要するに、かなりの辺境を走る列車に乗って旅をしているというわけだ。
「ねぇ、きょんち」
車窓からの景色を見てはしきりに話しかけてくるミカの膝には、一冊の文庫本がある。
書店の書皮がかけられたそれが何の本かはわからないが、栞を挟んでいるわけでもなく、膝に置いているだけで開く素振りもない。
「なんかさ、あーゆー村ってやっぱ変なオキテとかあって、うっかり立ち寄ったヨソモノは帰してもらえなくなったりするのかな」
そしてまた偏見というかフィクションに毒されたことを言う。
窓の外には、山あいの長い駅間に取り残された限界集落らしき光景が流れていた。
「……昔ながらの迷信とかはあるかもしれないけど、そんな因習村レベルのヤバいのはないでしょ。だいたいこういうとこはみんな『今さら都会に移り住むのは怖いから住み続けてる』ってだけの話で、他人をどうこうしてまで村を維持しようなんてバイタリティは正直ないと思う」
「わぁ、きょんちってばシンラツ〜」
バッサリと切って捨ててしまう私は確かに辛辣の謗りを受けても仕方ないとは思うが、勝手に因習村扱いするミカも大概だと思う。
まぁ言ってしまえば逆ベクトルで似たもの同士なのだ、私たちは。
そして私たちの共通点らしい共通点はといえば列車を乗り継ぐ旅が好きだというくらいのもので、夏や冬の連休が取りやすい時期になるとこうして季節限定の定額きっぷを握りしめて列車に飛び乗り、車窓の光景を眺めたりお喋りしたり、時には積読の中からチョイスしてきた本を読んだりして長い移動時間を満喫しているのだった。
私は長らく積んでいた科学雑誌を一冊片付け、今は目の休憩を兼ねて窓の外を流れる青々と茂る雑木林を眺めている。
ミカもまた同じく外を眺めているが、彼女の場合は本は膝に置きっぱなしである。
私が雑誌を読みふけっている間もページを開くこともなく、電波の繋がるところではスマホをいじり、繋がらないところでは景色を眺めたりうたた寝したりしていた。
……そもそも、ミカが旅行に本を持ち込むのを見たのは今回が初めてである。
紙媒体は読んでもファッション誌かマンガ、そんな彼女が文庫本だなんていったいどんな風の吹き回しだろうか。
気になった私はつい尋ねてしまう。
「ミカ、その本読まないの?」
すると彼女から返ってきたのは想像だにしない回答だった。
「うん、いーのコレは。そーゆー用じゃないから」
そういう用じゃない、とはどういうことだろうか。本に読む以外の用途はないと思うのだが。
怪訝に思ったのが表情に出てしまっていたのだろう。そんな私を見たミカはけらけらと笑って意図を説明してくれたのだった。
「前にさ、SNSで『本を読もうと思って旅行バッグに入れるんだけど読まずに帰って来ちゃう人』の話があって、その人の言い分がちょーかっこよくってさぁ。『私は本に「ほら、本、ご覧、あれが海だよ」って旅先の景色を見せるだけの人になってる』って。いいじゃんそれー!ってなったの」
「あー……それで真似っ子して本を連れてきたってわけね」
聞いてみればとんでもなく馬鹿馬鹿しい理由だった。けれど、彼女のその馬鹿馬鹿しさを実のところ私は好いているのだ。
「読むために持ってきたはずの本に景色を見せるだけで終わった」のと「景色を見せるために本を連れ回す」のでは天と地ほどの差があるのだが、そこを気にしないのが私の親友の愚かしくも可愛らしいところだと思ってしまうのだった。
「で? その読まれずに連れ回される可哀想な本はどんな本なのさ」
「んとねー、コレ」
そう言って彼女が捲った中表紙に書かれていたタイトルは──
『2001年宇宙の旅』
「……往年の名作じゃねーか!」
しかもタイトルに「旅」とはついているけれども、これを旅行記に含めていいかと言われると個人的には首を傾げざるを得ないし、結末も難解で、とてもミカの手に負える作品ではない。……まぁ本人に読むつもりはなさそうだし、旧世紀に宇宙へ飛び立った物語に新世紀の地球を見せるというのはなかなか皮肉が効いてて悪くないと思う。絶対にミカはそこまで考えてはいないだろうけど。
「へー名作なんだ? きょんち読んだことある? 面白い?」
ミカが無邪気に感想を問うてくる。この厄介な名作の感想を、いったい私は彼女にどう伝えればいいというのだ。
「読んだことはあるけど……」
言い淀んだ私の眉間には、知らず知らずのうちに皺が寄っていたらしく、ミカに指先でグリグリと皺を伸ばされる。
「きょんちがそーゆー顔するってことは難しい話だってことはわかった!」
「察しが良くて助かるよ……そーね、私は嫌いじゃないけどミカ向きじゃないかも」
そんなことを話しているうちにいつの間にか列車は山間部を抜け、海沿いに出ていた。
「わー、海だー!」
ミカが弾んだ声を上げる。
そしておもむろに膝の上に置きっぱなしていた本を手に取ると念願のその台詞を言い放ったのだった。
「ほらご覧、本、これが海だよ」
おわり
#ノート小説部3日執筆 『ま、ほら。ひとりで遊ぶのはつまんねーじゃん?』
らっしゃっせー。お好きな席へ……。おいこらクソガキ、まーた深夜徘徊か?
まあいいけどさ。いつもの席は空いてるよ。
そうそう、注文はタッチパネルになったから。皿下げてほしかったら呼び鈴……、あ、知ってる?ならいいや。
お待たせしましたー。ご注文の大盛りポテトでーす。
えっ、配膳ロボ?いるけど、充電中だよ。こんな客いない時に動かしても無駄だろうから。撫でたかった?なら昼間に来るんだな。
んで、トランプ広げて何やってんのさ。
えっ、一人ババ抜き?……楽しいの、それ?
つまんない?そらそうよ。他のやつとやるから楽しいんだろうに。
む……、ちょっと待ってろ。
ほいよ、お待たせ。
あん?休憩時間なんだから私服で当然だろうが。制服のまま客席に座ると問題だからな。しょっぴかれるのはオレじゃなくて、店になっちまうし。
おし、じゃあやるか。カード切るから、貸してみ?ショットガンシャッフル?オレあれ苦手なんだよ。やってみたいんだけどさぁ。
うん、よーし配るぞー。二人でやるから、手札はほぼ無ぇな。ま、オレの休憩も少ないし、ちょうどいいだろ。
……あ、お前が持ってんのか。
そんなの言っていいのかって?いや、お前手札2枚だし。オレはほら、ご覧の通り。
ババ抜きの本質はそこじゃねぇから。いかに相手を騙すか、いかにババを勘違いさせるか。それが問題だろ?
