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#ノート小説部3日執筆 お題:【残暑】 

※甲子園三連覇とかこわい話をしていますが、フィクションとしてお楽しみください。

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『Summer.』


「お」
 部室を訪れると、よく見知った――しかしこうして会うのは久方ぶりのような――顔に出会う。
 彼はついこの間まで、この野球部のエースとして活躍していた天才投手であり、
捕手(ぼく)の相棒でもあった。同じ学年なのだから顔を合わせることもあろうと思うかもしれないが、我が校はそこそこ大きい学校である。クラスが離れていれば教室も遠く、その気が無ければそうそう出会うこともない。部活を引退する前は、僕が向こうのクラスへ行ったり、逆もあったが、このひと月ほどはぱったりとそれがなくなっていた。
 あの日――甲子園の決勝の舞台に立てずに、僕たちの夏が終わった、そのときから。
「忘れ物ですか?」
「ああ」
 彼は淡々と、いつもの調子でそう返した。僕は僕で、置いたままになっていた私物を回収する作業に取り掛かる。着替えやタオル、貸すために持ってきてそのままになっていた漫画。そういったものを全てロッカーから取り出してしまうと、引退するのだなあという実感が湧いてきた。三年間、野球漬けの生活をしていたのだから当然なのだが、放課後の予定が急にまっさらになるのは、変な心地だった。
 ちらりと、彼を盗み見る。黙々と荷物を鞄に放り込んでいる、彼の肩は相変わらず細かった。入学時から技術は頭ひとつ抜きんでていたものの、その細さが不安になって、皆でこぞって弁当や菓子を押し付けていたのが昨日のことのようだ。生意気な彼は当初先輩すらも突っぱねていたが、だんだん縦社会に順応して食べるようになったのだった。
「ちょっと痩せたんじゃないですか。ちゃんと食べてます?」
「食べてる。お前は俺の母親か」
「違いますゥー。ついでに女房役も引退させてもらいましたァー」
 お互い別々の方を向いて、背中越しに会話した。
 ――僕たちは入部してから二年間、夏の甲子園で優勝を経験していた。一年目は、先輩たちの優勝をベンチで見ていた。二年目は、先輩たちと一緒に優勝を掴んだ。彼はもう、エースとしてマウンドに立っていた。
 三年目、僕たちの最後の夏。あと一点。たった一点の差を埋められずに、僕たちは負けた。準決勝敗退。三連覇の偉業は果せなかった。賞賛も野次も、どちらも耳には入ってこなかった。ただ、これで終わってしまったんだ、という事実だけを、否応無く噛み締めていたから。
 野球は点を取らなければ勝てないゲームだ。投手が抑えても、得点できなければしようがない。――マウンドに立った彼と相対していたから、分かるのだ。あの日、彼の肩にどれだけの重いものが圧し掛かっていたのか。期待された三連覇。天才投手と呼ばれる彼の一挙手一投足が注目されていた。彼は、全てに応えようとしていた。我儘なくせに、変なところで真面目だった。
「おい、まだか」
 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。気が付けば、彼は部室の入り口に凭れ掛かっていて、去る気配が無い。
「いや、もうすぐ終わ……っていうか、もしかして僕を待ってんですか?」
「他に誰がいるんだよ」
 確かに――と変に納得して、頭と手が連動して動かないような心地になりながら、荷物をしまい終えて立ち上がる。そうして、ようやく彼の顔を見た。よく見知ったままの顔だ。なんとなく、視線だけをそっと逸らした。
「お待たせしました」
「ん」
 一緒に帰ろう、とはどちらも言わなかった。なんとなく連れ立って部室を離れ、お互いの家の方向とも全然違う――よく部活の皆でアイスを買いに行ったコンビニの方へ向かう道を歩いた。八月も過ぎたというのに、気温は高いままだ。街路樹の下には乾いた蝉の死骸が転がっていて、夏の終わりを再確認させられるようだった。
 コンビニに着いて中へ入ると、涼しい空気が出迎えてくれる。適当に店の中をうろついただけで、いろんなことを思い出した。物思いに耽っていると、会計を終えた彼が出口で待っていた。
「やる」
 差し出されたのはレモン味のかき氷――僕が好きでよく食べていたものだった。好みを覚えているなんて意外だと思いながら受け取って、少しコンビニを離れた橋の上で食べた。彼はいつも通り、パイン味を食べていた。
「君が奢ってくれる日が来るなんて」
「……ま、最後くらいな」
 最後。当たり前のように出てきたその言葉が、不意に横っ面を叩いたようだった。夏は終わって、部活を引退して、その先には卒業が待っていて――僕と彼とは、別の人生がある。何も今更、驚くようなことじゃない。彼とこんな風に、並んでかき氷を食べるのは、きっと今年が最後だった。口をついて、言葉が転がり出た。
「ごめん」
「なにが」
「いや……ごめん」
 何かが込み上げてきそうになったので、氷を頬張って誤魔化す。それは口の中でみるみる溶けていって、顔が熱くなっているのを感じた。努めて、彼の方は見ないようにした。
 僕たち、あんまり仲良くなかったな、と思う。顔を合わせりゃ文句ばかり。くだらない喧嘩は数えきれない。部活から離れたら、会う用事のひとつも思いつけないのに、一丁前に後悔ばかりがあった。どこかで一本、打てていたら。もっと上手くリードできていたら。この可愛げのない相棒を、勝たせてやれたかもしれなかった。

 ――勝ちたかった。皆と、君と一緒に、勝ちたかったんだ。

 橋の上を、風が吹き抜ける。夏の匂いは、もうしない。彼はちびちびとかき氷を何口か食べてから、言った。
「ドラフトで指名来たら、断るなよ」
「は」
 突然話題が変わって、口から素っ頓狂な声が出てきた。あまりの驚きでつい彼の方を見てしまう。
「言っておかないと、逃げそうだからな」
 意地の悪い笑みと挑発的な言葉に、反射的にムキになって返す。
「は? 逃げないが? っていうか、指名来るって前提が無理なんですけど」
「来るよ」
 いつになく真剣に、彼は言い切った。彼には絶対に指名が来ると思う。彼の才能と活躍がそれに値することは、僕が一番よく知っている。僕はというと、不幸にも天才と同じ年に入部してバッテリーを組まされた、哀れな一般人だ。必死にならなきゃ、追いつけなくて。置いていかれるのは癪だから、必死に、その背を追い続けた。
 少しくらいは、追い付けたのだろうか。君のすぐ斜め後ろくらいには、立てたのだろうか。
「打席で俺の強さを痛感するといい。三球三振で仕留めてやる」
「うわ腹立つ。ぜってぇ九回裏ツーアウトから逆転ホームランしてやるからな」
 一瞬の沈黙ののち、どちらからともなく、笑いが零れた。胸の中のわだかまりが、ゆっくりと溶けてなくなっていくような心地がした。

 夏は、終わった。この三年間に終止符を打って、歩き出す。秋めく風は、この夏を過去に追いやっていくだろう。
 僕たちは、仲良くなかった。だけど、こんなに互いの考えていることが分かる人は、もう二度と現れないかもしれない。早足で少しだけ前を行く君の背中は、きっとこう語っている。どうにも面映ゆいので、答え合わせはしないでおくけれど。

 卒業して、同じチームになっても、違うチームになっても、また。
 ――また、一緒に野球をしよう。

【#ノート小説部3日執筆 】地球で最後の着付け教室(お題:残暑) 

「こんにちはぁ……」

 教室に使われている、先生の自宅敷地の西側に建つ離れ。そこに人の気配はない。こもったムッとした空気に、わたしの声が心細気に響き、消えた。

玄関口からのびる廊下の右手には、掃き出し窓。母屋との間にある小さな庭が見える。その左手には畳敷きの教室。突き当りには、勝手口がある。

 廊下を中ほどまで進んだとき、勝手口の向こうから、木のきしむ音を聞いた。いつもは木の枝の影が見える、勝手口のちいさなすりガラスの窓。そこに、枝ではない、何かの影がある。

「せんせぇ……」

わたしは着付け道具を入れた風呂敷包みをぎゅっと握った。

――この日が来た、ただそれだけ。

言い聞かせて、わたしは教室のスペースに入って窓を開け、外の空気を入れる。金木犀が香る。

「先生、10月といっても、まだ暑いですね。この時期でも、残暑って言っていいんでしょうか」

 虚空に話しかけながら、風呂敷をほどく。

着付けの際に、着物を汚れから守るために敷く衣装敷を広げ、その上に、肌襦袢、長襦袢、腰紐、クリップ……使うものを並べていく。使う順に、手に取りやすいように。教えられた通りに。

それが終わったら、たとう紙を開けて、着物を取り出す。若々しいピンクに、桜の柄があしらわれたもの。

「今日からは
袷(あわせ)の季節、ですよね。季節外れの柄だけど、やっとこれ、着られます」

 着物には裏地のついた袷と、それがない
単衣(ひとえ)があり、10月から5月いっぱいまでは袷の、6月と9月は単衣の季節。7月、8月は薄物、これは透け感のある絽(ろ)や紗(しゃ)といった生地で仕立てられた着物のことだ。

わたしが持っているのは、この桜柄の袷一枚だけだから、夏の間は、先生の単衣や薄物を借りて練習をした。薄物は、袷とは着付けの感覚が異なっていて、わたしにはすこし難しかった。

「来年の夏なんて来ないかもしれないけれど、せっかく習っているのだもの。覚えておいて損はないわよ」

先生は、わたしの後ろに回り、腰紐に親指を入れて、「ぐっぐっ」と左右に伸ばした。腰回りの皺が、みるみる整えられていく。

「ほら、きれいになった」

きれいだな、と思った。紗という素材の透け感が。先生好みの紺色の紗の着物と、薄いグレーの夏用の帯の取り合わせが。こういうきりっとした雰囲気を「粋」と表現することも、透けた織物で涼を感じさせることも、きっとここに通わなかったら知らないままだったろう。

 そんなことを思い出しながら、次に手を伸ばしたのは、小ぶりなたとう紙。そこには、朱色の生地に蝶が刺繍された帯が包まれている。この帯をくれたのは、同じ教室に通うハヤマさんだった。

「じゃあ、今日、着物、着られないんですか……」

 あれは、教室での初日。わたしは途方に暮れた。帯を持っていなかったからだ。

母が唯一遺した、嫁入り道具だとかいう桜柄の着物。それを纏うことは、長い間のわたしの夢だった。成長し、期間工の仕事でお金をためて、資格も取って、やっと念願だった着付け教室の門を叩いた。事前にネット通販で肌襦袢、長襦袢などはひと通り揃えたものの、帯のことはすっぽりと頭から抜け落ちていたのだった。

「でも、まずは着物を着る練習だから、帯はおいおい、ね」
「せんせっ、わたし、ちょっと用事が」

すでに着物を着終えていたハヤマさんが教室を飛び出していき、持ってきてくれたのが、この帯だった。

「わたしにはもう若すぎてねえ」
「まぁ、着物の柄にもぴったり!」

先生が手を叩いて喜び、生徒のひとりで、ふだんは無口なスギタさんが「着物とか帯って意外と年齢選ぶ柄あるから。今のうちに着とくといい」とボソッと言った。

「ありがとうございます。でも……」
「いいのよぉ、スギタさんが言う通り、こういうのは、若いうちしか似合わないから。いっぱい着るといいわ」

みんな上品で、いい人たちだった。

 今はひとりの教室で鏡に向かい、足袋、肌襦袢、裾よけ、長襦袢、そして着物……と順繰りに身に着けている。

 桜柄の着物は、てろりとした質感の正絹で滑りやすく、初心者にはやや手に余る。だから、腰紐を締めたら、じっくりと手で皺を伸ばし、体に沿わせてやる。わたしは痩せぎすだけれど、細い中にも凹凸がある。そのことを、着付けを習いはじめて知った。補正のために腰回りにタオルを当てていても、腰の反り、お尻の曲線がわかる。これを感じる時間が、わたしは好きだった。上手くいくと、正絹がぴたりと肌に吸い付くような感覚がある。

――贅沢だな。

自分の体にこんなふうに気持ちを向けたことなんて、なかった。何かを纏うことが心地よい、そんな感覚も知らなかった。先生やハヤマさんやスギタさんは、ずっとこんな感覚を知っていたのかな。うらやましいな、と思った。

みんな、どうしているんだろう。

 やっと帯をいわゆる「お太鼓」の形で結べるようになったころ、あの彗星が接近して、世の中は荒れに荒れた。衝突の予測が外れて思ったより終わりは長引き、諦めがじっとりと社会を落ち着けて、またみんなここに集まるようになった。

けれど……。

 ハヤマさんは、「昨日、旦那がねえ、お風呂をわかしてくれたのよ。ガスが止まってから、久しぶり。ドラム缶で、五右衛門風呂」とうれしそうに言った翌週から来なくなった。

 スギタさんは、いつも通り、マネキンに向かって振袖の着付けを学んだあと、「今日までです。今まで、ありがとうございました」と、正座をして、お辞儀をした。下げた頭の先で三角形を作るスギタさんの指先はとてもきれいで、ああ、お辞儀ってこうやってするんだ、とわたしは思った。

