#ノート小説部3日執筆 お題【魔法】魔法少女になれるかな?
魔法少女
私、えみ!小学4年生!「ま法少女♡リカ」っていうテレビが大好きなの!
ふつうのリカが、ちっちゃいマスコットに出会って、てきのアクゴーンとたたかうのはかっこよくてすごい!この前、お母さんにリカのステッキをおねがいしたら、
「絵美。私言ったわよね、そういうのもう卒業しなさいって。お友達できなくなるから」
「でも、ステッキ………」
「ステッキなんか買わないで、ちゃんと勉強して、お友達を作りなさい、良い? お母さんを笑われ者にしないで」
お母さんの言うことはむずかしかった。かってくれないのと、友だちを作るってことしかわからなかった。
友だちはいない。小学一年生の時にリカをまだ見てることを笑われた。ようちえんでいっしょだった子も目をそらして笑ってた。
とかい? でもなくて いなか? でもないので、クラスは2つ。2年になれば、ほとんど同きゅう生と同じクラスになる。
2年は1年より上だから、当たり前みたいに笑われた。リカちゃんや、なりたいま法少女を書いてたのを男子に見られて笑われた。
「かえして」って言ってもかえしてくれなくて、何日か後に書いてたところはマジックで塗りつぶされてて、何も書いてないところには、
げひんなことが書いていた。その時のわたしはよくわからなくて、お母さんに聞いたら、お母さんは真っ赤に怒って学校に行った。
その後、何があったのか知らないけど、男子にからかわれることはなくなった。
小学3年にもなってリカちゃんのテレビを見てたことは、どうやら、他のお母さんも知ってしまったようで、私のお母さんは笑われものになってしまった。
だから、リカちゃんを見てたら、チャンネルを変えるし、リカちゃんのグッズをねだればさっきみたいにおこられる。
お父さんはしごとでめったに見ない。でも、ある日夜にトイレに行こうとしたら、お父さんとお母さんが頭をかかえて何かを見ていた。きっとわたしのことだと思う。リカちゃんを見るのはやめたくないし、からかわれるのはいやだ。かといってお母さんがこわい顔をするのもいやだ。
「あきらめた方がいいのかなぁ」
リカちゃんを好きなことをあきらめて、べんきょうがんばって、まじめにしてたら、お母さんもお父さんも元気になるかなぁ。
1人公園のブランコにのりながら考える。むずかしい。
やっぱりわたしはリカちゃんみたいにまほう使えないのかな。
「やあ、お嬢さん。もう帰る時間じゃないかい?」
たばこ? を吸いながら、髪の毛を金色に染めた、パーカー? 姿のお姉さんがやって来た。
お母さんから言われてる。おかしい人に会ったらすぐににげること。
わたしは、お母さんのいうことを聞きたいけど、お姉さんがすごいおかしい人には見えなかった。
お姉さんは、わたしのとなりのブランコに座った。ちいさいふくろの中にたばこをしまった。
「逃げなくていいの?」
お姉さんはかた足をひざにおき、そこにさらにうでをつけて、聞いてきた。
「お姉さんはわるい人には見えないから」
そう言うとお姉さんは大きな声でアハハと笑って目をこすった。
「そんなこと言ってると、本当に悪い奴に捕まっちゃうよ」
それもそうかもしれない。けど、お姉さんはわるい人とは思いたくない。
「で? こんなところで1人でぼーっとしてるのなんでかな?」
そう聞いてくれるのはお姉さんがやさしいからだと思った。
わたしはなやみを少しずつ話した。お姉さんはたびたびうなづきながら聞いてくれた。
「知ってるかい? お嬢さん。 昔すごい禁止されたものは大人になって後悔してしまうんだ。だから君はリカちゃんを好きなままでいいとお姉さんは思うなあ」
はじめていいよって言われてとてもうれしかった。
「じゃ、じゃあわたし、リカちゃんみたいな、ま法少女にになれる?」
「魔法少女かぁ……う〜ん成れると思うよ」
「本当に!?」
「本当に、本当に」
「ステッキは用意できないけどそれでもいい?」
「うん!」
「マスコットもいないよ?」
「それでもいい!」
お姉さんはブランコから立ち上がると、わたしのところにやってきた。
「魔法少女になるには悪い敵や、妖精さんが見えなきゃだめなんだ。目を瞑って」
お姉さんに従うまま、目をつむる。お姉さんの手が目にかぶせられる。
「じゃあ、お姉さんが魔法をかけてあげるね」
そういうと、お姉さんはじゅもんをつぶやいた。
終わる少し前、お姉さんの指の間から見た、お姉さんの顔はわるいかおをしていた。
「はい、終わりだよ、色々見えるでしょ?」
「うん!」
どろどろのバケモノや金色に光るようせい、まさにリカちゃんが見ている景色と一緒の景色が見れた。
「はいこれ」
お姉さんから、渡されたのは、丸い玉がいくつもついているブレスレット。
「これで殴れば化け物はいなくなるからね」
わたしのステッキはこれなんだ。そう思うとキラキラして綺麗に見えた。
「じゃ、お姉さんは帰るね」
「ありがとう、お姉さん!」
そう言うと、お姉さんは後ろすがたで手をひらひらさせてくれた。
私は、さっそく、どろどろのバケモノにパンチした。
そうするとどろどろのバケモノは消えた。
わたし、本当に魔法少女になっちゃったんだ!
嬉しくて、真っ暗でお母さんに怒られるのも忘れて、てきをパンチしてた。
おなかがぐーっとなってそこでわたしは家に帰らないといけないことを思い出した。
いつもはお母さんがこわかったけど、今はこわくない。
「お母さんただいま!」
「絵美!こんな時間までどこほっつきあるい……絵美?」
「どうしたのお母さん!」
「なんでそんなに血まみれなの」
お母さんのかおは青くなっていた。どうしてだろう?
「てきをたおしてきたんだ!わたし、ま法少女になれたんだよ!」
お母さんはこわがっているようなかおで、わたしを抱きしめた。
「ごめん、ごめんね、絵美。私がしっかりしていたら、こんなことにはならなかったのに」
おかあさんは何を言ってるんだろう? くびをかしげながら、頭がいたいことを思い出す。
そこをこすると真っ赤になった。でも手も真っ赤だからしかたないよね。
リカちゃんみたいに早くなりたいなぁ!
#ノート小説部3日執筆 お題【Tシャツ】 Tシャツ戦争(GL)
「私、Tシャツとか似合わないんだけど」
紗彩(さあや)はそう言って顔をしかめた。明寧(あかね)はそんな彼女も可愛いなと思いながら、事前に考えていた言葉を紡ぐ。
「お揃いのTシャツ着て出かけるの、楽しみにしていたんだけどなぁ。私とさーや、ファッションの方向性が全然違うから、ペアファッションとかしにくいし」
「……それは、そうかもしれないけど」
お揃いの洋服を着る。それは明寧にとってのちょっとした夢だ。可愛い女の子二人組が、ふわふわしたお揃いの姿で歩いているのを見かけると羨ましく思ってしまう。
残念ながら明寧はそういうファッションが似合うような外見をしていないし、そういうファッションが好きなわけでもない。そして、恋人の紗彩はフェミニンな格好を好んでする――本人曰く、それが一番社会的に有利らしい――人間だ。
当然ながら、明寧はフェミニンな格好も似合わない。ただお揃いの洋服を着て外を出歩きたいが為に周囲の目を引く姿をす――他者の視線を悪い意味で集める――るのは、プライド的にも、外聞的にも許せなかった。
「Tシャツなら無難だって思うんだよね。私がさーやのファッションに合わせると浮いちゃうからさ。それに、さーやは髪の毛をアレンジすればTシャツも可愛く着こなせるじゃん」
「うーん……」
まだ渋るか。明寧は思いの外手ごわい紗彩に向け、言葉を重ねていく。
「まずはさ、私たちに似合うTシャツを買いに行こう? デートしようよ、デート。それで、似合うTシャツがあったら買うの。買ったら、次のお出かけでペアファッション。駄目?」
つれない女の子の誘導の仕方は慣れている。明寧は段階を作って抵抗感のないシチュエーションを、イメージのしやすい予定を提案した。
紗彩が渋っているのがペアファッションという部分ではないとはっきりしているからこそできるプレゼンである。だが、彼女がこういった分かりやすい提案を好むという経験則からきている。
その考えを証明するかのように、彼女の表情は最初に提案した時よりも柔らかなものへと変わっている。徐々にそのつもりになってきているのだ。
「……私がTシャツ選べるなら、いいよ」
「やった!」
勝った。明寧は思わずガッツポーズして叫んだ。
「そんなに喜ぶことぉ?」
そう言いながら呆れたような顔をしている紗彩だったが、口角が上がっている。ちょっと素直じゃないところも好きだ。「しかたないなぁ、出かける支度してくるよ」と言いながらデート用の洋服を物色する紗彩の背中を見ながら、明寧はそう思うのだった。
#書類不備です。
#ノート小説部3日執筆 お題【魔法】【Tシャツ】 魔法のような指先とTシャツ(BL)
「浩和(ひろかず)って、本当に器用だな」
口を突いて出た言葉に、浩和が頭を上げた。その顔は穏やかな笑みに縁どられている。祥順(よしゆき)は彼のその笑みに釣られるように口角を上げた。
「唐突にどうしたんだ?」
「洗濯物を畳むのが早いし、綺麗だし、魔法みたいだなって思ってた」
「何を大げさな」
そう言っている間にも、洗濯物が畳まれていく。指先をうまく使っているように見えるが、どういう仕組みかまったく分からない。
動画サイトに「カンタン! スピーディーに畳もう! 収納後も分かりやすい畳み方」みたいなキャッチフレーズの動画がありそうだ。袖をつまんで折って、ゆっくりと畳んでいくスタイルの祥順とは大違いである。
ひょい、ひょい、と素早く畳まれていくのを見るのは小気味いい。ひらひらと洗濯物が踊っているようにも見える。
「コツさえ掴めば誰だってできるさ」
「……そうか?」
「そうそう。料理とかと同じだよ」
料理、と言われて浩和の手捌きを脳内に思い浮かべた祥順は、眉をひそめる。浩和は料理も得意である。技術を身に着ける為にそれなりの努力をしているはずだが、祥順はそういう姿をあまり見ていない。
一緒に暮らすようになった時点で浩和の能力のほとんどが開花済みだったのだから当然だ。元々家事が得意ではなかった祥順にとっては幸運だったが。
彼が進んでやってくれるとはいえ、自分がやらなくて良い理由にはならない。