ってわけで、オレを騙してみなよ。できるでしょ?少なくとも、オレより賢いだろ?学校行ってるんだし。
……そ、右を選んでほしい感じ?んじゃ、オレは左を取る。
はい、アガり。……ごめんって。そんな簡単なわけないと思ったんだよ。
もっかいやる?やろっか。オレもこんなんで終わるのはシャクだし。
……またお前が持ってんのか。じゃ、もっかい騙し合いってわけだ。どんなやり方でもいいぜ。オレは楽しけりゃいいから。
ん?おもしれーことしてんね。テーブルに伏せてシャッフルするのか。いいね、後ろ手にシャッフルするより、手元が見えるだけ誠実ってもんだ。
シャッフル終わった?じゃ、右を取ろうかな。言いたいこと、ある?ない?ないならいいや。
……おっと、ババだ。今度はオレの番ってわけだな。
オレも騙し合いは得意じゃ無ぇからさ。ま、頑張ってみよっかね。
と言っても、オレも大したことできるわけじゃないし。軽くシャッフルして、ほい、好きな方選びな。
……えっ、右選ぶの?いやいや、ほら、飛び出してるのは左だろ?それでも?ファイナルアンサー?
分かった分かった、右だな。いいんだな?引いてみな。
残念。もう一回だ。だから言ったじゃん?
……ンだよ。駆け引きってそういうモンじゃねーのか?
嘘ついたわけじゃないだろ。惑わせ、揺さぶり、誑かしただけ、そうだろ?
お前はホントに真面目なんだな。いいことだよ。真っ向勝負ができるヤツは、それだけで価値があるからな。
……ま、こんな夜更けにファミレスに来るヤツが真面目かと言われると、アレかもしれないけど。
今日……もう昨日か。何かあった?
いつもは勉強しに来てるのに、カードなんて広げてさ。一人でババ抜きなんてして。そんなの、気になるに決まってんじゃんか。
……へぇ、そうなの。いろいろあったねぇ。
勉強もして部活動もして、あげく家でメシ作んなきゃいけないんだ。それが毎日か。大変だね。
だからって夜遊びは危険だぜ?ここはまあ、監視の目もある程度あるからいいかもしれないけどさ。
別にオレは何もしないよ。お前が何か言わない限りは。
……何かあるなら、蛇を呼ぶおまじないでもすればいいさ。この街なら、ほぼ10割オレの仲間が出るだろうよ。みんな優しい、いいヤツらだよ。
蛇を呼ぶ方法?さあね。
言ったろ?オレからは何もしないって。
……で、シャッフルは終わった?ああ、話に夢中で忘れてた?それは話を振ったオレのせいだな。ごめんな。
む、シンプルに来たな。これムズいぞ。
じゃあ、右だ。……はい、アガり。
ごめんって、ホントにまぐれなんだって。
……あー、オレそろそろ仕事に戻んないと。
悪ぃね。それじゃ、ごゆっくり。
トランプと花札の擬人化小説 #ノート小説部3日執筆 お題「トランプ」
男女が橋の上から豪雨で増水した川を見つめていた。
雨は今も降り続いている。
風も激しく男女はすっかりずぶ濡れになっている。
もっとも二人は傘も差していない。
風がなくったってずぶ濡れにはなるだろう。
傘も差さずに、じっと川を見つめている男女。
どんなに察しの悪い人だってこれからなにが起こるかはわかるだろう。
しかし、見咎めるものはいません。
当たり前だろう。
今日の雨の勢いは普通ではなかった。
出歩くものはほとんどいない。
まして、川に近づくやつなんて・・・まっとうに生きようと思うならないでしょう。
ああ。
とうとう男が欄干に手をかける。
男は美青年といえる風貌だった。
顔かたちが整っているのはもちろんだが目と髪、そして肌の色が美しかった。
秋の稲穂のような髪色。
夏の空のような青い瞳。
冬の雪のような白い肌。
一目見てこの国の生まれとは違う風貌。
異国情緒が青年の整った風貌をさらによく見せている。
こんなに外見に恵まれた一体なんの悩みがあるというのだろうか。
容姿だけで大抵の問題は解決してしまうだろう。
色恋はもちろん、金だの仕事だのだって役者にでもなれば一発だろう。
一方、女のほう。
これもまたかなりの別嬪さんだった。
町歩きにはいささか派手すぎる着物を着ている。
パッと身で高級な品だとわかるそれ。
雨に濡らすにはあまりにももったいない。
もっとも、高級品であるはずのその衣装にありがたみを感じる人間はあまりいないだろうが。なぜなら、その衣装はいいところのお嬢様が着る晴れごとは違う。
帯の結び目が前に来た、いわゆる、遊女のための衣装だった。
「心中の沙汰は誠か芥子の花」
「花、辞世の句というやつかな?」
「そんな上等なものじゃありません」
花と呼ばれた女はくすくすと笑った。
とても死のうとしている人間とは思えない明るい笑顔だった。
あるいは句に混じった芥子の花がそうさせたのかもしれない。
「辞世の句が人様の借り物ではあんまりです」
もっとも自分程度の人間にはそれくらいがふさわしいかもしれない。
花のなかにはそういう気持ちもあった。
「たとえ、芥子の花が見せた幻だとしてもトランプさんと過ごした一時は幸せなものでした」
・・・・・・
「ううん。こんなの覚えてなんになるっていうの」
「ぼやくな。良い客を捕まえたかったらさっさと覚えないさい」
「はいはい」
花は和歌の本をつまらなそうにめくる。
桜がきれいだの、あの人に会いたいだとか、実にどうでもいいことが回りくどい言葉で書かれている。
言葉遣いが回りくどいくせに文字数だけは最小に納めようとしているのだから、いよいよなにがしたいのか、花にはわからない。
「あんたは顔はいい。肌もおしろいも塗ってないのにまっしろだ。でもね、外見だけの女ってのは安く買いたたかれるのよ」
「わかんないな。結局は床入りがしたいだけなのになんできょーよーとか求めてくるのかな」
もったいつけて、引き延ばして、値段をつり上げるというのはわかる。
でも、そこに教養って必要なのかな。
会話を引き延ばす手立てなんていくらでもある。
話のネタなんて、そこらの役人の醜聞だけでも十分である。
踊りや楽器はわかる。
宴を盛り上げるには有効な手だ、
しかし、金を払って遊ぶだけの相手に教養を求める意味とは。
「さあね。なんか知らんが男はそういう女がいいらしいよ」
「そのなんか知らんがの部分が知りたいのよ」
「細かい子だね・・・」
なんか知らんが仕事に必要だから覚えさせられる。
花にとって和歌とはそういうものだった。
「ほら、どうこうしているうちに客が来ちゃったよ」
・・・・・・
客が待っている待合茶屋に入る。
客は部屋の真ん中で正座をして待っていた。
「あら。ずいぶん、礼儀正しいおかた。楽にしてもいいんですよ」
「そ、そうなのか。この国ではこう座るのが作法と聞いていたんだが・・・正直、きつかった」