 今は静まり返った教室で、わたしは帯を手に取る。最初の頃は、上手く締められなくて、何回やっても結んだ帯が「どすん」と落ちてしまった。

「時代劇で、帯をほどいていくとクルクル回って、『あ~れ~』なんてシーンがあるじゃない?」

ハヤマさんがそれを見て、クスクス笑いながら言ったものだった。

「あんな風にはならないのよねえ。こうやって、落ちちゃうんだから」
「帯だけほどいても、その下には長襦袢に肌襦袢、補正もたぁくさん。簡単には脱げないっ」

先生はうんしょっと力を入れて、わたしの帯を締め直してくれた。その感覚を思い出しながら、今、わたしは帯をぎゅうっと引き締める。

「もう落ちません、帯」

 わたしは帯締めを結び、ポンっと帯を叩いた。
鏡には、季節外れの桜の着物に、蝶の帯を締めたわたしが映っている。今までで、いちばんきれいに装えた、と思う。

 わたしは教室の窓を閉め、夕闇にのまれつつある廊下を進む。

そして、勝手口のドアノブに手をかけた。それはひんやりと冷たく、先ほどまでの残暑の気配は微塵もない。回したくない、と思う。

でも、きっと先生は教室の日を選んで、こうしたはずだ。何より、先生にこの姿を見せたい、とも思う。

世界には、美しいものがたくさんある。正絹。紗。季節のものを纏う喜び。帯が余っているからとくれる人。お辞儀。全部、この教室で知ったこと。

だから。わたしは、勝手口の扉を開ける。

「先生、見てください」

実はビックマックはラップで頼めるんです。
 齧るとホワイトビネガーが効いた酸味のある味わいと、牛肉の少しパサついたパティと、主張しないパンに合わせて広がるビックマックの悪い所である箱型容器ではなく、他のハンバーガーのようにラップで包んでもらうには、頼んだレジで「ラップでお願いします」と言えばいいんです。

 大丈夫です。
 研修初日のスタッフ以外には通じるし、通じない場合は、近くにいる研修担当のスタッフ以外には通じます。

 ビックマックはラップにさえ包まれていれば、端からレタスがこぼれ落ちる煩わしさなんて無視して、あっさりとした特有の旨味に集中できるんです。

 別に直火焼きのパティじゃないし、肉汁なんてカケラもないし、パンはちょっといいやつだけど、夜マックは200円して、どうにもコストに見合っているのかわからなくなるけど、プロセスチーズと酸味のあるソースと、ピクルスと牛肉の味わいが混じると、シェイクシャックやバーキンの味に慣れた舌もなんだかんだ満足してくれるんです。

 残りの一口まで、形崩れすることなく渾然一体のハンバーガーを味わうことができる。
 ハンバーグではなく、ハンバーガーを食べることができるんです。

 そのことを、最近CMに出ていないドナルドに熱意を持って伝えると、彼は少し寂しそうな表情を浮かべながらも、何処か満足げに、まだ雲の高い夕暮れの空を見上げるんです。

「ドナルドのことは、皆、ニコニコ動画で見てくれるからさ。寂しくはないんだ」

 そういって、遠くを見つめる彼のことを、僕らはあとどれだけ憶えていられるでしょうか。
 ニコニコ動画は復旧したのち、とんと話題になる人は減ってしまいました。
 皆に忘れられることが一つの死の形だというならーーたまには、マクドナルドのマスコットであった彼に会ってみるのもいいかもしれません。
 今ドナルドは、都会にある大型の店舗で、たまに見ることができるそうです。

#ノート小説部3日執筆
お題「マスコット」

#ノート小説部3日執筆 「魔法少女になってよ」 お題:マスコット 

「ぷにゃとけーやくしてまほーしょーじょになってほしいのにゃ!」
突如として現れた黄色い猫のぬいぐるみ、通称にゃんぷっぷーは開口一番そうのたもうた。
「……アタシ、疲れてるのかしら」
某ドル界隈ではカッツィンの名で知られる少女然とした甘ロリ女は額に手を当てて目前の非現実から逃避を図った。
けれど何度見てもやはり目の前では魔法少女のマスコットぶっている黄色い物体がぴょこぴょこ跳ねてはぷにゃぷにゃ自己主張している。
なんでも、この世のあちらこちらで悪魔崇拝をする闇の組織が暗躍して悪魔の力を持つ魔女を創っては世に解き放っており、各種犯罪や戦争や、果てはは不況や自然災害まで、すべてその魔女が引き起こしているのだとか。
そして魔女は常人の武器では倒せないため、魔法少女が必要なのだということである。
──百歩譲って魔女を倒すのに魔法少女の力が必要だという主張は受け入れてやらんでもない。魔法少女モノの王道だから。
しかし魔女が起こす悪徳については──
「いくら何でも盛りすぎじゃない?」
世界情勢などには1ミリも興味がないカッツィンだが、さすがにこのにゃんぷっぷーが言うことは荒唐無稽にも程があると思う。
もう少しカッツィンに学があったなら「陰謀論者乙」と一蹴していたところである。
けれどカッツィンはメスガキと揶揄されるような女ではあるが、なんだかんだ少女漫画も可愛いマスコットも好きな女子なのだ。
「でも……ぷにゃはかみさまにそうきいたのにゃ……」
……なんてしょんぼりとされたら、多少絆されるのもやむを得ないというものである。
「で、魔女がやってることの内容はともかくとして、アンタは魔法少女になってくれるコを探してる魔法少女のマスコット、ってことでいいわけ?」
カッツィンがそう水を向けると、にゃんぷっぷーは先程までの萎れっぷりはどこへやら、ハートマークを飛び散らさん勢いで飛び跳ねて肯定した。
「そうにゃ! ぷにゃはまほーしょーじょのおてつだいをするぱーとなーなのにゃ!」
そしてきらきらした一点の曇りもない瞳でカッツィンをじっと見つめる。
「ぷにゃとけーやくしてまほーしょーじょになってくれるきになったのにゃ?」
……そんな期待に満ちた目でこっちを見ないでほしい。ここで断ったらまるで自分が冷血な極悪人みたいではないか。
「……その……あのさぁ? 手伝ってもいいかなーとは思うんだけど、アタシもさすがによくわかんないものを二つ返事でオッケーはできないわけよ」
「……そういうものぷにゃ?」
「そういうものよ。だからさぁ……お試し期間とか、そういうのないわけ?」
まずはお試しで魔法少女をやってみて、やってけそうかどうか確かめてから本契約させてほしい。
それがカッツィンが彼女なりに考えた譲歩案であった。
「おためしきかん……ぷにゃにはよくわかんないから、ちょっとかみさまにきいてみるにゃ」
にゃんぷっぷーはカッツィンの提案に身体を傾げ、しばし思案した後におもむろにどこからともなく緑色の古風な電話機を取り出して受話器を持ち上げた。
「もちもち、かみさま? まほーしょーじょっておためしきかんできますにゃ?」
……いや神様電話繋がるんかいっ!
カッツィンは思わずツッコミを入れそうになったが、そもそもぬいぐるみが魔法少女のサポートマスコットを自称して動いて喋ってるような状況である。
もう何が起こっても不思議ではない。
半分諦めの境地でカッツィンは通話するにゃんぷっぷーを見守ることにした。
にゃんぷっぷーは何度か「かみさま」とやり取りをし、やがてチンッと受話器を置くと「おためしおっけーにゃん!」ともちもち飛び跳ねながら回答した。
「あ、そう……オッケーなんだ……」
魔法少女のお試しとか聞いたことないが。いやそもそも魔法少女が実在するとも思ってなかったのだが。
「じゃあさっそくへんしんぷにゃ! ひかるぼうをくるくるまわして『へんしーん!』ってとなえたらへんしんできるにゃ!」
「光る棒……?」
そういうのって普通マスコットが提供してくれるものじゃないんだろうか。そう思いながら、カッツィンはとりあえず自前のコンサートライトを鞄から取り出してスイッチを入れてみる。
「そうそう、それにゃ! いっぱいあるともっときらきらしていいのにゃ!」
「コンサートライトバルログしながら変身する魔法少女とか聞いたことないんですけどーーー!?」
しかしサポートマスコットが言うからには仕方がない。
カッツィンは半ばやけくそでコンサートライトを6本取り出し、両手の指に挟んで持つと、コンサート会場では(迷惑行為になるので)絶対にやらない頭上でライトをぐるぐるさせる仕草をしながら「変身~!」と唱えた。
するとどうだろう。頭上のコンサートライトから桜の花のような光のシャワーが降り注ぎ、カッツィンの衣装を魔法少女っぽいそれに変えていったのだ。
ラメの入ったフリフリのチュール。大きなリボン。デコラティブなロンググローブとニーハイソックス。……普段のカッツィンのライブ参戦服と大差ないんじゃないかとか言ってはいけない。
かくて、カッツィンはお試し魔法少女としてデビューすることになったのだった。
「……さん、……さん! ……ですよ!」
どこからともなく男の声が聞こえる。カッツィンを呼ぶ声だ。
助けを求める人の声が聞こえるようになったのだろうか。
……そう思っていると。
「……お客さん! 終点ですよ!」
そこでカッツィンは目が覚めた。
誰もいない電車に自分ひとりが取り残され、目の前には駅員が立っている。
「……しゅう、てん……?」
しばらく状況が飲み込めずにいたが、だんだんと記憶が蘇ってくる。
そう、アタシはサイコーのライヴを見て、帰る途中で……
「終点?!」
「終点です。清掃作業に入るので降りてください。上り電車は終了していますのでご了承ください」
駅員が残酷な事実を告げる。
そう、カッツィンは帰りの電車でぐっすり寝こけてしまい、終電で終点まで行ってしまったのだった。
「変な夢見てる場合じゃなかったーーーー?!」
カッツィンは慌てて電車を降りると改札に向かう。
網棚の上には誰の忘れ物かもわからないにゃんぷっぷーのぬいぐるみがひとつ転がっていたのだった。

おわり

#ノート小説部3日執筆 お題【マスコット】幸運をもたらすもの(ほんのりBL風味)#おっさん聖女の婚約  

「幸運をもたらすもの……? そうだなぁ……やっぱり、ヴァルトかな?」

 マスコットは何か、という話題になって仲間たちが幸運のアイテムやら自慢の恋人やら配偶者やらを挙げ連ねる中、俺は相棒の名を挙げた。隣で食事をしているジークヴァルトが、すごい音を立てて何かを嚥下した。肉の塊かな? 苦しそうだけど。
 とりあえず背中をとんとんと撫でてやりながら、俺は相棒自慢を始めた。

「まずは分かりやすいところからな。見目が良い! 素朴な雰囲気にまとまってるが、よく見てみると一つひとつのパーツが良い。男らしいが野性味は控えめ、甘すぎないところが良い。
 しかも表情が硬いから、見ているだけで“ちょっと落ち着いて考えよう”みたいな気分になる。冷静な判断を下す助けになってくれているんだ」

 俺の説明に、一部の騎士が小さく頷いている。俺が解説を始めたからか、嚥下のダメージから回復したジークヴァルトは姿勢を良くして目の前を見据え、動かなくなった。
 紹介してくれる上司の為に、全員に見られることを意識している新人騎士みたいだ。

「次はこの体。鍛え抜かれたこの筋肉。素晴らしい以外の何ものでもない。思い通りにこの巨体を動かせるように、と訓練された筋肉は、どんな時でも俺の期待に応えてくれる」

 ジークヴァルトが動かないことを良いことに、俺は彼の腕を勝手に持ち上げて腕の筋肉を軽く叩く。この腕重いな。どうやってこんなものを良い感じに動かしているんだろう。不思議だ。
 いつの間にか、周囲の視線が俺の方に集中していた。こんな大人数での会話だったっけ? 同じ焚き火を囲っている人間だけで話をしていたと思ったんだけどな。
 まあ、小さなことは気にしない。俺はそっと彼の腕を解放した。

「筋肉だけあっても、頭の回転が遅かったら困りもんだけど、その点ヴァルトは安心だ。
 俺の考えを先んじて読むことに長けている。魔獣との戦いでは、俺がもう一人いるのかなってくらいだし、それ以外の活動時は気が利くのよ」

 俺は他の騎士がそうしていたように、どれだけジークヴァルトが素晴らしいかを説いた。ジークヴァルトは、俺にべた褒めされるとは思っていなかったのだろうか。
 彼はもにゅりと口元をうごめかせ、それからぎゅうっと力を込める。あ、嬉しい時の仕草みっけ。
 相棒が喜んでいるのを見て調子に乗った俺は、相棒を褒め続けた。

「――って感じにすごいんだ。ヴァルトが俺のそばで活動してくれなければ、そして俺の筆頭騎士になってくれなければ、俺はここまで頑張りきれなかったと思う。
 俺は元々騎士だっただろ? だから、何となく頼りにくいっていうか、甘えにくいっていうか。でも、ヴァルトはそういうのを俺が表に出す前に全部やってくれる。
 背中を預けるのが苦じゃないんだ」

 ひたすら褒めた末に、どうして彼が良いのか、を語る。これは俺の本心だ。何人かの聖女が羨ましそうに俺を見つめ、何人かが自分の相棒に思いを馳せているのか、大きく頷いている。
 聖女にとって、魔獣のことを気にせずに神聖魔法を扱えるかどうか、というのはとても重要だ。聖女が神聖魔法を詠唱できなくなれば、周囲の騎士の命が飛ぶ。
 騎士の命が飛んで、聖女に魔獣が直接牙を剥くようになれば、生身で戦う能力を持たないほとんどの聖女は死を覚悟するしかない。
 だからこそ、聖女のことだけを考える筆頭騎士という存在は、実力と同じくらい、どれだけ聖女を慮ることができるかが大切なのだ。

「俺はジークヴァルトという男が相棒になってくれたことで、幸運続きさ。だから、俺のマスコットはジークヴァルト」

 俺は相棒の肩をがしっと抱き寄せて笑った。唯一無二の相棒。命を預け、預かれる存在を得たことを自慢したかった。

「……大切にする」
「ん? おう」

 ジークヴァルトの呟きが耳に届く。聞こえるかどうか、といった大きさの声だ。きっと、俺にしか聞こえなかっただろう。
 だから俺も、ジークヴァルトにしか聞こえないくらいの大きさで返事をした。それから不自然にならないように宣言する。

「俺は自分のマスコットについてしっかりと語ったぞ。みんなのマスコットの話をもっと聞かせてくれよ」
「あっ、じゃあ、俺の話を聞いてください! 俺のマスコットは恋人なんですけど――」