そして浩和が例えに上げた料理であるが……彼に教わっていながらも、いまだに理想の技術力に到達できていない。
「浩和のその言葉、俺にはコツを掴むまでは習得するのは無理って聞こえる」
「やけに自信のない。ほら、教えてやるからおいで」
浩和が自分の隣の床をとんとん、と示す。祥順は浩和に誘われるがまま、彼の隣に座った。
視線の高さが揃うと浩和の目尻がゆるむ。ああ、好きだな。と祥順は思う。
「祥順は仕組みを理解しないとなかなか身につかないタイプだから、どうしてそうなるのかっていう解説もしながらやっていこう」
「さすがは俺の恋人」
「同僚だし、親友でもあるしね」
ぱちぱちと乾いた拍手を送りながら「さすが! デキる男は違う」と言えば、浩和が笑いながら畳み終わったはずのTシャツを広げ、祥順に渡してきた。
せっかく畳んだのにもったいない、と思いつつも彼の厚意が嬉しい祥順は素直に自分の目の前にそれを置いた。
「では、誰でも身につく簡単な魔法を教えてあげよう。まずは初心者向けのTシャツから――」
おどけながら仰々しく言った浩和が、ずぼら生活歴の長い祥順にTシャツの畳み方を丁寧に説明していくのだった。
#書類不備です。
#ノート小説部3日執筆 魔法のTシャツ
男が死んだ。
そこに女神が現れて言った。
「あなたを勇者として異世界転生させます」
「勇者だって? 俺はただの洗濯屋だが……」
「この世界を支配する魔王を倒すのです。あ、勇者の証としてTシャツを差し上げます」
女神は男に真っ白いTシャツを着せた。
「では、頑張ってくださいね」
飛ばされたところは小さな村だった。
「俺が勇者……」
不思議なこともあると見回せば、酒場前で何やら騒ぎが起こっている。
「どうしたどうした」
「ケンカだよ、ケンカ」
何人かの男がひとりを囲んでいる。不穏な雰囲気だ。
「おい、事情は知らねえが、穏当じゃねえな」
「事情知らねえなら黙ってろよ」
「そういうわけにもいかない」
Tシャツの男が出ていく。アイロンがけで鍛えた腕を見せつける。
男たちは、一瞬、うろたえた。
「何があったんだ」
「俺らのことを『勇者詐欺』だって言いやがった」
「だって飲んで食べといて勇者だからタダにしろっていうのはそうでしょ!」
「女神様からお告げがあった勇者をバカにすんのかあ〜」
「まあ、とりあえず落ち着け。あとメシ代は払え」
「おまえもバカにすんのかあ?」
白い服の男は剣を抜いた。
「むむ」
Tシャツの男は困った。まさか本当に剣を抜くとは思っていなかった。
やはりここは異世界で考え方が違う。うかつなことをしてしまった。
「ええい! 叩っ斬ってやる!」
男の剣がTシャツの男を切り裂いた、はずだった。
そのまま、剣は男ごとTシャツに入ってしまった。
「え?」
Tシャツには男と剣の絵柄が残った。男はもう、何も言わない絵になっていた。
「え?」
「なんだあれ……」
動揺が広がるなか、仲間の魔法使いらしき男が杖を取り出す。
「雷ここにあれ!」
その雷も、落ちた瞬間、Tシャツに触れるなり絵になってしまった。
「こ、これはお告げの勇者様では!?」
「『その者、白き衣を纏う』……ホンモノの勇者様だ!」
盛り上がる人々に、ニセ勇者はバツが悪そうに黙り込む。
「これ、出せないのかな……」
Tシャツの男は絵柄をツンツンつついてみたり、引っ張ってみたり。
いろいろやってみて、最後に裏から手で叩いてみた。
ぽん。
剣と男が飛び出てきて、そこにぴしゃーん! と雷が落ちた。
「ひぎゃあ!!」
「あ、ごめん。魔法も出ちゃうんだな……」
「勇者様!」
「うん、まあ、女神には頼まれたけど……」
「どうか魔王を倒してください!」
「そうだなあ……魔王ってどこにいるんだ?」
魔王がいるとは女神に聞いていた。
この様子だと、魔王によってよっぽど困っているらしい。
「心配には及ばない……」
急に、あたりが暗くなった気がした。地を揺るがすような低い声が響く。
人々が口を閉ざし、逃げていった。
「私は部下に任せるといった油断はしない。直々に殺しに来てやったぞ」
ばさりとマントをひるがえしたのは魔王だった。
「おまえなぞ、ひとひねりにしてくれる」
「う、うん……」
魔王は闇の魔法を繰り出した。それはするりとTシャツに吸い込まれた。
「なに!? 女神の加護か……?」
「たぶんそう」
魔王は大きな槍を握り、突進した。
男はTシャツを広げて待っていた。魔王がぺたりと絵になってTシャツに貼りつく。
「勝った……?」
「勇者様が勝ったぞ!! おおおおおおお!!」
すぐに祝勝会が開かれ、王宮に呼ばれた。
「欲しいものは何かないか?」
「ああ……じゃあ、たっぷりのお湯と石けんを」
この世界では石けんは貴重品らしい。
「それで良いのか?」
「汗のついたTシャツを洗わなければなりません」
男はTシャツを脱いで、ざぶざぶと洗った。
「む?」
受けたはずの闇の魔法がすっきりと消えていく。
「ほう……」
さらに洗うと、魔王の表情が明るくなってきた。
洗い終わった男はTシャツをぽんぽんと裏から叩く。
すると、きれいになった魔王が落ちた。
「ここは……いったい……」
「よう、魔王さん。きれいになったな」
話を聞けば、魔王は古代魔法の研究をしていたところ、魔法の力に飲まれてしまったのだという。
「女神様は寛大なかたで、魔王であっても我が愛し子だと助けてくださいました」
「なるほど……」
「どうか、勇者様の力にならせてください」
「うん、それはいいが……」
「が?」
「ズボンとパンツも洗ってからだ。そのマントもアイロンかけたいな」
#ノート小説部3日執筆 にゃんぷっぷーに魔法をかけられる?飼い主の話です
※ https://misskey.io/clips/9u02fdzcl34s05j4 に置いてあるこれまでのノート小説を踏まえないとわからないかもしれません、すみません
にゃんぷっぷーが、魔女みたいな三角帽子と星のついたステッキを持って言った。
「オタくんに魔法をかけるにゃ」
「どんな魔法?」
「にゃぷとずっと一緒にいられる魔法!」
にゃんぷっぷーはステッキを降った。ステッキから出た不思議な煌めきが俺に降りかかる。
「お、やったー!」
「あとは、オタくんがずっと幸せでいられる魔法!」
再び、ステッキからの煌めきが俺に降りかかる。
「いえーい!」
「あとなんか、かけてほしい魔法あるにゃ?」
にゃんぷっぷーは首を傾げた。そうだねえ、叶ってほしい願いねえ……。
「えっとその……今、俺、咲さんと結婚前提で付き合ってるだろ?」
「結婚できる魔法がいいにゃ?」
「いや、そうじゃなくて」
俺は首を横に振った。
「あの、俺、咲さんと結婚できるなら、咲さんの苗字にしてもらえないかと思ってるんだよ」
父親は俺を跡継ぎ候補に諦めてない。俺が父親の苗字を捨てたら、父親は驚くと思うし、考え直すかもしれない。
「そうだったのにゃ?」
「うん。その、俺、父親の跡継ぎたくないから、結婚して奥さん側の苗字になったら父親も何か考え直すかもと思ってさ……でも、父親に激怒される可能性もあるかもって……」
「じゃあ、お父さんに怒られない魔法にするにゃ?」
「うーん……どっちかって言うと、父親の非難が咲さんとか咲さんの家族に向かないようにしてほしい」
「怒られてもいいのにゃ?」
「怒られるのは、俺が我慢すればいいからさ。咲さん側に被害がいくほうが、俺は怖い」
俺はにゃんぷっぷーに笑いかけた。
「じゃ、オタくんのお父さんが咲さんと咲さんの家族にひどいことしない魔法、にゃ!」
にゃんぷっぷーのステッキの煌めきが俺に降りかかり……そして俺は、ベッドの上で目覚めた。
ベッドサイドテーブルでは、にゃんぷっぷーがおくるみにくるまってすやすや寝ている。何だ、夢か……。
窓の外は明るく、もう起きてもいい時間だった。起きて、朝ごはんのNosh温めて、にゃんぷっぷーを起こすか。
朝ごはんをレンチンしながら、さっきの夢を思い出す。にゃんぷっぷーといっしょにいること、幸せに暮らすこと、どれも俺の願いだ。でも、俺、父親に怒られないことと咲さんに被害が加わらないことだったら、咲さんに被害が加わらない方を選ぶんだな。さっきの夢見なかったら、気付けなかったな。
世の中に都合のいい魔法はない。でも、「どんな魔法がいい?」という問いかけは、自分を知るのに役立つのかもしれない。
#ノート小説部3日執筆 お題【魔法】 おっさん聖女の特別な魔法(ふんわりBL風味)
「俺なんか、ただ力が強いだけなんだけどね」
彼はそう言って笑っていた。
聖女ラウルは不思議な方だ。聖女の筆頭騎士をしている俺が言うのだから間違いない。
彼は、やることなすこと「やれたからやった」というスタンスを崩さない。決して「やってやった」だとかそういった驕った発言はしない。
できる能力があるからしたのだと言うし、本当にそれ以上でもそれ以下でもないといった態度で、彼の発言が心の底からのものであるのは疑いようがない。
ラウル――ありがたいことに相棒なのだから、と呼び捨てを許された――とは、魔界の扉を封印する為に命を預け合っている仲だ。彼は聖女の癖に、騎士と同じように動く。神聖魔法を使って騎士を補助し、騎士の傷を癒すことを中心的に行うはずの聖女が、最前線で剣を持って戦っているのだ。
これは、そんな崇高な聖女の言葉ひとつで全てが変わった騎士の話だ。
聖女ラウルは元々騎士としても普通に強かった。聖女として頭角を現すまで、俺は彼のことをいち騎士だと思っていたくらいだ。
戦場で遭遇した時、要素などひとつもないにも関わらず、俺は美しいと思った。
魔獣の血をかぶり、周囲の負傷者を神聖魔法で癒し続け、ひたすら剣を振るう。雄々しく、そして神々しい光を纏い、ただ真っ直ぐに魔獣へと立ち向かっていく姿。
それはまさに伝説の聖女の姿そのものだった。
彼が思う存分に戦えるよう、俺はう動い。すると、俺にきっか気づいこ彼かがか声がかる。
「悪い。そこの騎士殿、ちょっとデカいの使うから時間稼ぎしてくれる?」
「任せろ」
彼に命じられるまま、俺は淡々と襲い掛かってくる魔獣を切り伏せる。玲瓏とした、それでいてまろやかな声が俺の耳に届く。彼の神聖魔法の詠唱は、ただ聞いているだけでも自分が浄化されていくような気がしてくる。
ずっと聞いていたくなるようなそれを聞きながら、俺は彼を守り続けた――