男は足を崩す。
男の足はすらっと長かった。
今まで会ってきた男たちより腰の位置が高いように見えた。
「あら、あなた、異人さん?」
「そうだ。ポルトガルから委任してきた」
「委任?」
あ、この人、お偉いさんだ。
商人とかではない。
役人かなにか公の立場がある人だ。
花はすぐに察した。
しかし、口には出さなかった。
もし懇ろになれればいろいろとおいしい思いができるだろうが、まずいことになったときの被害はより大きなものになる。
上客には違いないから話したくはないが、踏み込みすぎもよくはない。
「君も異人ではないのか?」
「え? 私がなんでまた?」
「あ、すまない。なぜか君の顔立ちに懐かしさを覚えて」
「ふふ。定番の口説き文句ですね」
しかし、なぜだろう。
花は男にそう言われて、なぜかホッとした気持ちになったのだ。
男に口説かれてホッとするなど実に妙な話である。
この時点で、その気持ちの理由に気づいていれば、二人は『ああ』はならなかったのだ。
・・・・・・
三度目の登楼。
床入れを果たしたあと男が身の上話を始めた。
「実はこの国には妹を探しに来たんだ」
「妹?」
「ああ、女遊びが派手な父親でね。この国の女の人を孕ませたんだけど男女ともに立場的にまずいことになってね」
「あら、血は争えませんね」
「ひどいな。実際その通りなんだが・・・で、その子をなかったことにしようとしたんだけど、いよいよ老いてきた父親が後悔なのか不安なのか、その子の所在をはっきりさせたいって言い出して・・・」
「ずいぶん勝手な言い分で」
「そうなんだけどさ、親父も悩んだと思う。本当に大きな話で場合によっては日本とポルトガルの取引が成立しなくなるレベルの税金が・・・具体的な話はよそう」
是非止めてほしい、と花も思った。
床で役人の醜聞を聞き出して一儲けしようとした遊女は何人もいたが大抵は儲けもできずにひどい目に遭うのだ。
花はそんなことは望まなかった。
親に捨てられ、物心もつかぬうちから花街で暮らしていた自分には日々を穏やかに暮らせる以上の贅沢はない。
幸い先輩たちは優しいし、他の生き方を知らなければ遊女の我が身を哀れむこともない。
贅沢もなければ、世を嘆くこともなく生きていければ十分だ。
そう思っていた。
・・・・・・
ああ、しかし、お察しのことと思いますが、この妹というのが花のこと。
調査の末、それがわかったのは床入りを果たした後。
花は初めて世を儚んだのでした。
そして、それは男のほうも同じ。
妹を遊女として抱いた己を獣と堕したとなげいたのです。
・・・・・・
「来世では他人だといいですね」
「すまない。俺の国の教えでは転生はないんだ。それに兄妹でなければきっと出会うこともなかった」
「そのほうがいいかもしれません」
「ひどいなぁ」
しかし、それくらいの扱いのほうが自分にはふさわしいのかもしれない。
風雨のなか、ひときわ強い風が吹いた瞬間に姿を消した男女は互いにそう思ったのです。
──絵師を、呼んだ。
床に伏せていて気が滅入ったが故の、一時的な気の迷いなのか。
それとも「彼女」が遺した言葉達を何度も反芻した、必然の判断だったのか。
昔から深く考えるのが億劫で、その思考はすぐに霧散した。
「……あの、正面からでなくて、よろしいのですか?」
依頼したのは、肖像画であった。
対象の顔が半分も見えない横から描けとは、彼も経験が無い事であろう。面食らうのも当然の事だ。
「構わぬ。」
絵師の筆が、少しずつ進む。
この、両の眼は、色々なものを目にしてきた。
思いがけず見たいものを見る事が出来た……とも思うし、見たくもない惨状も、醜さも、厭というほど目の当たりにしてきた。
彼女の、最後も。そうだ。
しかし、見落としてきてはいまいか。
そう、老いてからは思案する事が増えた。若き頃には考えられ無かったが。
そんな、不完全な眼を、両方形に遺すのが、嫌であった。それだけの理由だ。
絵師は怯えながら、筆を進める。
私の事を知っているものなら、当然の反応である。
なにせあだ名が「癇癪持ち」なのだから。酷い言われようだが、今となっては、言われるのも無理は無かったなと思える。
(君にもよく、我慢を覚えなさいと、怒られたものだったな……)
文字通りの、荒くれ者であった。
であるからこその、重ねた武勲だとも思う。
そして、信じるに足る、戦友にも恵まれた。
悔いがあるとすれば、彼女と共に、ヴァルハラへ向かえなかった事か。
(もうすぐ逢えそうだな。
……なぁ、ジャンヌさんよ。)
彼の名は、エティエンヌ・ド・ヴィニョル。
フランス、百年戦争後期で活躍した軍人で、ジャンヌ・ダルクの戦友であったことでも知られる。
──そして、トランプの「ハートのジャック」のモデルでもある。
ハートのジャックには、片目が描かれていない。そして、ハートの絵柄を、ただじっと見つめている。
#ノート小説部3日執筆
ド遅刻 #ノート小説部3日執筆 『ケの日みたいなハレの日に』(題:文化祭)
文化祭。元気な学生には格好の思い出に、内向的な学生には、それはそれで思い出になる祭り。
今日はその二日目。
二日目だからと侮ってはいけない。疲れかけの時が一番ツラいのは、これまでの制作で嫌というほど理解している。
……まあ、俺は一日目は来なかったんだけど。
教室に入れば相変わらず、今イベントのマスコット(?)謎オブジェが出迎えてくれる。
「おはよー。昨日はどうだった?」
相変わらず最初に来て、キャンバスにジェッソを塗っている奴に話しかける。こいつは無口だが、いい作品を作るので一目置いている。
「……油彩科は静かでした」
うーん、絶妙に会話が噛み合っていない。目も見てくれない。
要は『油彩学科(うち)の展示に来た人は少なかった』と言いたいんだろう。これが小説の人物だったらそのセリフでいいだろうが、こちらはコミュニケーションが取りたいのだ。
「そっかー。やっぱいつもの絵を展示するだけじゃダメかぁ」
なんとか会話を繋げる。
「空間科は盛況でしたね。エイムズの部屋は有名ですから」
あ、そっち方面で続けるのか。じゃあ上手いこと便乗しないと。盛況そうな他の科というと……。
「工学デザイン科はどうなの?」
「3Dプリンター体験が人気ですね。30分待ちの列ができていました」
こういう所に来る人たちには、やはり体験型の出し物は人気らしい。一回触ってみると、スゴさが分かるからな。
「メディアデザイン科は?」
「“ばずってる”らしいですよ。相変わらずマーケティングが上手いですね」
やっぱり、SNSを制覇してるような奴らは違うや。学校の公式アカウントだけでなく、個別にアカウントを運用しているらしいから。
