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#ノート小説部3日執筆 『愛を込めて、万年筆を』 

前略
オーナー、お誕生日おめでとうございます。
ささやかながら、プレゼントを贈らせていただきます。
貴方の活躍と、安全を祈っています。
かしこ
八重山 黒次


自分のクローンちゃんから、今年も誕生日プレゼントが来た。実際の誕生日はまだ2ヶ月も先だけど。早めにプレゼントを贈るのは、我が家ではもはや様式美だ。半分はそそっかしい母さんの、もう半分はそれに順応した僕のせいだ。

手紙と一緒にきた、小さな箱を開封する。
中身は、万年筆だ。ホリゾン社の巴型万年筆、かなりお高いはずなんだけどな。

デスクの引き出しから、インク瓶をいくつか取り出す。このペンに似合うインクはどれだろうか。
シックなブラック系?染料系の色鮮やかなインクでもいいな。

しばらく悩んだ末、一つの大きな瓶を手にとった。
カヴァレリア社のブルーブラック。青みが強く、ほぼブルーと言っていい色合いのインク。
学生時代にクローンちゃんと一緒に買った、思い出のインクだ。まだ半分しか使っていないらしい。

ペン先にコンバーターを着けて、一度深呼吸をする。
コンバーターを回して吸入の準備をしてから、インク瓶の蓋を取る。
ペン先をインクに浸け、ゆっくり回していけば、ペン先を伝って、コンバーターの中までインクが入っていく。
ひんやりしたインクの感触が、指先にわずかに伝わる。
最大まで入ったら取り出して、ペン先を軽く拭いて、インク吸入はおしまい。

厚手の紙を用意して、試し書きといこう。
書く文言はいつも悩む。なんかこういうときに、オシャレな文を書きたい欲はある。しかしカッコつけすぎるのも、それはそれでこっ恥ずかしい。おかしいな。ここには僕以外いないのに。
結局、青インクを挿した時にいつも書いてるヤツを書くことにした。

『瑠伊古の龍は海を見つめ、悠久良の龍は大空を仰ぐ。』

僕の地元に伝わるお話の一節だ。個人的に好きで、ずっと覚えている。
龍の子供に憧れて、海に飛び出して怒られたのも、懐かしい記憶だ。

そんなわけで、デスクの万年筆がまた増えてきた。特別な贈り物でなくとも、普通に自分が買っているのもある。誕生日にもらったものも、そうでないものも、全部丁寧に使っている。
新しくお迎えした万年筆は、しばらく仕事で使うことにしよう。その代わり、ずっと使っていた子を洗ってあげようかな。色インクを入れている子も、そろそろローテーションしてあげなきゃね。
洗浄用の大きな瓶に水を注ぎながら、そんなことを考えている。

ふと窓を見ると、この水域に住む子だろうか、龍が優雅に泳いでいた。

#ノート小説部3日執筆 お題「万年筆」 タイトル「綴られる想い」 

*******

 彼女の白い手に握られている黒い武骨な万年筆を不思議な面持ちで見つめる。
 それは彼女のお父さんが愛用していた物だったそうだ。
 正直私には万年筆の良し悪しや値段というのは良く分からないのだけど、使い古されたそれが彼女にとってはとても大切で、きっと価値のある者だろう。
 スマホやパソコンからトークアプリなど使い簡単に素早くメッセージや通話ができるこの現代に、彼女はわざわざその父親から譲り受けた万年筆で美しく丁寧な字を便せんにしたためていた。
 古風だな、と思う。
 放課後の静かな教室の中で、カリカリと彼女が万年筆で便せんに文字を走らせる音だけが響く。
 それを前の席の椅子に逆向きで座り、その手元を頬杖をついて見つめる。
 走らせる万年筆の音は時々止まり、便せんの上に現れてくる黒く美しい文字が途切れた。
「……綺麗だね」
「なにが?」
 窓から差し込む夕日のオレンジ色が便せんの上に落ちて、そこに魔法の様に現れる彼女の文字と、その白い手に握られている武骨な万年筆のアンバランスさ全てが綺麗だなと思った事をそのまま口にしてしまった。
 その言葉に彼女が便せんの上に落としていた視線を私に向け、小首を傾げる。
「えっ? あー、や、インクとか、字とか……」
 自分が無意識で口にしてしまった事を手紙に集中している彼女が聞きとめ、聞き返されるとも思っていなかった為にしどろもどろにそう答える。
 そんな私に彼女はくすりと笑うと「そう?」と言いながら長い黒髪を万年筆を持っていた手で優しく自身の耳へとかけた後、視線を便せんへと戻す。
「……それ、誰に書いてるの?」
 今までは特に誰に宛てて書いているのかは聞いてなかったのを、思い切って聞いてみる。
「んー?」
 だけど返って来た言葉はまるではぐらかすようなもので。
 その事に軽く肩を竦め、視線を彼女の手元へと落とす。そこに綴られているのは、逆側から見ても彼女の淡くて、だけど熱い想いを綴ったものだ。
「好きな人?」
「さぁ、どうだろ?」
 思い切って直球で聞いてみても、またはぐらかされる。
「なんで手紙なの?」
 私の質問にちゃんと答える気がないと分かり、質問を変えてみる。
 するとちらりと私の顔を見た後、また手紙へと視線を落とす。
 そして便せんの上を走っていた万年筆が、ぴたりと思案するように止まった。
 そのまま無言の時が流れ、私と彼女の間に開け放たれている窓からさわさわと心地よい風が吹き抜けて、彼女の手の下で便せんがその風に煽られてひらひらとめくれる。
「……出さなくてもいいから、かな」
 短くて長い時間が過ぎてから、ぼそりと彼女が独り言のように呟く。
「え?」
 一瞬何を言ったのか理解できなくて、目を瞬きながら彼女に聞き返すと、白い肌に浮き立つような赤い唇が緩く弧を描いていた。
 その笑顔は寂しそうにも、楽しそうにも見える不思議な笑みで。
「……出さないの?」
「出さないよ」
「なんで?」
「必要ないから」
 頭の中で彼女が口にした言葉を何度か反芻し、改めて聞き返すと彼女は視線を窓の外のオレンジへと向けて事も無げにそう答えた。
 また私の頭の中に疑問符が大量に浮かぶ。
 こうして毎日放課後になると机に向かって、わざわざ持ってきた便せんに古風な万年筆でその想いをしたためて、便せん同様綺麗な封筒に丁寧に入れ、封をして鞄の中に収めているのを知っているだけに彼女の言葉は意味が分からなかった。
 また目を瞬き彼女に重ねて質問しようとすると、彼女は使っていた万年筆にキャップを丁寧につけると、くしゃくしゃと便せんを丸める。
「あっ! もったいない!!」
 途中まで綺麗な字で彼女の大切な想いを綴っていた手紙を、誤字をした訳でもないのに雑に丸めたのを見て思わずそう声を上げてしまう。
 すると彼女は悪戯っ子のような笑みを浮かべ、教室の後ろを振り返った同時にぽいっとそこに置いてあるゴミ箱へと投げ入れた。
 その事に慌てて席から立ち、その手紙を拾おうと机と机の間に出ると彼女の手が私の手首を握ってそれを止める。
「今日の分はもうおしまい。帰ろ」
「でも、」
「いいんだって。お茶して帰ろ」
 私がちらちらとゴミ箱を見ているのを遮り、いつも帰りに寄っているカフェへと誘う。
 その言葉に私は諦めの溜息を吐くと、降参するように両手を上げる。
 そして彼女の前の席の机の上に置いていた自分のスクールバックを手に取った。
 私が自分のバックを肩にかけるのを満足そうに見届けて、彼女は私の手首を掴んでいた手をそっと離すと万年筆を丁寧に筆箱の中へと入れる。そして筆箱と便せん、封筒を鞄の中へと収め、肩へとかけた。
「ほらほら、早く行こ。お腹すいちゃった」
 そう言いながら彼女はいつものように私の腕を取り、その細い腕を絡ませ引っ張る。
「今、栗のフェアやってるから私モンブラン食べたいな」
「あー、モンブランいいね」
 ぴったりと寄り添う様にくっついてくる彼女に小さく苦笑をし、その言葉に頷く。
 万年筆で手紙を書くのは毎日だけど、帰りのお茶は週に一回程度でお互いの小遣いの範囲内で寄り道して帰る。
 彼女が手紙を書いている姿を見ているのも好きだけど、こうして彼女とカフェでお茶をする時間もとても好きだった。
「そっちは別のにして」
「えー、なんで?」
「だっておんなじだったらシェアできないじゃん」
 彼女とそんないつもの会話をしながら教室を後にする。
 ゴミ箱に入れられた、誰に宛てたか分からない彼女の想いが綴られた手紙に未練を残し、思わず一度だけそちらを見る。
 いつか誰に宛てた手紙か彼女は教えてくれるだろうか。
 だけどその答えは知らない方がいいのかもしれない。
 知ったら彼女の白く細い指があの武骨な万年筆を握って紡いでいる言葉を、逆側から見る事は出来なくなるような気がしていた。そして、あの静かな教室に彼女の万年筆が奏でるカリカリとした心地よい音も聞くことが出来なくなるかもしれない。
 それはどうした訳か、自分の知らない人か、知っている人かは分からないが誰かに想いを綴っているという事実よりもなんだか嫌だった。

「明日も付き合ってね」
 隣で私の腕に腕を絡め、別れ際彼女がそういつものように言う。
 それに私は頷き、明日はどんな彼女の気持ちがあの万年筆で手紙に綴られるのだろうかと、楽しみな気持ちになり家へと駆けだしていく彼女に手を振った。

万年筆 #ノート小説部3日執筆 

秋の始まりの万年筆

 万年筆を買ったのは、就職してしばらく経ったある夏のことだった。昔から漠然と万年筆に憧れがあった。「なんかかっこいい」くらいの気持ちだ。今まで鉛筆やボールペンにこだわったことはない。だけど、万年筆というのは特別感があり、一度は使ってみたいアイテムのひとつだった。
 どうせならいい万年筆がほしい。近くの文具店に行けば、十万を超えるものから千円で買えるものまでがある。予算は二万円。見てもよくわからなくて、インクもきれいな色のが欲しいと思って、一度家に帰って調べることにした。
 すると県庁の通りに万年筆専門店があるという。インクもたくさん揃っているという。私は次の休みにバスに乗り、その専門店へと向かった。
「あの、万年筆が欲しいんですけど……」
 それなりの広さのフロアに、紙と文具が並んでいた。万年筆のインクもある。万年筆本体は、レジの横のガラスケースに並べられていた。わたしは店員さん――わたしと同じくらいの若い女性だった――におずおずと声をかける。
「はい、お決まりですか?」
「いえ、あの、初めてで……」
 店員さんは「ああ」という顔をした。
「どういったものをご希望でしょうか」
「ええと、インクが色々入れられるやつがいいです」
「コンバータですか、吸入式ですか」
 わたしは万年筆について何もわかっていないのだと、このときはっきりと感じた。
「万年筆にコンバータをつけると、お好きなインクを使えます。吸入式というのはインクを入れる機構が一体化しているものですね」
「どっちがいいんですか?」
「コンバータはインクが入る量が少ないですね。でもカートリッジという取り替えできるインクが使えますよ」
「……うーん」
「お悩みでしたら実際に手にとって書いてみますか?」
「いいんですか?」
「はい。ご予算はどのくらいですか?」
「インクと合わせて二万くらいで……」
「では、これなんかどうでしょう」
 店員さんが出してきたのは、銀色のペン先で軸が透明な万年筆だった。説明によると吸入式らしい。
「書きごこちをためしてみてください。万年筆は力を入れなくても書けますからね」
 真っ白なメモ帳に震えるペン先を落とす。力を入れなくても、触れた瞬間、ぬるりとと黒い色がついた。はっとしてペン先を離す。もう一度、ペン先をつけ、そっと手前に引く。さり、という感触と共に、なめらかな線が引かれた。
「わ……」
「どうです?」
「すごい……」
 そうしてわたしはその万年筆を買った。もう少しお金を出せばこういうのもありますよ、と出してもらった金のペン先の万年筆もあったが、もともとのわたしの筆圧が強いせいかいまいちしっくりこなかった。それに、透明の軸にインクが溜まっているのがキレイだと思った。その万年筆に似合うような深緑のインクも買った。

 それがもう三年前。万年筆はずっと筆箱の中だ。なんといっても、書く習慣がない。書くものがない。それにインクの入れ替えが結構面倒で、手にインクがついて色が取れなくなってしまう。そんなこともあって手が遠のいていた。
「……ん、手紙?」
 そんなある夏の終わり、一通の手紙が届いた。大学時代の友人からだ。何年ぶりだろうか、LINEもメールも通じなくなってしばらくがたつというのに。
 かわいい切手の封筒を開けると、少しにじんだ文字が書かれていた。
「ガラスペン買っちゃったから、手紙を書きます」
 そうか、それはいいな。手紙には「まだ暑いね」というようなあたりさわりのない言葉が並んでいる。爽やかな水色のインクで。便箋はところどころインクの溜まりがある。それがまるで打ち水のようで。手紙は「ありがとう。また書いていい?」で終わっていた。
 思わずあの筆箱を開け、万年筆を取り出した。便箋あったっけ、封筒は。いま郵便っていくらだっけ。

#ノート小説部3日執筆 お題:【万年筆】 

※自創作の掌編です。初見バイバイ感があります。雰囲気でお楽しみください。

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『いつかの憧れ』


 母が亡くなったのは五歳の時。その三年ほどの後、父もこの世を去った。もはや両親がいなくなってからの人生の方が長くなって、彼らとの思い出は古ぼけた本の掠れた文字を辿る様に困難だった。