そんな初遭遇を経て、いつの間にか彼の筆頭騎士になっていた。筆頭騎士にはなりたいと思っていた。
聖女という存在を支えられるただ一人の人間になる、ということにこだわりはあったが、それ以上に彼の手助けをする大義名分が得られたことに、ほっとしていた。
最初の頃は、聖女の筆頭騎士になりたかった。だが、彼と行動を共にする時間が増えれば増えるほど、彼の騎士になりたいという気持ちに変わっていったのだ。
それは自分の中でも不思議な感覚だった。
そんな中、俺に変なあだ名がつけられた。
「ヴァルト」
「なんだ」
「きみさ、熊さんみたいだよな」
「……藪から棒に、一体どういう意味だ」
唐突に話しかけてきたと思えば、変なことを言ってくる。俺は何が言いたいのか全く分からず、剣の手入れをする手を止めて彼を見上げた。
「きみは、俺のベルンってこと」
「……は?」
ベルン。それは、神聖魔法でも使われる神々の言葉で「熊」を表す言葉のひとつだ。神聖語では、語尾を「N」にすることで愛称化することがあると聞いた。つまり、ベルンとは「熊さん」ということだ。
もしかしたら「熊ちゃん」だとか「熊くん」だったりするかもしれないが。
熊、と呼ばれるのは分からなくもないが、俺は愛称がつけられるような可愛い存在ではないという自覚がある。むさ苦しい部類に入る外見をしているし、身長もある。
分かりやすく表現するならば、ラウルとは頭一つほど違う。ラウルは男性の標準身長よりも少し高いといったところだから、俺がどれほど大きいのか、簡単に想像できるだろう。つまり、可愛らしい愛称をつけるにふさわしい存在ではないのだ。
にも関わらず、彼はそれ以降、時々「俺のベルン」と呼んでくる。その呼び方をしてくるタイミングはまちまちで、どのような法則でそう呼びたいと思うのか、俺にはまったく理解できそうになかった。
「あー、また何か考えてる」
「……別に」
いつもラウルは楽しそうだ。つまらないことなど、この世界に存在していないとでもいうかのようだ。魔界の扉を封印するまで長らく続く、果てのない戦いに明け暮れているのに、彼は戦っている時以外はのほほんとしていた。
「……意外ときみ、悩みが尽きない男だね。俺のベルンは何を考えているんだか」
「大したことではない」
ラウルのことを考えていた、などと本人に向けて正直に言えるわけもなく、ひたすら誤魔化すしかない。
「……バディである俺に、隠し事?」
至近距離まで顔を近づけてまで問いかけてくる男に、俺はぎゅっと目を閉じて抗議する。目を閉じれば彼のすべてを見透かすような視線から逃げられる。そう思ったが、目を閉じると今度は彼の息遣いを感じるようになった。
だいぶ近い。俺はじっと息をひそめ、彼がかたくなな俺の様子を見てそっと離れていくのを待つ。
――が、離れていく気配がない。
「俺のベルン。相棒には正直でいよう?」
「――ラウルの、ことを……考えていた」
「ふぅん? 俺のこと、考えてくれてありがとう」
彼の言葉は魔法みたいだ。俺はそんな子供じみた感想を抱く。魔力なんか込められていないのに、神聖魔法でもないのに、従うしかない気持ちになる。ついに耐えられなくなって吐き出した告白だったが、彼は特に気にする風でもなしに聞き流す。
からかわれるよりはましだ。だが、こうさらっと流されると今までかたくなな態度を取っていたのが馬鹿らしくなってくる。
「……嫌ではないのか?」
つい、聞いてしまった。口にしてから後悔するが、目を開けば優しげに微笑んでいるラウルの姿が視界に入ってくる。
「いいや。むしろ嬉しいぞ。俺もきみのことを考えているから」
「どういう意味――」
「相棒がどんなことを考え、どう行動するか。それが予測できるようになれば、戦場でもうまくやれるようになる。俺ときみが、一心同体で動けるようになればなるほど、みんなの命が助かるし、魔界の扉を封印する日も近づくんだ」
ハッとした。のほほんとしているせいで忘れそうになっていたが、彼は聖女なのだ。聖女らしからぬ言動をしてくることも多いが、彼は誰よりも聖女なのだ。
「俺のベルン」
特別な男が、唯一の愛称で俺を呼ぶ。後に続いたそれは本当に魔法の呪文だった。さっき感じたそれとは比較しようもない、強烈な言葉。
「きみのおかげで、俺は聖女としてやっていける。きみがいなければ、俺は聖女として戦えない」
ああ、俺は聖女ラウルの為に生きている。俺は、聖女ラウルという存在から離れられない魔法をかけられてしまった。
「俺の命は、お前と共にある。自由に使ってくれ」
俺はその場で跪き、剣を捧げた。
「やだな、そんな大げさなの。もう少し軽い感じで頼むよ」
ラウルの照れくさそうな声が降ってくる。
いつの日か、魔界の扉の封印が成功したあとも、ずっとその魔法がかけられたままになるとは、俺すら想像していなかった。
#おっさん聖女 #おっさん聖女の婚約
#ノート小説部3日執筆 「宇宙怪談:ターボババアならぬ……」 お題:ホラー
これはまだ火星が有人惑星として開拓される前、特殊な訓練を積んだ者たちのみが命がけで宇宙を駆けていた頃のことである。
一機の有人探査船が、調査のため火星に向かっていた。
今のところ旅路は順調そのもので、乗組員たちは母国から与えられたミッションをこなしつつ、時には他愛もない会話で閉鎖環境のストレスを和らげていた。
ちなみに今日のトークテーマは「怪談」である。
怪談というと日本のお家芸、日本人クルーの一人勝ちでは?と思う向きもあるかもしれないが、海外にもその手の話は案外多く転がっているのだった。
アメリカ人クルーは「ブラッディ・メアリー」なる、トイレで特定の手順を踏むと鏡の中に現れる血塗れの女性の話を得意げに語ったし、イギリス人クルーは「エヴェレストの幽霊」なる、エヴェレスト山頂付近で倒れそうになった登山家を幽霊が登頂直前まで励まして助けてくれた、しかもその幽霊の正体はかつてエヴェレストで遭難し行方不明になった登山家だったという、怪談ながら心温まる話を披露した。
そして次は日本人クルーの番であったが、生憎彼はそういう非科学的な話を不得手とするタイプで、いざ話せと言われてもなかなかネタが思い浮かばない。しかも「じっとり怖いジャパニーズホラー」を暗に期待されているとあってはなおさらである。
日本人クルーは必死に幼少期の記憶を探った。
何なら宇宙飛行士になる時のテストの時より脳をフル回転させたかもしれない。
そうしてようやく絞り出したのが「ターボババア」の話であった。
高速道路を車で走行中にババアが並走してくる、ただそれだけの話である。
もちろん何らかのオチを期待していた仲間たちには「それだけかい?!」と不評であった。
いや、世界最速と謳われるスプリンターでさえ瞬間的に時速45km出すのががせいぜいだというのに、時速100km近くで長時間並走してくるババアがいるというのはなかなか怖いと思うのだが、そのあたりの機微は地味過ぎて仲間たちには伝わらなかったらしい。
しかし彼らは間もなく身を以てその恐ろしさを知ることになる。
船外をモニタリングしていたクルーから「何者かが探査船と並走している」と報告が上がったのである。
誰もが初めは隕石やスペースデブリの類かと思い、それの軌道計算や探査船の航路修正などを行おうとしたが、その並走する物体は探査船からつかず離れずの距離を絶妙に保っており、しかも何らかの生物を想起させる顔がついていたのだった。
「ターボババアだ……!」
怪談に興じていたうちのひとりが悲鳴じみた声を上げる。
モニタの画像があまり鮮明ではなかったので、本当にババアなのかはわからないが、言われてみればフードを被った小柄なババアのように見えなくもない。
「おい、ここ宇宙だぞ?! ターボババアってのは宇宙にもいるってのか?!! アンビリーバブル!」
「いや落ち着け、ターボババアがたとえ実在し、宇宙でも非現実的な速度で移動するのだとしても、俺たちの任務には何ら影響はない。ただ並走してくるだけだからな。ていうかそもそも外のアレは本当にババアなのか……?」
ターボババアの話をしたクルーはモニタを凝視する。
亜光速移動する探査船に追従するそれはコートらしきものを纏って、それを時々脱ぎ捨てながら同じく亜光速移動しているように見えた。
コートの下には同じ色のコートが着込まれており、まるで無限に剥ける玉ねぎの皮のようである。
まもなく火星の大気圏に突入するが、宇宙版ターボババア(仮称)も軌道を変える素振りを見せないことから、目的地は同じく火星なのだと思われた。
そして大気圏に突入する直前、一瞬ターボババア(仮称)の顔が鮮明に映ったのを日本人クルーは見逃さなかった。
まん丸い瞳、w型の口、そしてピンと立つ2対のヒゲ。
それをみた瞬間、彼は叫んでいた。
「違う、ターボババアじゃない! あれはにゃんぷっぷーだ!!」
その言葉に一同は騒然とする。
「にゃんぷっぷーだって?!」
「にゃんぷっぷーって宇宙にもいるのか?!」
「じゃあアレはターボババアならぬターボにゃんぷっぷーってコトか?!!」
にゃんぷっぷーは地球でも親しまれている黄色い猫のような生物だが、その生態にはまだ謎が多い。
謎の生物なのだから、宇宙を単独飛行していても一応おかしくはない。纏っているコートが断熱材の役割を果たしていて、亜光速移動の熱に耐えきれなくなったものを適宜脱ぎ捨てているのだとすれば、着ているコートの枚数さえ気にしなければ理屈的にも納得がいく。
実際、大気圏突入と同時にそれが脱ぎ捨てるコートの枚数は格段に増えたので、コートを使い捨ての外殻としている可能性は限りなく高まった。
「アイツ、大気圏突入に耐えるのか?!」
それはそれで別の意味で恐ろしい気がするのだが、スペースマン的には興味の方が上回ってしまうのは致し方ない。
かくて探査船とターボババア改めターボにゃんぷっぷー(仮称)は同時に火星に着陸した。
人類にとってはこれが初めての火星着陸であった。
そして彼らがこの赤い大地で目にしたものは──
コートともおくるみともつかない布をまとったにゃんぷっぷーの群れだったという。
火星固有種blobcatcomfy、後に「こんふぃ」の愛称で知られることになる彼らが協力してくれたことにより、人間の火星開拓は想定より早く進むことになったのだった。
どっとはらい。
……これ、ホンマにホラーでええのんか……?