「……うちの科、やっぱり地味なのかなぁ」
別に、文化祭でやってきた人数が、そのまま学科の人気度になるわけではない。いつだって西洋画は需要がある。宣伝に割くものが無くたって、ちゃんと毎年人は来ている。
ただ、他の学科がキラキラしていて眩しいだけで。
「そうでしょうか」
こいつ、どうやら下地を塗り終えたらしい。
それはそれとして、音も無く背後に立つのはやめてくれ。怖いから。
「表現の仕方が違うだけです。彼らには彼らの、僕たちには僕たちのやり方があるでしょう」
そいつはくるりと後ろを向いて、だいぶ前に白塗りしたキャンバスを手に取った。そして、慣れた手つきでパレットにヴァーミリオンの絵の具を出した。こいつは、いつも赤系色を強めに使うクセがある。
「僕は好きですよ、ユズルくんの絵。荘厳で、丹精で、圧倒される重量がある」
こいつの語彙はよく分からない。講評会でもこんな感じなので、割とみんな引いている。
というか、俺の絵ってそんなに重苦しいのか?展示に出してるやつは確かに、そういうイメージで描いたけど、いつもの絵はそんなに重くないぞ。
「……というか待って、お前なんで今描いてるんだよ?今日の当番じゃないのか?」
繰り返しになるかもしれないが、まだ文化祭のまっただ中だ。あと2時間でお客さんが来る。その程度で絵は描きあげられないだろう。
「えぇ、当番ですよ。どうせ暇でしょうから」
マイペースなヤツだ、こいつは。
ヒマさえあれば絵を描くとは、美大生としては完璧な心意気だ。対人面にデカい問題があるが。
「……そうだ!せっかくだし、展示の入口で描いたらどうだ?ほら、ライブペイントってあるじゃん」
我ながら妙案だ。
こいつは絵が描けるし、お客さんはそれを見て(どう思うかは知らないが)興味を持ってもらえばいい。
出し物としての申請は……まあ、事後報告でなんとかなるだろう。
「いいんですか?好き勝手やりますけど」
「おう、やりなやりな」
――
『こんにちはー!リポーターのカレンですっ!二日目も、生放送で校内を回っていくよ〜!』
廊下から陽気な声が聞こえてくる。
学校の公式生放送は、いつもの学校の辛気臭さが何一つない爽やかなものだ。
『さ〜て、私は現在、一号館にいます!ここでは、油彩学科の作品展示をしていま〜す!オシャレですねぇ!』
うん、皮肉だろう。普段のカレンさんは、キャンバスアートに対してだいぶ辛辣だから。
『そしてそして〜、なんと!今まさに油絵を描いている学生もいまーす!』
やかまし……、元気な声が近いはずだが、あいつは涼しい顔で絵を描いている。ここからだとキャンバスが見えないので、何を描いているかはわからない。
『何を描いてるんですか?』
「……鳥、でしょうかね」
もともとこいつはディフォルメに近い独特なスタイルだ。よく分からんが鳥なのだろう。あまり見えないので憶測でしかないが。
『……どこがですか?』
そうなるよな。
『あ、待って、分かったかもしれない。この辺が尾羽だ!ひらひら〜ってしてる!絶対そう!』
カレンさんは謎にはしゃいでいる。分かれば楽しいというのは、芸術にはよくあることだ。
「どうでしょうか。完成してからの、お楽しみということで」
妙な答え方しやがった。まあ、あいつが楽しそうなら、それで良いか。珍しく笑顔だし。
――
カレンさんが次の所へ移動した後。相変わらず、油彩学科の展示室は静かだ。辛うじて、あいつが動かす筆の音があるくらい。
他の所は賑やかなのだろう。廊下に声が反響している。
すぐ近くがメディアデザイン科の展示なので、シャッター音まで聞こえる。
まあ、いい。そういうもんだ。暇なくらいがちょうどいい。
「……で、ホントに鳥なのか?これ」
まだ絵を描いているそいつを見に行った。
今のところ、キャンバスには赤い花弁のような形が大量に散らばっている。鳥らしい要素は見当たらないし、だからといって鳥ではないと断定すると、それはそれで問題だ。芸術ってのは難しい。
「さあ、どうでしょうか。カレンさんにも、鳥“でしょうかね”と言ったんですよ?」
はぐらかしやがった。こいつはいつでもこんな調子だ。
まあ、そういえば、こいつは決まったモチーフを描いたりしないヤツだ。
「お前の絵ってさ、不思議だよな」
本当に不思議だ。最近はシュルレアリスムに片足突っ込んでるような、キメラみたいなものばっかり描いている。
ちょっと前まで写実主義だった気がするけど。
「……今も写実主義ですよ。見ているものが変わっただけで」
そういうもんか?本来見えていないものが見えているのなら、それはそれで心配になる。
「お客様の応対、お願いできますか?」
それだけ言って、こいつはまた絵に向き直った。
……いや、お客さんいないんだけど。
#ノート小説部3日執筆 お題「文化祭」 最後の文化祭
***
文化祭……あぁ、それは青春の煌めき。アオハル。学生時代における煌めきの1ページ。
それぞれのクラスやクラブで出す模擬店。展示物。演劇に、お化け屋敷。そしてなにより、それらの準備の為にみんなで遅くまで学校に残ったり、前日には泊まり込んで仕上げをしたりと、普段よりもクラスメイトやクラブの部員と距離が近くなり、一体感を得られるという学生ならではの一大イベント。
いつもは殺風景な教室や廊下が限られた予算内の中で賑やかに、華やかに飾り立てられ、楽しそうな雰囲気を醸し出している。
中にはこの文化祭を通して仲を深め、恋仲になる……そんなロマンスさえも秘めている文化祭。
そして当日には近隣の学生も訪れ、模擬店も展示や演劇も大盛況。
時には近隣学生との小競り合いやトラブルが起きてしまう事もあるが、そんな事さえも文化祭の華である。
そう、文化祭とは、そういうもののはずだ。
……そいういう、ものの、はず、だった。
***
「なんで、文化祭だというのに、こんな地味なんだっ!!」
耐え切れなくなったらしくクラスメイトの男子が突如立ち上がり、そう叫んだ。
その声に他のクラスメイト達はそれぞれ顔を見合わせた後、また無言で机に広げたテスト用紙へと視線が戻る。
「……児玉、座ってテストに集中しろ」
そして叫んだ生徒――児玉と呼ばれた生徒は監視の為にいる教師からそう叱られ、渋々といった具合でまた席へと座った。
だが、その表情はありありと不満が浮かんでいる。
進学校であるこの学校の文化祭は、一般的にイメージするような特別な事をする訳では無かった。
一応、文化祭自体はある。
だが、秋に行われるため、三年生は受験を控え文化祭当日もこうして模擬テストをしているというありさまだ。