 かつての父は、仕事人間であった。しかし常に気を張っているということはなく、好きなことにひたすら打ち込んでいるというような様子だった。目新しいものや珍しいものが好きな父にとって、貿易商という仕事は天職だったのだろう。珍しい骨董などのことになると、止まらないほど饒舌になる父に、母は大概呆れていた。――それでもなんだかんだと、彼を愛していたのだろう。機嫌良く話を続ける父の傍らにいた母は、いつも困ったように微笑んでいたような、そんな記憶がぼんやりとあった。
 商家に生まれたわけではない父は、代々商売を続けているような人たちと比べると、圧倒的に横の繋がりがなかった。父は少しでも商機を広げるために、方々の知り合いにまめに手紙を書いていた。それこそ、夜を徹して。薄く灯りの漏れる父の書斎の扉を開けると、机で書き物をしている父の姿が、小さな燭台に照らされていた。しばらくそれを見ていると、父はこちらを見もせずに穏やかな声で、早く寝なさいと咎めてきた。生意気な子供だったので、お父さんだって夜更かししてる、と反論した。父は確かに、と言って笑った。雰囲気が和んだところで、書斎に踏み入った。普段は母に、仕事の邪魔をしないのよと言われてあまり入れなかったので、この時は母が寝ていて良かったと思ったものだ。
 机に近付くと、したためた手紙が何通も置いてあり、父の手には万年筆が握られている。琥珀色の軸が、燭台の灯りに照らされて輝いている。キャップやクリップ、そしてニブに至るまで繊細な手彫りが施されているそれは、子供の目から見ても美しく、かなり値の張るものであろうことが理解できた。やや遠慮がちにそれを指さしながら、持ってみてもいい? と訊ねた。父は頷いて、その万年筆を手渡してくれた。どきどきしながら万年筆を手に取ってみると、普段自分が字を書くのに使う鉛筆よりもずっしりと重くて、そして手に余るほど大きかった。無言で差し出された紙の切れ端にそっと線を引くと、ペンの先が紙の表面をかりかりと進んでいく感触が伝わる。黒のインクは書き始めた方から順に乾いていき、その微妙な濃淡の違いが新鮮であった。
 すごい、と何に対してか曖昧な賞賛の言葉を述べると、父は笑いながら、こう言った。
「仕事で成功したかったから、その万年筆を買ったんだ。成功した後の自分が、それを持って大きな契約の書類にサインをしている、格好良い姿を想像しながらね――母さんには、ペン一本にいくら使うのかって、怒られたけど」
 母のその様子が容易に想像できたので、思わず笑ってしまった。そのあと、さらに父はこう続けた。
「でも、これがあったから仕事がうまくいったと、信じているんだ。いつか、お前がこの仕事を継いでくれるなら、この万年筆も、一緒に託そう」
「ほんと?」
「ああ。これは私――我が家にとって、成功と幸運のお守りだからね」
 父は微笑んで頷いた。手に持ったその万年筆を見ながら、遠い未来に思いを馳せた。
 自分の船が、遠い異国まで渡ってゆき、その風とたくさんの品物を積みこみながら、またこの国に戻ってくる。そんな、未来を。

 ――そうだ。あの時は順当に、父の跡を継いで貿易商になりたいと思っていた。
 自室で報告書を書きながら、そんなことを思い出していた。今握っている万年筆は、自分で買ったものだ。父の持っていたそれに比べると、価値としては遥かに劣る、ごくごく簡素なものだ。しかし、もう何年も使っているから随分と手に馴染み、これがないと書き物が捗らないほどである。こんなに長く使うことになるのなら、最初からもう少し吟味して、洒落たものを選んでおけば良かったような気もするが、もはや後の祭りである。銀色の軸はすっかりくすんでしまい、鈍い輝きを放っているが、何の問題もなく使えていた。
 確認していないが、父の万年筆はきっと、遺体と一緒に焼けただろうと思う。父は商売が絡むときにはいつも、肌身離さずあの万年筆を持っていたからだ。あの日も当然、懐に持っていたに違いないのだ。幸運の象徴は、最後の最期に父を守ることはなかったが、こうして自分が後を継がなかった以上、父の元にあるほうが相応しいと思った。
 あの琥珀色の美しい万年筆は、父の人生によく似合っていたと思う。見栄っ張りな一方で、相応の努力家でもあった。あの万年筆を持つべきは、存在したかもしれない未来で商売に精を出していたであろう華やかな自分であって、決して今の自分ではないからだ。
 不意に、部屋の扉が慎ましやかに叩かれる。返事をすると扉が細く開いて、同居人――吸血鬼だが――がやってきた。少しばかり渋い顔をして、手には紅茶の注がれたカップを持っている。
「少し休憩するほうが良い」
 部屋に閉じこもってから、何時間かが経っていた。仕事が多かったというよりは、物思いに耽っていて筆の進みが遅かったということの影響が大きいのだが、それを知らない吸血鬼は仕事に根を詰めすぎていると思ったのだろう。日中は寝ていることも少なくないが、わざわざ休憩を促しに来てくれたようだった。カップを机の上に邪魔にならないように置くと、吸血鬼は人のベッドに遠慮なく横になって、差しこむ薄い日差しすら厭うように隅に縮こまりながら話し出した。
「君、じきに誕生日だそうだね。何かプレゼントしようか」
「ああ――そんな時期なのか」
 紅茶のカップに口をつけながら、そういえば、と思い出す。これまで、誕生日を祝われることは少なくなかったはずなのだが、どうにも毎回その場限りの愛想笑いを浮かべていた気がして、あまり印象に残っていなかった。
「万年筆はどうだい。なかなか年季が入っているじゃないか、今のそれは」
 机の上に置かれた万年筆を指差しながら、吸血鬼が提案した。
「……いや、万年筆はいい。まだこいつが使えるからな」
「そうか。では、何か違うものを考えよう」
 眉根を寄せて小さく唸りながら、吸血鬼は別の案を考え始めた。結局のところ、そのプレゼントは自分が買うことになるのではないか、ということに気付いてはいるが、その気持ちが嬉しいので言わないでおく。何を選んでくれるのか、楽しみにしておくことにしよう。

 改めて、自分の万年筆を手に取って眺める。飾り気の無い、鈍い銀色。ただひとつの願いだけを叶えるために進み続けた自分の傍らにあったもの。その道程を描き続けてきたもの。愛想の欠片もないほど、ただひたむきに、書くというその役割を果たしてきたそれは――自分の人生によく似合っているような、そんな気がするのだ。

#ノート小説部3日執筆 「自供」お題:万年筆 

 ここのコーヒーは絶品だよと上司が言っていたのを私は覚えていた。なのでまだこの身が自由であるうちにせめて一口と、朧気な記憶をもとにこの喫茶店を訪れたのである。
 目の前の青年は一生懸命働いている。すっかり夜更けになり、もう暫くすれば日付も変わるだろう時間だ。今日の客は私で最後になるだろう、ずいぶんと長く居座ってしまったというのに、彼は嫌な顔一つせず、気分良く皿を拭いていた。――もしかすると、という考えが浮かぶ。
「君、少しいいかい」
 私は彼に声をかけた。すると青年は顔を上げて、こちらを見て小さく首を傾げた。そしておかわりですか? と気の利いた問いを寄越したのだった。
「そうだね、もう一杯頂こう。それから……少し話に付き合ってもらいたいんだ」
「話、ですか」
 青年の人懐っこそうな目が軽く見開かれる。しかし拒否をすることもなく彼は頷き、棚に置かれたキャニスターを手に取った。
「そう。話だ。聞いてくれるだけでいい……懺悔のようなものだ。私は逃げてきた」
 おかわりの用意をし始めた青年の指がぴくりと震える。しかし彼は何も言わず、ケトルで湯を沸かし始めた。
「何からと思うだろう。責任からと言うのが一番適当だろうね。私は私に課せられた責任から逃げてきたんだ。でももうすぐ……迎えがやって来るだろう。だからせめて、私の罪を誰かに聞いて欲しいんだ。今まで私は一人ではなかった。しかし孤独だった。こうして言葉は淀むことなく紡ぐことは出来るが、しかしそれは私の本心ではなかった。誰かの代弁者だった」
 青年は私が語る言葉を遮ることなく、慣れた手つきでコーヒー豆をミルに入れて挽き始めた。あのゴリゴリ、ガリガリとコーヒー豆が砕かれる心地良い音が暫く私を黙らせた。微かに、芳しい香りが鼻腔に触れる。
 青年は黙ってしまった私の言葉を待っているようだった。
「もう、人を殺すのに疲れてしまったんだ。もし私が頭脳明晰で運の良い刑事に捕まったならば翌日ニュースになるだろうね。〝残虐非道な殺人鬼、ついに御用〟〝殺めた人数は数え切れないほど、毎回違う殺害方法に世間は戦慄、動機は不明〟。実にキャッチーな文言が紙面を飾るに違いない。私は淡々と――いや、淡々となんて見栄をはってはいけないな。苦しみに喘ぐ上司と眠れない一夜を過ごし続けながら、人を殺した。刺殺、毒殺、銃殺、自殺にみせかけた他殺……いつも身代わりがいた。老若男女だ。身代わりがいつも逮捕されて、それでやっと、私は暫くの休みを貰うんだ。でもすぐに人を殺さなければならない」
 殺人の告白だというのに、青年は黙ったままだった。もしかすると怖がらせてしまったのかもしれない。私の語った話はどこからどう読んでも殺し屋そのものである。しかも、身の上を他人に吐露しているにも関わらず捕まる気がさらさら無いというのだから、もしかすると自分も私の作り出した死者のパレードに加わるのではという思いを抱かせるには充分だろう。
 私ははっと我に返り、そして深く息を吸った。
「空想さ。上司の。あいつは頭の中にひとつの世界を飼っているんだ。ただ、神の悪戯かそれとも悪魔がとりついているのか、あいつは人を殺す空想しか浮かばない」
 コーヒーが差し出される。なめらかな金の瘡蓋が目立つコーヒーカップだ。それは私を落ち着かせるに充分な、深い夜空の色をしていた。きらきらとした名残を残しながら駆ける一条の星の下で、もし愛を囁けたなら――。そう思い至った途端、私は瞼が熱くなった。鼻がすん、と鳴り、思わず俯いてしまった。
「私だって」
 私の声は震えていた。きゅうと絞まる喉が苦しい。
「私だって、恋の話がしたい。もう、良い感じに古い洋館に旅行に行ったら宿泊客が死体になって見つかったりとかイチャイチャして人の話をろくすっぽ聞かないアベックの片割れが無惨な姿で発見されるのを読者が飽きない程度にページを割いてねちねち描写させられたくない。なんかこう、甘酸っぱい感じの。あ、そうだ、あれすごく気になってて……悪役令嬢? 生まれ変わったら性格悪いって言われてる令嬢になってたってジャンル。最近知ったんだよ。なんかこう、良いよね……」
「…………」
「書かないかな、うちの。書かないだろうな、推理小説作家だもんな。アレに買われたのが運の尽きだったんかな……でも使われているうちが華っていうものだからね、どんな道具でもそうだよ……このコーヒーカップは幸せものだよほんと……」

 喫茶店の青年――巽の目の前、客がくつろぐカウンターには一本の万年筆が転がっていた。その傍らには飲み干されたコーヒーカップが静かに佇んでいて、そして手のひら大のノートが置かれている。
「大変だなあ……」
 艶やかな黒の軸に金色の金具を持つそれを眺める。軸には微かにひっかき傷がついており、長年使い込まれたものだというのが分かった。
「やあ、やあ、忘れ物だ。作家が商売道具を忘れるだなんて、おおたわけだよ」
 扉を開けて勢いよくやってきたのは先ほどまで同じカウンターでコーヒーを飲んでいた常連だった。彼は近くに住む作家先生で、推理小説を書けば発売初日にはちまたで話題にのぼり、それは映画ともなれば出来はともかくシアターを埋め尽くすといっても嘘にはならない程度の人だった。
 本人はいたって普通の人間で、この喫茶店にコーヒーを飲みにやってきてはやれ最近変わった担当が腹が立つだの、取材に行った先の飯が美味かっただのと語るきさくな方なのだが、よもや自分が愛用している万年筆に執筆ジャンルを不満に思われているとは夢にも思うまい。
「その万年筆、素敵ですね」
「いいだろう。俺が小説を書こうと思って、まずは形からだ! ってね。ナガサワで買ったんだ。やっすい初任給をはたいて買った。今じゃこの価格帯は何本でも買えるぐらいには貰っているが、こいつがいないと、なあ。もう商売あがったりだぜ」
 作家先生がにやりと笑う。彼は共犯であると、誇るような笑みだった。

#ノート小説部3日執筆

#ノート小説部3日執筆 ヌン茶をキメたいのじゃね/お題「ロリータ服」 

私は、初めて彼女の姿を見た時から、彼女という世界の虜になっていた。

始めて見かけたのは、日曜日の午後。
その日は特別な日というわけではなかった。

けれど、彼女は特別だった。

小さな古びたカフェで、一杯の紅茶を前にして――
全身に纏ったロリータファッションは彼女のためだけにデザインされた世界になっていた。
愛らしいレースとリボンが静かに揺れる姿に、私は心にときめきを感じた。

「あなたは、おひとり?」

気がつくと、私は彼女に声をかけていた。
無意識とはいえ視線を向けていたのだから、不審に思われたのだろうか。

「はい、一人です。怖がらせてしまったらすみません」

せめて私は勇気を出して――彼女に答えを返した。
彼女は驚いたように顔を上げたが、すぐに柔らかい笑顔を浮かべた。

出会いには、偶然がつきものだ。
あの時の私は運命を感じずにはいられなかった。

二人でカフェのテーブルを囲んで、私たちは何気ない会話を始めた。
日常のこと、趣味のこと。互いにカフェをめぐるのが好きなこと。
紅茶の味は、覚えていない。

彼女はロリータファッションについては何も話さなかった。
けれど、その立ち振る舞いはそれだけで、私の心をさらにとらえていた。
彼女にとってロリータは単なる服装ではなく、生活であり、自分を表現する方法なのだ。