遅刻申し訳ありません! ※パワハラ描写あり【#ノート小説部3日執筆 】『一生勉強、すべてが師匠、人生のすべては学びです!』お題:ホラー
人生のすべては学びなのだ。
「俺、何度も言ったよねぇ」
上司の黄色川さんが、年齢の割に豊かな髪をなでしつけながら言う。その手には、今朝提出したばかりの見積書。
「だぁらさ、こことここにさぁ、スペース入れろって言ったんじゃん。お客様、数字、間違えちゃうだろぉ?」
「はいっ、申し訳ありません」
謝りながら、僕は手元のメモにペンを走らせる。
《俺、何度も言ったよね》 《間違えちゃうだろぉ》《「ぉ?」はやや右肩上がり。》
「ねえ、白田ちゃん、聞いてるぅ?」
黄色川さんが、僕の目をのぞきこんでくる。
僕はメモ帳に書き加えた。
《目をのぞきこんで、圧》
***
「何をやらせてもお前は本当にダメダメダメダメダメ、生まれる前からやり直せ」。そう黄色川さんから毎日言われて、自分を変えたくて読んだ自己啓発書。そこにはこう書かれていた。
「すべてのことに、意味を見出しましょう」
なんでも、清掃員に、「この仕事は運動にもなって自分の健康にも役に立つ」と考えることをすすめたところ、清掃の効率も上がり、健康診断の結果もよくなったとかなんとか。
そうか、すべてのことには意味が、学びがあるのだ。黄色川さんが毎日僕を怒鳴る。これは、学びではないのか? 僕はその日から、黄色川さんのやり方をメモするようになった。
***
今日も残業。黄色川さんから指摘された書式に気を付けながら書類を修正し、数字をイヤになるほどチェックして、終電にギリギリ飛び乗る。
帰りのコンビニでは、プロテインバーとサラダチキンとブロッコリーのサラダを買う。低脂肪高蛋白質の食事を済ませたら、眠気で意識が朦朧とする中、筋トレをする。半年続けて、今は腹筋・背筋・腕立て伏せ各70回を2セットできるようになった。
やっぱり自分を変える方法を探してさまよっていたSNSに、「筋トレはすべてを救う」と書いてあったのだ。「筋力をつけて、ムカつくあいつを仕留められると思えば、乗り切れるもの」。うん、たしかに黄色川さんはひどいときがある。僕はこれも試してみることにした。
体は睡眠を欲しているけれど、一日の最後に、僕はバットを手に取り、フルスイングを繰り返す。頭の中でイメージする。このバットを黄色川さんの頭に叩き込むところ。
これは、漫画から得た学びだ。終電を逃して入った漫画喫茶。黄色川さんの罵声が頭の中でこだまして眠れないままに読んだ『闇金ウシジマくん』の主人公は、「人の頭をめがけ、迷いなく金属バットをフルスイングできる」人間とあった。これだ! と思った。
筋トレをいくらやっても、いざというときに使えなければ意味がない。心も鍛えなければ。僕はイメージの中で、黄色川さんの頭に向け、迷いなくバットをフルスイングする。何度も、何度も。さすがに睡眠不足がたたったのか、足がふらついて、その瞬間、バットがペンダントライトを直撃、ガラスの破片が飛び散った。なんだかきれいだ。こんなことはしょっちゅうあって、テレビの画面にはひびが入って、座卓の合板は凹んで亀裂が走っている。あんまり物が壊れても困るから、部屋のものはほとんど捨ててしまった。
今日もルーティンを終えて、気分がいい。ベッドに散らばったガラスの破片を床に払い落して、あっという間に眠りに落ちる。以前は、疲れていても朝までよく眠れなかったのに。やはり学びはいいものだ。
朝、ゲロを吐くほどに眠いけれど、ベッドから這い出す。あわてて洗面所で顔を洗い、スーツを着ようと部屋に戻って気がつく。床に血がついている。足の裏を見ると、案の定、ざっくりと切れていた。そういえば、ガラスの破片が散らばったままだったことを思い出す。めんどうくさいが風呂場に戻って足を水で流す。包帯なんてないし、時間もないのでシーツを裂き、床に腰を下ろして足に適当に巻こうとした。そのとき、尻で何かを踏んだ。それは、ICレコーダーだった。僕がポケットに、かつて忍ばせていたもの。
***
「これ、パワハラじゃないですかね」
あの日、人事の担当者を会議室に呼び出して、震える手で、再生ボタンを押した。
「……お前は本当にダメ、生まれる前からダメなんじゃねえの?……」
聞くだけで、脇から汗が流れる。動悸がする。ひと通り録音を聞いたあと、担当者は言った。
「これねえ……白田さんにだって原因があるんじゃないですか」
その日から、僕はICレコーダーを持ち歩くのをやめた。黄色川さんは何か感じたのか、「嫌なら辞めりゃいいよ。でも、お前さあ、ここ辞めていくとこあんの?」と言った。
たしかにそうだ。就職活動だって苦労した。だったら、自分を変えるしかないのでは。その日から、僕の学びがはじまった――。
***
結局、その週は、足の裏がじくじく痛んで、いつもより黄色川さんに怒鳴られた。靴の中が血で濡れて、すごく気持ち悪かった。
ようやくやってきた週末も、僕は忙しい。スマートフォンで、Facebookアプリを開く。「ケンザブロウ キイロガワ」からの新着メッセージあり。僕が使っているアカウントは、Alicia.Nguyen。
「今週も部下に足を引っ張られて大変だったよ~。アリシアちゃんとのやり取りが癒やし」「アリシアちゃん、いつ日本来るの? いいとこ連れてくから、連絡ちょうだいよ」
Alicia.Nguyenはシンガポールの金融機関で忙しく働く、日本に興味があるセレブ女性という設定だ。そのへんの詐欺との違いを見せつけるため、設定に忠実に、メッセージのやり取りは週末が主だ。
僕は「お疲れ様でした♡今週末は何するですか?」と返信する。「今週は娘とデートだよー。近所のショッピングモール」。近所のショッピングモール……レインボー・モールかな……僕は予測しながらスマホのフリック入力を続ける。
こうすることで、会社にいるときだけではなく、休日も黄色川さんの行動を把握することができる。
これは僕自身、Facebookであわや騙されそうになったことから得た学びだ。突然、メッセージをよこした自称・香港人のセレブな女の子に「上司にあんなこと言われてこんなこと言われて」と毎日愚痴っていたら、最初は慰めてくれていたのに、「日本にいる妹に会うためにお金いるです」とか言い出しやがった。クソが!