一年生、二年生に関しては一応簡単な模擬店や展示などもしているが、そもそも勉強中心のこの学校ではそれほど文化祭などの学校行事に力を入れる生徒が少ない。
強いて力を入れているのは保護者会が体育館で行う不用品の売買……もといチャリティバザーだけだ。
だがこれも生徒は特に関与しておらず、保護者会に所属している親がやたらと張り切って仕切っている。
そして模擬店にしても、教室の中で適当に並べた机に布をかけて少しだけ見栄えを良くした上に、近所の商店街と掛け合って仕入れたお菓子やパンなどを並べたり、また別の教室では問屋から仕入れたペットボトルや缶のジュースを冷やしたものを販売したり、なんとなーく活動しているクラブは適当な劇や、適当な展示をしたりしていた。
また近隣の学校や、この学校の関係者以外は立ち入り禁止な上、販売物に関しては前売りチケット制となっており、当日券という物は発行されていなかった。
となると、当然盛り上がりに欠ける。
三年間、こんな地味な文化祭しか経験しておらず、そろそろ卒業が見えてきた三年生に至っては階下にそれでも文化祭らしい雰囲気を感じながら模擬テストを受けている、という虚しさしか先程叫んだ男子生徒の心の中にはなかった。
何故、この学校を選んだんだ。
そんな中学生時代の自分を恨む。
当時はいい学校に行って、いい大学に進むのが正しい道だと思っていた。
青春なんてどうでもいい、リア充爆発しろ、とさえ児玉少年は思っていた。
しかし、高校三年生にもなってロマンスのひとつも、親友との買い食いや、カラオケでのバカ騒ぎさえもないこのただ勉強ばかりの毎日にさすがに、というか、やっとというか、彼は辟易していた。
クラスメイトは三年間成績によってコロコロと変わる。昨日の友は今日の敵だ。いや、正確には昨日の敵は、今日も敵、だった。
お陰様で三年間、親友なんてできなかったし、友達と呼べるほど親しくなったクラスメイトもいなかった。
辛うじて上位クラスに在籍はしているが、数字だけを見て過ごす三年間に彼は虚しささえ抱いていた。
模擬テストを終え、一、二年生が行っている文化祭も終わりの気配を見せ、一応最後だし……と前売りで買ったパンとお菓子のチケットを手にして一階下の二年生の教室へと向かう。
そしてチケットに記載されている二年C組の前に来ると、恐らく彼が持っているチケットの商品だけが侘しくその場に残されていた。
「あ、あの、これ……」
何とも言えない気まずさにそう、店番をしながら視線を手に持っている文庫本に落としている女生徒に声をかける。
すると少しの間の後、その女生徒が顔を上げ、かけていた眼鏡の向こうでその少し眠そうな瞳を瞬いた。そして、彼が手にチケットを持って差し出しているのに気が付くと、あ、と小さく声を出すと慌てた様に文庫本を机の上に置いて、立ち上がる。
「もう取りに来られないのかと思ってました」
そうどこか安堵した様に微笑みながら彼女は差し出されたチケットを受け取り、そこに書かれた商品名と目の前にある商品を確認した後、がさがさとビニール袋にそれらを詰めた。
「……や、模擬テスト受けてて」
彼女の言葉に少しばかり気まずくてそう言い訳の様に彼が言うと、彼女はビニール袋を彼の前へと差し出してにこりと笑った。
「模擬テスト、お疲れさまでした。受験も頑張ってくださいね」
彼の言葉と詰襟についている学年を表す青色の学年章を見て三年生だと気が付いた彼女はそう何気なく彼に柔らかい声で応援の言葉を伝え、商品の入ったビニール袋を差し出す。
その言葉に彼は目を瞬き、照れた様に笑うとその袋を受け取った。
「あぁ、頑張るよ」
きっとお世辞とただの場繋ぎ的な言葉だろうと分かっていても、彼の心は少しばかり温かくなり、そう微笑んで返す。
その微笑みに一学年下の彼女も微笑みで返した後、ちょっとだけ困った様な顔をした。
「……あの、それじゃ私、片付けがあるので」
「あ、ごめん。本当ならもう片付け終わってたよね。待っててくれてありがとう」
すでにどこの教室も後片付けに入っているのを横目に見て、彼女の言葉に彼は素直に頭を下げる。
そしてすぐさまその場を去ろうとした。
「あっ、あのそのお菓子、私の実家の和菓子店で作ってるんですけど、美味しいですよ。早めに食べてくださいね」
すると、その背中に彼女が慌てた様にそう声をかけて、彼は振り返るとこくりと頷いた。
がさがさと音を立てて、学校帰りに公園のベンチに腰掛けて今日買ったパンとお菓子を取り出す。
彼女が言っていたお菓子は、恐らく小さな饅頭でビニールの袋に店名が印字されていた。
きっと彼女の実家が和菓子屋という事で今回の文化祭用にクラスで仕入れたものなのだろう。
その小さな饅頭を包む透明なビニールを開き、口へと運ぶ。
それは生地のほのかな甘さと、中に詰められた栗の餡が絶妙にマッチした逸品だった。
「……地味だし、今年は模擬テストしかしてなかったけど、三年最後にいい文化祭の思い出ができたなぁ」
じっくりとその饅頭を味わった後、彼はそう呟き、饅頭を包んであったビニールを大切そうに畳んでポケットの中へとしまった。
印字してある和菓子屋に今度行ってみようかと思いながら。
大遅刻すみません!お題【香水】です。当創作キャラがBLしてます。特殊設定あり。R-15Gくらいです。 #ノート小説部3日執筆
設定→https://novel.daysneo.com/works/episode/91cc92719b17c5ef8874620529a3de62.html
【残り香】
その日の竜胆は烏頭が居る葡萄の荘園で収穫作業の手伝いをしていた。
周囲にはブドウの果汁が飛び散り芳醇な香りが満ちていた。鼻がおかしくなってしまいそうだと竜胆は心のどこかで思いつつ無言で収穫作業を続ける。
収穫作業は簡単だ。育ったブドウたちの首を落とし部位ごとに切り分けるだけ――。と言えば聞こえは良いが、実際の所この大陸の人物以外が見たら凄惨な殺人現場だ。
だが、まあ、それがこの大陸での仕様なので仕方がないという訳で、竜胆はすっかり染まり切った自分にどこか面白くなってしまった。
「ニヤニヤしながらやってると変態みたいだぞ」
竜胆が緩んだ頬をぺたりと触りながら声が聞こえてきた方向を見るとそこに立っていたのはゴム手袋にゴムエプロンの完全防備の烏頭だった。竜胆は「そう?」と言いながらも緩んだ頬に間違いはないかと切り落としたブドウの頭を籠に投げ入れる。
「最初は戸惑ったけどさ、慣れると意外とできるもんだね」
「慣れないやつはいつまでも慣れないもんだよ、今まで何人も辞めてきたからな」