彼女の存在に、私は魅了されていたのだろう。
彼女の語る世界は、私の傍にあるはずなのに――決定的に違うのだ。

ずれた世界線の中で、彼女はまるで、未曾有の場所への扉を開いている。
私の知らない解釈がそこにはある。
サロンでのアフタヌーンティー、中世ヨーロッパの宮廷を思わせるようなパーティー。
普段のお茶の時間や、結婚式や会食とは違う世界に私だって行きたい。

「よろしければ誘っていただくことはできませんか?」
「ええ、今度の土曜日、お時間あります?」

私の縋るような手を、彼女は朗らかな笑顔で取る。
私はすぐさま承諾の返事をし、彼女の世界の一部となった。 

彼女が連れて行ってくれたのは、竹下通りの小さなお店。
そこに足を踏み入れた瞬間、その空間は明らかに外の世界と隔絶していた。
アンティーク調の家具、優雅に飾られた花々、そして広がるロリータファッションのコレクション。

「これが私たちのすべて。普段は人を呼ばないけど――これも縁だと思ったの」

その言葉は、心の中の秘密を初めて打ち明けるような、そんな緊張感があった。
その信頼に応えたい、そんな思いが私に強く込められていった。

そうして、夢で呪った身長も、コンプレックスだった体系も
コルセットとパニエで作り替えられ、普段しないメイクと共に、自分じゃない誰かと地続きになる。

「似合ってる」

彼女が笑い、手を引かれながら――大勢の人の中を私は歩む。
午後の柔らかな日差しが差し込む喫茶店のホールで、私達は一つのテーブルに向かう。

窓辺には繊細なレースのカーテンが揺れ、外からの穏やかな風が私の頬を優しく撫でていく。
今日は特別な日、静かな午後にちょっとした異世界に迷い込む。

ティーポットから琥珀色の紅茶を注ぐ。
湯気と共に立ち上る豊かな香りが、私の心を色鮮やかなセピア色に染め上げる。
カップを持ち上げ、一口飲むと、温かさと優しい渋みが広がって――
フルーティーな香りが、体を満たす。

テーブルの上にはケーキスタンド。
まず目を引いたのは、焼き立てのスコーンの山。
彼女がまずは焼き立てからというから、中段のスコーンから頂く。

手に取ると、表面のサクッとした触感が指先に伝わるけれど―――
ナイフでそっと半分に切ると、中は柔らかくしっとりと、甘いバターの香りが立ち上るもの。

クロテッドクリームをたっぷりと塗り、艶やかなストロベリージャムを重ねる。
口に運ぶと、優雅な甘さがバターの豊かな味わいが嬉しい。

続いて、サンドイッチのプレートに目を向ける。
細やかに重ねられた薄いパンにはさまれたのは、
きゅうりとクリームチーズ、スモークサーモンとディルそして卵サラダの3種類が並んでいる。

まずはきゅうりから一口。
シャキシャキとした食感が楽しく、クリームチーズの滑らかさが絶妙に調和する。

次に手に取ったスモークサーモンは、濃厚な旨味と香り高いディルが、
パンから漂う小麦粉の味としっかりした対比を産んでハーモニーを奏る。

最後に卵サラダ、マヨネーズがたっぷり入ったクリーミーで少しザラリとした舌触り。
普段食べ慣れた味も、こうしてアレンジされると、まるで別物のように感じる。

甘いものが恋しくなった頃、ケーキスタンドの上段に視線を移す。
色とりどりの小さなケーキたちは、まるでジュエリーのように輝いている。

レモンタルトは甘酸っぱい。
サクサクとしたタルト生地が口の中で崩れ、その下から鮮烈なレモンの酸味が溢れるもの。

チョコレートエクレアは、ふわりとした生地の中に濃厚なクリームが詰め込まれ――
その甘みとほろ苦さが絶妙なバランスを保っていた。

まるで細工のような小ぶりなショートケーキも一口。
甘酸っぱいベリーが挟まって、濃厚なクリームをしっかりと頂く。

口直しに飲む紅茶はベリータルトレット。
透き通った苦みの中、ベリーの甘酸っぱさが口の中で踊るよう。

「美味しい……」

思わず漏らした言葉は、あまりにもありきたりなもの。

「なら、よかった――」

彼女の白い指先が頬に触れる。
その指先は、まるで雪のように冷たくて、でも柔らかくて――
私は思わず目を細める。

彼女は嬉しそうに笑う。
その笑顔は、私の胸の中でゆっくりと熱を帯びながら、陳腐じゃない特別な思い出に変わっていく。
願わくば、この二人だけの世界が、永遠に続くと信じて。

#ノート小説部3日執筆 「『ごきげんよう』を支える者たちより」 

はろー!私メリーさん。なんやかんやあって普通に生きてるただの都市伝説。

今日はね、お出かけなの。なんと、大都会
月雲(つくも)にいるの!
月雲の駅から出たら、そこはもう夢の国!
駅前には露店があるし、ちょっと歩けば地下街やアーケードまであるの!さいこー!

実はね、ここにきた理由はたった一つなの。
秋に開かれるイベントといえば……?そうだね、ロリィタの祭典『
魔法少女の音楽祭(アルモニー・デュ・ソルシエール)』だね!
古今東西のロリィタたちが集まって、大規模なお茶会をする一大イベント。流行り病のせいで長らく中止してたけど、ようやく復活したのよ。今年は月雲の高級ホテルでの開催なの!

参加者(みんな『お嬢様』って呼ばれるよ)はロリィタを着た女の子であれば、誰でもオッケー!この前はたしか、メリーより年上のお姉ちゃんがいたかな。えっメリーいくつなのって?レディにそんな事訊かないの!
というか、メリーはお嬢様じゃないの。運営サイドなのよ。

今日はそのイベントの下見。
メリーの仕事は、駅から会場までの道を確認して、案内スタッフの人数を決めること。
結果として大人数が必要になっても大丈夫、スタッフは呼べばいくらでも来るからね。なんならその場で増やせばいいし。
いついかなる時も、呼べば来るのが怪異ですもの。
こういう、アクシデントがありそうで、人手が突然欲しくなる仕事は、私たちにうってつけなの。

そうそう、それと、今回はもう一つあるの。
有料オプションにエスコートサービスってのがあってね。それのスタッフさんがちゃんと案内できるように、予行練習するの。駅から会場まで、ちゃんとお嬢様を送迎できるかな?っていう感じなの。メリーはその補佐なのよ。

「なるほど……、だからロリィタを着ているのかしら?」
この方はエスコートスタッフの小夜さん。カッコいいお姉さん(?)だよ。普段はゴシックっぽい服装だけど、今回は執事さん風のモーニングコートみたい。
「そーだよ!カワイイでしょ?」
ロリィタにはいろいろ種類があるけど、今日のメリーはいわゆるクラシックロリィタなのよ。ワインレッドとオフホワイトの、大人しめのデザインなの。
オシャレでしょ?本文だけだと分からんって?それはそうだけど……。
「とてもお似合いですわ“お嬢様”」
小夜さんが褒めてくれた。うれしいね。

ほかのスタッフさんも見学に来てるの。たくさんの執事さんに囲まれて、本当のお嬢様みたいね。
「当日のお嬢様たちは大勢いらっしゃいますわ。くれぐれも待たせる事の無いように。よろしいですね?」
小夜さんがスタッフさんたちに告げる。執事長って感じですごいや。

会場は駅からけっこう近い。迷子になる心配は無さそう。
それでも、念には念を入れておかないと。案内スタッフは10mおきに立ってもらえばいいかな?とするとだいたい10人くらいになるね。私鉄の駅にも立ってもらうとなると、もっと必要になっちゃうかもね?
「お嬢様、足元にお気をつけてくださいね」
おおっと。考えながら歩いてると、ついつい足がおぼつかなくなっちゃうね。
小夜さんに手を引かれながら、目的地まで歩いていこう。

会場のホテルに入ったら、受付を通って、エレベーターに乗って、宴会場まで。ここはほぼ一本道だから問題なさそう。階数だけ間違えないように、気を付けないとね。
エスコートはエレベーターを出たらおしまいだから、ここら辺まで来れたら大丈夫だと思う。

エレベーターの扉が開いたら、会場内のスタッフさんが並んでいた。
「ようこそ。お待ちしていました、お嬢様」
ビッシリキメたスタッフのみんながこう並んでいると、本物のお嬢様になった感じがして、なんというか、すごくいいね。
「12番!お辞儀が足りません。もっと深く!」
場内スタッフのチーフさんの声が響く。うん、いつ見てもキビシいねぇ。

お出迎えの皆さんを横目に、会場を見に行く。
まだ下見だからセッティングはできないけど、けっこうオシャレでいい感じ。宴会場は10階にあるから、景色もすごくキレイ!当日はここに、お花とかも飾って、豪勢にするみたい。

会場内を見回っていた、主催さんがこっちに気付いたみたい。
「どうですか?ここまで来るのに、何名必要でしょうか」
「う〜ん、駅2つと地下街も含めると……ざっくり40は必要かもね」
ざっくり計算だけどね。多いに越したことはないよ。

「40名、ですか。そのくらいなら、怪異の皆さんを呼ぶ必要は無いでしょう」
よかった。こういう都会だと、怪異召喚がメンドくさいんだよね。私みたいに、歩いて来ればいいのに。
「エスコート班はどうです?」
「こちらも問題ありませんわ。ただ、お嬢様の人数よりもスタッフが少ないのが難点でしょうか。往復で5分ほどとはいえ、待たせてしまうことになりますから」
小夜さんはすごいなぁ。ちゃんと問題を見つけている。

というか人数少なかったんだ。エスコートサービス、人気みたいだね。最新の白物家電が買えるくらいの値段だったと思うけど。
「だったら、街頭案内の子たちの中から、エスコートできそうな子を探すよ。来週の打ち合わせの時に呼べば、練習もできるでしょ?」
メリーも負けじと提案する。人数の欠けは、こっちでなんとかできるからね。
「なるほど。ではそのようにしましょう。目星がついたら小夜さんと、
主催側(わたし)にも連絡してくださいね」
話がまとまったみたい。よかったよかった。

さぁてさて、祭典まであと一ヶ月。
エスコート班にふさわしい方を見つけたり、案内役の指導をしたりで、まだまだやることはいっぱい!
全ては、『ごきげんよう』から『ごきげんよう』まで、お嬢様に喜んでもらうため。だからね!
頑張らないと。

じゃあね!

#ノート小説部3日執筆 お題『ロリィタ服』 『コスプレ喫茶』 

東京、彩上高校。公立ゆえに部活動や校舎に目立ったものは無いが、進学校にしては校則が緩く、生徒の自由性を重んじる高校だ。
 そしてその校風は、学校行事にはっきりと現れる。
 今日は、文化祭の日だ。

「おーおー、みんな気合い入ってるねぇ」

 普段立ち入る事のない他学年の教室の前を、金髪の男子生徒が楽しげに歩いている。
 各々が考え、限られた予算で実現した出し物は、年齢もあって出来こそチープさは否めないが、確かな熱意のあるものだった。

「こりゃあ、お前もちょっとは楽しみになってきたんじゃねぇの? な、純?」

 金髪の男子――霧嶋アキラは、隣を歩く男子の肩に手を置いた。
純、と呼ばれた隣の彼は、名を滝本純という。彼は金髪の男子より少し背の高い短い黒髪と、鍛え上げられた肉体が特徴だ。純は仏頂面で答えた。

「これでも楽しみにしてるつもりだよ。詳しくは聞いてないけど、確か喫茶店だったよな?」
「メイド服姿でも想像したか? うちの校風ならやれそうだし」
「……あまり過激な服装は弾かれると信じてるけど」

 廊下の最も端の教室に着いた時、彼らは扉の前の看板を見て息を吞んだ。

「アキラ。……お前の言った事、強ち間違いじゃなかったな」
「ぶっちゃけ俺もビビったわ」

 看板に書かれた出し物の名は――「コスプレ喫茶」。
 純がとりあえず扉の向こうを覗こうとすると、同時にひょいと女子生徒が顔を出した。

「あれ、先輩たち。もう来ちゃったんですか? クラスの出し物とか大丈夫です?」

 水色の髪の女子が、純を見て目を丸くした。まるで『まだ準備中だ』とでも言いたげな顔に、純も少し引っかかりを覚えた。

「うちのクラスは展示物だから、入場の受付以外、当日はやることが無いんだ。それより梅木さん、何かまずかったか? まだ準備中とか……」
「いえいえ、お店は絶賛開店中です。その証拠に……ほらっ」

 扉から彼女――-梅木美香は、ピョンと跳びだした。
 彼女が纏っていたのは、いわゆるチアリーダー服だった。チラリ程度とはいえ臍が見えるこの服装は、残暑厳しい昨今でなければ、純は真っ先にお腹の冷えを心配しただろう。

「とまあ、こんな感じで色んな服装の店員さんがおもてなししてくれるって、感じのトコです。先輩たちの目当ては勿論、マナちゃんですよね?」
「十時から十二時までがシフトって聞いたけど、何かあったか?」
「それがですね、マナちゃんの衣装、ちょっと着付けに時間が掛かるみたいで……ちょっと十時には間に合わないそうなんです。ちょっとお席で待っててもらえますか?」
「何事も無いならいいよ」
「はいは~~い。では、二名様ご案内で~~す」