 幸運をもたらすもの。良い話題だ。着実に目的に近づいてはいるものの、長く続いているこの戦いのせいで精神的な疲労は積もっていく一方だ。
 何せ、既に五年以上が経過している。魔界の扉を封印する為に、その周囲をぐるぐると何度も回りながら範囲網を狭めていく。時間はかかるが、被害を少なくする為に必要なことなのだから仕方ない。
 全員がそれを理解しているからこそ、この行軍に不満を漏らさず、ただただ毎日己のやるべきことをこなしているのだ。

 少しでも明るい話題で、疲れを吹き飛ばすことができれば良い。俺はそんなことを思いながら、俺の真似をして恋人自慢を始めた騎士の話を聞くのだった。

#ノート小説部3日執筆 『裏方たちの捕物帖』 

『それじゃあみんな、まったねー!』
舞台の幕が降りていく。今日のスケジュールはこれで終わりだ。
僕含め、着ぐるみのアクターたちは、そろって奥の楽屋へ向かう。廊下が狭いので、みんな一列でミシミシしている。

着ぐるみを脱いで、周囲の確認をする。舞台上にいた子たちは8体、ここにいるのは僕を含め7人。
「(出てたか)」
今日ここに来たのは、ある怪異を調査するためだ。

ここで行われる子供向けショーに、本来いないはずのマスコットが紛れ込むという怪異。その場の誰もが違和感を持たないが、後から映像で見返すと一体だけ変な着ぐるみがいるのがようやく分かる。という、そんな話。
それ“だけ”ならいいが、そうではないから問題なのだ。
そのショーを見た子供の一人が行方不明になり、後日凄惨な状態で発見されるのだ。被害者の子供を連れ去る異常なマスコットが防犯カメラに映っていたので、関係があるとして調査されることになった。

何日か張り込んだが、なかなか遭遇できなかった。なので今回は、ダメ元でアクターとして参加した。まさか、参加できるとは思っていなかったけど。
「いやー、飛び入りとはいえ助かりますよ!着ぐるみちゃんたち、意外と人手足りなくて!」
とマネージャーさんは言っていた。
着ぐるみ特有の大げさな動きは、慣れればどうということはない。どちらかと言うと、絶望的な通気性の悪さの方が問題だ。アレにずっと入っていると、茹で上がって
犬鍋(ポシンタン)になってしまいそうだ。

それはそれとして、怪異の出現が確認されたのなら、きっちり対応しないと。汗を拭きながら、作戦を確認する。まずはステージ外の協力者に連絡しないと。小型の無線に、他の方に聞こえないように合図を送る。
この後、場内にアナウンスを流してもらい、迷子がいないか確認する。迷子が出ていたら、被害が出る前に行動しないと。

僕の方は、着替えながら武装を整える。怪異も含め、他の方に悟られないようにするには、普段から軽く武装している僕が適任らしい。武装と言っても、ハーネスくらいしかないけど。
「お先に失礼します。お疲れ様でした」
外に抜けるわけだし、挨拶はしないとね。
「うん、おつかれー!今日はありがとうね」
ベテランさんからの言葉に頭を下げながら、楽屋を後にする。この廊下、普通に通る分にも狭い。

水分を補給しながら、園内を巡回する。警戒を表に出さないように歩くのは慣れている。
しばらくして、無線に連絡が来た。4つ同時に。
『兄さん。迷子情報です。確認を』
『桜尾、迷子が出たぞ。仕事だ』
『仕事じゃぞぉ!用意せい!』
『桜尾くん、迷子が一人いるみたいだ。マズい事になってきたね』
……誰だろうね。耳が4個あるんだから4つの無線を処理できると言い出した、うちの事務所の
お友達(おとぼけ)は。今回はみんな同じ事を言ってるから分かったものの。
全部の無線に対して、同じ言葉を返す。
「了解。作戦を始めます」
サラリーマンがネクタイを締め直すように、僕も首輪を締め直す。仕事前のルーティンだ。

――『関係者以外立入禁止』の看板の先は備品倉庫、今回の警戒地点の一つだ。人目に付かないから、子供を隠すにはうってつけだろう。
今回の作戦メンバーだったらノールックで蹴破りそうだが、僕は行儀が良いのでちゃんとノブを回して開ける。そもそも鍵はかかっていないはずだし。
……前言撤回。押しても引いてもダメな時、キックは最高のマスターキーだ。
そうと決まれば。一度後ろを向いて脚を構える。そのまま飛ばせば、アルミの扉が吹っ飛んでいく。
入り口の轟音に反応したのか、子供がこちらを見つめている。両手足を縛られて、かわいそうに。
「大丈夫かい?」
声を掛けつつ、拘束を外してあげる。ナイフを持ってくれば良かった。全部引き千切るのは辛いものがある。

子供を逃してあげて、次の準備。本題のマスコットをなんとかしないと。作戦を立てれるくらいの情報はちゃんとある。

ここにはかつて、別のテーマパークがあった。中でも人気だったのは、マスコットキャラクターのピンクのうさぎだ。名前は……忘れたけど。
今回の怪異は、そのうさぎに非常に似ている。恐らく、地縛霊とかそういう類いだろう。経営難で閉園して、その後に作られたここでも、皆と遊ぶのを楽しみにしているのだろう。遊び方がつくづく物騒だが、それはまあ、怪異化した弊害のようなものだろう。閉園した遊園地に、物騒な話は付き物だ。

新しいパークは、ピンクをメインカラーにしている。当然、マスコットたちもピンクが多い。うさぎのキャラはいないものの、紛れても違和感が少ない。
そしてマスコットだから、園内のどこに出没してもおかしくない。
ちょうど、僕の眼前にいるように。
「やあ」
ピンクのうさぎが立っている。マスコット特有のビニルの目が、じっとこちらを見ている。

入口を塞がれてしまった。こんなに近付かれたのに気付けない、長考グセが抜けないのも困り物だね。
「おともだち、おともだち、どこ」
うさぎはたどたどしく声を出す。いわゆる“中の人”のくぐもった声ではなく、少し甲高いアニメ声だ。
「帰してあげたよ。良い子はお家に帰る時間だからね」
そろそろ夕暮れのチャイムが鳴る時間だ。倉庫周辺は外灯も無いから、足元も見えないほど暗くなっている。

「あそぶ、あそぶ、おともだち」
うさぎはゆらゆら近付いてくる。よく見ると、ピンクの体毛に紛れて赤黒い部分がある。返り血か何かだろう。
「悪いけど、子供はおやすみの時間だ。もうおしまい、また明日ね」
子供をたしなめるように告げる。
「やだ!やだ!あそぶ!」
ここまで言われると『うるさい』と叫びたくなる。我慢しよう。他のお客様の迷惑になる。

「あそぶ!もっと!あそぶ!」
うさぎは、手に持った何かを突きつけながら突進してきた。形状からして刃物だろうか。

横に翻って躱す。倉庫は狭いが、避けるだけのスペースはある。
そのまま背後に回り、うさぎを蹴飛ばす。思ったより質量がある。
吹っ飛ばされたうさぎは、体勢を変えられず床に突っ伏した。着ぐるみの頭が取れて、胴体だけになった。なのに中身が見えない。そりゃ怪異だし、そうもなるか。
「やだ!やだ!やだやだ!」
駄々っ子の常套句だ。嫌だと言えば叶うとでも思っているのか。それが許されていいのは子供だけだ。
「あそぶの!みんな!あそぶ!いっしょ!」
口の悪いことは言いたくないけど、こいつは相当なクソガキだ。

しょうがない。このまま戦おう。
ハーネスベルトを取り外し、取っ手に取り付ければ、鞭の出来上がり。簡易的だが、傭犬には十分な得物だ。
「じゃあ僕と遊ぼうよ。僕は“悪い子”だからね、夜通し遊んであげられるよ?」
応戦は呼んである。あとは、死ななきゃ安い。
しっかり
除霊(ブチのめ)してあげようか。閉園時間はまだ先だ。

#ノート小説部3日執筆 「続・黒き轍」 お題:ドラゴン ※大遅刻申し訳ありません! 

国軍騎士団の任務は第一に民間人の保護、第二に敵勢力の殲滅だ。
尤も、バルドゥールの属する隊は隊長が隊長なら麾下も麾下だと悪名高い戦闘狂が大多数を占める問題児隊なので「敵をさっさと殲滅すりゃあ民間人に被害は出ねえ」という隊長の方針によってひたすら戦闘に邁進しているのだが。
故に今も王都に攻め入る敵の本陣目掛けてひたすらに黒き轍だけを後に残して進軍している。
とはいえ要救助の民間人の存在に気づいたなら助けに向かうだけの理性はあるのだ。人にもよるが。
バルドゥールもまた隊のなかでは比較的理性的な方で、相次ぐ強敵との戦闘に昂ぶりながらも路地の奥から聞こえてくる子供の泣き声を鋭く耳に捉えていた。
避難勧告は既に発令されており他の隊が避難誘導に当たっていたのでてっきり民間人の避難は完了していると思っていたが、どうやら逃げ遅れたとろこいのがいるらしい。
バルドゥールは軽く溜息をつくと近くの同僚に少し隊列を離れる旨を伝えて子供の声がする方へ向かったのだった。

燃え燻る路地を駆け、泣き声の元へ辿り着く。
するとそこにはへたり込んでしゃくり上げるひとりの男児と、どこからどうこの路地に入り込んだのか疑問に思わざるを得ないほど巨体の赤黒い竜がいたのだった。
男児は竜の足元におり、竜はその巨躯ゆえにまだ男児の存在に気づいていないようだったが、竜がひとたびその前足を動かしたなら子供のひとりなど容易く踏み潰されることだろう。
ただの民間人救助と侮って単騎駆けしたことを後悔しながらバルドゥールは舌打ちした。
子供と竜の間にそれなりに距離があったなら、単独でも子供を確保して逃がしてやりつつ竜と対峙することはできただろう。
しかし距離が近すぎる今の状況では無理だ。竜の注意を引き付ける役と子供を確保する役のふたりが最低でも必要だ。
さてどうしたものか……
竜に気づかれないよう建物の陰から様子を伺いつつバルドゥールは思案する。
すると──
「よぅ新入り! イイ獲物見つけたじゃねぇか! 俺にも喰わせろや」
荒々しい大音声が背後から響いてバルドゥールのなけなしの隠形を台無しにした。
声の主は……振り返るまでもない。竜をも喰らい尽くす狂戦士と名高い、つい先ほどまで先陣を切っていたはずの隊長がいつの間にか戦意剥き出しでそこに立っていたのだった。
「隊長殿?! どうしてここに?!」
驚くバルドゥールに、隊長は獰猛な笑みでもって応える。
「なぁに、何かイイ匂いがしやがると思ったから来てみたまでよ」
さすがは狂戦士の嗅覚と言うべきか。しかし隊長が増援に来てくれたなら戦力としては申し分ない。むしろ過剰なくらいだ。
問題は隊長の殺気にあてられて竜が戦闘態勢に入ってしまったことで……
──子供が危ない。
そう思って慌てて竜の足元を見ると、そこに子供の姿はなかった。だが血溜まりも見えないので踏み潰されたわけではなさそうである。
そこへピュウ、と口笛のような合図が耳を掠める。
音のする方を見やれば、隠密行動に長けた仲間が件の子供を抱えて屋根の上に立っているのが見えた。
「よし、これで存分に殺れるなァ! 新入り、遅れを取るなよ?」
合図を受けて隊長が臨戦態勢に入る。
隊の中でもぶっちぎりの狂戦士ではあるが、隊長を張っているだけあって意外と濃やかな対応もやってのけるのがこの男の恐ろしいところであった。
しかしバルドゥールの方だって、子供が救出されたなら気兼ねなく槍を振るえるというものである。
「……うっす」
短い返答と共に、バルドゥールは槍を構える。
巨大な竜など、辺境守備隊勤めだった頃には望むべくもない相手だった。自然とバルドゥールの口元にも笑みが浮かぶ。彼もまた、戦場に黒き轍を成す狂戦士の一味なのだ。
そしてふたりの狂戦士は獰猛な声を上げて巨大な竜に吶喊する。
竜もまた迎撃のため、鱗を変質させたものと思われるパイルバンカーのようなものを五月雨に射出して応戦してきたが、化物並の身体能力を誇る隊長は民家の壁を
駆け上って(パルクール)、小回りの効くバルドゥールは軌道を見切り最小限の動きで躱して竜に肉薄する。
そして隊長は上から喉笛目掛けてハルバードを一閃。バルドゥールは下からカチ上げるように腹部を一突き。どちらも鱗の薄い箇所である。
サイズがサイズだけに致命傷には至らなかったようだが、竜の皮を破り出血させしめることには成功したのでひとまずは目論み通りである。
弱いところを突かれた竜が苦悶の咆哮を上げた。
手応えを感じた隊長とバルドゥールは竜の返り血に塗れながら眼をギラつかせ、すかさず次撃を叩きこむ。
しかし竜の方も黙ってやられるほど愚かではない。
足を踏み鳴らし下に潜り込んだバルドゥールを踏みつぶそうとしつつ、屋根から屋根へと飛び移っては攻撃を仕掛けてくる隊長に対してはブレスで対抗せんと試みた。
息を吸い溜め、ブレスを吐く溜めモーションに入る竜。
竜の肺腑に熱気と呪力が満ちていくのが肌で感じられた。
ブレスに対抗する手段といえばもちろんこれしかない。
「「吐く前に仕留める!」」
隊長とバルドゥールはどちらからともなく声を上げて、各々攻撃モーションに入った。
ハルバードを水平に構えた隊長が屋根の上を駆け抜けて竜に飛びかかる。
そして槍を垂直に構えたバルドゥールもまた、彼自身も後に驚いたのだが隊長の向こうを張るような身のこなしで竜の腹を駆け上がったのである。
水平と垂直、二方向から同時に急所の喉を過たず穿つ渾身の一撃を食らっては、いかに強靭かつ巨大な竜といえどひとたまりもない。
破れた喉からブレスになりそこなった気体と体液をしゅうしゅうと噴き出しながら竜はどうと倒れ、絶命した。
ふたりは無言のうちに腕を合わせ、大物喰いの喜びを分かち合う。
だがこれは大きな戦のほんの枝葉に過ぎない。倒すべき敵はまだ健在で、今なお王都侵攻の陣頭指揮をとっているのだから。
「うっし、ひと暴れしたし戦列に戻るか! ……おい新入り」
スッキリしたとばかりに伸びをした隊長だったが、一息つくとふと真剣な声音でバルドゥールに呼びかけた。
「おめーはそれしっかり洗い落としてから復帰しろよ。あの竜たんまり呪力蓄えこんでやがったからな、そのままにしてっと蝕まれるぞ」
竜の血は古来より浴びた者に何らかの異変を齎すものとされている。呪力を帯びた竜のそれならなおさらである。
「……うっす」
実はバルドゥール自身も異常な高揚感を伴う衝動が湧き上がるのを感じていたから、すぐさま戦列に戻りたいのはやまやまだったが隊長の指示にはおとなしく従うことにした。
呪い喰らいの化け物と名高い隊長と違い、バルドゥールは何の変哲もない人間なのである。敢えて竜の血を浴びたままにして力を得ようなどという危ない橋を渡ろうなどという愚を犯す気はなかった。
「ちゃっと落としてすぐ戻ります」
「おぅ、もたもたしてっと全部喰っちまうからな」
かくてふたりの竜退治は終わりを告げた。
前線に戻る隊長の背中を見届けたバルドゥールは、手近な井戸を探しに路地裏に入ったのだった。
その様子を屋根の上から隠密に長けた仲間が監視していることに気が付くことはなかった。