僕の学びは終わらない。黄色川さんのやり方のメモ、筋トレとバットのフルスイング、Facebookで得た情報。これらをどう結び付けたらいいんだろう。わからないなら、動くしかない。最近は終業後、黄色川さんをつけるようにしている。仕事を持ち帰ることになるわ、睡眠時間はますます削られるわだけれど、たっぷり情報が得られる。
尾行中は、ときどきデジカメで黄色川さんの姿を撮って、コンビニでプリントアウトする。模造紙に描いた黄色川さんマップに、その写真を貼っていく。照明がチラつく。そういえば、この前から調子が悪い。なんでだっけ。しょうがないので、僕はスマホのライトで壁面を照らして、地図を見る。黄色川さん、黄色川さん、黄色川さん。学んでいけば、きっと答えがあるはず。そうだ、備えあれば憂いなし、だ。僕は結束バンドとガムテープをビジネスバッグに入れた。
遅刻申し訳ありません! #ノート小説部3日執筆 お題:ホラー
人外要素・倫理観の欠如した発言を含みます。
ホラー要素薄めです。
#ノート小説部3日執筆 ポップコーンが食べたいのじゃね……/お題「ホラー」
画面の向こうでは、重苦しい空気感の中、静寂が広がっていた。
ドキュメンタリー風の映像の中、暗い廊下を主人公が恐る恐る歩いていく。
その緊張感につられるようにポップコーンに手が伸びて、
指先にそっと油分の含んだ柔らかい感触が振れる。
薄い白色のポップコーンがふんわりとした感触で手に載っている。
塩味だけの簡素なポップコーンを一口。
口に頬り込んだ瞬間。
歯で押しつぶされたサクりという軽い感触が口の中で、小さく響いた。
咀嚼すれば、口のおなかで、ほろほろと崩れ――
どこかで味わった香ばしい味わいが舌に残った。
そうだ――コーンフレークの味かも。
まぁ、どっちもコーンなんだから、そう感じても仕方ない――
どちらにせよ、即座に広がるシンプルな塩味が心地よいもの。
映画の空気感を邪魔しない名脇役。
それにしても真っ昼間から、わざと部屋にカーテンを掛けて、
アマプラでホラー映画を見ていると、なぜポップコーンが進むのだろう。
少し薄暗いだけの部屋で、ソファに深く腰掛けたまま、
パーティ開けした袋を、隣に座った彼と分け合う。
ありきたりな風景であるが――
不意に自分が、変なことをしているような気分になってきた。
物思いにふけっていると、目の前で犠牲者が出た。
鮮血が首元から飛び散り、思った以上にひどい有様となる。
こりゃ助からないだろう――
そんな光景を見ながら、私の手は無意識のうちに
キャラメル味のポップコーンを掴んでいた。
濃いキャラメル色がついたポップコーンだ。
その存在感からしてもう一口食べたくなる誘惑を放っている。
不思議なことに、恐怖や嫌悪感よりも、食欲が勝っている。
なぜなのか――
私は目の前で繰り広げられる壮絶な鉄火場を遠目にみながら一口。
キャラメル味のポップコーンを咀嚼した。
歯に軽く引っかかる抵抗感。
噛み締めるごとにカリカリとした味わいが、柔らかく蕩ける。
そして、口いっぱいに広がるカラメルの甘さ。
焦がした砂糖の香ばしい、まろやかなキャラメル味が、塩味と交わる。
少なくとも、似たようなスイーツを私は知らない。
カリカリ、サクサクと、単純な美味しさから手が止まらなくなる。
必死に逃げる主人公を横目に、食事が止まらないのはなぜだろう。
スプラッターな光景を見ると、人間普通は食事の手が止まるはずである。
例えば、今、ゾンビにかみつかれた警察官という職業の人間は、酷い仏を見てしまうと、肉が口に通らなくなることが日常的に起こりうるらしい。
じゃあ今の私は何だ。
まるで、ゾンビのようにポップコーンを齧っている私は――
もしや、怖さという感情をポップコーンの美味しさで打ち消しているのだろうか。
あるいは、目の前で起きる惨劇にむしろ心を躍らせているというのか。
私は、バター醤油味のポップコーンを口に運びながら自分の中で、納得を探す。
口に入れた瞬間、舌がバターのリッチなコクと醤油の塩辛さの深さに喜んで止まらなくなる。
咀嚼するたびに、“ああ、これが旨味ってこと”かって――
心で理解しちゃう、ちょっと憎い気分も悪くない。
しばらくして、映画の残酷なシーンが息をつき、静寂が戻る。
画面が薄暗闇になる中、私はやっぱりキャラメル味のポップコーンを手に取り――
彼の口元に差し出すと、柔和な彼がすっと笑顔を浮かべ
私の手元に振れるように、ポップコーンを口に運んだ。
「どうして、ホラー映画を見てても、物が食べたくなるんだろ」
「ん……食べれない人、意外といるみたいだよ?」
なにそれ、私が食い意地を張っているだけだというのか――
映画のエンドロールが流れ始めても、部屋はまだくらいまま。
現実世界と地続きな映画体験は、むしろハードルが低くなっていい。
しかし、口の中に残る塩味と甘味。
そして、手に残るわずかな油の感触。
ポップコーンは、まだ残っている。
彼と顔を見合わせ、小さく微笑む。
「怖かったね」と彼が呟く。
私は頷きながらも、もう次に何の映画を見るかを考えている。
ちょっと非日常的な日常の話。
#ノート小説部3日執筆 お題:ホラー『本棚の隙間』
図書館の棚を一つ制覇してやろうと思ったのは、夏休みの初日であった。
夏休みの自由研究にすると父や母には話したが、単純に端から端までを読んでみるというのがやってみたかっただけだ。研究としては、読書の早さが鍛えられたとか、どういう本が多かったとか適当にまとめておけば悪い顔はされないだろう。
街の図書館は二階建てで、図書館というより学校の延長のような見た目をしていた。エアコンの効きが悪く、自習目当ての生徒はあまり寄り付かない。代わりに、常々雑誌のコーナーが年配の方々で賑わっていた。
制覇しようと思った本棚は、二階の西側にある。私が両手を広げるとすっぽり抱えられそうな本棚には、物語がぎっしり詰まっていた。真新しい本もあれば、これが館外に持ち出されたことがあるのだろうかと不思議に思う本もある。
本棚の一番下には、背表紙から文字が掠れてしまった分厚い本があった。本棚のふちから飛び出した部分は埃が被っていて、ここしばらく誰もその本を開いていないのは明らかだった。
開いて確かめれば何の本かわかるだろうが、何となくそうすることができない。それなら、この棚を全部読んでからであれば開いてもいいんじゃないか、と理由づけた。
そう、この棚の本を全部読むのだから、いつかはあの本を開くことになるのだ。
一番上の端から本を抜いて、近くのソファー席に腰を下ろす。これを何度も何度も繰り返していけば、いずれあの本にたどり着く。閉館間際まで本のページを捲る日々がしばらく続いた。
本を読むというのは自分が思うよりずっと時間が必要で、気付けば夏休みも残り一週間になっていた。本棚の進捗はといえば、残り一段と半分ある。しかし、今開いたばかりの分厚い本は古い言葉で書かれているせいか意味を読み取るのが難しく、なかなかページを捲る手が進まない。
このままでは、本棚の最後までたどり着けそうにない。
――ここまで頑張ったんだし、あの本だけ先に見てもいいんじゃないか。
そんな気持ちでいつも通り本棚の前に立ったとき、違和感を覚えた。
今まで、この本棚の近くに人がいたことはない。ここらの本に用事がある人はあまりいないのだろう。だからか、本棚は私が最後に本を戻したときのままだった。それが、何となく昨日と並びが違う気がする。
本がなくなっている。
最後に読むはずだった、あの本が本棚にないのだ。
気付いた瞬間、サッと背中が冷たくなる。この本棚のことを知ってるのは私だけであるような気がしていたから、驚きのほうが勝っていた。
本がなくなってすっぽりと開いた空白に唖然として、そういえばあの本の題名も知らないことを思い出す。これでは、あの本が読みたいのだけどと司書に相談することもできない。
諦めきれず、私は本棚の下の方を覗き込んだ。もしかしたら何かヒントになるような痕跡が残っているかもしれない。例えば破れたページとか、剥がれ落ちたタイトルとか。
いや、本当はわかっていた。図書館が管理している本に、そんなことがあるわけがない。それでも、ただ諦めるのは惜しかったのだ。
本棚の前にしゃがみ込み、すっぽりと開いた空間を覗く。
そのとき、誰かと目が合った。
「えっ」
小さく声を漏らすと、本棚の奥にある戸板がぴしゃんと閉じた。まるで、本棚の向こう側に何かがあるかのように。
驚いて身動きが取れずにいると、ぞわぞわと足元から恐怖がやってきた。
この本棚の向こうに空間なんてあるわけがない。本棚たちは壁にぴったりと沿って並んでいるのだ。本棚の前から一歩後ずさる。
見間違いじゃないか、と思った。例えば悪戯防止のために鏡が貼ってあって、私の目が反射しただけとか。でも、それだと戸棚の音の説明がつかない。
身動きが取れずにいると、足元からゴトン、と音がした。同時に、本棚がぐらりと揺れる。
何かが。
何かが、あの隙間から出てこようとしている。
瞬間、何故か体が動いた。近くの棚にあった本を隙間に適当に詰め込んで、その場から逃げるように駆け出していた。
本棚に背を向けた一瞬、誰かが私の背中でくすりと笑った。
あれは聞き間違いではなかった。絶対に、私のすぐ後ろに誰かがいたのだと確信している。けれど、ここには誰もいない。誰ともすれ違わなかったし、ここに誰も入ってこなかった。
振り返って、誰かが居たら。
想像でもぞっとして、振り返らずに図書館を出た。
結局、私は手早くできる自由研究をまとめて、適当に提出した。出来事を書いてもよかったが、隙間にまたあの目が現れたら、隙間から何かが出てこようとしたらと思うと怖くて書けなかったのだ。
図書館には、もう近寄らないつもりだ。もちろん、家の本棚も隙間なく本が詰めた。
まさかこの出来事がきっかけで本を積むようになるとは、自分でも思わなかった。
#ノート小説部3日執筆 お題:ホラー 幽霊ってほんとにいるのかな
#創作_アザレア の小ネタです。
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怖い話というものは意外なほど人の耳目を集めるものだ。
特にこんな郊外の、大きくて豪奢で使用人がたくさんいて、かつ娯楽の少ないお屋敷においては。