 美香に連れられ、席へと通された純とアキラ。席は勉強机を二つ正面に並べてテーブルクロスを掛けた簡易なものだ。教卓側の机には『1―D コスプレ喫茶』と大きく書かれ、黒板全体を流行りのキャラクターやらが埋め尽くしている。席は二人掛けが一つ、四人掛けが三つと少なく、既に四人席のうち二つは埋まっていた。
 三つの席に着いた店員は、シンデレラのようなドレスを着た女子。ファンタジーRPGの勇者の衣装を纏った男子。そして先ほど純を迎えた美香。彼女もまた、直後に入ってきた男子三人組の接客についていた。

「これメイド服マジであるんじゃねえか?」
「それはお前の趣味だろうが。俺はメイド服はそこまで……」
「けど、山崎さんなら?」
「何でも似合うだろ愛花は」

 二人は少しの間、会いに来た娘が来るのを待った。そして、扉の向こうから耳慣れた声が聞こえてくる。

「ごめん、待たせちゃって!」

 横に現れた少女の姿を見た瞬間--二人は目を疑った。
 彼女が身に付けていたのは、全体に可愛らしいフリルがふんだんに拵えられたスカートの衣装。いわゆる『ロリータファッション』というものだ。それも有名なゴシック調の『ゴスロリ』とは違う。どころか真逆とすら言っていい。何しろ腰には通常のロリータ服ではあり得ない、『帯』が巻かれていた。服の各部の意匠も着物を彷彿とさせる。系統としては『和ロリ』と称されるものだった。
 なるほど、確かに着付けに時間が掛かりそうだ。そう二人が納得すると、彼女はぺこりと頭を下げた。

「では、本日お客様の担当を務めさせていただきます、山崎愛花です」
「ハハハ、よろしく。まあ知ってるけどな、十年近い付き合いだし」
「それで、ご注文は――純?」

 隣のアキラが笑い声を上げる一方で、純は完全に固まっていた。
不安そうに見つめる愛花に、アキラは『大丈夫だって』と手を振った。

「連れの事は気にしないでやってくれ。多分未体験の可愛さを脳が処理出来なくなってるだけだから、そのうち戻ってくるさ」
「え、えっと……つまり、喜んでくれてるってことだよね?」
「だよな、純!?」

 アキラが純の頭をバシッと叩いた。純は壊れかけから立ち直ったテレビのように、正気を取り戻した。

「はっ……悪い、想定外の方向に来てどう答えようかと……」
「あの、純? どう……かな?」
「……想像の十倍は可愛い」
「じゅっ……!!」

 純が心から絞り出した言葉に、愛花はボンッという音が聞こえそうな程、顔を瞬間沸騰させた。
 事実、低身長かつ童顔の彼女に、ロリータ服は非常にマッチしている。愛花に対して半ば全肯定に近い純でなくても、これに異を唱えるものはいないだろう。

「そっ……それは、良かった……です」

 両手の人差し指をモジモジとくっつけ、俯く愛花。

「はいは~~い。当店は店員さんを口説くのはNGですよ~~?」

 愛花の背後から、美香が顔を出した。愛花より十センチ近く高い彼女は、身を屈めながら愛花の右肩からニヤニヤした笑みを浮かべていた。

「いや、口説いた訳じゃ無くて--」
「分かってますって。あれぐらい日常会話みたいなモンですよね、先輩とマナちゃんからすれば。それで、ご注文は? 言っときますけど、料理は全部冷凍ですよ? 調理スペースも無ければ衛生管理も面倒なので」
「おいおい、客の夢壊すような事言うなって」
「霧嶋先輩、文化祭の規定読みました? 食料品出す時の衛生管理のアレコレとかめっっちゃくちゃめんどくさいですよ?」
「それは知ってる。何しろ去年どうにかしてメイド喫茶をやろうとした時に――」
「滝本先輩、この人やっぱり頭が変です」
「諦めろ。俺は慣れた」
「俺は健全に男の夢を語ってるだけなのに……」

 アキラと美香が軽いやり取りをしていると、愛花が純の肩をトントンと叩いた。いつも見ている筈の微笑みが、ロリータ服という衣装の存在だけで、特別な可愛さを持っているように見えた。

「ねえ、本当にこの衣装、気に入ってくれた?」
「あ、ああ」
「じゃあさ……シフト終わったら、コレ着て一緒にいていい?」
「いいのか?」
「クラスの女子にね、コスプレが趣味のお姉さんがいる子がいて。この衣装、その人から借りてるんだ。『もう着られないから』って、多少汚して構わないとも言ってたよ」
「……じゃあ、そうしようか」

 純がそう答えると、愛花は子供のような、無邪気な笑顔で顔をいっぱいにした。

#mud_braver

#ノート小説部3日執筆 お題「ロリィタ服」 タイトル「決戦前の」 

ひらり、ふわり、とスカートの裾とリボンが風に揺れ翻る。
 決戦に挑む心持で、フリフリのレースであしらわれた日傘を差し、つま先が丸くてストラップにリボンが付いた可愛い靴をカツッと鳴らしてアーケード街の舗装された道を背筋を伸ばして歩く。
 そんな私の姿を見て、多くの人は一瞬驚いたような顔をしてまじまじと見た後、それぞれ思い思いの感想が乗った表情で私を避ける様にして去っていく。中には二度、三度と振り返るようにして私を見ていた。
 今、私は白いレースリボンが幾重にもあしらわれたスカートを何重ものオーガンジーのレースで出来たパニエを穿く事で膨らませ、リボンとレースがふんだんにあしらわれたパフスリーブの可憐な服に身を包み、頭にはこれまたレースフリルがふんだんにあしらわれているヘッドドレスという装飾品を付けている。
 そして普段化粧をしない私の顔には、今、この『ロリィタ服』と呼ばれる可愛らしい格好に合わせて友達がメイクをしっかりと施してくれていた。
 この日の為に、明るい茶色へ染められた髪の毛もふんわりと巻かれ、優しく肩へとかかっている。
 生まれた頃から住む田舎には不釣り合いともいえるお姫様の様な可愛らしい格好で、この田舎唯一の、だけどたいして大きくもない寂れたアーケード街を歩くという大それたことを、きっと私一人では一生出来なかっただろう。
「……ちょ、ちょっと恥ずかしいね……」
 それでも思わず私を、いや、私達を避ける様に歩く街の人たちの姿にそう小声で隣にいる都会から引っ越してきた友達へと囁く。
 それにその子は小さく小首を傾げてふふっと笑うと、そうかな、と鈴が鳴るような可愛らしい声で答えた。
「東京だと普通だよ?」
 そりゃ確かに彼女がいた大都会や、好んで買っている雑誌や、ネットではこういう可愛い格好をしている人は多いかもしれないけど、普通っていう程普遍的な格好とも思えない。
 彼女の私服姿に惚れ込み、頼み込んで服を借りてこの格好をしている私が言うのもなんだけども……。
「あ、またその目。嘘じゃないってば」
 コロコロと彼女は笑うと、私と色違いの黒でまとめられたロリィタ服の裾を摘まみ軽く持ち上げる。
「ま、正確には誰がどんな格好をしていてもそんなに気にする人がいないから、こういう服着てても『普通』だって思えてるだけかもだけど」
「……それって『普通』っていうの? ただスルーされてるだけじゃないの?」
 私はこの田舎しか知らない。世界が狭く、しがらみの多い、この田舎しか。
 田舎では他人と違う格好をしていたらめちゃくちゃ目立つ。そして、結構な確率で奇異な目を向けられる。今、通り過ぎて行った人たちのような目。それはきっと私達の格好がこの田舎では『普通』じゃないから。
「んー、でもじろじろ見られたりもないし、拒絶をされることも、嫌がられるような雰囲気もないしなぁ。それって『普通』に受け入れられているって事でしょ?」
 ちらちらとこちらを物珍しそうに見てくる人たちに彼女はにこりと笑い返しながら、思いもしなかった事を言う。
 気にする人がいないから、『普通』。
 そんな考え方もあるんだと、喉の奥で小さく唸ってしまう。
「まぁ、この街だとまだまだこの服は珍しいんだと思うんだけど、」
 そこまで彼女は言うと、マスカラで更に長く黒く伸びた睫毛に彩られた美しい形の目を私に向き直すと、光の加減かキラキラと輝く宝石の様な瞳を細めて微笑んだ。
「私達で『普通』にしちゃえばいいじゃん」
 どこか悪戯っ子のような微笑みで彼女はそう言うと、私の手を優しく握って引っ張る。
 彼女のまさかの言葉に私は呆れた様に笑い、それでもその言葉の力強さと、私達で変えられるかもしれない『普通』にふるりと背筋が震えた。
 それはきっと武者震いだったのかもしれない。
 彼女の手を握り返しながら、私達がこの格好をし続ける事でこの小さな片田舎の街で、このお姫様の様な可愛い格好が当たり前の光景としてみんなに受け入れられる日が来るかもしれない。
 自分では考えた事もなかったことを彼女はこともなげに口にする。
 この格好だってそうだ。
 転校初日。
 制服のない私の学校にこのお姫様が着る様なドレス姿で現れた彼女に私は度肝を抜かれた。
 しかもその顔立ちもまるでお人形さんの様に整っていて、この上なくそのドレスが似合っていたのだ。
 ――あぁ、あんな風になりたい。
 彼女を始めて見た時に覚えた感情はそれだった。
 そして次に思ったのは、この街であんな格好をしたらみんなに奇異な目で見られてしまうから無理だろうな、だった。
 だけどそんな私のその弱気な感情を吹き飛ばしてくれたのは、クラスの女子たちからどんな風に言われても、男子たちに格好をからかわれても凛としてその背筋を伸ばしたまま全く気にせず堂々としている彼女の姿でもあった。
 そんな姿に感銘を受け、私は彼女に思い切って声をかけたのだ。




「俺を可愛くして欲しい」と。

遅れてしまい申し訳ありません! #ノート小説部3日執筆 お題:占い  

──────── 昔々、「未来を知るための何かが欲しい」と願ったアミヤという青年がおりました。

周囲はその何かに憧れを向けると共に、何故いきなりそんなものが欲しいと願ったのか、とても疑問に思いました。
彼はただの小さな花屋。家族も健在で、盗賊に入られたなんてこともない。それどころか、村の寛ぎ場ともなるほど、平和な日常を過ごしていたはずだ…。

そんな疑問に彼はこうとだけ答えました。「そんなものがあったら便利じゃない?」

けれどもその村に研究者はおりません。彼自身も、他の村人も、彼の願いを叶えられるほどの知識は持っておりません。
ただただ彼は、願いが叶うその時を待っておりました。

そんなある日、村に嵐がやってきました。
とてもとても、強い嵐でした。
彼ら自身は地下に避難していたために無事でしたが、地上は荒れに荒れておりました。

もう、ここでは暮らせない。
地上のその惨状を見た誰かが呟きました。
その考えはどんどん広まり、彼らは村を出ることを決心しました。
彼らは地下に埋まっていた水晶を村の形見として持ち、別の村々へ散って行きました。

その中で、アミヤが持って行ったものは両手で抱えるほどの、大きな水晶玉。

他の村へ行ったとて、どの村も大荒れ。そのうち、アミヤはどうにか食い繋ごうと働き口を見つけることもやめ、その水晶玉ばかり見ておりました。あの村を懐かしみ、あの村の暮らしをその中に見ておりました。

家族もそんなアミヤへの心配を通り越し、焦りとなって来た頃、「水晶玉の中に2つ隣の村で家族と平和に暮らしている映像が見えた」そう、彼は言いました。

働き口が見つからなくなっていた一家は、最後の希望としてそれに縋りました。

2つ隣に着いた一家はとても驚きました。嵐の影響を全く受けていないのです。
一家はそこでまた、花屋として暮らすようになりました。
また、アミヤはその水晶玉で未来を覗く仕事を始めたということです。
────────
「……と、これが水晶玉を使った占いの起源と言われています」
目の前の占い師はそう言った。
ここはあの話に出てくる最後の村があったとされる場所。

占いの研究を趣味としている俺には堪らない場所だ。
水晶玉占い本場の占いと、その昔話を継承する彼女らから話をしたいがために、はるばる都会を出てやってきた。

だがやはり、その価値はあった。
とても興味深い。
今後の俺の活動基盤ともなるだろう。
ありがとうございました、と言っただろうか。
気づいたら宿へと着いていた。

俺は、天候を操る神を絶対的な存在だと信じ、広める者。
この嵐を起こしたのは絶対に我らが神だ。
この村にその事実を伝えれば、彼らは神を尊敬するだろう。

初めて預言者様から神の話を聞いた時は驚いたが、何故俺は今まで知らなかったのだろう、ととても後悔した。

だが、この村の皆を信者にして、金を集めれば預言者様も喜んでくれるはずだ。
──────── …あいつも今頃やってくれているだろう。
占いなんてものを信じているから騙しやすいとは思ったが、あんな簡単に信じてくれるとは。

水晶玉の昔話に嵐が出てくれて助かった。
また自分の金蔓が増えるのだから。

宗教は人間が編み出すものなんだから、新しい神が出来ても騙される人はコロっといく。それが金儲けになるのだから。

そう慢心していたのが間違いだった。
占いの力は本物のようで、駒のあいつはあの村の保安官に捕まった。
信心深いのが災いして、俺の居場所も言いやがった。

あぁ、占いの力とは、アミヤ様とは素晴らしいのだなぁ。

#ノート小説部3日執筆 「こっくりさん」 お題:占い 

憑き物筋の末裔らしい俺は、霊が視える。
この力が本当に憑き物によるものなのかは正直疑わしいものがあるが、そんな俺でも「これはガチでヤバい」と思っているものがある。
それは──こっくりさんだ。
「いや、こっくりさんこそ科学的に原理が証明されてる迷信でしょ」と思う人も多いだろう。
違うんだ。
いや、厳密には『大半は』科学的に説明がつく事象で済むんだが、本当に狐や狸などの畜生の霊を喚んでしまうことが稀によくあるのだ。
そして、そういう案件は大概俺のところに回ってくる。霊と話すことしかできない俺のところに。話の通じない霊に憑かれた奴をどうにかしてくれという依頼が。
だから俺はこっくりさんが大嫌いだ。