#ノート小説部3日執筆 『屋根裏のドラゴン』 


一口にドラゴンと言っても、ドラゴンには様々ある。
森林を焼け焦がす竜、火山の火口に棲まう竜、氷山の頂上に君臨する竜、波を巻き起こす海の竜…………そして、屋根裏の竜。





「ぼくのぬいぐるみ、知りませんか?」
「あ〜、昨日、屋根裏にしまっちゃったかも」

母は「かも」などと言うが、ぼくからぬいぐるみを取り上げるなど、いじわるの極みだ。
さて、屋根裏へと登るためにははしごを下ろす必要があるものの、6歳そこらの身長では引き下ろすことができない。

「はしご、下ろしてくれませんか」
「……はいはい。これだから小さい子はねぇ」

キッチンから2階へ移動することよりも、ぼくが泣きわめくほうが彼女にとっては迷惑らしい。
彼女は屋根裏へのはしごを下ろし、そのままキッチンへと戻った。足音がいちいち大きい。子供心の夢も冷めてしまいそうになる。

と、ぼくは小屋組みの木枠が張り巡らされた屋根の中へと潜り込んだ。ほこりの積もり方からして、掃除をしたワケではないようだった。
2階から迷い込んだ光だけをたよりに、ねずみの死骸を避けながら、くまのぬいぐるみを探した。彼に見守られて眠った夜は、母を想って過ごした夜よりも多い。

「あ……ん?」

隅々まで探して見つけたぬいぐるみ。だが、ぼくはその隣に置いてあった絵本、その表紙に目を奪われた。

「これ……お父さんの、名前だ……」

ほこりに咳き込みながら、その絵本を開く。


――さぁ、冒険の始まりだ。


「冒険……? わ! あ、あ、あ……! え、え、え、え、えっ!」

竜の鉤爪がぼくの腕をかすめた。本の中から這い出てきたのだ。
黒鉄のような爪は床に穴を開けて引っ掛かりを作ると、一気にその全貌を顕わにした。

鱗、翼、四肢、尻尾…………尻尾に引っかかるくまのぬいぐるみ。鱗の一枚いちまいが刺々しかった。
竜である。ドラゴン。絵本に載っている姿形のファンタジーが目の前に具象した。

飛び出してきたそれの大きさと重さに耐えられず、今にも壁と床が崩れそうだった。が、とどめに母の悲鳴。ぼくの生家は穴だらけとなる。

「ひ…………あ……」

腰が抜け言葉を失ったぼくをよそに、その竜は飛び立つ。くまのぬいぐるみを引っ掛けたまま。

「あ……っ! 追いかけなきゃ!」





「何をばかなことを……夕飯、ないからね」
「うん」

町はおろか、ひとりで家から出たこともなかったぼくである。母はまともに取り合わず、ぼくの外出を許可してくれた。
パンとナイフ、それから屋根裏で見つけた本を小包に入れて、ぼくは家を出た。

夕暮れの世界に巻き込まれながら、竜が飛んでいった方角の空を目指す。読み聞かせに伝え聞く冒険がぼくにもやってきた。

かつて父は自分のように誇らしげに、いくつもの冒険譚を教えてくれた。
森林を焼け焦がす竜、火山の火口に棲まう竜、氷山の頂上に君臨する竜、波を巻き起こす海の竜…………そして、屋根裏の竜。





「どんな竜よりも、絵本の中の竜が強いんだよ。屋根裏のドラゴンでもね」
「どうして?」

窓に広がる夜空を2人で眺めながら、そんな会話を繰り広げたこともあった。父はある意味で、ぼくなんかよりも若々しかった。

「人の憧れだからだよ」

そう力強く語るあの日の姿。励まされるのは今日のぼくだ。

「憧れは力になるよ」





それは夢だった。
牧草地のサイロの中で夜を過ごしたものだが、眠気に未練はない。軽くなった小包を締め直し、歩みを取り戻す。

木が生い茂る中、落ち葉で見えなくなった獣道をまっすぐに進んだ。実ったりんごを採ったり、鹿さんと一緒に歩いたり。

そういうものだと思っていた。
しかし、灰が降り積もり一歩一歩が沈む火山の麓も、雪がきらめく銀世界も、ない。

憧れだけが空振りした。

何事もなく隣の隣の町の隣の山を越えた。
だが、ここからは遠目に海が見下ろせる。未だ影が多い朝日の景色は、生まれて初めて出会った世界の一面だ。

「…………まだまだ」

そう意気込んだぼくが海沿いの街に着く頃には、身体中が痛みで震えていた。靴がすり減って、もう使い物にならない。

街まであと少しというところで、今まで続いていた歩みが停止した。
足が地べたから離れてくれない。足に、膝に力が入らない。支えが利かなくなり、ぼくはとうとう道の上で横になってしまった。

「――お? どうしたんだ?」
「ごめんなさい…………動けなくて」

声をかけてくれた人の顔も見れないほど。だが、その人はぼくの弱々しい声を聞くなり、おぶってくれた。

「こっちでいいんだな?」

潮の香り。海が近づいた。





「――へェ……ぬいぐるみとドラゴンを追って、ねぇ。イカ食うか?」
「いただきます」

所狭しと並ぶ縄や壺、船具に囲まれていると、ぼくも漁師になった気分だった。
物静かな漁師さんは、優しい声色でぼくに諭す。

「海の向こうには何もないぜ。ここで終わってもいいんじゃねえか?」

ふと訪れた凪。冒険の終わり。

「悪いが、漁船じゃこの海は渡れねえ。それに、この夜から嵐だ。いつになったら晴れることか」

ぼくがまだ知ることのない現実が、波のように押し寄せてくる。

「親に心配かけるなよ。親が憎ったらしいのは生きてる間だけさ。そう長くない」
「知ってます」

その時初めて漁師さんと視線があった。

「だって、おかあさんもおとうさんも、しんじゃったから」
「……そうか。身軽なら船は遠くまで行ける。だがな、無理なもんは無理さ」

「あるいていきます」
「海沿いをか? 無茶を言う…………親御さんはいねえぞ」

「います」
「死んだんだろ」

「います」
「いねえだろ」

「…………いや、いますっ!」
「――いねぇんだよ!! 現実見ろよ!!」

漁師さんは怒鳴ったが、すぐに声を潜ませる。

「……何を追ってるんだよ。お前は。ぬいぐるみはひとりでに歩かねえよ」
「ドラゴンです」

「……はぁ、ドラゴン? ドラゴンかよ」

漁師さんは別の部屋から本を持ってきた。
まさか。そう思ってぼくも小包をほどいて本を出す。

「これかよ。ドラゴンってのは」

ぼくのと同じ絵本だった。

「いいか? ドラゴンなんていねえ。この本に書いてることは全部うそだ。屋根裏にドラゴンなんか――」

いちページずつ、全てのうそを教えてくれる漁師さん。優しさだ。
だが、このときのぼくは絵本に見入ってしまった。漁師さんは意図せず、ぼくに読み聞かせをしてくれたのだ。

そして、全てを語り終えた時――。


「これ、ぼくのお父さんが、描いたんです」

「え」


――さぁ、冒険の始まりだ。


冒頭に書かれたこの一文は、父の口癖だった。


「お父さんは、この海の向こうにいるんです。ドラゴンなんです。ぬいぐるみなんです」


「どうしてそんなこと言えんだ」


「だって…………お父さんは、ぼくの憧れだから」





一口にドラゴンと言っても、ドラゴンには様々ある。
森林を焼け焦がす竜、火山の火口に棲まう竜、氷山の頂上に君臨する竜、波を巻き起こす海の竜…………そして、屋根裏の竜。

人それぞれの、憧れの形だ。

#ノート小説部3日執筆 ローストドラゴンが食べたいのじゃね/お題「ドラゴン」 

「はぁ~小田急線いまだに復旧しないのじゃねぇ……」

 わらわ、本当は日高屋にいくつもりだったのじゃね。

 日高屋にはドラゴンチキンっていうメニューがあって、
 ちょっと辛めのソースがかかった唐揚げなんだけど――

 木曜日の夜にお題「ドラゴン」を提案したときは、
 近所にある日高屋に日曜日までに食べに行けばいいと思って思っていたのじゃね。

 でも、あろうことか金曜日。
 発狂したわらわがお散歩に行こうとしたら、小田急線が丁度不通になってしまったのじゃね。

 なんということか……
 日高屋に行くことはできなかったのじゃね。

 だから仕方なく、レッドドラゴンを一匹ほど神力で解体して、
 精肉したものを頂くことでドラゴンチキンの代わりにしようと
思いましたのじゃね。

◆◇◆

 さて、レッドドラゴンの肉の調理ってそんなに難しくはないのじゃね。奴らは死ぬと、体内の熱経路の関係で勝手に発熱して火入れが始まってしまうのじゃね。

 だから、硬くて食べずらい表面の皮を剝いだら、メイラード反応を出すために、塩コショウを振ってから、お肉の表面を片面3分くらいローストビーフ作るみたいにコロコロ一面ずつ焼けば調理は完了。

 重要なのは、ソースの方なのじゃね。
 つまりローストビーフと同じってわけ、生のニンニクと玉ねぎをぶんぶんチョッパーでみじん切りにしたら、サラダ油で熱して、酒、みりんを大匙1と1/2杯、しょうゆを大匙2杯いれたらおろし生姜をちょっとだけ入れて、ソース完成。

 あとはレッドドラゴンのすね肉を気が済むまで食べ続けるのじゃね。
 レッドドラゴンのブロック肉は、ちょっと集めに切り出すのが、肉感あってとっても美味しい。

 肉としては、赤みのお肉。
 しっかりとした歯応えなのに、もちもちとした食感――

 噛めば噛むほど、野性味の有る肉の美味さが溢れる。
 癖は少ないんだけど、独特なこの味。

 牛肉、豚肉、鶏肉とも違う淡泊なお肉。
 嚙みきるのが大変だけどモグモグと嚙めば噛むほど美味しいのじゃね。
 
 いや、正直な話をするならば、美味しいのほとんどはソースで出来ているってわけ。ニンニクと玉ねぎの甘みと旨味を、しょうゆベースのコクで引き出したドロドロのソースを、クセの少ない肉に搦めて食べるのが美味しいのじゃね。

 ちなみにこのレッドドラゴンの一番美味しい食べ方はソースごとご飯にかけて、卵の黄身を落として、ガツガツと掻き込むように頂くこと。
 ニンニク醤油ソースの旨味を吸いに吸った粒の立った米と黄身が混ざって、しっかりと肉味のあるドラゴンの赤身肉の美味さを受け止めると、お茶碗何倍でも食べられるから美味しいのじゃね……

 この料理、とっても美味しいんだけど。
 一つ問題があるとすると、みんなはドラゴンを食べられないってことなのじゃなねえ……もし異世界に行く機会があったら、ぜひ、レッドドラゴンのお肉を食べてみて欲しいのじゃね。

#ノート小説部3日執筆 『かつてそこには』 

我が国の特別管理区画の一つ、四露島(よつゆじま)。超常的な怪物たちによって管理され、区画によってさまざまな現象が見られる、ふしぎな島である。
ある町では常に降る雨に蛙が歌い、ある町では大蛇による強固な監視が敷かれている。

そして、少し離れた小島である
丹色(にしき)島には、鯉が住んでいた。
昭和三色と呼ばれる、黒地の多い錦鯉だ。怪物として見れる異常な特性は、クジラくらいの大きさと、鱗に紛れて身体に生えた玉石くらい。それ以外は変わらず、普通の鯉たちと一緒に泳いでいた。

そんな大きな錦鯉には、住民を守る力は無かった。むしろ守られて育ってきた。住民たちは鯉を『お嬢様』と呼び親しみ、毎日餌をやり、周辺の環境整備に勤しんだ。
豊富な餌と悠々泳げる環境のおかげで、ただでさえ大きかった鯉はますます大きくなって、気付けばこの島を飲み込めるくらいになった。

そんなふくふく肥えた鯉が、ある時忽然と消えた。
当然、住民たちには混乱が広がった。あれだけ大きな鯉が一夜で消えるなどありえない。他の水域に出たとしても、目撃情報はあるはずだ。どんな船よりも大きな鯉なのだから。

海に関わるほぼ全ての機関に捜索依頼を出し、住民たちも船を出して探した。四露島をぐるりと回っても見つからない。国の外周にも情報はない。海のド真ん中に向かう技術はない。ドン詰まりである。