昼間は目が回るほど忙しく働く邸宅のメイドたちが、眠る前のわずかな自由時間に、格安の茶葉で抽出したお茶と余りの菓子を持ち合って他愛もない話をするだけの息抜きの集まりに呼ばれ、おのおのが新しく仕入れた事実とも噂ともつかない恐ろしい出来事の話をしはじめるのを右の耳から左の耳へと聞き流しながら、アザレアはあくびをかみ殺して椅子に座っていた。普段からなんとなく中身のないおしゃべりというものに食指が動かないのもあって、今も膝を抱いて興味のなさに若干居心地の悪さを感じている。その隣で、アザレアを誘い出した張本人であるところのメイベルは、鳥が囀るようにいつまでも続く会話に興味深そうに相槌を打ちながら、おどろおどろしい彼女らの演出に楽しげに震えていた。
いい加減明日の仕事に差し支える時刻に差し掛かったころ、誰ともなくお開きの目くばせをしあったので、ふたりはおやすみなさいと声を掛け合うと、同僚の部屋を出て自室へと向かった。
「うう……ねむい……」すっかり眠気に負けかけていたアザレアは思わずうめいた。はやく部屋に戻ってふかふかのベッドに寝ころびたいという欲求がかろうじて体を突き動かしている。
「ねえねえアザレア、さっきの話面白かった?」
一方のメイベルは、面白おかしな話を聞いてまだ興奮冷めやらぬ様子だった。日中全力で働いていたのに、元気なものだなあとアザレアは感心する。
「ん……非現実的すぎてよく……」
実際アザレアにとってはこの世界の何もかもが非現実的すぎる。どこからどこまでが普通でどこからどこまでが異変なのか気づける自信がなかった。何の変哲もない蛇口を壁にとりつけるだけで水が出てくるような世界で、自分の感覚の何が正しいのかわからない。
「えー?めちゃくちゃ面白かったけどなあ」
「や、興味深いものではあったけど……」アザレアは続けて尋ねた。
「魔界に幽霊って本当にいるの?」
「わかんないから面白いんじゃない!」メイベルは続けた。「一家惨殺の果てに血にまみれたお屋敷から夜な夜な殺された夫人のすすり泣く声が……スリルあるわ~!それが事実なのかどうか確認しに行くっていうところがたまらないわけよ」
「全然わかんないかも……」
人間界にいる頃も怪談というものはよく囁かれていた。ゴシップ誌の一角を陣取っていたのを見たことがある。子供の頃、悪い子にしていると夜中に悪魔がやってきて手足を切り取られるとかいう子供だましの脅しで、母に泣きついたこともあったっけ。
「じゃあみんな、本気にしてるわけじゃないのね……」
「ほんとかもしれないから面白いんじゃないの」
アザレアって現実的なのかそうじゃないのか時々わかんなくて面白いね、と言ってメイベルが自室のドアを開けてくれる。アザレアは重い瞼をこすりながら自分のやわらかいベッドに倒れこんだ後、吸い込まれるように眠りについた。
「幽霊ってほんとにいるのかな?」
「なんだそりゃ」
アザレアが朝いちばんに顔を出さないと途端に不機嫌になるこの屋敷の美しい主人は、唐突な問いに訝しそうに眉を寄せた。アスタロトはそういう些細な仕草ひとつさえおそろしく様になる。
「昨日みんなで集まって怖い話で盛り上がって……」アザレアは説明した。「一家惨殺の果てに血まみれになったお屋敷から夜な夜な殺された夫人の恨みがましくすすり泣く声が……」
「お前、そういう話が好きなのか……?」
「いや全然……」
説明しただけで好きとは言ってない。アザレアは顔をしかめた。メイベルの評価の通り、アザレアは自身を結構現実的な方だと思っているものの、おとぎ話だと思っていた悪魔や魔女がこの世界では当然のように生きていることを考えると、アザレアが知らないだけで幽霊もいるのかもしれないと思っていた。
「残念ながら死者の魂が霊として存在するかどうかは確認されていない」
「やっぱりそうよね」
「だが強い魔力を持った魔族ならあるいは思念という形でしばらく残ることもあるかもしれないな」
「ちょちょちょちょっとちょっとちょっと」
アザレアは動揺しながら話を遮った。
「なんだ」
「それはいるってことでしょ」
「ただの残留思念であって魂でもなんでもない。滞留している魔力がなくなればそのうち消えるぞ」
あっけらかんと説明しているがそれはいるってことじゃないだろうか?アザレアは思った。
「本人の魂かどうかってそんなに差ある?っぽいものがあるってことはもうそれは幽霊っぽいでしょ」
「全然違うが……」お前にはわからんだろうが……などと言いそうな目線を寄越してきたので、アザレアは見なかったことにした。
「以前も似たような騒ぎがあって裏庭に行っただろ?」
「あの時は虫だったけどね」
裏庭に火の玉が出るらしいと、一時期屋敷で話題になったのをアザレアが夜中調査しに出かけたところ、アスタロトも着いてきたあの事件のことだった。結局それはこのあたりでは珍しい燐光を放つ虫の一種だった。別に節足動物だったわけではないが、しっかりと姿を判別できたわけではないので便宜上虫と呼んでいる。実際は妖精のようなものらしい。
「あれと同類だ。燃料がなくなれば消える火と同じ。自然現象の一種。蜃気楼とかやまびこみたいなものが、生きてる人間に話しかける意思なんかないし、まして害そうと反応なんかしないだろう」
「ああ、なんとなくわかったかも……?」
手品の種明かしをされた気分でアザレアは頷いた。
「本当に幽霊がいるなら、会いたいくらいだけどな」
アスタロトは親しい人を亡くしているのもあって、死者の話には敏感だ。アザレアはその胸中を思うと、気の毒に感じた。自分にも会いたい人はいる。アザレアの母親が今生きていたら、自分になんと声をかけるだろうかと、一瞬考えた。そして、自分が死んだあと、誰かに会いに行きたいと思ったら、一度でいいから叶ってほしいかもしれないなと、ふと考えた。
後日、アスタロトの手配で福利厚生の一環として怪談だらけのゴシップ雑誌が支給され、メイドたちの間で何か月も争奪戦になったものの、アザレアはまだ難しい単語が読めなかったので、メイベルから口頭で教えてもらった。しかしアザレアにとっては、やはりゴシップ雑誌に載っているような真偽不明の脚色まみれの話は特段面白いものでもなく、右の耳から左の耳へと聞き流して翌日には忘れていたのだった。
#ノート小説部3日執筆 お題:ホラー。ホラー=怖いものってことで(曲解)彼女の怖いものと青年の話。
梅雨明け前の小雨が降る日。彼女も青年もどこにも行かずに、ねぐらにしている古いビルの忘れられた一室にじっとしていた。彼女は相変わらず飽きずに窓の外の濡れた街を見ていて、青年はぼろぼろの映画雑誌を眺めていた。
午後にもなると彼女は外を見ているのが飽きたのか、青年の隣に座ってほんのり覗き込む。
「お嬢、気になるの」
「少し退屈しただけ。面白いの?」
「どうかな。まあ、娯楽って言えば娯楽の種類だよなあ。随分前に一緒に活動写真見たじゃん? あれに色がついてて音もついてるって。夏と言えばホラー映画とか言ってるけど、前はそんなことなかったよなあ。ん? でも、怪談だの肝試しと似たようなもんかな……」
青年が笑って答えると、彼女は首を傾げた。
「ホラーって怖いもののこと?」
「そんなもんじゃないかな。なあ、お嬢。映画見に行かない? ホラー映画。どうせ怖くないでしょ」
「いいよ」
人間の楽しみに無関心な彼女は珍しく青年の提案を受け入れた。怪談や肝試しの類ならばいくつも知っている。永遠ににた暇つぶしに時には人間の娯楽を見てみるのもいいかと思った。
「じゃ、行こうか」
青年は古い雑誌を置いて、立ち上がると彼女の手を取る。彼女はそのまま誘われて青年と忘れられた部屋を出た。
街の映画館では大きなシアターでは夏休み向けの映画が上映されていて、小さなシアターで古い洋画が上映されていた。ポスターにはカタカナ表記された英単語。その意味を彼女も青年も知らなかったけれど、ポスターの雰囲気は禍々しく恐らくホラー映画なのだろうという極めて雑な判断でその映画のチケットを購入した。
一番後ろの端の席に彼女と青年は席を取った。見やすさを求めずに、ひっそりと影のように存在する癖が彼女についている。
例え、普段は人間から見えない存在で、便宜上姿を見せたとしても目立つことなく空気のように薄くと彼女は考えているが、どうしても彼女を見た人間はその美しさに目を奪われる。見た目の美醜など彼女は気にしないが、そうやって見られることを嫌う。
上映のアナウンスが流れて客席が暗くなると、銀幕に古びたように見せかけた色合いの風景が映し出され映画が始まった。
映画は何年か前に上映された作品のリバイバル上映であった。
彼女も青年もポスターの雰囲気でホラー映画と認識したが、中世の魔女裁判を題材にしたヒューマンドラマだった。
約二時間の映画が終わって客席が明るくなると青年はシアターを出ようとしたが、彼女がまだ座ったままであることに気付いて引き返した。
「お嬢。どうしたの」
「……ちょっと、気持ち悪い……」
人間ではない彼女が身体的に気持ち悪くなることはなく、それは生理的嫌悪の表れだと青年はすぐに気付いた。
「そっか。じゃあさ、ゆっくり外出てなんか飲みに行こう」
「うん」
青年に手を取られて彼女は立ち上がり、手を引かれたままシアターを出た。人の多いチケット売り場を抜けて建物の外に出ると、まだ小雨が降っていて湿度が高かったけれど外の空気を吸い込むと気分がましになった。雨が降っていて外では休めない。青年に手を引かれたまま彼女は何度か扉をくぐった古い喫茶店に入った。
ソーダ水とアイスコーヒーを注文して、グラスがふたつ運ばれてきて、ソーダ水を一口含むと彼女はほっと息を吐いた。
「お嬢。落ち着いた?」
「うん」
「気持ち悪いなんて珍しいな?」
冷や汗ではなく雨の湿気で額に張り付いた前髪を青年が掬った。
「嘘つき。怪談や肝試しの類って言ったじゃない」
「あー……ちょっと種類は違ったなあ」
「怪談なんかの方がよっぽどかわいいわ。一番怖いのは、人間の意図的な悪意よ」
まだ青ざめた顔で彼女は言う。
映画は禁忌とされている降霊術で遊んでいる少女たちが大人に見つかり、術者の老婆に騙されたと嘘を吐き、老婆が魔女だとされて処刑されるところから始まった。少女たちは聖女とされ、それを利用した少女たちは自分たちに都合の悪い大人たちを次々に魔女だと言い処刑させる。少女たちは幼い集団の悪意だった。