初めて奴らの相手をしたのは高校生の頃だ。
俺はいわくつきの村の出身な上にこんな左目を持っていたせいで、霊が視える、すなわち霊に対抗する力があると噂になっていた。傍迷惑な話だ。
そしてある時、その噂を聞きつけた隣のクラスの女子が「こっくりさんが帰ってくれない!」と俺に泣きついてきたのである。
高校生にもなってこっくりさんなんてガキみたいなことすんなと思う人もいるかもしれないが、娯楽がろくすっぽない辺境にあった高校のことなので大目に見てほしい。
今の俺なら十中八九余所を当たるように言うだろう。カネに困っていれば話を聞いて、本当に憑かれているのか視て、ツテのある除霊師を紹介して相談料と紹介料くらいはせしめるかもしれないが。
けれど当時の俺は、相手が畜生の霊でもある程度話せばわかると思い上がっていたし、何よりこの眼を気味悪がらずに頼ってくれる人がいたことに対する喜びが勝っていた。
だからほいほいとこっくりさんが帰ってくれないらしい現場に乗り込んでいったのである。
──結論から言うとそこは阿鼻叫喚の大惨事だった。
四つん這いになって白目を剥き、奇声を発して暴れまわる女子生徒。
机や椅子はてんでばらばらになぎ倒され、こっくりさんに使われていた紙は床に落ち無残に踏みにじられていた。
どう見ても話が通じない状態なのは明白だったが、それでも頼られて首を突っ込んだ以上は尻尾を巻いて逃げるわけにもいかない。
「お、おい、落ち着けよ……ステイ、ステイ……」
憑かれた女子の方ではなくその背後の狗霊の目を見ながら、俺は恐る恐る話しかけた。
狐や狸だったら早々に諦めていたかもしれないが、犬ならまだ人間と共存関係にある動物だからワンチャンあると思ったのだ。
狗霊がギロリと俺を睨みつけて威嚇の唸りを上げる。憑かれた女子も同様の行動を取る。
それは人間に対する憎しみでいっぱいだった。
何でそんな霊がこんな人間だらけの場所に居ついていたのかはわからないが、あれだろうか、復讐できる対象は多ければ多いほどいいみたいなそういうやつなんだろうか。
あるいはこの高校に通う誰かの飼い犬だったのか。
まぁそれはこの際どうでもいい。さしあたりこの狗霊を宥めすかして、お帰りいただくというか女子生徒から離れてもらえれば、俺としてはそれでいいのだから。
「ステイ……いい子だから、彼女から離れるんだ……」
俺は引き続き声をかけ続ける。
けれどわかる。俺には犬の言葉はわからないが、こいつには人間に対する敵意しかなく、ようやく巡ってきた絶好のチャンスを手放す気などさらさらないという意思がビンビンに伝わってきたのだ。
これは無理だ──!
諦念を抱いた俺を食い散らそうと、狗霊が女子生徒を操って飛びかかってくる。
その時だった。
「破─────!」
盛大な気迫と共に発された大声で、狗霊が吹き飛ばされたのである。
その声を俺は知っていた。
同じクラスで寺生まれの
天堂武(てんどうたける)
こいつも寺生まれというだけで霊が視えるのではないかと噂されていたが、「俺は霊感ゼロだ!」と言い切って噂をバッサリ全面否定していたのを覚えている。
「おう御神楽、大丈夫だったか?」
そう言って天堂は呵々と笑った。
「……お前、霊感ゼロなんじゃなかったのかよ」
「あぁ、ないぞ! まったく視えん! ……が、気合があれば追い払うことはできる! ……追い払えているよな?」
堂々と追い払えると言っておきながら本当に追い払えているか聞いてくるとか、正直無茶苦茶だと思うが、視えないのはどうやらマジらしいということだけはわかった。
視えなくても追い払えるものなのか。寺生まれってすごい。
俺は密かにそう思った。
「……あぁ、どっか吹っ飛んでいったよ」
「そうか、それなら良かった!」
溜息を吐きながら答える俺の背中を天堂はバシバシと叩いた。おそらくは励ましのつもりなのだろうが、普通に痛い。
なお、この一件以降、こっくりさんブームは廃れたものの類似の占いは次から次へと流行って、そこで霊障が起こる度に俺と天堂がセットで呼び出されることになったのである。
俺が視て、天堂が追い払う。
俺たちは卒業するまで霊障担当コンビのような扱いをされ続けたが、天堂はさっぱりとした気持ちのいい男だったので俺も行動を共にするにやぶさかではなかった。マブダチ……とかいう気恥ずかしいことを言うつもりはないが、まぁ俺の数少ない友人となったのである。
そして今も、何か除霊が必要な時は天堂に連絡を取り、住職の仕事が忙しくなければ来てもらうような関係が続いているのだった。

おわり

#ノート小説部3日執筆 お題:【占い】 

※自創作の掌編です。初見バイバイ感があります。雰囲気でお楽しみください。

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 吸血鬼ロクスブルギーが街へ出かけるのは、大抵日が暮れてからだ。昼夜を問わず労働に勤しむ同居人――もっと楽な仕事に就けと何度も勧めている――が留守の間、日用品や食材の買い出しに行くのが、暇つぶしのひとつであった。
 そんな暇つぶしの帰り道、吸血鬼は声をかけられた。
「もし、そこの方」
 大通りを垂直に横切る細い路地を少し入ったところに、粗末な出店のようなものが立っていた。そこには目深にフードを被った老女がひとり座っており、カウンターにはおそらく水晶でできているのであろう球体が置いてある。吸血鬼は、これが何か知っている。いわゆる占い師という人間だ。彼らには運勢を占ったり、未来を見通したり――そういった特殊な能力があると信じられているが、実際のところは分からない。ロクスブルギーは占いに懐疑的である。しかし、致命傷を何度受けても死なないという冗談みたいな生き物が存在するのだから、そんな特殊な能力のある人間がいても別にそう驚くことではないかもしれない。ともかく、ロクスブルギーはその老女の方へ向き直った。老女は、枯れ枝が風に揺れるような覚束なさで手招いた。
「不穏な気配が付きまとっています。詳しく見せてください。さあ」
 適当な誘い文句だなと思いつつ、好奇心が旺盛な吸血鬼はわざわざその出店の方へと足を運んだ。もし本当にこの老女が特殊な能力を持つ人間だったとしても、なにも問題はない。吸血鬼は人間との間のトラブルに対して、いくつも取りうる手段があるのだから。
「それで? どうやって僕に付きまとう不穏を明かしてくれるのかな」
「心を静め、この水晶の中をご覧ください。貴方の抱えている不安、恐れ……そういったものを映し出すことでしょう」
 言われたとおりに、吸血鬼は水晶玉を見つめる。何の変哲もない、透明な石英の玉である。一体これを覗いて、何が見えるというのだろう? 疑問に思いながら眺めていると、老女は水晶玉にこれでもかと顔を近づけて手をわなわなと震わせた。
「おお……おおお……」
 もしこれが演技やフリだとしたら大したものである。何かを見つめている、真に迫ったその様子に期待――良い方にも悪い方にも――が高まる。
「貴方につきまとうもの。それは、過去。過去の貴方の行いが、今の貴方を追いかけ、追いつめようとしています」
「ほう」
 それはひとつ、もっともな意見だった。過去に道を違えた同胞からは怨嗟のごとく恨まれているし、互いに死なない以上、この先どこかで出会う可能性は常にある。出会うたびに血の雨を降らせることになる――そんな未来に嫌気が差しているのは事実だ。
「貴方は、今の生活をとても大切にしていますね。過去に追い立てられることを嫌い、静かに暮らすこと望んでいる」
「……そう、安らかな生活こそ僕の望みだ」
「ええ、そうでしょう、そうでしょうとも。しかし、口で言うのは易くとも、それを続けていくのは難しいこと。――ですので、こちら」
 不意にどん、と重い音を立てて、カウンターにそれなりの大きさの壺が置かれた。いったいこの老婆、いつそのような動きをしたのだろう? 想像以上に機敏に動いたらしい老婆は、これまでと打って変わって早口で話し始めた。
「こちらの壺は幸運を齎す泉の女神の神器を模して造られた『しあわせの壺』にございます! 模造品と言いましても、偽物ということではございません。壺の原料には女神の住まう泉の底から掘り出した土を練り込み、その加護を凝縮しているのです。こちらをお求め頂ければ、絶え間なく泉が湧き出るかのような幸運をお約束いたします!」
 途端に胡散臭くなった話を聞きながら、吸血鬼は顔を顰めた――

「――いや、今のは買わずに帰ってくる流れだろ!」
 一通り話を聞き終えた家主の人間は、割合大きな声でそのように叫んだ。玄関先に独特な風合いの壺を置き、その横に佇んでいるロクスブルギーは悪びれた素振りもなく言った。
「別に与太話を本気で信じたわけじゃない。幸運に恵まれるなら良し、そうでなければ置物として活用すればいいだけのことだ」
「詐欺師を喜ばせてどうするんだよ……」
 それなりの大きさの壺は、花を飾ろうと思えばかなりの量の花が必要になる。常にそのように保っておくのは骨が折れるだろう。もっとも、泉を思わせるティールブルーに、どことなく民族調の幾何学柄が施された壺は、何を飾らずともそれ自体が飾るに値する――限りなく前向きに考えれば、だが。
「……まあ、アンタが生活の傾くほど無茶苦茶な浪費をするとは思ってないから、好きなものを買えば良いけどさ……」
 どうせならもっと有意義なものにすればいいのに、と家主はぼやいているが、吸血鬼にとっては、それなりに意義がなくもない買い物だった。

 静かに暮らしたい。少なくとも、共に暮らす彼が、安らかにその命を終えるまで。どれだけ長く見積もっても、あと六十年ばかりがせいぜいだ。なんて短い、一生なのだろう。彼がいなくなった後のことを思えば、あらゆる意味で憂鬱になろうというものだ。
 この安らかな今を、一分一秒永らえるためなら――たまには胡散臭い占いを信じてみるのも悪くないだろうと、そう思ったのだ。

#ノート小説部3日執筆 『占い』 お人好し巫女の最終警告 ※自創作小話 ※モラハラおじさん、:otokoyosonoonna:が出てきます 

※自創作[Original]シリーズの掌編です。あらすじはリンク先のページからどうぞ。


 この[島]の北部には、未来を見通す巫女がいる。
 もちろん本物の巫女ではなく、本人曰く「ただの占い師だよ」、とのこと。しかし、彼女の予言は必ず的中するという。その忠告に従った者は皆「未来が変わった!」と口を揃えており、彼女はいつしか、『巫女』と称されるようになった。

 彼女の活動歴は十年にも満たないが、今ではこの[島]、ミルド島以外でも評判が広まっている。この小さな山間の町に駅などなく、交通手段は車のみ。それでも迷える人間は救いを求め、占いの館まで足を運ぶのだ。

「お前が『ミルドの巫女』か?」

 現れた客に怪訝な顔で指差され、巫女は露骨に顔をしかめさせた。『巫女』と呼ばれるのは正直不快でもあるが、この客は態度からして横柄さが滲み出ている。見た目から考えるまでもなく、彼は定年過ぎの頑固親父といったところか。

「そうだけど。とりあえずそこ、座ってよ」
「ったく……この女、本当に未来を見通せるんだろうな?」

 客は独り言を隠す様子もなく乱暴に杖をつき、座席にどっかりと腰を下ろす。巫女は思わず暴言を吐きそうになったが、ぐっと口を噛みしめた。今怒鳴ったところで、彼は態度を改めるような人間ではないだろう。
 気を取り直し、巫女は料金表を提示する。まともに取り合うよりさっさと済ませた方が精神衛生上良さそうだ。

「未来の範囲は数ヶ月以内、一年後くらい、数年そこそこまでの三種類。料金は前払いだからね」
「はぁ? 金取んのか?」
「当たり前でしょ、趣味でやってる訳じゃないんだから」

 客はまだ文句を言い足りない様子だったが、渋々財布に手を伸ばす。巫女はさすがに呆れてしまった。これまで様々な客を見てきたが、料金を支払おうとしない者は初めてだ。
 追い返そうか、とも思ったが、事情を聞いて納得する。どうやら家族に懇願され、納得出来ないまま連れて来られたらしい(家族は同席したいと申し出たようだが、本人が断ったようだ)。彼は突然の病気で余命宣告されており、数年後生きているかどうか調べてほしいと語った。

「俺ぁ占いなんかこれっぽっちも信じてねぇけどよ、カミさんも息子もうるせぇんだ。今死なれたら困るんだと」
「なるほどね。ちなみに、仕事は何やってるの?」
「炭鉱の経営者だよ。ほら、こっから東に行った所にでけぇ工場あるだろ?」

 巫女は目を丸くした。ミルド島東部の炭鉱街は一ヶ所しかなく、全世界でも一、二位を争う規模のはずだ。その経営者が突然代替わりするとなれば、間違いなく混乱に陥るだろう。

「事情は分かったよ。それじゃ、この水晶玉をよーく見て」

 机上にある大振りの水晶玉を指差すと、客はまだ訝しみながらも大人しく指示に従った。巫女は水晶玉越しに相手の瞳を捉え、静かに呟いた。

「君の未来が見える……」

 その言葉を合図に、視界が全く別の風景に切り替わった。普段なら見えた映像をそのまま解説するのだが、巫女は敢えて伝えなかった。何故なら、それは葬儀の場面だから。
 客が指定した期間は数年後。そうなると、余命通り亡くなることになるのだろう。ふ、と瞬きした途端、視界は元通りになる。だが巫女はすぐさま意識を集中させた。未来を変える手がかりは、もっと前にあるのかもしれない。