烏頭はそう言いながら竜胆が切り分けた部位をひょいひょいと籠に入れていく。
「まあ、今日はこんなもんでいいだろ」
頭、胴体、腕、脚とそれぞれ籠一杯になった様を見ながら烏頭がそう言う。
「りょーかい」
鉈に似た刃物についた果汁を拭い、竜胆は片づけを始める。
暫く二人で後片付けをしていると何かに気がついたように竜胆が「あ」と声を上げる。
「そういえば烏頭ってさ」
「なんだよ」
「なんかいい香りするよね? ブドウの匂いみたいな」
「まあ毎日こんな仕事してればな匂いもうつるだろ」
「ブドウしか食べてないんだっけ」
「ああ」
それがどうした、と烏頭が竜胆を見れば竜胆は満面の笑みを浮かべていた。
「桃娘じゃん!」
「はあ?」
竜胆の勢いに若干引きつつも烏頭は竜胆の話を聞く、というより勢いよく話し始めてしまったので聞かざるを得ないのが現状だった。
「こっちにはそういう文化はないの? いや、僕が居た日本でもなかったけどさ。生まれた時から桃だけを食べ続けてその肉体、血、体液、香りすべて桃になるっていう眉唾な話があるんだよ!」
「へぇ」
「興味ないじゃん!」
すごいことなのに、と竜胆は続けるが烏頭は心底興味がないという視線を竜胆へと向けながらそもそも、と話し始める。
「俺は小さいころは普通に飯食ってたしなあ、まあ覚えてないが。ブドウしか食えなくなったのもここ数年のことだぞ」
そうだよな、といつの間にか居たヌシに烏頭は話しかける。
「そうですね。十年は経っていないですよ」
ヌシはそう言うと収穫されなかったブドウたちを連れて立ち去って行った。
「だから、味がするなんてことはないと思うけどな」
「でも烏頭からいい匂いするんだよなあ」
ぶつぶつと何かを言い続ける竜胆を見て、ぴたりと烏頭が動きを止め竜胆の目をじ、と見詰める。
「そんなに言うなら舐めてみるか?」
「え」
ほら、と烏頭は服の袖を捲り腕を露にすると竜胆の目の前に差し出す。
竜胆は戸惑い頬がカッと熱くなりつつあることに気がついた。これは高揚だ。
汗ばんだ烏頭の腕は味を確かめるにはちょうどいいだろう。でも、しかし。舐めてもいいのだろうか。烏頭は気がついていないだろうが、竜胆は烏頭のことを好いている。というより執着している。そんな竜胆が烏頭の腕を舐めてしまったら何かが変わってしまうのではないのだろうか。
ぐるぐると百面相をしながらそんなことを竜胆が考えていると烏頭が腕をヒョイと引っ込めてしまう。
「ふ、変態」
「はあ!?」
そうしてこの発言だ。これには竜胆も声を荒げてしまう。
「物欲しそうな表情するなよ」
「そんな表情してないもん……」
とは言ったが竜胆には自信がなかった。そりゃ好いている相手から自分の味を確かめてもいいなんて言われたら物欲しそうな表情になっていてもおかしくはないだろう。
「後の作業は俺一人でするからお前は帰っていいぞ」
「えー! 味は!?」
「すぐに決められないお前が悪い」
「ううっ」
ぐうの音も出なかった。チャンスを活かせなかった自分が悪いのだ。しかしこんなチャンスがすぐ目の前に飛び込んでくるとは予想できないだろう。
「せめて帰りは一緒に帰ろうよ、待ってるから」
「ああ」
黙々と作業を始めた烏頭の邪魔にならないように竜胆は椅子に腰かけるとその背中を見詰め続けるのだった。
#ノート小説部3日執筆 ご機嫌な洋風朝ごはんが食べたいのじゃね/お題「文庫本」
「本を読む理由」
世の中には、文字を読む才能と呼べるものある。
それは決して文章の巧拙でも、熱中の度合いでもない。
それはただ、文章を読んで事細かに脳裏に情景が浮かぶかどうかということである。
それは描写さえあれば、手回し式のオルゴールの鍵盤を譜面がなぞるように、スメタナの『わが祖国』より「ブルタバ(モルダウ)」の管楽器の音色と、弦楽器の徐々に盛り上がる壮大な協奏が聞こえてくるということである。
それは描写さえあれば、夏の肌を突き刺すような太陽の光のうだるような暑さから額を通って頬をこぼれる少年球児の汗をぬぐう、長袖シャツの布地のごわつきを感じられるということである。
それは描写さえあれば、場末のスナックで出された卵焼きの砂糖と卵が焼かれたフライパンにこびり付いた油の匂い、店内に残った煙草の香りと、手元に注がれた焼酎の匂いを感じられるということである。
本を読む理由など結局は、文字を読み没入できるからとしか言えない。あるから読む、読んで得られる情報量が映像や音楽と大差ないから、選び続けるにすぎない。
そういう意味でも、文庫本はある程度整然とした文章を読むことが出来る一つの手段である。前置きは長くなったが、私は率直に言って食事の描写を読んで味が分かるから、文庫本を読んでいる。
事細かに説明されなくても――描写を読み解けば、その光景が脳裏に浮かび、香り、音と共に味が分かるのだ。
例えば、村上春樹が洒落た口調で書く、朝食の光景など最上のものの一つである。
まだ早い朝のキッチンで、男が湯を沸かす。
その間に、冷蔵庫の中からトマトを一つ取り出して、へたをくり抜き、反対側の部分に浅く十字に切り込みを入れ――
おたまにトマトをのせ、湧いた小鍋の湯の中に、ドポリーーと落とすのだ。
実に洒落ている。
芝居がかった光景である。
出来合いのトマトソースでは満足できない男は、あろうことか、朝っぱらからトマトを鍋に放り込み、湯剥きをするのである。
その後、男は別の小鍋に湯剥きしたトマトを移す。
そうしてニンニクとタマネギをすりおろすのではなく、まな板の上で、みじん切りにするのである。
たまねぎを、縦半分にしてから面を下にし、端から細かく切り込みを入れたのち――包丁を斜め横に複数回入れて、今度は縦に包丁を入れて、端から細かく切っていく。
ニンニクも同じように皮から外して、包丁でつぶし、みじん切りに切り、たまねぎと併せて小鍋に放り込む。
ピュアもこみちを入れて、火にかける。
そして、少し水分が飛び、トマトと具材と油が良く混ざったところで、トマト・ピューレを加えるのである。
勿論、ストラスブルグ・ソーセージも忘れてはいけない。
この、牛肉で出来た太目のソーセージを放り込み煮込む間、男は、まな板の上でキャベツの葉を重ねて手前から巻き、1〜2mm幅になるように切っていくのである。
さらに、ピーマンのへたをとり、クルリとねじるようにしながら種の部分を抜き出す。そうしてから、輪になるように切っていく。
この方が、繊維が残って辛味が出る。
勿論、コーヒーメーカーを動かして、ヒーターがぐつぐつとフラスコに入った水を熱し、水蒸気をファンネルへと注がれて濾紙の中のコーヒーの粉を濡らして――また、フラスコ内の圧力が下がって、コーヒー液が落ちてくる。