すっかり疲弊した住民たちに、ようやく目撃情報が来た。鯉が消えて3ヶ月も経っている。
小学生の日記帳のコピーだった。拙い字で『赤と白とくろのくじらが、ゆくら山をとんでいました。きれいでした』と書かれていた。錦鯉が空を飛ぶような絵が一緒に描かれていた。
親が送ってきたらしい。同梱の手紙を読むに、子供はクジラだと言って聞かないが、間違いなく錦鯉だったらしい。
仕方ない。空を飛ぶ魚はクジラくらいなものだ。それもおかしな話だが。

住民たちは喜んだ。ともかく、鯉が死んでいないことを喜んだ。そうしてひとしきり喜んだ後で、鯉の世話をしていた者たちはその山へと向かった。彼らにとって、初めて四露島の外へ出た瞬間だ。
道のりは長かったが、鯉がいなくて悲しんだ時間よりはウンと短かった。

悠久良(ゆくら)山に辿り着いた者たちは早速、遭難しない程度に山を登った。それなりに高い山だが、険しくはない。山道を道なりに進めば、頂上はすぐだった。
鯉はいなかった。

頂上にいたのは龍だった。
山を囲むほど長く大きな体。黒っぽい身体に生えた、風にたなびく度に光る、宝石のように鮮やかな鱗。
ここまで来た一同は同じことを考えた。『お嬢様だ』と。

龍は、登ってきた者たちを見るなり目を丸くした。
「あ!みんなぁ!」
およそ巨躯から出るような声ではない、子供っぽい声だ。それこそ、盆帰りで久しぶりに会った孫娘のような。彼女が人型だったら、まず両手を挙げて走ってくるだろう。
実際は、身体をうねらせてものすごい速度でやってきたのだが。急接近して急停止した衝撃で、何人かの帽子と何人かのカツラが迷子になったが。

龍は近付くなり、元気に話しだした。
「みてみて!いっぱいおっきくなったよ!しゃべれるよ!みんなといっしょ!」
世話役たちの心配を吹き飛ばすような、元気な声だ。ひとまず、大事がなくて安堵した。

いろいろ訊きたいことはあったが、世話役たちはまず、なぜこんな遠い所まで来たのかを訊ねた。
「えへえへ、“しゅぎょー”をするの!それでね、りくにあがれたら、みんなみたいに、まもりがみ、できるから!」
どうやら、内緒で修行をしていたらしい。四露島の近海ではできることが限られているので、海の友達たちからここを勧めてもらったようだ。
悠久良山、ひいてはその近くの海には“龍が棲む”という伝説があった。それを聞いたのだろう。

それでねそれでねと、龍の話はどんどん続いていく。悠久良山を登ることができたらもっと強くなれると、だから空を飛べるように頑張ったと。気付けば、こんなに大きな姿になったと。それはそれは得意げに話してくれた。

世話人たちはただ、子供の思い出話を聞くようにしみじみしていた。
最後に、一つ訊ねた。
「楽しかったかい?」
「うん!たのしかった!」
龍は上機嫌だ。それならいいか、と世話役たちは笑いあった。

「帰りましょうお嬢様。島のみんなが待っていますから」
山の向こうに落ちていく日を眺めながら、世話役たちと龍は山を降りていく。
世話役が電車に乗って、来た道を帰っていく中、龍はその電車を追って飛んでいた。
おかげさまで、一般の人間界隈ではとんだニュースとなった。まあそれは別の話。

我が国の特別管理区画の一つ、
四露(よつゆ)島。その小さな離島である丹色(にしき)島。
かつてこの島には鯉の群れと、やたら大きな錦鯉が住んでいた。今は鯉の群れと、やたら大きな龍が住んでいる。

#ノート小説部3日執筆 「辺境にて」お題:ドラゴン 

「生まれながらに竜騎士であるというわけではない」
立てかけていた槍を掴む。独り言にも似た男の呟きをその傍で控えていた青年は静かに聞いていた。
「竜騎士の素質がある者がいる。それだけだ。馬を駆る騎士も、歩兵も、弓兵も、その素質を鍛え上げてこそだ。お前もそうだっただろう、クラウス?」
「はい、スヴェン様」
軍営の中を歩いて行くスヴェンを見て、兵士達は頭を下げる。彼らに軽く手を上げながら、二人は軍門をくぐり出た。そこには二騎のドラゴンが行儀良く佇んでいる。一匹は赤い鱗に金の角が雄々しい。もう一匹は赤い竜より若いのか、やや小柄で白い鱗を輝かせていた。角も、まだ生え替わっていないのか木の幹のように黒々としている。
ドラゴンたちは二人を見るなり、軽く足踏みをした。世話をしていた兵士が慌てて宥めるのを苦笑いし、スヴェンは赤い竜に歩み寄った。
「よく眠れたか、バート」
赤い竜――バートが身を低くする。彼につけられた鐙に飛び乗り、槍を持たない手で手綱をとった。踵で鱗を軽く叩けば赤い竜は歩を進め、そして羽ばたいた。土が煙り、瞬く間に空へ。眼下の軍営はみるみるうちに小さくなり、自分に付き従うように、クラウスが乗った白い竜も羽ばたき、飛んだ。すぐに追いついて、同じ風に乗る。
「新兵たちは」
「この先の山あいに盗賊の根城があります。どうやら翼竜を手懐けているようで、歩兵と弓兵では少々手強いと」
「竜騎士のひよっこと相手としては不足無しだな。翼竜で遊ぶ盗賊どもにやられるようではこの先やっていけまい」
「私もそう思います」
風に乗り、山へ向かう。古い砦が見える。上空、竜とワイバーンが飛び交っては攻防を繰り広げていた。
「いつでも命じてください」
クラウスが静かに乞う。戦場は美醜というものを重きにはおかないが、この青年の眉目は美しかった。白鱗の竜を駆る美しい騎士はさぞ芸術家の格好の餌食になるだろうとふと考え、思わず唇を歪ませた。
「このまま様子を見る。いくらか犠牲が出ても良い。良い頃合いで突っ込め。お前なら肩慣らしにもならんだろう」
「心得ました」
クラウスが手綱を引けば白鱗の竜が羽ばたき、高度を上げる。砦に向かう一人と一匹を見送り、スヴェンは顎を撫でた。
バートが不満げに唸りを上げる。己は戦えないのか、と訴えているのが分かった。
「お前がいけば砦がぶっ壊れちまうよ。演習にならんだろ」
スヴェンが笑いながら相棒の首筋を叩く。手綱を少し引いてやれば、ゆっくりと上昇しだした。
「なあに、すぐにここもきな臭くなるさ。もう少しの辛抱だ……不思議じゃねえか、ただの盗賊風情があの量の翼竜をオモチャにしてやがる。裏があるぞ、バート」
砦を眺める。翼竜が一体、落ちていく。その上空で、小さな竜の影がきらめいていた。
#ノート小説部3日執筆

#ノート小説部3日執筆 「ドラゴン」 親の気持ち 

某ギルド、受付にて。
「なあ、あいつってさ、知らないのかな」
「知らないんじゃない?」
 二人の受付嬢は顔を合わせることもなく、まっすぐ顔をギルド全体に向けながら、話し合っていた。二人の話題はもっぱら、さっき来て怒鳴りつけた新米ハンターだ。ダンジョンの調査のクエストを自分で受けたくせに、ドラゴンがいないじゃないか!と怒鳴ってこちらが説明する前に立ち去っていった。その怒鳴り声はギルド中に響く声で、みんな訝しんで新米ハンターを見ていた。
「ダンジョンなんか、ドラゴンとか以前に竜種はいないし、」
「それに竜種は減少傾向にあるから、狩り禁止で保護するようにって王様が御触れを出してるのにね」
「そうなんだよぁ」
 勇者が魔王を討ち取ったため、ギルド所属のハンターがやることは基本的に未開拓のダンジョンの調査員の護衛や、魔獣の狩りが主だ。魔王が健在だった頃は、瘴気のせいで、魔獣が活性化しなかなか倒せないと言うこともあったが、土地の浄化を得意とする白魔術師が瘴気を浄化すれば、魔獣の力も弱まる。だから、狩りがしやすい。この国の土地の浄化は完了されており、魔獣を狩るだけである。だが、魔獣もこの世界にとっては重要な生き物の一つだ。魔獣が毒のある果実を食べるおかげで、その果実の繁殖が抑えられていたり、縄張りを作っているからこそ、逆に危険な場所に立ち入ることが少なくなっている。人間に害を及ぼしたものだけを駆除している。それが魔獣でなくても、依頼がくればやるのがギルドに所属している人間だ。このギルドに所属している人間は酒癖が酷い奴らばかりだが、常識は弁えているし、依頼に文句一つも言わない。
受付場に近い机に座ってるパーティの団長のアルがこちらを見て、聞いた。
「あいつのランクってどのくらいだっけ? 俺らより低いことは覚えてんだけど……アリスちゃんわかる?」
 アリスと呼ばれた受付嬢の一人は、分厚い本を取り出して、パラパラとめくった。
「え〜と彼が入ったのはつい最近だから………」
「C-ランクじゃなかったっけ。ランク外のやつばっかり受けようとするけど、初心者だろ」隣の受付嬢であるスヴァリアが答える。
「そうだった、スーちゃんありがと」
「スーちゃん呼ぶな」
「はいは〜い、わかったわかった。今度あいつが怒鳴り込んできたら、俺らに言ってよ。この国の常識ってやつ叩き込んでやるからさ」
「暴力はやめてね?」
 困り顔でアリスが言うと、アルのパーティの一人であるリランがメガネを指で押し上げながら、
「法律から教えて差し上げますので、ご心配なく」
 と、分厚い法律書を開きながら、にこりと笑った。この笑顔が怖いのは何故だろうか。
「わかった、もしもね」
「分かっていますとも」
「そういや、なんであいつ、ここに入ってきたんだろうな。ドラゴンを密猟しようとしてるギルドあったっけ、それに入ればいいのに」
「ドラゴン密猟ギルドは2年前に各ギルドが協力して全部壊滅させて牢屋行きになっただろ」
 クエストを受注しにきたマルフェは言った。マルフェはパーティを組まず、一人でハンターをしている男だ。だからと言って、ランクが低いわけではなく、最高のSSSランクではないもののSランクには上り詰めている強い男だ。
「今回のクエスト、これでいいの?」
「ああ、これがいいのさ」
「ならいいけど。はい受注しました。期限はあるけど、早めがいいかもね」
「そうだよな、早速いってくる」そう言ってマルフェは出ていった。
「マルフェ、剣しか装備してなかったけど、何のクエスト受けたんだ?」
「おばあさんの花壇の手伝い」
「あぁ、なるほど、確かにマルフェだったらありえるわ」
 マルフェは強い男である以上に心優しい青年である。お人好しと言ってもいい。自分のランクでは王族の護衛など名誉あることも行えるのに、それはしない。遠くの王族より近くの街のみんなを大事にする。王族を大切にしていないと言うわけではない。王族から直々に依頼があった場合は行くこともある。ただ、人があまり受けたくないであろう少額のクエストも一生懸命に受けるマルフェだからこそギルド他街からの人望は厚い。この街だと勇者様よりマルフェの方が人気があるだろうと思えるほどだ。
「そうそう、あいつがここに入ってきた理由、ギルドの紋章じゃないか?」
 スヴェリアが指さすのはギルドの組員全員が首から下げてるギルドの紋章だ。
「確かにそうかもね、私たちのギルドしかドラゴンをモチーフにした紋章を使っていないもの」
「だよな、でもあれは王様が特別に許可したものだしなぁ」
「そうよね、あれはドラゴンを狩ったという意味じゃなくて、保護した功績を讃えてのものよねぇ」
「懐かしいな、10年前か」
「スーちゃん、13年前だって」アルが訂正する。
「だからスーちゃん呼ぶな」
「13年前ねぇ、私達も大人になるわけだわ」
「そうだな」
 13年前の冬の夜、酒場と化したギルドで買い出しに出てたアリスとマルフェがドラゴンの幼体を拾ってきたのだ。その当時はまだ全ての土地が瘴気を浄化されておらず、瘴気で弱体化していたドラゴンの幼体を保護したというものだった。アリスは白魔術師とまではいかなくても浄化を行うことができるため、ドラゴンとマルフェを浄化し、連れ帰ったとのことで、そのときにはドラゴンの保護が言い渡されていたので、みんな酔いが覚めて一気に壁際まで下がって歩く道ができていたのが笑った。ギルド長が国王に確認する間、ドラゴンを養育することになり、アリスを中心にみんなが変わるがわる世話をした。ドラゴンの生態の本を見て、必要以上に触れないように、でも愛情はかけながら、育てていった。国王が一度見学しにきたが、状態が良いと言うことで、そのまま保護を継続した。そして、だんだん大きくなり、一人で飛べるようになった時には全土が浄化されていた。アリスもみんなも誰も言わずともドラゴンを野生に返すことに同意していた。ドラゴンはこちらを見て首を傾げてたのは覚えてる。アリスが「飛んでもいいのよ貴方はもう大人なのだから」と言うと伝わったのか、空を飛んだ。ドラゴンはギルドの上を一度旋回すると、どこかへいった。その日はみんな泣いてた。泣いてたのを誤魔化すように酒を煽った。
 野生に返した功績として紋章にドラゴンを入れることになった。あの子を育てたことを忘れたくなくて、反対するものはいなかった。だから今でも紋章を誇りに思ってつけている。
「本当に懐かしい」「うん……」
 その場がドラゴンを思い出してると扉が乱暴に開けられた。
「おい!!このギルドでドラゴンを育てたってどういうことだ!!お前ら何をしたのか分かってんのか!!」
 新人ハンターの彼だ。アリスは頭を抱えたし、スヴェリアは深いため息をついた。早くギルド長に問題を報告したいが、ギルド長は多忙を極める。どうしたものかと悩む暇もなく、「おい、ガキ。座れ」とアルが言う。珍しく怒っている。
「はあ?なんで俺が座らなきゃ、」
「座れ」その時アルのパーティの中で一番のおちゃらけ者であるケインが細い剣を膝に叩き込み、強制的に座らせた。
 これから彼は叱られることだろう。これで問題行動が減ればいいのだが、と受付嬢の二人は思った。