 今度は一年後に照準を合わせる。予想通り、客はまだ生きていた。しかし、見えた光景は何処となく不穏なものだった。巫女が見る『未来』に音はない。だが、客の妻らしき人が怒鳴っていることは分かる。息子らしき人も必死に説得しているようだが、客本人は二人の言葉を聞き入れる様子もなく酒をあおっていた。
 そりゃそうだよ、と心の中で呟く。巫女は水晶玉から目を離すや否や、声を尖らせた。

「生活習慣が荒れているみたいだね。お酒を断たないと、数年のうちに死んじゃうよ」

 客はカッと憤り、机を勢い良く叩きつけた。

「いっ、医者と同じこと言いやがって! お前の言うことも、全部嘘に決まってる!」
「僕が見た『未来』は必ずやって来る。死にたくないなら、今すぐ身の程をわきまえるべきだ」

 巫女は負けじと睨み返す。しかし、客は怒り狂ったまま大股で玄関へと向かった。「小娘風情が!」という捨て台詞と共に、ドアが乱暴に閉められた。
 静寂が流れ、巫女は長い長い溜息をつく。あの手の人間には何を言っても無駄である。このように拒絶されたことは何回もあったが、彼らは皆『未来』と同じ道を辿ったはずだ。いくら腹が立つ相手だったとしても、救えなかったことは悔やまれる。だが、客がこの館を出た以上、巫女が介入出来ることはない。

「……そもそも、僕は男なんだけど」

 巫女は鈴を転がすような声で不貞腐れる。この理不尽な愚痴も、毎度毎度のことだった。

#ノート小説部3日執筆 お題【占い】一生ものの出会い#おっさん聖女の婚約  

「あなた、遠くない未来に一生ものの良い出会いがありますよ」

 突然、デート中にそう声をかけられた。声をかけてくるのは良いけど、今デート中だぞ。しかも、一生ものの出会いってなんだ。
 一緒にいるのは遊び相手ではあるが、それでもデート中に水を差されるのは好きじゃない。俺が引き攣りそうになる顔を何とか保っていると、デート相手が過剰反応していた。

「ねえねえ、それって私のこと? ラウルのこと?」

 声色や表情から、玩具を見つけた子供のような気分だと分かる。この子、占いとか好きなタイプだったんだ。占いが好きだという点は意外ではないが、好意的な反応を示すのは意外だ。
 路地裏付近にひっそりと存在する露店。いかにも、といった姿で座っているのは女性だった。
 彼女は立ち上がるなり、俺たちに向けて小さく微笑んだ。

「男性の方よ。あなたは……あら、おめでとう。別の方と幸せな家族を築く姿が見えるわ」
「ほんと!? やったぁー!」

 え、こういう時はどんな反応すれば良いんだ? 祝福すれば良い?
 特定の相手がいない人と楽しくお付き合いをしていて、この子もその一人だ。だから、俺以外と結婚して幸せになるっていう話に対しては「そうだよね」くらいしか浮かばない。
 とはいえ、今ここで「だよな! おめでとう!」と言うのは変な話だ。

「ミリア、ちゃんと幸せになるんだぞ」

 うん。これだ。差し障りない感じで。

「あはは、ラウルってば! えー……でも、どんな人なんだろう? ラウルよりもかっこいい人が良いけど、なかなかいないのよねぇー」
「お嬢さん、顔よりも性格の相性の方が大切ですよ」

 バシバシと俺の背中を叩きながらミリアが笑う。随分とツボに入ったみたいだ。女の子の平手、全然痛くなくて可愛いな。
 俺はふざけて「いてて」と言いながら笑う。変な空気にならずに済みそうだ。

「そうだ。俺の一生ものの良い出会いって何?」

 占いを信じているかと聞かれれば、あまり信じていない。ご神託とかなら別だけど、占いは学問みたいなものだしな。手に入れた情報をもとに、先見の明を発揮するっていうか。
 偶然の事象と占う対象の性質をいい感じにマッチさせるっていうか。ご神託と違って、実際に“何か”を見ているわけじゃないってこと。
 まあ……正直、ご神託も眉唾物だと思っているけどな。魔界の扉は封印されたまま、聖女として覚醒している人間はほとんどいない。
 聖女覚醒が増えるのは封印が壊れる前触れだと言われているから、少なくて良いんだけどさ。

「あなたは眩しすぎて、はっきりとは見えないんですが……」
「ラウル輝いちゃってるの!?」
「眩しすぎるって何だそれ」

占い師の話にきゃっきゃしているミリアの頭をひと撫でしながら問いかける。

「私だって聞きたいですよ。一定以上の未来を見ようとすると眩しすぎて何も見えなくなるんですから。で、その眩しい中を細目で見ると、あなたの隣に誰かがいるのが分かるんです」
「へぇ……?」
「えー!? おもしろーい!」

 俺の知っている占いと違う。ミリアが嫌がっているような感じもないし、面白いからこのまま話を聞かせてもらうか。

「身長は高いようですから、男性かもしれませんね。まばゆい光の中、二人が並んで延々と歩き続ける姿が見えます」
「なるほどねぇ」
「素敵!」

 隣を歩く人が相棒なのか最愛なのかは分からないが、一生ものの関係を築くことのできる相手と出会える。それは悪くない話だ。

「これから何が起きようとも、きっとあなたはその方とどうにか乗り越えていくことができるでしょう」
「ありがとう。ところでお代はいくら?」
「勝手に占っただけですので、要りませんよ」
「そうか。分かった」

 俺は軽く頷くと、そこら辺で見かける占い料金を思い浮かべながら財布を取り出した。五十スティラで良いかな。
 スティラ銅貨を一枚取り出して占い師に渡そうとすると、彼女は百スティラを示す銅貨に目を丸くして「受け取れない」と言ってくる。

「一人五十スティラで二人分ってことで、百スティラ。多いかどうかは俺が決めることだから。遠慮なく受け取りなさい」
「え、でも……」
「いーのいーの。ラウルは騎士だから、これくらいで破産したりしないもの」

 ミリアの言うことは本当の話だ。騎士だからというわけじゃないが、金には困っていない。俺は鷹揚に頷いてみせた。

「では、ありがたくちょうだいします。お二人に今後の光あらんことを」

 これまた古風な挨拶をするものだ。まるで、敬虔なる女神の下僕みたいだ。俺はそんな彼女に同じように挨拶を告げる。
 面白い占い師もいたもんだ。ミリアとのデートを続行しながら、俺はそんなことを考えていたのだった。



 しかし、あの占い師が教会のトップ、預言者だったとは。
 そりゃあ当たるわけだ!

「お久しぶりですね、聖女ラウル」
「……こんな場所で再会できるとは思っていませんでしたよ。預言者アリストフォス」
「一生の相棒を見つけたようですね」

 ……あの占いはご信託だったってことか。どうりで占いっぽくないと思った! 預言者アリストフォスは、魔界の扉の封印を行った聖女として俺が凱旋パレードやお披露目、様々な儀式的なものをすることになって、ようやくお目通りの叶った存在である。
 彼女の姿を見た瞬間、占いをしてもらった時のことを鮮明に思い出した。

「浮名を流していた騎士ラウルが、こんなに偉大な聖女となるなんて、私も想像はしていませんでした」
「……はは、それはどうも」

 昔の自分を知っている人が聖職者として存在しているのは、何とも言えない恥ずかしさがある。だが、アリストフォスはただただ俺のことを懐かしそうに眺めるだけだ。
 俺はそんな彼女をそっと見つめ返す。

「あなたは本当に眩しくて。魔界の扉の封印するのはこの人だってすぐに分かったわ。もう少しまともな予言をしたかったのですが、あなたの輝きを支えている存在は控えめすぎて、うっすらとしか見えなくて……」
「あー……ヴァルトってあんまり自己主張しないもんな」
「そうでしょうね。私はあなた方の戦う姿を直接見ることは叶いませんでしたが、ふんわりとは見ておりました。
 本当に相性が良さそうで良かった」

 預言者こそ、女神の手先に相応しい存在なのではないだろうか。俺なんかより、ずっと相応しい気がする。俺と同じよう分だけ年老いた彼女は、目尻にうっすらと皺を作って笑む。

「二人が堂々と歩く姿が見えます。これからもきっと素晴らしい日々が待っていることでしょう。
 少しもやがかっているところもあるので、多少は困難がありそうですが、それでも、あなたたちの壁にはなりそうにない。心配することはありません」

 アリストフォスの柔らかな声が俺の体にじんわりと染み込んでいく。若いころには分からなかったが、今ならば分かる。彼女は本物だ。
 失礼なことを考えていた昔の自分を叱ってやりたいくらいだ。

「……占い、ありがとう」
「ふふ……どういたしまして。聖女ラウルの未来に光あらんことを」
「感謝します」

 俺はゆっくりと、深く頭を下げた。

#ノート小説部3日執筆 パンダエクスプレスが食べたいのじゃね/お題「占い」 

「おい、パンダエクスプレスって知ってる?」
「知ら~ない……」
「無知無学、無知蒙昧、むちむち」
「起きたばっかりで、そこまでいうことないじゃん……」

 午前11時、部屋に突撃してきた双子の姉にいきなり暴言を吐かれながら――
 なぜか中華料理を食べに遠出することになった。

 世の中の双子の様子は知らないが、
 ウチの姉弟の力関係は姉が上で弟が下である。

 つまり、こんなに力が弱かったんだと思う側が姉、
 こんなに力が強かったんだと思う側が弟である。

(今日は一日、寝てるつもりだったのに)

 そんな、独白を無視して――
 少しばかりめかし込んだ姉の付き添いで、電車に乗って30分。

「ここは何処……?」
「自分でスマホ見ろバカ」

 姉は弟にささやかな疑問を持つことすら許さず、
 だだっぴろいアウトレットモールを歩く。

 ああ、それにしても腹減った。
 散歩を嫌う犬のように引きずられる、俺、朝食抜き。
 &、あんまり興味のある店がない。

「それで、パンダエクスプレスって何……」
「中華料理」
「中華料理なら、駅前でいいじゃん……」
「よくない。フォーチュンクッキー食べたいから来た」

 フォーチュンクッキー?
 なんか昔の曲にそういうのがあった気がする。

「フォーチュンクッキーって、恋するやつ……」
「えっ古っ、間違ってないけど古っ」
「ひどい……」

 普段にもまして、酷い姉の態度に辟易しながらも――
 進んだ先には広いフードコート。

 新しめの店の店名は確かに「パンダエクスプレス」
 パンダは実在した。なるほどね。実在したんだ。

「量はちょっとだけでいい。テイクアウトで頼むから」
「姉ちゃん……ほんとにフォーチュンクッキー食べたかっただけ?」
「ちがう、テイクアウトに価値があるの」
「そうなんだ……」

 腹が減ったおかげか、もう抵抗する気も起きない。

「だから、カレシのフリしろ」
「またっすか……」
「いくぞ」
「ふぁい……」

 姉、弟と腕を組む。
 地雷系のハイトーン、ウェーブの掛かったロングヘアに
 純白のセットアップを普段着にした地雷メイクの我が姉の顔が近い。


 だが、素直になったらなったでさ――
 選択ミスの危険は付きまとう。

 にしてもよく見てもよく見なくても
 中華風の内装の店内を除けば普通のフードコート。

 なるほど、ふつうはワンプレートで色々ついてくるんだ。
 でも大体全部テイクアウトできるんだ。

 一人じゃこないな。
 二人なら来るかも。

 きっと姉のことだから、何らかの聖地的な場所なんだろう。
 ただ、占いの結果は、見てきてないけど多分大凶。
 弟だもの、それくらいは分かる――

◆◇◆

「満足」
「これでいいの……」

 かくして、テイクアウトの末。
 近くの公園のテーブルに陣取った我らが姉弟。

 姉の前には、紙製の箱っぽいパッケージに入ったミックスベジタブルとオレンジチキン。
 弟である俺は、チャオ麺とフライドライスのハーフ&ハーフ。

 グリルドマンダリンチキン。
 クリームチーズラングーン。

 そして、ドリンク。
 おまけのフォーチュンクッキーが一個ずつ。
 個包装のパックで置かれていて――丁寧で、よござんす。

「そうだ、喰わせろ」
「ええ……」

 あれ、いきなりおかしいな――
 今回はそういう感じじゃなかった気がするんですけど……

「いいから」

 そういって、口を開くマイシスター。
 はぁ、まぁ何はともあれ、スマホを取り出して二人のピースだけ映す。

 なんか、癖になっちゃった。

「じゃあ……」
「オレンジチキンから」

 やはり弟は姉に逆らえない運命。
 箱の中のチキンにフォークを突き刺し――
 小鳥に給餌する親鳥のように、オレンジチキンを姉の口に放り込む。

「うむ」
「食っていい?」
「うむ」

 許可されたので、俺もオレンジチキンを一口。
 そういえばこれって、間接キス?

 とりあえず一旦、味に集中――する。
 
 あー、なるほどから揚げって感じじゃないが旨い。
 鶏もも肉の揚げ肉にかかっているのは、めっちゃ甘いソース。
 なんだこれ。

 ゴールデンブラウンに焼き上げられた皮。
 オレンジのつやつやとしたソース。
 甘辛で、ニンニクっぽい風味?

 いや美味いよ、悪くない。
 酢豚のチキンが好きな人は好きなんじゃね?
 