思いのほか時間がかかるあの行程を、男はソーセージを煮込む間に終わらせておくのだ。
几帳面なヤツだ。
あの作業は結構、時間がかかるというのに――
そうして最後に、長いバケットをアルミホイルに包み、少し水を加え――オーブントースターで2分ほど焼くのである。
これだけで、小麦の香りを漂わせてフカフカになったパンが供される。
男はその段取りになって、彼女を起こし、今のテーブルの上のグラスと空き瓶をうやうやしく下げるのだ。下げてから起こさないのが、どうにもいじらしい。
悔しいが、このご機嫌な朝食は甘美な味わいがある。
範馬刃牙のご機嫌な朝ごはんのフランス版だ。
水分を加えて熱することで柔らかさを取り戻したフランスパン。
ニンニクと野菜を併せて煮込んだトマトソースの中で、皮が破れて旨味があふれ出したストラスブルグソーセージ。
千切りキャベツにピーマンが併せられたサラダ。
そして、香り濃く抽出したコーヒー。
酷く甘美な光景が目の前に浮かぶのは、才能あるものの特権である。
初めのはフランスパンをちぎり、煮込まれたトマトソースに付けて、頂くのがいいだろう。バターの柔らかな香りがしっかりと感じられるバタールが、しっとりとトマトソースを吸ったところで一口。
舌の上に広がるニンニクの旨味とトマトの酸味と甘みが効いた小麦の味わいは、抵抗感のない柔らかなパンの味わいとあわさって口の中に広がっていく。
おいおい、こんなのよくないぞ。
咀嚼するたびに、オニオンとトマトの甘みがしっかり出て、半切りのフランスパンで足りるのかこれは――
もう一口、ディップして次はトマトの実がダマになったところを口に含む。日本人らしくズっと啜るように口に含んだトマトの感触を上顎で楽しみながら、クラストの香ばしさを味わえばもうたまらない。
この牛肉のソーセージという奴も悪くない。
現代では合挽きとなった、太いソーセージが、ニンニクをよく吸って、まぁこれがぶりんと口の中で弾けるものだから。もぐもぐと、肉の繊維を奥歯で断ち切るようにして食らいつくと――おいおい朝からこんなものを食べていいのかと、思えてくる。
少し重さの有る太いソーセージが、トマトソースで優しい旨味に包まれて、スープになっているから許されているだけで、実際、大分重たい朝食である。
うん、だからこそ、オリーブオイルと塩を掛けただけのキャベツの千切りと、ピーマンの輪切りだけのシンプルなサラダが嬉しいのだ。
一口、口に入れたらシャキシャキと音が鳴るようなサラダだ。パンにトマトソースを付けて、いっしょに口に放り込んだ時が、ガストロノミー的には一番合うな。うん、うまいぞ。
柔らかいパンのトマトと小麦の味わいに、少し苦みのあるピーマンと、食感だけを提供してくれるキャベツがあわさり、柔らかさと、硬さの対比が出来るからいいのだ。
ここに、ソーセージの肉味が合わさるとなると――
ふむ、たまりませんな(そして、筆者が最近どんな動画をみているのか、バレるのであった)。
食後のコーヒーも、香りが高くて嬉しい。
砂糖なんて幾ら入れてもいい。
だからこそ、香りの高いコーヒーが嬉しいのだ。
こんな体験にであえるから、文庫本はたまらない。
深夜の自室でも、電車の中、嫌な奴の話を聞くふりをして――この快感を楽しめるから、私は文庫本を一冊、いつも鞄に忍ばせることにしている。
果たして、あなたには「才能」はあるだろうか。
是非、同じ思いをした人がいるならば、臆せずお気に入りの一冊を探してみてほしいものである。
『文化祭マシーン』 #ノート小説部3日執筆
文化祭一か月前の教室に、なんでもわかってそうな学者が入ってきた。誰なんだと、教室が静かになる。すると先生が、ごろごろと何かを台車に乗せて入ってきた。台車の上には、僕の身長くらいはあるんじゃあないかと思うロボットが、目をピコピコと光らせていた。
「先生のツテでな、学者さまのロボットを借りたんだ。演劇を指導してくれるぞ」
「ハイ、ワタシは睡眠学習を用いて、文化祭当日までに、完璧な演劇をご用意いたします」
ロボットが、抑揚のない合成音声で答えた。僕は犯罪者の役だったから、大助かりだ。むずかしい立ち回りに、長い独白。セリフが多くて、もう頭がいっぱいだった。
「早速だが、よし、じゃあ、試してみるか」
と、先生は言った。学者が鼻をフガッと鳴らして背中のボタンを押すのが見えた。ロボットのひときわ目が光った気がして、僕は急に眠くなり──
鼻ちょうちんが割れた音がして、意識が跳ね戻ってきた。さっきまで教室にいたはずが、一人でシアターホールの観客席に座っていた。きょろきょろと辺りを見回しているうちに照明がゆっくりと消え、大きなブザーが鳴った。暗幕が開き、僕はアッと声を上げた。
舞台の上に、僕がいた。ちっとも覚えられやしなかったセリフを滔々と吐き、刑事役の男と大立ち回りを演じて、遂に崖から飛び降りて死んでしまった。どこをとっても完璧な演技、完璧な抑揚、完璧な舞台回しだった。
自然と目から涙がこぼれ、思わず立ち上がり、ゆっくりと閉じていく暗幕に向かってブラボー、ブラボーと叫び続けた。惜しむらくはこの演劇がおわってしまうことだ。暗幕が閉じていくにつれて、感動で意識が遠のいていく──
……教室の机をガタンと揺らして、クラスメイト達と同じように、僕は目覚めたらしい。その日の残りは、みんなで実際に練習をして過ごした。昨日より、各段に演技がうまくなっていた気がした。
帰宅しても、僕はほくほくだった。すごい学者さんが協力してくれて、すごいロボットで完璧な文化祭になると思ったからだ。僕は眠りにつく。そしてまた、夢の中でアッと言うことになった。
なんと、完璧な舞台の夢がまた現れたのだ! 昼見たものと変わらない完璧な舞台を見て、僕はまた全力で拍手して朝を迎えたのだった。
翌日、僕たちは笑顔で学校に行き、口々にロボットをほめたたえた。
「君たちの昨日の夢は何だった? 私はまた舞台の夢だったんだ!」
「僕もだ! このロボットさえあれば、僕たちは文化祭当日には完璧な演技をできるぞ!」
その日も、僕たちは演技の練習をして帰った。
そして十日ほどたった。僕たちは、深い疲労と絶望の中にいた。授業中のうたた寝だろうと、自室の布団の中であろうと、毎日代わり映えのしない完璧な舞台が繰り返されていたからだ。僕たちは口々にロボットを罵倒し、罵詈雑言を投げかけた。
「これじゃあ、眠れやしない」
「布団にもぐっても、宙吊りになって寝てもいつも同じ夢だ」