「まあねえ……。確かに怪談の方がいくらかかわいいもんだよなあ。お化けだ妖怪だ怨霊だって言ったって実際に人を殺しはしない。呪詛をかけたとしてもそこにあるのは人間の悪意だもんな」
青年は彼女が言う気持ち悪いを理解してぼやく。
「作り物でもそうじゃなくても、悪意ある言葉だけで人を殺せてしまうのは怖いわ」
「そうだなあ」
同意した青年が何気なく伸ばした撫でる手が彼女に払われた。
無意識だった彼女は自分の行動に気付いてから、はっとして顔色を変えた。青年に悪意がないことは知っている。けれど、彼女は触れられることがとても怖いと反射的に動いてしまった。記憶の奥でなにかがちらつく。
「お嬢。俺は大丈夫だよ」
青年は伸ばした手を戻して静かに言う。
「それよりさ、嫌な思いさせてごめんね」
青年の言葉が彼女には別の声に重なって聞こえた。ずっと忘れていた、思い出さないようにしていたような記憶の断片が掘り起こされる。穏やかな優しい言葉とそこに向けられる悪意、それから捻じ曲がった共感と集団意思。そんなものが彼女を埋め尽くす。
テーブルの上に置いた白い手がいつの間にか固く握られていた。指の揃えた爪が手のひらに食い込んでいても彼女は気付かない。
目に見えない悪意の塊に彼女は押しつぶされそうな錯覚に蝕まれている。
怪異だ妖怪だと言っても怖くない。そもそも彼女自身が人間ではないのだから、怪異や妖怪も近しい存在だ。怖いのは人間の悪意だと彼女は知っている。人間の悪意が怪異を生む。彼女も青年も人間が生み出した怪異だ。
「お嬢さあ……。人間のことなんか見なくていいよ」
しばらくして青年が彼女の固く握った手をゆっくりと解きながら言った。
「誰がお嬢に見ていろなんて言ったのか知らないけど、見なくたっていいよ。お嬢が嫌な気持ちになるんだったら、そんなもういいよ。どっか誰もいないとこ行こうよ」
青年の声に彼女は視線を少し動かして指を解く青年の手を見ていた。
「どこに、行くの」
「へえ。初めて俺とどっか行ってくれる気になった」
くす、と青年が笑って彼女の気持ちの重さが少し和らいだ。
「……行かない……」
「そうだろうね。お嬢は俺と一緒にどっか行ってくれない。知ってるよ。でも、ちょっとその気になってくれたから嬉しい」
「雨だけ、どこかに行かないで」
「行かないっていつも言ってるでしょ」
笑いながら青年は彼女が固く握っていた手の指を全部解いてしまった。それから、彼女の手を拾い上げて指先に唇を落とす。
「あのさ、気休めだけどひとりだったら嫌なこととか怖いこと忘れるの時間かかるけど、お嬢には俺がいるからさ」
「居たら何か変わるの」
「気が紛れたりするでしょ! お嬢はあんまり喋ってくんないから大して変わんないかもしれないけどさ。ひとりよりいいでしょ」
ようやく彼女が顔を上げて普段と変わらない言葉を零すと、青年はいつも通りに怒る。
作り物の怖さより、怖いものを彼女は知っていた。
#ノート小説部3日執筆 お題「ホラー」 二度目まで
私の家は二階建ての和風の家に住んでいる。
和風の家に住んでいるからって、一部の部屋は改築してるので過ごしやすい。
だが、それはそれとして、文句はある。
構造上二階にトイレが作れないのである。友達の家みたいに、二階にトイレさえあれば、二階にある自分の部屋は完璧なのにと何度も思った。
それはそれとして運動不足の自分は、トイレでも無ければ階段の登り降りなどしないので、正直自分が太りすぎていないのはトイレのおかげだと思う。
私の家の夜は早い。かと言って夕食の時間が早いわけではない。全員が寝るのが、早いのだ。
私自身も、病気にかかってからというもの、睡眠導入剤を日常的に使用してから遅くて日付超えるだけでもう眠くなる。中学生の時にやってた夜更かしがなぜあんなに簡単に出来ていたのかが不思議だ。日付を超える前に寝るというのもこの家では遅い方だ。というか、一番遅いだろう。
そんな中、私が経験した一つの現象である。
私の部屋は、二階にあるので、どうしても寝る前のトイレは一階に降りなければいけない。大抵その時はみんな寝てるので、下の電気は全くついてない。廊下は、私の部屋の明かりが漏れている。私は階段の電気をつけると同時に部屋の扉を閉める。階段の電気は階段のみを照らし、私は降りる。階段の電気は消さない。これがないと帰り道がわからないからだ。階段のある場所は電気をつけずとも、階段の光で、よく見えるが、それもここだけだ。居間にはいると、薄赤い光が照らしているだけで、ほぼ真っ暗と変わらない。ここまではいいのだ。ここまでは。
和風の家だから、改築してない部分は襖や障子などほとんど音を通す作りになっているのだ。これで、ここで寝てる人がいなければいいのだが、祖母が、寝ている。ベッドになったから多少は音は聞こえなくなったのかといつか母に希望を持って聞いたが、言わなくなっただけで、音は聞こえているらしい。だから、出来るだけ、音を鳴らさないように踵を上げて、つま先だけでトイレまで駆け込む。電気をつけてた頃もあるが、いちいち消すのが面倒になった。つま先だけとはいえ、畳は沈み音を鳴らす。その音が小さい事を安心してからのトイレだ。
でもその日は違った。私の名前は仮にA子としておこう。
「A子ちゃん、こんな時間まで起きてるんやねえ」
それは、祖母の声、のように聞こえた。祖母が言いそうな皮肉だ。だが、私は声をかけた人を祖母だと思わなかった。祖母は、もっと小さい。腰が曲がっているわけではないが、身長が小さく、声は大きい。語尾もこんな感じではなかった。祖母はバリバリの方言を使う。こんな柔らかくした関西弁のような言葉は使わない。私は、トイレの動線を確認して無視して行こうとしたら、ぷう〜んと嫌な音がした。蚊が耳元に近づいている音だ。こんなところにいられないと、私は、その人物を押し除けて、トイレに行った。トイレまでの廊下では、壁に何度か体をぶつけながら、トイレの扉を開けて便座に座った。体が楽になる感覚と共に、頭に冷や水をかけられたように冷静になって、あれはなんだと頭の中で警告が強く鳴る。心臓の音がいやに大きく聞こえたのは気のせいだったのだろうか。廊下の先を行けば、さっきの人物とはちあわずに部屋まで戻れるだろう。でも、ガラス戸を開くから、音が祖母に聞こえるだろう。私は悩んだ末、あの人物がいる方へと足を進めた。つま先立ちをして、出来るだけ音を鳴らさないようにして、息も小さくした。「いませんように」その願いは扉を大きく開けすぎたことで、叶わなかった。小さく開けてたら、祖母にも音は聞こえないし、相手にも見られずに逃げることができる。唯一不安なのは、相手に捕まらないかだったが、大きく開けてしまったことで、相手がこちらを振り返った。真っ黒の影のまま。振り返ってにぃと嫌な笑みをした。
「〇〇ちゃんが起きちゃうからね、閉じておこうね」
私は背中を掴まれて前に出されたと思ったら、扉は勝手に静かに閉まっていった。〇〇ちゃんというのは、祖母の名だ。これは祖母の何だ? それほど高くない天井が嫌に高く見えて私は背中を掴まれたまま、宙吊りにされて足が床に届かない。息が荒くなるのがわかる。これは人間じゃない。
「ほら、ほら〜 逃げないと苦しくなっちゃうよ」
私を左右に揺らしながら、ニコニコ笑ってるような声で私を試す。
ここで降りたら、大きな音が鳴る。そうしたら、祖母が起きてしまう。こいつ、試してるんだ。荒くなっていく息に胸が苦しくなりながら、抜け出す方法を考えてると、ボォーン、ボォーンという音が聞こえた。私の家に振り子時計はない。居間に音を立てずに下ろされて、私は深呼吸を何度もしていた。居間にいるのに影は影のまま、でも不満そうにこちらを見て、
「じゃあね、A子ちゃん。〇〇ちゃんにもよろしくね」
作り笑いをしたかと思ったら、消えた。ぷう〜んと蚊の音は変わらずした。でも影はどこにもいなくて、私は居間の電気をつけたが、何も見つからなかった。喋りかけてくるやつも何もかも。
とここまでは、私の想像した話だ。私の幻覚は小虫程度しか見えない視覚過敏だし、黒い影も見たこともない。聴覚過敏だとしても、深夜に聞くことはあまりない。現在深夜2時。私は夢と現実がぐちゃぐちゃになって、母に呼ばれたと思って早起きしたり、別の誰かに呼ばれたと思って起きることがある。さて、今回、田んぼが続く一本道で知らない腰を曲げた小さいお婆さんが読んだ私の名ではない、名前、いや、名前なのか? とにかく音が聞こえて私は目覚めてしまった。冷房をかけているのに冷や汗が背中からだらだらと流れている。いつもはここで、トイレに行ったり、アイスを食べたり、飲み物を注いだりしてなんとか過ごしているのだが、それはできない。夜は必ず閉まってる扉が数センチ空いている。そこから何かの気配がする。じっとこちらを見る気配が。布団を被って目を無理やり閉じて、朝を迎えたが、数センチ開いた扉は開いたままで、そこに小さな雫が落ちている。ティッシュで拭取ろうとしたら、少しだけねばついていることに気づいたそれは、唾液か何かだったのだろう。また、来たら、私は、
#ノート小説部3日執筆 お題:ホラー『その声は……』
「怖かったできごと?」
夜もいい時間になったころ、突然、電話をかけてきたと思ったら、そんなことを聞かれた。
怖かった体験を話してくれ、と。いつも通りののんびりした声で、でもどこか嬉しそうにそう聞いてくる。
急にどうしたのかと、聞いても『いいから話してくれ』とねだるので、オレは記憶を掘り起こしながら口を開く。
「前に出演した舞台の劇場が元遊郭やったらしくて、なんかその遊女の霊が出るとかなんとか噂があったらしいねん。そんで、そのときのオレの役が太夫を身請けする旦那さんの役やって、浮かばれなかった遊女の霊が悪さする可能性があるからって、なんか先輩方がタバコとかお香とか用意してくださって……。多少のラップ音とか音響の不具合はあったけど、オレ自身はなんともなかった……とか」
タバコも一種類だけではなく、先輩方が吸っているタバコを用意してくれて、一日一本だけ吸わなくてもいいからにおいを纏うように言われた。実家が寺の先輩曰く、気休めにはなるだろうと。結果的に、なにもなかったが、体がタバコ臭くて適わなかったのだ。
そのことを付け足すと、
『迷惑な話だな』
困ったようなが電話口から聞こえてきたので、オレも同意をする。