 いや、ほんと食レポが適当で申し訳ございません。
 本当はもっと味に集中したいんだけど――

 マイシスターが、あーん待ちで口を広げるから気が気じゃない。
 次は自分のグリルドマンダリンチキンを放り込む。

「うむ、うむ」
「美味しい……?」
「こっちの方が、食べ慣れてる味で美味しい」

 まぁ、確かに――
 こっちの方が照り焼きチキンっぽくて旨い。

「逆にチャオ麵が味が薄い」
「そうかな……そうかも……」
「責任もってお前が食べろよ」

 いや、実際そんな気はしてくる。
 チャーハンとも呼べないフライドライスとチャオ麺は大分チープな感じ。

 まぁオカズが多いとちょうどいい。
 そんな風に感慨にふける間もなく――
 姉の手が無遠慮にクリームチーズラングーンへとのびていく。

「これめっちゃうま!!」
「そう……よかった……」
「もっと家の近くに出来ればいいのに」
「そこまで言う……」

 そう思いながら、揚げワンタンっぽいやつをソースを付けて一口。
 ワンタンの中は、全部クリームチーズ。
 中華風の甘辛いソースと合わせると、脳に刺激が良く味がしてものすごく美味い。

「ああ、ね、美味しい……」
「メインのメニューに悩む」
「もう少し、メイン減らしたりできればいいのにね……」

 後は、あっさりと片付けると、すぐメニューはからっぽに。
 なんだかんだ、姉も量を食べていたが、腹六分目くらいに収まった。

 かくして最後はフォーチュンクッキー。
 半月か、あるいはハートの形の口直しだ。

 個包装を破って、自分の分を食べる。
 姉が半分に割って、おみくじを取り出してから一口――

 なるほど、そうやって食べればいいのか……
 真似して一口。

 いや、まぁ、なんというか――
 薄焼きのミルク風味のクッキー……

 ま、オマケの御菓子なんてこんなもんか。
 よくわからない味のガムのおまけよりはずっといいや――
 そう思いながら、おみくじを見る。

 小さいぺら紙に書かれていたのは
「笑顔で積極的にいこう(Smile and be proactive)」か……
 
「ごちそうさまでした、お前なんか用事あるならかえろっか?」
「いや、せっかく来たんだし……もう少し遊んでいこうよ……」

 そういって、ゴミを纏めてから――
 反対の腕で、姉と腕を組む。

 意外にもすっぽり収まる満足げな姉の姿を見て――

 周囲を見渡すと、意外と多くある店舗の中――
 どれなら姉に気に入ってもらえるかなって考えたりしちゃう。
 
 でも、一人じゃこないな。
 二人なら来るかも。

 なるほど、占いの結果は、実際は大吉。
 恋人ごっこをしているんだもの、それくらいは分かる――

#ノート小説部3日執筆 『街角より、なんか、いろいろを込めて』※死に関する描写あり(直接の死者はいない) 

次の方……って、また貴方ですか?言ったでしょう。人探しなら他所(よそ)をあたりなさいって。
私が見るのは、貴方の運命の流れ。ここにいない方は見れませんからね。

なに?世間話?まあ、構いませんよ。そういうニンゲンさんは多いですから。
それで、何を話すんです?私?私の話をしてもしょうがないでしょう。ご覧の通り、しがない占い師ですよ。半人間、妖怪の
件(くだん)です。厳密には半人狼で半件なんですけど……。

えっ、私のこと人間だと思ってらしたんですか。何年もの付き合いなのに。
まぁ、耳も隠してますからね。バレないようにとかじゃないです。ほら、ベール被ってると雰囲気が出るじゃないですか。占いって、雰囲気に左右されちゃいますから。

そう、そう、雰囲気は大事なんですよ。ムード一つで、人間の気分は変わります。気分が変われば、運命だって。たとえ、今まで良い流れであっても、ほんの少し流れが変わるとオジャンですからね。

こんなふうに。

ちょっとぉ、今のは驚く所でしょうよ。せっかく練習したんですよ?タロットでカードタワー作るの。まぁ崩しちゃったんですけどね。
あ、このタワーに
タワー ⅩⅥThe(Tower)は入ってませんからね。小ネタってやつです。
どうです?持ちネタにしたいんですよね、コレ。えっ、あんまり面白くない?そっかぁ……。

ぐぬぬ、妙案だと思ったんですけどね。やっぱりニンゲンを笑わせるのは難しいです。最近のニンゲンはみんな顔が曇ってますからね。貴方なんか特に。
そう、そのしかめっ面!表情筋が意味をなしてないその顔ですよ!
なんか、昔のご贔屓さんを思い出すんですよね。その子もしかめっ面だったので、よく覚えています。

そう、その子もよく占いに来てくれたんです。当時は中学生でしたかね。
当時は今よりちょっと景気も良かったので、占いに来る方はなんだかんだ楽しそうな方が多くて。でも、その子は違ったんですよ。
ノストラダムスもびっくりの顔だったんですよね。びっくりしますよ。どれだけポジティブなことを言っても、ぜんぜん喜んでくれないんですもの。

ああ、でも、一回だけ、笑ったことがあるんです。
その時の占い結果、めちゃくちゃ悪かったんですけど。なんか曲解されたくなくて、ストレートに言ったんです。
そうしたらどうです?「そっか。良かった」って。びっくりです。死相が出てるってのにですよ?
思わず聞き返しましたよね。何が良いのかって。もうちょっと抗えば死なずに済む運気だったもので、けっこう強めに言ったんですよね。

その子は「自分がいなくなれば、母さんが苦労せずに済む」って、そう言ったんです。
そういうこと言って許されるのって、もっと殺伐してた時代だけですよ。それこそ戦時中とかだったら、分からなくもないですけど。

あんまりにもあんまりだったので、めちゃくちゃ言い返したんです。キミが死んだら、お母さんだって悲しいでしょ、って。
そしたらその子「そうかな。母さんは強い人だ。その程度で悲しむ人だと思えない」って。びっくりですホントに。
結局その子、それ以降来なくなっちゃって。ホントに死んじゃったのなら、なんか、申し訳無いことしたよなぁって。

や、まぁ、もう昔の話ですし。私もこの街に来る前の話ですからね。
でもまぁ、なんだかんだ言って印象に残ってるんですよ。あんなに熱くなったの、あの子だけでしたから。
そうですねぇ、もしあの子が生きてたら、高校生くらいですかね。ん?もうちょっと大きいかも。こういう計算は苦手なんですよ私。三百年ちょっと生きてると、こういうところに粗が出ちゃいます。困りますねぇ。

あれ、もうお帰りですか?まぁ世間話だけってことでしたし、仕方ないですね。
それじゃ、またのご愛顧を~。

え~、次の……あれ、いない。う~ん、暇になっちゃいました。
なんか話してたら思い出してきましたね。やっぱり、あの子に似てるんですよねぇ。雰囲気とか、表情とか。
あと、大事な人がいるところとか。

――――
「……またあそこに行ったのか?相変わらずだな」
別にいいだろ。今のご時世、神にも藁にも占いにも、縋れるだけ縋っておくべきだって言うだろ。これが合成半獣だったら、そういうのにも縋れないんだろうけど。

「まぁ良いけど。で、何を占ってもらったんだ?仕事運とかか?」
いや、今日は占いはしてない。ちょっと世間話しただけ。昔話を聞いてきた。死にそうな子がいたんだと。自分が死ねば親が楽になるだろうって言ったらしい。
まぁ、可哀想な子だなって思ったよ。きっと家の中が良くなかったんだ。そうでなきゃ、そんな事口走ったりしないだろうに。
「……よく分からんが、そういうもんだろ。お前はそういうこと考えたこと無いのか」
ないよ。俺が死んだらどうなるなんて、考える必要がない。まして親の心配なんてしたところで、って感じだ。
「こンの親不孝モンが」

おいおい、なんか俺が悪いみたいになってるじゃないか。そんなわけあるか。というか、みんなそういうの考えるのか?そんなに家のことなんて考えるのか?
「違ェよ。親しいヤツが死んだら、誰だって悲しいだろうが」
じゃあお前、俺が死んだら悲しいのか?
「当たり前ェだ」
えっなんか嫌だ。
「なんでだよ」
なんか嫌。言語化できないけど、なんか、こう、嫌。
「心外だな。こっちは親身になってんだぞ」
あ、だから嫌なのかもしれない。距離近いと耐えらんねぇんだ。俺の姉ちゃんみたいで。

「お前の姉ちゃん?あぁ、もう十年近く見つかってないんだっけか」
そうだな。だからどうしたって感じだ。

姉ちゃん……さ、俺にはさんざん『お姉ちゃんがついてるから』って励ましてくれたくせに、ある日突然消えちまった。……ってのは言ったことあるな。
死んだなら死んだって、そう言ってくれりゃいいのにさ。そういう知らせとかも無いし。どっかで生きてるなら、そう言ってほしいし。
勝手に寄り添われて、勝手にいなくなって、ほんとにメイワクな姉だったよ。
「だからずっと探してるんだろ?違うのか?」
……分からん。俺、なんで姉ちゃんを探し始めたんだっけ。

あぁそうだ、ニュースで見たんだ。東の方の金持ちの話でさ、ずっと死んだと思ってた娘が合成半獣になってて、保護区で生きてたってニュース。アレはびっくりした。
だからさ、合成半獣の居住許可が降りてる所に片っ端から連絡してんだったわ。
探偵やってる理由もそうだ。捜査と称していろいろ探せるからな。
「合成半獣になったって確信が無いんだろ?どうする?ずっとヒトのままで、その辺の山道で野垂れ死んでたら」
そん時はそん時だろ。貯金全部使って葬儀するつもりだよ。
「その前にお前が死にそうだけどな」
そん時はそん時だ。

もっとも、死ぬのは、この街のギャングを全部始末した後だが。

#ノート小説部3日執筆 「青い月見し」 お題:月見 

9月某日、月面ステーションにて。
「ヘイ、ケント! 今日はジューゴヤなんだってな? オツキミしようぜ!」
非番のアメリカ人クルー・ジョンは、同じく非番の日本人クルー・健人の部屋を訪ねると唐突に言い放った。
確かに今日は地球の暦では十五夜だが、それはあくまで地球での話である。
「……ジョン、俺たちは今、月にいるんだぞ? お月見も何も、月の上にいるんだ。地面でも眺めるつもりか?」
のんびりと端末で読書をしていた健人は急な来訪者に邪魔をされたのが気に入らなかったのかたっぷりの皮肉でもって返すが、図太いジョンはどこ吹く風とばかりに言葉を続ける。
「アジア人はジューゴヤの日には月を見ながら菓子を食べるってきいたぞ! アメイジング! いい風習じゃないか!」
「お前それ菓子食いたいだけだろ……第一ここには月見団子なんて」
「厨房のチェンに言ったら『十五夜なら我が国ではこのお菓子が定番ですよ』って言って『ゲッペイ』を作ってくれたぞ!」
……こと食い物に関しては用意周到な男だ、と健人は溜息をついた。
食糧管理の厳しいこの月面ステーションで、余計なものを作って与えるチェンもチェンだが。
いや、あいつはあれで伝統行事にはうるさい方だし、いろいろとしたたかな男だ。
最初から今日に月餅を作るつもりで材料の発注をしていた可能性がある。
「……ということはチェンも月見に参加するんだな?」
「オフコース!」
あのチェンが一枚噛んでいるなら、よもや地面を見ながら月餅を食うだけということはあるまい。
そう判断した健人は、「わかった、行けばいいんだろ」と回答したのだった。

ジョンに連れられてたどり着いた場所は、大きなガラス窓から月の地平線がよく見える休憩室だった。
見ればチェン以外にも非番のクルーが多く集まっている。
「……みんな月見に来たのか」
あきれたように健人が問いかけると、他のクルーたちは口々に肯定した。
「ウィ、月で月見だなんて冗談みたいな話、乗ってみないのはもったいないからね」
「俺はチェンが故郷の菓子を振る舞ってくれると聞いたから」
「ジョンはいつも、面白いこと考えてくるから……今回もきっと、思ってもみないことをしてくれると思って……」
要はみんな、娯楽に飢えていたのである。
「で、ここなら確かに月面がよく見えるから『月見』には違いないわけだが……まさかそれだけということはないよな?」
「ハハハ、ケントはせっかちだなぁ! ゲッペイでも食べてしばらく俺たちが暮らしている大地を鑑賞しようじゃないか!」
「飽きるほど観察してきた場所だけどな!」
文句を言いながらも健人は月餅をひとつ手に取り、かぶりつく。
甘さ控えめのハスの実餡と刻んで練り込まれたクルミやアーモンドの歯ごたえがたまらない。
「……チェン、お前わざわざこのためにこのあんこ仕入れたのか? よく発注通ったな」
「小豆餡も悪くはありませんが、ユエピンにはやはりハスの実餡の方がふさわしいですから。相互理解の行事の一環としてボスには了解していただきました」
「お前は本当に抜かりがないな」
「謝々」
チェンは月餅だけでなく烏龍茶も用意してくれており、一行はしばし見慣れた月の大地を見ながら甘味に舌鼓を打った。
そして月餅がおおよそ食べつくされる頃──
「見ろよ! メインイベントの始まりだ!」
ジョンが声高に宣言した。
しかし一見して月の地表に変化はないように思える。何しろ月の昼夜の周期は15日なのだ。数十分、数時間見ていたところでそう変わるものでもない。
変わり始めたのは地表ではなく、地平線の向こう、真っ暗な空との境目。
うっすらと青く丸い星が上り始めたのである。
月が空を上るように、地球が月の空に姿をみせたのであった。
「どうだい? これが月面式オツキミだ! こういうのを日本ではフーリューと呼ぶんだろう?」
太陽に照らされてうっすらと輝いてみえる月の荒野と、その空を上りゆく青い地球。
なるほどこれはなかなかに風流と言っていいだろう。ジョンが考えたにしては上出来だと健人は密かに評価する。
一行はほう、と溜息をつきながらその光景をしばし眺めた。
「地球が月を眺めている時、月もまた地球を眺めているのだ──」
自国の哲学者の格言をもじって、フリッツが呟く。
「俺らは深淵か」
「宇宙という深淵に魅せられて、ミイラ取りがミイラになったような連中ばかりだろう、ここにいるのは」
「……違いない!」
一行はフリッツの哲学的ジョークに呵々大笑した。
「しかしまぁ、アレだよな」
地平線を離れゆく地球を見つめながら健人がぼそりと、誰にともなく同意を求める。
「これって、月見じゃなくて……地球見だよな」
場は一瞬にして静まり返った。
けれどそれもほんの僅かな間のことで。
「確かに!!」
大声で唱和したクルーたちは、再び大笑いして引き続き月見ならぬ地球見に興じたのだった。