目をガムテープで隠され、簀巻きにされたロボットは、それでも僕たちに毎日同じ夢を見せる。学者に文句でも言いたかったが、あの学者、知ってか知らずか、あの日以来教室に姿を現さなかった。
クラスメイト達は深いクマを隠せず、眠たそうな目で、ただそこに突っ立っていた。誰も演劇の練習をしようなんて言い出さなかった。僕も、同じだ。
そのまま何もせずに数週間がたち、文化祭前日になった。目のクマはますます濃くなり、眠さを隠せない。しかし、うたた寝を少しでもしてしまうと、またあの夢を見る羽目になる。あれだけ好きだった授業中の睡眠が、いまでは大敵に思えて仕方なかった。演技も、きっと下手くそになっている。今更頑張る気にはとてもなれなかった。
……とうとう僕の堪忍袋の緒が切れた音がした。ああそうだ。僕は強盗殺人犯で、このロボットは被害者なんだ。この演劇を終わらせる時が来たんだ。僕はバットを手にして、よろめきながらロボットの前にたった。おおきく振りかぶって──
「待て! ……待て」
僕は、刑事役に止められた。
「なぜ止める!」
僕は、これまでの人生で最も迫真の演技をした。一方で、刑事役の気迫もすさまじかった。
「僕は、これを壊さなくちゃあならないんだ!」
「正義のヒーロー気取りか。聞け!」
刑事役はがっと僕の肩をつかみ、とあることを僕にささやいた。
……それを聞いて、僕は笑顔になった。
文化祭当日だ。
ぞろぞろと同級生、母、父、地域のおじさんが集まり、体育館のパイプ椅子に座っていく。クラスメイトはみなクマを浮かべて、ギラギラとした目で暗幕の裏にいる。あのくされロボットと一緒に。きっと今の僕たちが演じれば、舞台はたちまち最低評価だろう。だけど司会は堂々と演目を述べる。……僕たちもそれに応えられる自信があった。
「皆様、完璧な演劇をお楽しみください」
暗幕が開く。クラス全体で一日かけて磨き上げたロボットが、舞台の真ん中で大きな存在感を放つ。
そして僕は、ロボットの背中にあるボタンを押した。 #ノート小説部3日執筆
#ノート小説部3日執筆 「ドングリ本位制」 お題:ドングリ ※前回分
地球に住まうblobcat(通称にゃんぷっぷー)は大半が飼いにゃんぷっぷーで、ぷにゃぷにゃと鳴いて愛嬌を振りまくのが唯一の仕事かのように言われているが、実は人間の営みを模倣できるだけの知能を持ち、野良にゃんぷっぷーの一部はコミュニティを築いて独自の貨幣経済すら構築していることはあまり知られていない。
ちなみにそこで用いられている貨幣とは──ドングリ。
大きく丸い粒ほど高額として扱われるらしい。
たまににゃんぷっぷーが身の丈ほどのドングリを転がしている姿を目にすることがあるが、あれは要は高額貨幣を運搬しているわけである。人間社会であれば不用心極まりない行動だが、にゃんぷっぷーは基本的に穏やかな気性で治安がいい種族なので、運搬を手伝うことこそあれ強盗のごとき犯罪を誘発することはないようだ。実に素晴らしい。人間も見習うべきだと思う。
だから秋はにゃんぷっぷーにとっては絶好の稼ぎ時なのだ。この時期の働きぶりによって、その後の1年を贅沢に過ごせるかどうかが決まるのだから、クヌギやナラの木が多い雑木林に行くと、普段はのんびりとしたにゃんぷっぷーたちが勤勉に労働(もとい採集)している様子が多く見られるらしい。
もちろん手に職を持つにゃんぷっぷーにとってはその限りではないが、商いに依らない収入があればその分生活は安定するので、やはり暇を見つけてはドングリ採集に繰り出すのだとか。
だからもしあなたが地球で野良にゃんぷっぷーにドングリを渡されたなら、よくよく身振り手振りや視線の向く先を見て、彼/彼女が望む持ち物と交換してあげてほしい。
そのドングリはあなたにとってはそこら辺に落ちているただの木の実かもしれないが、にゃんぷっぷーたちにとっては汗水垂らして働いて得たなけなしの収入なのだから。
「……っていう感じの話でいいですか? もちろんこれは今自分が適当に考えた与太なんですけど」
砂塵シェルターの中で無聊をかこつふたり。
ひとりは日頃より「こんふぃになりたい」と嘯き、こんふぃのおふとん色のパーカーを着込んで顔半分をにゃんぷっぷーの顔柄のマスクで覆った音希響、もうひとりは奇しくも以前にもシェルターで遭遇し、音希が暇つぶしに「人間になったこんふぃの話」をでっち上げて聞かせた、探偵風の衣装に身を包んだ中性的な顔立ちをした人物だった。
「ほう、それは興味深いですね、それはこんふぃたちも同様なのでしょうか?」
「多分そうなんじゃないですかね、知らんけど」
話を真に受けたかのような問いかけをしてくるこの人物に、音希は適当に返答する。
ちなみにこの人物、前に話した与太のせいで音希のことを元こんふぃだと思っている節があるから困ったものである。
「そうですよね、おふとん用の布を買ったりする必要がありますものね」
「まぁ地球のこんふぃは独立種じゃなくてあくまでにゃんぷっぷーが寝るためにおふとんを着ただけだって話ですけど」
「さすがお詳しい!」
音希が地球のこんふぃ事情を知っているのは、自身が火星でひょんなことからこんふぃを飼うことになったことにより、いろいろ調べたからに過ぎないのだが、そこまで詳しく話すのは面倒だったので、音希はその賛辞を「どーも」と受け流すに留めた。
そしてちらりと状況モニタに目をやる。
そこには幸いなことに『間もなく砂嵐は解消する見込み』との表示が出ていた。
「あ、そろそろ出られそうですね」
音希は話を変えようと、モニタを指差すと件の人物にそう告げる。
「おや、それは良かった。……では、素敵なお話をお伺いしたお礼としては少ないかもしれませんが、これを」
するとその人物はおもむろに外套のポケットを探り、何か小さなものを音希の手に握らせた。
その小さなものとは、ころころと丸く、艷やかな栗皮色をした──ドングリであった。
「……だから、さっきのもこの前のも作り話だし、自分はこんふぃじゃないんですけど……!」
思わず音希が抗議の声を上げるが、「でも、結構綺麗でしょう? これも何かの縁ですから」と微笑まれては受け取らざるを得ない。
それから間もなくして砂嵐が解除された旨のアナウンスが流れたのでふたりはシェルターを出て別れたが、音希はこれからはどんなに避難中暇だったとしても適当な物語を紡いで聞かせるのはやめようと心に誓ったとかなんとか。
ちなみにこの時貰ったドングリは、煮沸して虫がわかないように処理した上で、音希宅の子こんふぃ・フィオの遊び道具になったそうである。
どっとはらい。
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