#ノート小説部3日執筆 お題:【ドラゴン】 

※自創作の掌編です。やや初見バイバイ感があります。すみません(陳謝)。

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『ねがい』

 難しい話なのだが、『
吸血鬼(ドラクル)』は『竜種(ドラゴン)』を起源とする生き物である。難しいというのは、それを証明するものが吸血鬼たちのぼんやりとした自意識――魂の記憶とも呼ばれるようなもの――の中にしか存在しないからだ。半信半疑であった彼らはしかし、同じような朧げな自意識を持つ同胞と共に過ごすうちに、それを確信に変えていった。口に出して、誇らしく語るほどに。竜種の裔であることは、地上の支配者たりえる資格を十二分に有していることに等しいことであったからだ――たとえ今は、陽の下を歩くことが許されないとしても。

「――翼を得るには、どうしたもんか」
 誰に尋ねるでもなく、彼は言った。ここには二人しかいないのだから、こちらに尋ねたという見方もあるかもしれないが、決してそうではない。疑問や苦悩を共有するほど、僕たちの間柄は親しいものではない。ただ、付き合いだけはそれなりに長いから、互いのことは理解している。それが、彼と僕との関係だった。
 夜の底をとうに過ぎた空を見つめながら、彼はもう何年も何十年もそのことを考えている。僕はあまり、腑に落ちない。彼と僕は同じ吸血鬼で、その中でも特に竜種に近い――『角』を持つものがそうとされている――というところまでは限りなく同じだったが、そこから先はまるで違っていた。彼は僕が知る限りずっと翼を得る方法、すなわち竜種に『還る』術を探し求めていたが、僕はそれに興味が無い。だから彼の発するその問いかけを拾うことは、基本的にしなかった。
 しかし、ただ一度だけ、それに応えたことがあった。深い意図があったわけではない。ほんの、他愛のない会話をたまにはしてみるかと、気が向いただけのことだった。
「どうして君はそんなに、翼が欲しいんだ」
 応えがあったことに彼ははじめ驚いて――そのあとには、口の端を持ち上げて牙を覗かせながら、さも当然だろうといった調子で笑った。
「どうしてって――飛んでみたいだろ、空」
「空」
 彼は目を伏せて、夜風に赤い髪を躍らせながら、軽やかに崖に向かって歩き出した。
「ああ。俺たちはほとんどなんでもできるけど、空は飛べない。なら、飛んでみたいと思わないか?」
「いや、僕はあまり。飛ぶ必要性を、特に感じないから」
「ええ……? ロマンが無いなァ……。まあ、そういうのに頓着ないのが、お前らしいか」
 何故、そのとき彼とふたりだったのか、よく憶えていない。もしかしたら、他の誰かもいたかもしれない。ただ、そのあとに起きた様々なことが――彼との間に生まれた因縁が、その記憶を鮮明にさせているのかもしれなかった。
 崖の淵に立った彼は、肩越しにこちらを振り返る。
「ここから、飛び立ってさ。あの地平線の彼方まで行くんだ。想像してみな」
 言われるがまま、想像してみる。翼を持つ竜が舞い上がり、地平線の彼方へと飛び立っていく様を。身体を覆う鱗は、迫りくる朝陽に灼けることはない。朝も、夜も、国境も、海も越えて――どこまでも、どこまでも。朧げな自意識の中にある竜の威容は、優雅で、荘厳で、美しい。自分がそうなりたいかどうかは別としても、彼が翼を欲しがる理由が、少し理解できた瞬間だった。
「――最高だろ?」
 夢を語る、子供のような笑みだった。思わず、つられて少し頬が緩んだ。彼のこういうところは、嫌いではなかった。
「叶うといいね」
「ああ。そのときはお前にも、飛び方を教えてやるよ」

 結局彼が翼を得ることは――竜となることは、なかった。少なくとも、この何百年かの間は。
 彼の、無邪気な願いが叶えばいいと考えていた。
 彼の願いが、いつまでも無邪気なままであれば良かった。
 そうして時が経って最後に目にしたのは――満身創痍で地に這いつくばる、彼の姿だ。
 
 僕が、そうした。
 他でもない、僕が――彼の願いを引き千切り、大地に磔にしたのだ。

 彼は今も、どこかしらの冷たい土の下で、それでも静かに生きているに違いなかった。
 『
竜種(ドラゴン)』という究極の生命を源として生まれた『吸血鬼(ぼくたち)』に、死という終わりは存在しない。一度争いを始めれば、不毛な闘争が永遠に続いていくのみである。

 あるいは翼を得ることができれば、運命からさえも、逃れることができるのだろうか?
 その問いかけに応える者は、応えられる者はない。

 吸血鬼が竜に還るのが先か、それとも、この星が燃え尽きるのが先か。
 非常に遺憾な話だが、あえてこう締めくくろう――その結末は、神のみぞ知る、と。

#ノート小説部3日執筆 お題【ドラゴン】魔獣退治(BLというよりはバディ/戦闘シーンあり)#おっさん聖女の婚約 

「うわ、これって伝説のドラゴン……的な?」

 俺は巨大な塊を見上げてそう呟いた。俺の隣には大剣を構えた相棒がいる。そのジークヴァルトがピリピリとした殺気を出して警戒しているのだから、俺だって警戒する気持ちになる。

「おとぎ話だけだと思っていたよ」
「……俺だってそうだ」
「だよなあ」

 頬をかきながら半笑いする。どうしたものかね。魔獣なのは確かなんだが、こんな魔獣は見たことがない。巨大なトカゲに一対の翼。これで火でも吐こうものなら立派なドラゴンだ。
 とりあえず、拘束するか? 強さが分からないし。

「ヴァルト、普通の魔獣みたいに考えつつ――」
「何が出るか分からないから警戒しろ、だろ」
「ん」
「分かっている」

 倒し方は魔獣と同じはず。ただ、その戦い方がこの巨体に通用するかが問題だ。俺はジークヴァルトを“鼓舞”し、神聖魔法による拘束の詠唱を始めた。
 俺の付与魔法を得た騎士が一歩踏み出した。次の瞬間には、ドラゴンのような魔獣めがけて大きく飛んでいる。相変わらず、規格外な動きだこと。
 目の前に飛び出してきた人間に意識が向かったのだろう。ドラゴンが彼に向けて手を伸ばしてきた。
 ジークヴァルトはその手を大剣で難なく切り落とし、ドラゴンの胸元を蹴ってその間合いから離脱する。

 あれ? 俺って必要ないんじゃない?
 俺が思っているような強さを発揮しないドラゴン魔獣に対し、強すぎる俺の相棒。拘束なんてしなくても全然問題ないんじゃないか。なんて気さえしてくる。
 でも、そういう油断が大敵であることは十分承知している。俺は拘束用の詠唱を続けた。

「女神の代行者、聖女ラウルが命ず。邪悪なる者よ、その動きを封ず!」

 ぐぎゃ、だかぐるる、だか何て言っているか分からない鳴き声を上げて魔獣がもがく。俺の神聖魔法で作られた光の環が魔獣を拘束していた。
 距離を取っていたジークヴァルトが俺の詠唱の最後のフレーズを聞きながら接近する。彼は動きを封じられた魔獣の目の前に立つと、大剣を大きく振ってその首を落とした。
 あっけない。普通の魔獣の方が手ごたえを感じさせてくれる。

「……こんな、弱いの?」
「おとぎ話では、人々を困らせる存在だったが」

 ジークヴァルトも俺と同じように落ちた魔獣の頭を見つめ、呆然としている。そう。本当に弱すぎる。

「ヴァルト、俺……嫌な予感がするんだけど」
「奇遇だな。俺もだ」

 図体が大きいだけの、ドラゴンという圧倒的強者の架空生物を模した張りぼて。こんなものがおとぎ話のモチーフになった魔獣であるはずがない。
 ということは、だ。よくある魔獣の群れとして考えるならば、これは末端。親分的な魔獣が別の場所にいるということだ。

「他の騎士が危ない」
「他の聖女が危ない」

 似たような言葉を発したのは、ほとんど同時だった。
 一番強い聖女と騎士が一番弱い魔獣の相手をしているとしたら、別の場所にいる彼らが危ない。混戦状態で、どこに誰が、とかが分からない今、やれることは一つ。

 大きな魔獣を探すことだ。
 周囲を見回す俺とジークヴァルトを見て、隙ありだと思ったのか、何体かの魔獣が飛び込んできた。それらをさくっと切り伏せながら、俺たちはドラゴン的な存在を探す。

「いたっ!」

 邪魔な魔獣を近くの騎士に押しつけたり、うっかり大変なことになっている騎士を回復させたり、進みが悪い。そんな俺に気づいたジークヴァルトが「先に行く」と言うなり俺を置いて走り去っていった。
 あー、うん。仕方ないな。騎士の命を見捨ててドラゴンっぽい魔獣に向かうよりは、ドラゴン魔獣の足止めを彼に任せて、俺は聖女としての役割をこなしながら移動した方が良い。
 置いていかれたことに、小指の爪くらいの寂しさを覚えながら、俺は俺なりの最速を目指して移動するのだった。



 俺は辿り着いた頃には、体勢を立て直した聖女と騎士がドラゴンと戦っている最中だった。もちろん、一番元気そうなのがジークヴァルト。次に元気そうなのが聖女アエトスとその筆頭騎士イービス。
 まあ、それはそうか。アエトスもそうだけどイービスも優秀だもんな。

「アエトスが対応してくれていて助かったよ」
「聖女ラウル!」

 ジークヴァルトが参戦したからには、いずれラウルが現れるだろうと予想はしていただろうが、彼は嬉しそうに顔を輝かせた。歓迎してくれるのは嬉しいものだ。俺は彼の期待に応えるべく、最初に対峙したドラゴンっぽい魔獣の数倍も大きな魔獣を観察した。

 これだけ大きな魔獣となると、ジークヴァルトが小さく感じる。ジークヴァルトは、決定的な一撃を与えようとはせず、とにかくこの魔獣が他の騎士たちに攻撃するような余裕を与えないようにすることに集中しているようだった。
 さすがだ。
 ジークヴァルトのことだから、倒せそうだったら倒してしまったに違いない。
 だけど、この大きさだ。俺が魔獣を丸ごと吹き飛ばした方が早いし安全だ。
 きっと、彼もそう判断して戦い方を決めたのだろう。

「アエトス、“鼓舞”の効果が切れている騎士がいなければ、周囲の回復に集中して。俺はあれを倒すのに集中する」
「分かった。任せてよ」

 俺はジークヴァルトを再び“鼓舞”してから、気合の入った一撃を入れるべく詠唱を始めるのだった。
 ジークヴァルトはイービスに時々何かを指示しながら連携を取っている。イービスは元々王宮騎士団の第二騎士団長だった。
 アエトスが聖女として魔獣と戦うことになった際に、肩書はそのまま筆頭騎士になったという経歴があった。
 つまり、普通に優秀な男である。所属的には格下であるジークヴァルトに指示されて動くことに対する抵抗などまったく感じていないらしい。
 むしろ彼は嬉しそうにジークヴァルトと共にドラゴンの足止めをしていた。優秀な騎士のおかげで、俺も安心して詠唱できる。

「悪しき者よ、暴虐の民よ、消滅せよ!」

 あっという間に詠唱を終えた俺は、渾身の一撃をドラゴンっぽい魔獣へ放った。大きさが大きさだから、と普段よりも詠唱を長くアレンジして唱えたそれは、想像以上の力を発揮した。
 周囲が光にあふれ、自分でさえ目を開けていられない。ちょーっと、やりすぎたな。
 この様子だと、周囲の魔獣も消滅していそうだ。

「あー…………今日はお疲れさん!」

 視界が戻ってきた俺は、周囲の人間の視線が自分に向かってきているのに気づき、笑顔でそう言い放つことですべてをうやむやにしようとしたのだった。

#ノート小説部3日執筆 にゃんぷっぷーと暮らすマッチョオタくんが幼馴染とドラゴンについて話す話です 

※これまでノート小説部3日執筆に流した話https://misskey.io/clips/9u02fdzcl34s05j4 の続きで、一次創作『子々孫々まで祟りたい』のスピンオフですが、知らなくてもまあ読めます


 幼馴染のゆっちゃんとLINEしてる。ゆっちゃんは先日心停止したけど心臓マッサージその他で生き返って数日で退院した、弱いんだか強いんだかわかんないエピソード持ちだ。

「後遺症とかマジでないの?」
「うん、いろいろ検査してもらったけど全然異常なし。まあ心臓マッサージで肋骨折れたけど」
「それはだいぶ後遺症と違う?」
「まあ痛かったけど、コルセットしてれば大丈夫になってきたよ」
「それならよかったけど」

 俺は部屋を整理しつつLINEを続けた。引っ越しの予定があるのだ、咲さんと同棲してみようか、という話になったので。
 で、整理してるうちに小学生の時に買って今も使ってる裁縫セットが目に入った。……小学生の時はかっこよく見えたけど、30歳の今は恥ずかしくて表に出せないやつ。

「話変わるけどさあ、小学校の時の裁縫セットお揃いで買ったの覚えてる?」
「覚えてる! ドラゴンのやつ! 今も現役!」

 いかにも小学生男子が好みそうな、かっこいいドラゴンの柄の裁縫セット。それが、今も現役で使ってる俺の裁縫セットなのである。

「ゆっちゃんのも現役かあ」
「なんだかんだ便利なんだよね、ボタン取れたとか靴下穴空いたとかも、あの裁縫セットあればなんとかなるし」
「千歳さんに見られた時何か言われなかった?」