おわり

#ノート小説部3日執筆 お題:月見 

俺は、月が嫌いだった。
大切だった彼女が突如、失踪したのだ。満月の、それも月が主役の日に。
養父にも、養母にも、もちろん俺にも、何も残さずに。

親不孝だと思ったが、悲しみはそれを圧倒していた。
寝ようとしても彼女が頭を掠める。
竹取の仕事が晩まで続いてしまうと、大切な光源でもあれを恨んだ。
ススキが揺れようと、団子があろうと、彼女は帰って来ない。
そんな生活が嫌だった。
夜の紫ですら、彼女を思い起こさせる。

日常すらままならなくなった俺は医者に縋った。
その医者が妙薬を使ったのか、はたまた別の何かをしたのかは分からない。
が、医者に通うに連れて彼女の記憶があるまま、その思考は過去の出来事へと変わった。

そうしてから何十もの満月が欠けた。
彼女にとっての養父母は天へと昇った。
俺も──儂も竹取の腕が上がり、弟子ができた。
結局、政略結婚もない、恋愛もない道を歩んだ。
白髪が増え、隠居を決めた。
大きな病にかかり、看取られながら天へと昇った…はずだった。

体が軽い。というか小さい。
何故かとても上質な布を纏っている。
平民は着れないはずの、だ。
天国…なのか?
天国ってこんな場所なのか…と周りを見渡していると、東の方から十数人程の集団がやってくる。
皆、俺と同じように上質な布を纏っていることが一目で分かる。
なんとなく、ここで待たなければ行けない気がした。

彼らはこちらへ向かって近づいてくる。それに連れ、顔を判別できるようになった。
中心にいるのは彼女の養父母──俺にとっての実親──そして、失踪した彼女だった。
3人とも、あの日、失踪があったあの日のままの容姿をしている。
老いたはずの両親はいない。きっと儂…俺も、なんだろう。

彼女が、姉と慕っていた彼女が口を開く。
「お久しぶりです、地上の弟。」

気づくと、彼女に抱きついていた。
あの時と変わらず、彼女は俺をあやしてくれる。
やっと、やっと会えた。
遠い昔の願いは、まだ心に残っていた。

落ち着いた後、何故いきなり失踪したか聞くと彼女はこう答えた。
彼女は元々月の住人で、今度姫を将来のため地上にリュウガク?させるため、危険があるか、などの調査をするために地上へ来ていたらしい。そこで会った俺たち家族をとても好いてくれ、俺らの死後、一緒に暮らしたいと願ったそうだ。
ちなみに、共に来た見知らぬ誰かは彼女の「月の親家族」らしい。

ススキが頭を垂れるほど、あの時は沈んでいたに、今はススキがピンと立っている。
いや、本来は悪いことだが。
彼女の「地上の家族」として一緒に暮らすことができる。幸福でしかなかった。

まだこの時、地上にいた頃の弟子がその後竹取の翁と呼ばれ、姫の養父となることを、まだ知らない。

#ノート小説部3日執筆 お題「月見」食ったり飲んだりしています 

月が煌々と輝いている。
縁側に座り見上げる月はなんとも美しく遠い存在だった。戯れに手を伸ばしてみても掴めるはずなどなく虚空を掠るだけだ。
月にはうさぎが居て、餅をついている。
ここ日本ではそんな伝承が言い伝えられていた。
 さて、本当に月にうさぎが居るのだとしたらどんな姿をしているのだろうか。小さいのだろうか、それとも見上げるほどに大きな姿なのだろうか。体毛の色は、瞳の色は。四つ足歩行なのか二つ足歩行なのか。餅をつくなら二つ足なのか。
そんなことを考えながら傍に置いた月見団子を一つつまみ口の中に放り込む。むぐむぐと噛み締め口内に広がる甘さに瞼を下して浸り、もう一度月を見るために瞼を押し上げる。
月は相変わらず美しい。広がる空には雲はなく、その美しさと光を邪魔するものは何もない。きらきらと光が落ちてきそうな錯覚を受け感傷的になっている自分に笑ってしまう。
「先生、一人でお月見ですか」
「やあ、こんばんは柚月さん」
「はい、こんばんは」
 ひょいと現れたのは柚月という隣人だった。勝手知ったる我が家だと言わんばかりに毎回インターホンも鳴らさずに侵入してくる困った人物だ。
「そろそろその先生と呼ぶのやめてもらえませんかね」
「僕からすれば立派な先生ですよ、本を出されているんですから」
「売れない小説家みたいなもんですよ」
 これは事実だった。売れない小説家。それが自分の仕事を表す言葉だ。
「まあまあ今日は月見酒でもしましょうよ」
「ああ、いいですね」
 卑屈になりくだらない話をするよりかは柚月の提案は遥かに良いものだった。酒瓶を掲げてみせた柚月は「よいしょ」と言いながら隣に腰掛けると酒器を二つかちゃかちゃと並べ始めた。そして酒を注ぐと片方を持ち上げ、ニッと笑うのだ。それを見て自分の近くに置いてある酒器を持ち上げ柚月の持つ酒器に近づける。
「月に」
「いいですね、乾杯」
 ぐびり、と飲む酒は喉越しが爽やかなものだった。柚月が持ってくる酒はいつも好みのものだから来訪を断れなかったりするのだ。
「それにしても綺麗ですね」
「そうだね」
 柚月の言葉に頷きもう一口、酒で喉を潤すのだった。

#ノート小説部3日執筆 お題「月見」 タイトル「揺らめく月」」 前回の「栄養ドリンク」の続きになります/同性愛表現有り/BL/死に関する表現有り 

煌々と明るく地面を照らしている真ん丸な月が空の中ほどまで登っていた。
 目を凝らせばそこにあるクレーターまではっきりと見えそうで、ベランダで煙草をふかしながら見つめる。隣では何を考えているのか分からない男が自分と同じように煙草を燻らせ、月を見上げていた。
 なんでこんな奴と月見をしているんだか、と月を見ながら思う。
「……先輩、アンタとの記念日楽しみにしていました」
 男がぼそりと独り言のように月を見上げたまま呟く。
 その言葉に心の中で、知ってる、と答えるが口にはしない。ただ、肺の奥にまで巡らせた紫煙をゆっくりと吐き出す。ゆらりと口から吐き出された煙は空へと昇り、まるで天空に浮かぶ月の中に吸い込まれるかのように消えていった。
 そもそもこの男に『アンタ』呼ばわりされるいわれもなかった。
 アイツが職場で倒れ、搬送された病院で死亡が確認された時、この男が隣にいたという。俺が連絡を受け病院に駆け付けた時、横たわっているアイツよりも余程青い顔をして椅子にへたり込んでいたこの男を見た時、嫌な予感がした。
 アイツには殊の外可愛がっていた後輩がいた。愛想が良くて、出来が悪くて、人懐っこい後輩。
 青い顔をしてはいたが、一目見てこの男がそいつだと理解した。
「……俺が、殺しました」
 あの時、俺の顔を見たこの男がゆっくりと口にした言葉を脳内で反芻し、溜息の様に煙を吐き出す。そのタイミングで隣に立つ男はあの時と同じ言葉を隣でぼそりと呟くように口にした。
 だが、その先は謝罪ではなくあの時と同じく無音だった。
 一体何が言いたいのだろうかと思う。俺にキレて欲しいのだろうか。人の大切な人間を間接的に死に追いやった事を責めればいいのだろうか。それとも俺が泣けば満足なのか。
 ――そんな事をしてもアイツは戻ってこないというのに……?
 アイツの葬式は滞りなく終わり、俺達がパートナーとなって1年を迎えた記念日は、アイツの命日となった。
 死因はカフェインの過剰摂取。
 飲むのほどほどにしろよ、とあれ程言っていたのにアイツは俺のお小言なんてマルっと無視して会社で栄養ドリンクやカフェイン飲料、錠剤を良く飲んでいたそうだ。葬式の時にアイツの同僚からそんな話を聞いて、俺は何とも言えない気持ちになった。
 そしてあの日、隣で煙草を燻らせている男の後始末をする為に一人オフィスへ残り、残業をしていた。
 何度も電話する俺に嫌気がさしたのか、夜中の12時を回った後は電話に出る事もなく、ただ空しく俺が心配したり怒ったりした声がアイツの遺品となったスマホに録音されていて。自分があの時電話ではなく直接会社に行っていれば、とそんな後悔ばかりが胸の内を染める。
 だけど馬鹿な俺はアイツの残業はいつもの事、と思い呆れながらのほほんとテレビを見たり、風呂に入ったりして心配を一切していなかった。
「……なんで怒らないんすか」
 無言に耐えられなくなったのか、アイツの後輩を名乗る男は相変わらず月を見上げたまま、ぼそりとそんな事を言う。
 あぁ、怒って欲しかったのか。
 そういやアイツも良くコイツを怒ってたって聞いたな。今度は俺をアイツの代わりにでもしたいという事だろうか。
「アイツが死んだのはカフェインの過剰摂取で自業自得。お前が殺した訳じゃねぇからお前に怒る理由なんてない」
 深く吸い込んだ煙草の煙をまたゆっくりと月に向けて吐き出しながら、抑揚のない声でそう言えば隣で息を呑む様な気配がする。
「……後、アイツがずっと寝不足だったのは俺の帰りを起きて待ってたから。全部アイツの自業自得。俺が怒るとしたらアイツと自分にだけ」
 短くなった煙草の灰を、ベランダの柵の上に置いた灰皿へ落とし、揉み消しながら答えると、男の視線が漸く月から俺へと向けられる。
 突き刺すようなその視線を、だけど俺は無視して着慣れない喪服用のダークスーツの尻ポケットから煙草の箱を取り出してまたもう一本口に咥えた。煙草が苦手なアイツに合わせて暫く禁煙をしていたんだが、もういないアイツに義理立てする必要もなく好きなだけ吸える。
 ふぅ……とそのアイツからすれば臭くて煙たいだけの煙を吐き出し、俺は月を見上げ続けた。
「俺を許す、っていうんですか?」
「許すもなにも……、お前はアイツを殺してないし、何も悪くない」
 そんな俺に隣の男は相変わらず突き刺すような視線を俺の横顔に注ぎながら、どこか怒りを押し殺している様な低い声でまた見当違いな事で俺に絡んでくる。
 その言葉に俺は呆れたように答え、煙草の煙を吐き出す。
「なんでっ! 俺があの日ミスしなければ……っ、そのせいで先輩に残業させなければ……っ、あんな事には……っ!」
 誰に対しての怒りなのかはわからないが、隣の男は言葉に怒気を込めて俺に訴えてくる。
 あぁ、うざい。
 だから何だっていうんだろうか。
 視線の先にはまぁるいまぁるいお月様。黄白色に輝く光の中に見えるクレーターの青い影がウサギの形から不意にアイツの笑顔に見えてくる。
 不器用で、冗談も言えない程バカが付く程真面目で、口下手で、そして出来の悪い後輩の尻拭いを毎度懲りずに続ける程のお人好しで。それに酒にも弱くて。なのに俺の|職場《バー》へ何度も足を運び、俺に一目惚れしたなんて毎回真顔で言うもんだからその顔が面白くて可笑しくて。
 隣の男がなにかずっと声を上げているが意味を掴む前に空気の中へと溶けて消えていく。吐き出す煙の様に、空中に言葉がゆらゆらと揺蕩い月に吸い込まれて……俺には届かない。
「てめぇだけ、楽になろう、なんて滑稽だな」
 ぼそりとそう男ではなく、月に向かって呟く。
 俺だけこの生き地獄に置いて、ひとりで天に上るなんて卑怯じゃないか? そこでひとり笑っているなんて滑稽じゃないか? 隣に俺がいないのに。
 お前がいればこの地獄だって、少しはましだと思い始めた矢先だったってのに。
「楽になりたいわけじゃないっ!」
 俺の呟きが自分に向けられての物だと思ったのか、男が急に俺の肩を掴むと無理矢理に男の方へと体の向きを変えさせる。
 俺より少しばかり背が高いその男は俺の肩を痛い程掴み、また何かを怒鳴っている。
 あぁ、煩い。わんわんと頭の中で男の声が反響し、頭痛がした。
「わざとなんだよ! アンタとの記念日を楽しみにしてた先輩をアンタの所に帰らせたくなくて……! だからっ」
「……俺は、楽になりたい」
「……え?」
 男の言葉なんてどうでもよかった。懺悔なんてもっとどうでもいい。
 俺の肩を掴んでいるその手をそっと離すと、俺はまた視線を月へと向ける。
 まぁるいまぁるいお月様の中にいたウサギはすっかりアイツの顔へと変わっていて、頬を何か生暖かい物が伝って足元に落ちた。
 そのぽたぽたと落ちる雫はそのまま、ベランダの柵へと体の向きを変え、そこに手を置く。
「あ」
 そして背後から男の間の抜けた声が聞こえ、俺は視線の先に揺れる月を見ながらベランダを乗り越えてアイツの所へと昇って行く。
 月に差し伸べた手を、アイツはいつもの笑顔で取って、俺の意識は月の光へと向かい消えていった。

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