 俺はゆっちゃんの同居人の名前を挙げた。

「なんだこれって言ってたけど、小学校の時はかっこよく見えたから買ったんだよ、って言ったら納得してた」
「物わかりいい〜」
「別に咲さんも、説明すれば笑ってくれるでしょ」
「それはそうなんだけど」

 俺はベッドの枕元のかごで昼寝してるにゃんぷっぷーを見た。かごにはにゃんぷっぷーサイズのお布団が備え付けてあって、にゃんぷっぷーはにゃんぷっぷーサイズのタオルケットをかけてすやぷぷしている。

「俺みたいなデカくて筋肉ムキムキのがさあ、小学生男子向けドラゴン裁縫セットでにゃんぷっぷーの布団とか毛布とか縫ってるの、流石に見られたらあれかなあって……」

 人形用を使うのも考えたのだが、にゃんぷっぷーが心地よく過ごせてぴったりサイズ、となると、素人の腕だとしても縫ったほうが早いのだ。

「むしろ咲さん喜ぶかもよ? 女装男子向けの服自分で作ることもあるって聞いたから、彼氏も縫い物してるなら趣味共有できるかも」

 咲さんのヘキは、ちょっと冴えない男性を女装メイクアップして美女美少女にすることである。

「マジかあ……」
「まああの裁縫セット、一個あれば大抵のこと出来るから一生の付き合いになるかもね、ドラゴンだけど」
「ドラゴンだけどねえ……」

 俺は苦笑した。確かに、縫い針と縫い糸だけでなく、裁ちばさみもゴム紐通しもあるし、大抵のことはできるドラゴンなのである。

「じゃあ開き直ろ」
「ドラゴンにこれからもよろしくって言っときな」
「言っとく」

 俺はドラゴン裁縫セットを持ち上げ、すぐに出せる場所に置きなおした。意外と使う頻度高いから、引っ越し用に段ボール箱に入れるのは、最後の方にしよう。

#ノート小説部3日執筆 「ある洞穴にて」お題:ドラゴン 

 冷たく、滝のような雨が身体を打つ。先ほどまで気持ちよいほどの青空であったのに、ふってわいた曇天が唸り声をあげたかと思えば、岩だらけの崖路を進む旅人を襲ったのだ。
 更に悪いことに、雷も鳴り出した。雨は旅装束が守ってくれるが、神の一喝はそうもいかない。――かよわい人間には隠れる場所が必要である。
 近くに人家でもあるならば僥倖ではあるのだが、生憎、岩だらけの山だ。旅人が最後に身を寝台に横たえたのは三日ほど前、この険しい山に住む人間はいない。旅人は皆、身体一つ、銀貨一枚握りしめてこれを越える。越えた先に、国があるのだ。
 越えられなければ、冥府へ向かう船頭に握りしめた銀貨を渡すことになる。
 カッ、と世界が――真っ白になった。そして次の瞬間には旅人は真っ逆さまに落ちていた。いかづちは旅人ではなく、その足下を貫いた。一撃は彼の立っていた道を崩すに充分であった。

 渡し船にしてはごつごつとしているな。
 旅人はぼんやりと考えながら、瞼を開いた。ここは冥府へと渡る川か、と思ったが水面をかき回す水棹の音も、亡者の嘆きも聞こえない。聞こえてくるのは、ぴつん、ぴつんと響く水のこどもの笑い声である。目の前では岩の天井が曖昧な輪郭を浮かばせていた。
 つまり、生きている。
 気を失うまで雨を凌ぐ場所さえない山肌にいたのは覚えているが、ここは洞穴の入り口のようだった。かろうじて、陽の光が差し込んでいることに気がついたのだ。誰かに運ばれたのか、それとも生へ縋り付く本能が旅人をそうさせたのか判然としない。分かるのは少なからず身体を打った痛みだけだった。酷く痛む。指先は辛うじて動かせるが、起き上がれそうにもない。どちらがよかったのか。
 痛む背中に地響きが伝わってきた。ずしん、ずしん、と象の歩みにも似た揺れである。誰か、来る。誰だ。人ではない。天井から小さな石の欠片がはらはらと落ちて、旅人の鼻先に降りかかった。地響きが大きくなる。頭のてっぺん、向こう側に何か、大きなものがいる。獣。獣なら、死ぬ。握りしめたまま開かない手の内の、銀貨が冷たい。
 影がさした。旅人の眼前に、二つのルビーが輝いている。
 あれほどの宝石なら、一城の主になれる価値がありそうだ。ふと、そんなことを思った。そして、旅人はその正体を悟り、は、と息を飲んだ。
 ――竜。
 暗闇の中でつやつやと鱗が輝いている。その喉から腹にかけてはもっと滑らかだ。あの腹には何人の哀れな人間が詰まっているのだろうか、自分も、あの内側に詰まった肉塊に加わるに違いない。
 旅人がそう悟った瞬間、奥歯ががちがちと鳴った。避けようのない死が眼前に現れ、それがいつ顎を開くのか分からないまま己は動けずにいる。いっそ雷に打たれてしまった方が苦痛は無かったに違いない。恐怖がそこにある。そこにあって、こちらを見つめている。
 竜は、起き上がることも出来ずにこちらを凝視している旅人をじっと、見つめていた。炯々と輝く赤い瞳には感情が無い。ただ、この傷を負い、死の淵で震える生き物を眺めている。
 竜は人よりも遙かに賢しき存在である。人よりも遙かに強大な存在である。故に愚かな人間が思うよりもずっと、穏やかなのだ。無為に怒る事などない。無闇矢鱈に、顎を開き、爪を振るう事も無い。
 ――そして、長寿であった。
 何ものにも縛られぬ竜には久遠とも言える時間がある。眼前、冷たい岩肌に横たわり、双眸をぎょろぎょろと彷徨わせ浅く息をしている人間を眺める時間は、この竜にとってはほんの、些末なことであった。
 竜が旅人を眺めている間にも、陽が昇り、落ちる。洞穴の中へ風が吹き込み、雨が岩肌を濡らす。幾日か、竜が旅人を見つけてからあまりかからない頃には、旅人はぎょろつかせていた眼差しをぴたりと一点見つめたまま、動かなくなってしまった。まるではりついてしまって拭うことが出来ないものとして、死の恐怖への煩悶と狂乱が顔に刻まれていたまま、竜を凝視するだけのものに、なってしまった。
 竜もそれをルビーの眼差しで飽きもせずに見つめていた。
 旅人の傍を座し、時に微睡み、時に洞窟の外を眺め、歌を歌い、稲光に目を細めながらも旅人をじっと眺めている。
 陽が昇り、落ちる。竜と旅人以外、何者もない。旅人の輪郭も、曖昧になってきた。ただ視線だけは、竜に注がれている。それを感じ取ることが出来るのは、竜だけである。
 穏やかな時が流れている。竜はそう思い、微かに笑った。

 ふいに竜は、微睡みから醒めた。温かな春の陽気が、ひんやりとした洞穴に温かな風を送り込んでいる。
 竜は旅人を見やる。染み。薄くなった、輪郭。
 そこから一輪の花が、咲いている。
 眼差しは、相変わらず向けられていた。
#ノート小説部3日執筆

#ノート小説部3日執筆 お題『ドラゴン』 『ある亡国研究員の手記』 

我が大陸において、ドラゴンは希少な生物でした。かつては大陸中に生息していたそうですが、寒さに弱い彼らは数百年前の氷河期によってその数を大きく減らしました。
 しかし、我々王国は、高い知能と優しき心を持つドラゴンをこの世から消滅させてしまわぬよう、保護活動に取り組んできました。それは長く多大な困難を極める道でしたが、遂に我々はドラゴンの人工繁殖に成功したのです。それも最もデリケートな小型種の、です。小型種はストレスを与えすぎると死んでしまいますが、適度な範囲に留めると多くの卵を産みます。そうして我々は小型種の大繁殖を行い、この度ペットとして飼育するためのノウハウをも確立したのです。これは東の大陸に位置するかの大帝国すら成し遂げていない、間違いなく史上初の快挙です。
 何れは大型種をペットとして飼育可能とする計画もあります。知能の高い大型種は人語を解し、高度なコミュニケーションを取る事が出来ます。子どころか孫の代、もっと先まで、家族としての絆を永く結ぶ事が出来るでしょう。
 我々王国は近年、研究面で周辺諸国に後れを取っていました。しかし、絶滅危惧種の人工繁殖とペット化というこの功績は、この世界の歴史に残る大偉業である。そう胸を張って言えます。

以上、『ある亡国研究員の手記』より抜粋



 近年、ドラゴンは我々共和国人の良きパートナーとして、日常の中に根付いています。ペットとして、家畜として、彼らの存在は我々の生活に彩りを与えてくれます。
 しかし一方で、知能の高い彼らは良い人物・悪い人物を区別する事が出来ます。
 今回は、彼らと関わるうえで決してやってはいけないタブーを三つ紹介します。
 まず一つ目は、『逆鱗に触れない』こと。
 彼らの尻尾には一つだけ逆さに生えた鱗があり、これを逆鱗と呼びます。この逆鱗の下には極めて敏感な感覚器官があるらしく、触れられると凄まじい不快感を与えてしまいます。たとえ長い時を過ごし、深い絆で結ばれた飼い主でも例外ではありません。もしうっかり触ってしまった時は、誠心誠意謝りましょう。誠意が伝われば、仲直り出来るはずです。
 次に二つ目は、『首輪を外さない』こと。
 この首輪は彼らの力を制御する機能があり、特に首輪が外れた大型種は、武装した騎士数十人でも止められません。興味本位でも、決して首輪を外さないように。また、首回りに異常を感じたドラゴンが自ら破壊してしまうケースも考えられます。首に不快感を訴えていたら、最寄りの専門医に診せましょう。
 最後の三つ目は、『捨てる』こと。
 ドラゴンを野に放つ事は、共和国法で厳重に禁じられています。人道に反する行いである事は勿論、強者であるドラゴンが野生に還れば、生態系への大きな影響が懸念されます。
 そして何より最大の理由は、ドラゴンが『賢い』からです。彼らは知能の高さゆえ、『復讐』という概念を持っています。首輪の痕があるドラゴンが人里を襲撃したという例が、過去何件もあります。
最悪のケースは、捨てられたドラゴンたちが群となった場合です。これらのドラゴンに襲撃を受けた場合、被害は国を揺るがす程となります。
 以上、ドラゴンを飼う上でのタブー三つを挙げました。
 とはいえ、ドラゴンへの愛情さえ持ち続ければ、これらのタブーを犯す心配は無いでしょう。
 特に三つ目だけは、間違っても犯さないように。
 捕まれば死罪の可能性もあるどころか、多くの人々の命を危険に晒してしまいます。
 過去にドラゴンの復讐によって、一つの王国が滅びた事もありましたから。

以上、『ある共和国で発行された雑誌の切り抜き』より

#ノート小説部3日執筆 「黒き轍」 お題:バトル 

三叉槍の穂先が、針に糸を通すような正確さでもって鎧の継ぎ目から敵の急所を貫き通す。
そして槍を引き抜きつつ数歩下がって、今度は飛び込んでくる相手の脚を狙って横薙ぎに一閃。
その隙に間合いに入ってきた敵をすかさず石突で牽制して、再度向かってきたところをカウンターで一突き。
大酒飲みで喧嘩っ早いバルドゥールは大雑把な印象を持たれがちだが、実はその戦い方は小柄な体躯を活かした正確無比なヒットアンドアウェイが基本だ。
よって彼は豪放磊落な先陣勢の攻撃を掻い潜ったり、サイドから奇襲を試みたりする連中を確実に仕留めるポジションに配備されることが多い。
今回の行軍でも彼は中段に位置して存分に敵を屠っていた。
此方もなかなかの軍容だが、相手はそれを超える勢いで雲霞のごとく攻め寄ってくる。
先鋒隊がどれだけ轢殺、斬殺、焚殺の限りを尽くして鏖殺せしめんとしていても、敵の数が多ければその分討ち漏らされる数は多くなる。
それすなわちバルドゥールたち中段勢の活躍する機会が増えるということで、騎士と獣を悪魔合体させたような不気味な存在のどす黒い返り血をものともせずに一行は行軍していた。
異形の軍勢が相手でもバルドゥールが属する騎士団は怯まない。むしろ喜々として全員最前線で猛威を振るっている。
とはいえ彼らは一丸となって戦うタイプの部隊ではない。
因縁や強敵の匂いに惹かれるがままにめいめいが戦い、結果として一個の黒嵐となっているだけなのであった。
……と、旗振り長のところへひとりの伝令が駆け寄る。
別行動中の団員から強敵の報せでもあったか、とバルドゥールは槍の柄を握り直したが、どうやら敵は敵でも武力でどうにかできる類いの敵ではなかったらしい。
「総員、金色の蝶に警戒! 森にて交戦中の者より報告あり、燐粉を吸うと古傷に痛みを伴う花を咲かせる蝶が発生しているとのこと!」
報告を受けた旗振り長が大声を上げて部隊に警告を発する。
「対策は?!」
「ない!」
「ねぇのか! 上等だ! 我ら毒をも喰らう黒嵐! 怯むな、駆け抜けろ!」
毒をものともしない騎士長は呵々と笑い飛ばして号令をかける。
そして団員も、威勢良くそれに応じて進撃を続けるのだった。
彼らの進んだ後には、黒き轍だけが残される。
そう称されるに相応しい戦いぶりであった。

#ノート小説部3日執筆 お題【海老天】【バトル】私はいったい何を見せられているのだろうか。(BL/おっさん聖女と騎士がイチャイチャしているだけ)#おっさん聖女の婚約  

「もしかして、これ……初めての喧嘩なのでは?」

 アエトスは殺伐とした雰囲気の中、のんびりとカップを傾ける。アエトスの目の前には、珍しく睨み合った聖女と騎士がいた。
 聖女ラウルは温厚な人物である。そして、その相棒である騎士ジークヴァルトは真面目、冷静沈着といった言葉がとても似合う男である。
 更に、ジークヴァルトは極度の聖女ラウル至上主義者でもあった。ラウルに対して反抗的な態度を取ることは滅多にない。あるとすれば、ラウルが己を犠牲にするような行動を取ろうとした場合くらいである。
 それが、である。料理を目の前にして睨み合っている。

「今日は半分こにしないのかい?」
「今日だけは譲れないんだ」
「ああ……これだけは、譲れない」

 二人とも互いに睨み合ったまま、体の動きを止めている。一瞬でも隙を見せたら死ぬのだとでもいうかのように、じっと耐えている。

 今日のまかないは海老天である。この食べ物は不思議で、もとを辿ればテアテティス国の宗教料理であった。それが、異国へと伝わり、変化し、このような食べ物になったらしい。
 元々の料理とは全然違う姿になっているのが面白い。しかし、それだけだ。このようなやり取りに発展するようなものではない、というのがアエトスの認識であった。

「だって、それ! 俺の為にヴァルトが獲ってきてくれた海老じゃないか。俺が海老天好きだって知っておきながら意地悪するのはずるいと思う」
「俺が獲ったからこそ、だ。まずは大人しく俺に渡すことだ」

 そして唐突に戦い始める。かれこれずっと、こんな状態だ。膠着すると睨み合い、隙を見て天麩羅の取り合い。それが延々と繰り返されている。

 二人はナイフとフォークを双剣のように扱い、天麩羅の乗った皿の上で攻防戦をしていた。
 金属のぶつかる音が室内に響く。剣の扱いに関しては基本的なことしか身についていないアエトスには、彼らの攻防はほとんど見えていない。

 真剣な眼差しで、表情で、なんてくだらないことを。
 この場に三人しかいないからか、マナーなどどこへやら、である。子供が棒切れで騎士ごっこをしているかのようだ。

「この……っ! 聖女様に手加減しろって」
「何としても、俺がこの海老天を得る!」

 これ、いつまで続くんだろう? アエトスは小さなため息を吐いた。唐突に、ぎゃり、と嫌な金属音がした。
 目の据わった騎士が、フォークを使ってラウルのナイフを絡めとるようにして確保している。フォークをソードブレイカーのように使うとは。
 いや、これは罠では? ラウルがひっそりとフォークを握る手に力を込めているのに気づいたアエトスは、次の一手を読む。

 ラウルは
武器(ナイフ)を封じられている状態だが、彼が不利なのかと聞かれれば、そうではない。天麩羅を手に入れるにはフォークを使う必要がある。
 そのフォークを使ってラウルの動きを止めたジークヴァルトの方が、実は不利な状況であった。
 つまり、この一瞬を使ってラウルは攻め込むつもりである。ラウルの動きに気づき、阻止できるかどうか。そこが勝敗の分かれ目になるだろう。

 二人の動きにはついていけないが、戦略ならば分かる。アエトスは固唾を飲んで、その瞬間が訪れるのを待った。

 ラウルのナイフとジークヴァルトのフォークが小さく震えている。力が拮抗しているのだろう。アエトスは、くだらないが高度な戦いを見せられ、興奮を覚えていた。

「いい加減、諦めてくれない?」
「そうはいかない……」

 二人の真剣勝負、彼らの間に火花が散る。と、唐突にラウルが微笑んだ。聖女の笑みに驚きの顔をしてみせる騎士。ラウルは、その隙を見逃すような男ではなかった。
 彼は無言でフォークを天麩羅に向けて突き出した。

「甘いな」

 余裕の笑みを浮かべたのは、ジークヴァルトだった。鋭い音の次に、かちゃんとフォークが床に落ちる音が続く。そして、容赦なく振り下ろされたナイフ。
 海老の天麩羅にジークヴァルトのナイフが突き刺さった。

「なぁ…………っ!?」
「俺はラウルの何だ? 筆頭騎士だ。お前の戦い方を完全に掌握しているに決まっている」

 彼は勝利宣言をしながらナイフを抜き、フォークを刺した。そして、それをラウルの口元へ――

「俺がお前の為に用意した海老だ。食べろ」
「はぁぁぁ!?」

 ラウルの気持ちが痛いほど分かる。アエトスは信じられない気持ちでジークヴァルトを見つめた。ラウルはともかく、ジークヴァルトはこんな男だっただろうか。

「どうせラウルのことだ。手に入れたら半分こするつもりだっただろう?
 俺は、ラウルに丸ごと食べてほしかった。だから、お前にこれを渡すわけにはいかなかった」
「ヴァルト……」

 真剣な顔で、かなり酷いことを言っている。アエトスは口から砂を吐き出したかった。半分こしたくないから、この喧嘩を吹っ掛けたジークヴァルト。珍しく己を出してきた彼を見て、ちょっとした意地悪をしたくなっただけであろうラウル。
 アエトスが知る限り、一番ひどい喧嘩だ。理由がくだらなすぎるし、何よりも自分がこの空間にいることへの違和感が酷い。

「ラウル、食べてくれ」
「きみにそこまでされたら、食べるしかないな……」

 折れたのはラウルだった。彼はへにゃりと笑い、ジークヴァルトのフォークに刺さっている天ぷらを齧る。海老天をじっくりと味わうように咀嚼し飲み込むラウルの姿を、ジークヴァルトはじっと見つめていた。
 どうして、自分はここにいるのだろうか。アエトスは二人だけの世界に入ってしまったように見える聖女と騎士を眺め、気が遠くなった。

「俺のベルン。ありがとう、海老の天麩羅おいしいよ。せっかくだから、一口でも良いから食べてほしいな」
「ぐ……」

 あむ、と更に天麩羅を一口含んだラウルは、小さく笑みを向ける。もちろん、アエトスにではなく、ジークヴァルトに、である。
 いったい、自分はどうしてこんな光景を見せつけられているのだろうか。彼らの勝敗が決まるまでは「二人の喧嘩なんて初めてじゃないか」などと考えていたのに。アエトスはここから立ち去りたい衝動と、動いた途端に認識されてしまった末の居心地の悪さを天秤にかける。

「俺の今の気分、きみにも味わってほしいんだ。駄目か?」
「だ、駄目では……」
「じゃあ、ほら」

 やってられない。アエトスの天秤が一気に傾いた。この光景を見せられ続けるよりも、一瞬の不快感を取ろうではないか。
 覚悟を決めて立ち上がるアエトスであった。

#ノート小説部3日執筆 お題「バトル」「海老天」#小雨降る月の光に踊る白兎 の番外編です(本編はR18創作BL小説です) 

じりじりとお互い、間合いを取りながら睨み合う。
 目を逸らせば一気に間合いを詰められ、目的のものは掻っ攫われてしまうだろう。それだけの緊張感が自分と先輩の間にはあった。
「……先輩。ここは可愛い後輩に譲るっていう気概はないんすか?」
「はっ、お前こそ年上に対して敬うって気持ちはねぇのかよ?」
 睨み合いつつ、そう言外に諦めろの意味を込めて言えば、先輩はその唇の端を吊り上げ挑発するように笑いながらそんな事を言ってくる。
 年上っていってもたった一歳差でしかないし、この業界、年功序列なんて考えは基本的にない。
 あるのは弱肉強食とでもいうべき、力による序列だけだ。
「…………」
 一歩も譲る気配のない先輩に俺は更に三白眼を鋭く細め、これはもう戦うしかない、と腹をくくる。
 しかし、俺はこの先輩に勝てた試しは一度もなかった。
 ……俺に、勝てるのか……?
 そんな不安が胸の中をよぎり、だが、そんな不安は頭を振る事で振り払う。
「……最後の海老天、譲る気がないなら、拳で決着を付けますか?」
「へぇ、つまり俺に譲るってことか」
 俺が勝てないことを決めつけた煽りに、俺は思わず奥歯を噛み締める。
「……俺はあの頃のままじゃないっすよ」
 それでも先輩の言葉にそう虚勢を張り、ニヤリと笑いかけると先輩は喉を低く鳴らして笑う。
 そして着ている仕立ての良いスーツのジャケットとベストを脱ぎソファの背にかけると、更にシャツの袖をまくりしなやかな筋肉がついている腕を出すと俺にファイティングポーズを取って見せた。
 その手加減なしでやる気満々な姿に俺はじっとりと背中に汗を掻きながら、それでも互いの間にあるテーブルを壁際へと寄せる。
 そして立ち回るには十分な空間が出来たことで俺も先輩に向けて構えた瞬間、周りから無責任な野次が飛ぶ。
 その一部はどうやら賭けを始めた様で、店内で鳴り響く音楽に紛れて俺と先輩の名前や金額交渉の声が聞こえてくる。
 だけどその声は無視して、俺は頭の中でどう先輩に先手を取るかのシミュレートをする。
 だが、その計算が終わるより先に動いたのは先輩だった。
 すっと音もなく間合いを詰められる。
 その昔と変わりのない動きにドクリと心臓が一度大きく鼓動し、俺は総毛立つと一気に後ろの飛びのいた。そんな俺にまた半歩間合いを詰めると、先輩の手がグワッと勢いをもって俺へと迫りそれをぎりぎりでかわすと、その指が俺の髪に引っ掛かり数本引き千切る。空中に自身のシルバーアッシュに染めた髪が舞うのを目の隅で確認しながら、俺は体をスッと下げると先輩の足を一気に払った。
 だが、その足払いは半歩下がった先輩の足には届かず、ならば、と体を捻って床に敷き詰められている絨毯に片手を付けると勢いのまま足を跳ね上げ、先輩の顎を狙った。
 それは先輩の顎先をかすめ、その事に先輩が小さく舌打ちをしたのが聞こえニヤリとする。
 そのまま俺は蹴り上げた反動を利用しブリッジの要領で起き上がると、空気を切り裂いて拳をその顔面へと炸裂させた……はずだった。
 だがその拳は寸でのところで先輩の手に阻まれ、そのままぐりっと腕を逆手に捻られる。
「……っ!! いっ……!!」
 捻られた腕は背中に回され、先輩は俺の痛みに呻く声を楽し気な顔をして聞くと、顔を耳元に寄せてきた。
「俺に勝とうなんざ百万年はえーんだよ」
 くつくつと喉を鳴らして笑う先輩を横目で睨みつけ、捻りあげられた腕の痛みに喉奥で小さく唸る。ここから形勢逆転と行きたいところだが……痛みで顔を顰めながらまだ先輩を倒す事を諦められない俺は視線を左右に揺らして使えるものはないかと周りを見る。
 と、自分の足が届きそうなテーブルの上に中途半端に置かれた料理を運ぶための盆を見つけ、ニヤッと笑うと空いている方の腕で一度先輩の腹に肘鉄を食らわせた後、先輩がバランスを崩した隙をついて振り上げた足でその盆を上へと蹴り上げる。そして落ちて来たところをキャッチし、そのまま先輩の頭めがけてそれを振り下ろした。
 ガインッ! と鈍い音が響き、その盆が妙な形でへこんでいるのが見える。
 だが次に見えたのは先輩の腕よりも太い腕で、盆はその腕の形に曲がっているのが分かり背中に冷や汗がぶわっと噴き出した。
「……武器。ダメ」
 そして痛みすら感じてないような顔で俺の手から折れ曲がった盆を取ると、呆れた様な溜息とともにそう端的に叱られる。
「だって……」
 言われた言葉に反論をしようとしたが、今度は先輩の方へとその人は向き直ると、俺の手から盆を奪ったのと同じように先輩の手にあったモップも奪い取りもう一度呆れたように溜息を吐いた。
「二人共、喧嘩ダメ。追加、あげない」
「えええっ!! そんなぁ!」
「ちょっ! 
白兎(しろう)、てめぇのせいだぞ!!」
 折れ曲がった盆とモップを傍に控えていたユウくんに渡すと、男……
砂目縞小雨(さめじまこさめ)さんは山の様に海老天が乗っている大皿を皆が料理をつついているテーブルへと持って行き、俺達が『勝負』をしている間に空となった皿とそれを取り換える。
「って、誰だ最後の海老天食った奴?!」
 さっきまで確かにあった筈の海老天がなくなっていることに先輩が声を上げると、俺達の『勝負』を野次っていた一人がその口から赤い海老天の尻尾を覗かせながら自分は関係ないとでもいう様な顔をしてその尻尾も口の中へと飲み込んでいくのが見えた。
「ちょっとっカナリアさん! 俺の海老天!」
「ばっか! 俺の海老天だわ!」
 思わずそう非難の声を上げると、その言葉に先輩がまた最後の海老天の所有権を主張し俺達はまた睨み合う。
「……やだなぁ、早い物勝ちでしょ?」
 ごくん、と尻尾まで噛み砕いて飲み込んだカナリアさんが俺達に呆れた視線と声を掛け、追加された海老天をまたひょいひょいと自分の取り皿へと移すとそのぷりぷりの大ぶりな海老天に舌鼓を打ち始める。
「ん~~~っ美味しい~~! サメジマ様の料理本当最高!」
「まだある。沢山、食べて」
 店の調理場を借りて店のお休みを利用したホスト同士の親睦会用の料理を一手に賄っているサメジマ様……小雨さんはカナリアさんに褒められて満更でもなかったのか、様々な料理を更に追加で出していて手料理に飢えているキャスト達の終わりなき胃袋を満たしていく。
「小雨さん、俺も海老天食いたい……」
「白兎喧嘩した。ダメ」
 うるうるとした瞳で小雨さんを見上げ、泣き落としを試みようとしたもののそれは見事に失敗し、小雨さんから彩のいい野菜をてんこ盛りにされたサラダを手渡される。ついで先輩にも同じサラダが渡された。
 その事に俺と先輩はまた顔を見合わせ、お互いに渋い顔をしながら仕方なくもそもそと小雨さん手製のドレッシングのかけられているサラダを食べ、皆が舌鼓を打っている大ぶりな海老天を恨めしそうに見る。


 かくして俺と先輩との海老天を巡るバトルは引き分けとなり、この事態を野次っていた他のホストの皆さんの完全勝利となったのであった。
 
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本編は
こちら ※R18創作BL小説です

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