『他には何かない?』
またそう促されたが、すぐには思い浮かばなかったので、友人が経験した話をすることにした。
「まだ事務所がプレゼントを受け付けてた時なんやけど。オレの友達宛に女の子から、結構大きめの荷物が届いて。なんかその子、使用済みの下着とか送り付けてくる子やったから、もしかしたら使用済みの生理用品とか経血入りの食べ物やったらキモイなって話してて。で、重さもそれなりにあるし、何よりめっちゃ臭かってん。ああ、これはたぶん生ものやなって。そうなったら破棄せなあかんなって、マネージャーとかとも話してて。そんで開けてみたら手紙が入ってて『受け取って下さい。アナタの子どもです』って書かれてて。毛布にくるまれたやつを開いたら、なんつーか、その、赤ちゃんの遺体が入っとったっつー」
アレは今思い出しても、気分が悪くなる。その場にいた誰もが悲鳴を上げたり失神したりと大パニックだった。当然、警察を呼んで、その贈られた彼も含めた全員が事情聴取を受けることになった。贈り主は無事、逮捕されたが、しばらくの間、事務所のなかはイヤなにおいがとれなかったのだ。
『それは、怖いな』
なかなかインパクトのあるエピソードのつもりだったが、そうは思わなかったらしく、どこかテンションが上がったような声がかえってきた。スプラッタ系が大丈夫なひとがいることは知っているが、きっと彼もそういうのが大丈夫なひとなのだろう。
『他には?』
「ほか? もうないけど……うーん。お化け屋敷に入ったときに、お化けのなかに本物が混じってたとか、誰かに呼ばれた気がしたと思ったけど誰もいなかったとか……そういうのしかないわ。……あ、でも」
そう言いかけてすこし口を閉じる。ここまでオレだけが怖かったできごとを話すのは不公平というものだ。言い出しっぺがなにかエピソードを披露するのが、礼儀というもの。
「久秀さんはなんかある?」
そう話を促すと、久秀さんは「そうだなぁ」と顎を触りながら、眉間に皺を寄せる。
「これ前も話したかな。アメリカにいたときに、タクシーを使ったら運転手に体で払うように言われたんだよ。あれはちちょっと怖かったな」
久秀さんの口から飛び出したのは、心霊的なものではなく人間が怖い的なエピソードだった。
「あとは、ニューヨークの銀行で金下ろしてたら、銀行強盗がやってきて人質になったり……」
「それは初耳やな」
「二十代後半ぐらいに当時付き合ってた子と部屋に帰ったら、前に付き合ってた子が拳銃持って待ってたこともあった」
久秀さんはどうやら、そういうモノを引き寄せる体質のようだ。逆に心霊的な体験はしたことがなく、仮に体験したとしても『気のせい』で済ませているらしい。ホラー映画や心霊番組もへっちゃらで、なにが怖いのか分からないようだ。それなのに、キョンシーだけは大の苦手らしく、それが登場する作品は頑なに見ようとしない。
『俺のことよりさ、もっと話聞かせてよ』
少し焦れたように彼は言う。
『なあ』
と、催促をされたので、オレは躊躇いがちに口を開いた。
「アンタからの電話が一番怖いかな」
そう言うと、電話の向こうは黙ってしまった。
「アンタ、だれなん?」
電話の主は『久秀さん』だった。でも『久秀さん』はオレの隣にいて、一緒に深夜番組を見ている。関西弁の男性アイドルと恰幅のよい人が、街の人の個性の強い発言にツッコミを入れている。時折入る、スタッフの笑い声が空虚に聞こえた。
瞬間、
『ははっ』
電話の向こうの『久秀さん』はそう笑うと、電話を切った。同時に、バチンと大きな音をたててテレビが電気が切れ、真っ暗になった。
人間は本当に恐怖を感じると、声も出なくなるらしい。
窓の外から聞こえてくる救急車の音がなぜか、耳元で聞こえる。
「ははっ」
電話口で聴いたあの笑い声が、オレの隣から聞こえた。
#ノート小説部3日執筆 お題:ホラー 『夏休みの夕焼け』
夏が来ると思い出す。
あいつと見た、あの夕焼けを――。
あれは高校受験をひかえた、多感な時期の夏休みだった。進路というものが重くのしかかってくる。将来のため。夢のため。親も周りもそう言うが、正直なんのために勉強しているのか分からなかった。
「赤松 さとし。得意科目は国語と歴史。将来の夢、は――ああもう面倒くさい!」
その日、面接の練習に疲れきった俺は、宿題もなにもかも放り出して家を飛び出した。
夕方の町を自転車で爆走すること十五分。汗だくになってたどり着いた公園には先客がいた。俺と同じ歳くらいの男の子だった。肩にかかるほど長い髪はツヤツヤしていて、そよ風でなびいていた。彼は公園にふたつしかないブランコの片方に座っていたが、楽しんでいるようには見えなかった。
「となり、いいか?」
「どうぞ」
声変わりの途中だろう穏やかな声にあっさりと許可される。ここで引き返すのもおかしい気がして、となりのブランコに腰かけた。
この町に中学校はひとつしかない。だというのに、彼を見たことはなかった。最近になって引っ越してきたのかもしれないと、そのときは思っていた。
「俺、赤松。お前は?」
「僕はさとる。よろしくね、赤松君」
「よろしくな、さとる」
名前が似ているという親近感は、一気に彼との距離を縮めた。学校のこと、家族のこと、進路のこと。身近な人には話せない、いろいろな事を打ち明ける俺の話を、さとるは楽しそうにうなづいて聞いてくれた。
「あーー、なんかスッキリした! さとる、お前は? 今度は俺の番だ。なんでも聞くぜ」
「うーん、僕はいいかな」
「水くさいな。俺たち、もう友達だろ」
さとるは少しうつむいて、夕焼けを見る。つられて俺も夕焼けを見た。太陽光にルビーを通したような、澄み切った茜空だった。
「僕、帰る時間になっちゃったから」
「門限が厳しいんだな。なあ、また会えるか?」
ブランコから身を乗り出す俺に、彼は小さな笑顔で答えた。夕焼けに照らされた輪郭が、少しずつ透けていく。二度見する間に、メロンソーダに浮かんだアイスクリームよりも儚いスピードで姿がおぼろげになっていた。
「また、いつかきっと。じゃあね、さとし君」
「待っ――」
どこからか軽やかな鈴の音がして、彼は夕暮れに消えていった。あわてて伸ばした手がむなしく空を切る。彼はどこに帰ったのか。さとるは俺と会って、なにがしたかったのか。なにを得たのか。たとえ幽霊だったとしても、俺の話しを静かに聞いてくれたお礼をできていなかった。
「さとる。また、会えるんだよな?」
この日の出会いが、俺の進路を決定づけた。
すっかりなじんだスーツ姿で教室に入る。
「ほらほら、席に着け。朝の会を始めるぞ」
「赤松先生、おはようございます」
「はい、おはよう。今日は転校生を紹介する」
もとより賑やかだった教室は、一気にライブ会場になった。騒ぐ生徒たちをなだめ、ろうかに向かって声をかける。
「入っておいで」
「はい」
「それじゃあ、自己紹介できるかな?」
あの日と変わらない声。少し短めの髪。記憶より幾分か伸びた身長。チョークを持つ手がなめらかに名前を書いていく。
「雪村さとるです。よろしく」
「みんな、仲良くしてあげるように」
クラス全体で元気のいい返事があがる。
「雪村君、なにか困ったことがあったら先生に言うんだぞ。なんでも聞いてやるからな」
「はい、先生」
雪村は、あの日と変わらない笑顔で俺にうなづいた。
夏休みが、近づいている。
#ノート小説部3日執筆 の第17回を7月19日(金)~7月21日(日)の間で開催します!お題を決める投票をこのノートの投票機能で行います。Misskey.ioノート小説部のDiscordサーバーの参加者に募ったお題と前回から繰り越されたお題あわせて10個のなかから一番人気のものを第17回のお題とします。今回は7月21日(日)の24時間の間に公開する運びにしましょう。順位はつけません。一次創作・二次創作問いません。R18作品は冒頭に注記をお願いします。よその子を出したい場合の先方への意思確認とトラブル解決はご自身でお願いします。皆さんの既に作っているシリーズの作品として書いても構いません。ノートに書き込むことを原則としつつ、テキスト画像付きも挿絵つきも可です。.ioサーバーに限らず他鯖からの参加者さまも歓迎いたします。それでは投票よろしくお願いします!
#ノート小説部3日執筆 ホラー 『名無しの手紙』
名前のない手紙が届いた
可愛いらしいデフォルメされた犬の袋で後ろにハートのシールで封をされた手紙
そして、裏の右下に俺の住所と名前
手紙の内容は
凄く長い夏休みになってから一緒に遊べなくてさみしい。
と言った様な内容だ
写真もついていた
可愛らしい少女の写真だ、白いワンピースを着て麦わら帽子を被った少女が笑顔でどこかの家の前に立っている
ここで気付いた
これは間違った手紙だったのだ
字も少し拙く感じる
恐らく小学生くらいの子なのだろう、送り返そうと思ったが住所が書いていない
まぁ、返事がなければ直接その子の家に行くだろう
ーーーこの時はそう軽く考えて、手紙を書類を積んで有るところに適当に投げ捨てた
翌日、怠惰な朝を迎えた俺はいつもの様にポストを確認しにいく
…また手紙が入っていた
昨日と同じ柄、昨日と同じ住所と名前
もう別人だと分かっている手紙を開けるつもりもなく、書類の山に放り投げた
その手紙は毎日のように届いた
手紙を入れている封筒の絵柄が途中で犬のイラストから普通の犬に変わった
そして、今日
このクソ暑い中今日から出社するのかと思いながら重い体を起こして仕事の準備をしているとポストから音がなった
ーー手紙だ
慌てて扉を開ける
が、遅かった
曲がり角に白い布が見えたが、あれがその子なのかはわからない
手紙の裏には俺の名前だけが書かれていた
直接手紙を届けにきた?
何故?
見るのが早いか
小学生相手とはいえ自分宛に来ていないものを開けるのは非常に心苦しいが、一応今回の分は開けてみることにしよう
おわり。
そう書いてあった
何が終わりなんだ
悪戯?確信犯か?
食卓机の上に置いたその手紙を眺めそんなことを考えながら、出社の準備を整えた俺はいつもの電車に乗るために家から飛び出した
午後10時、ポストを覗くと手紙があった
触れると封筒の中身が膨らんでいる
触った感じは硬く、棒状で、長さは8cm程
程よく、くの字に折れている
何か猛烈に嫌な予感がして、俺はその場で手紙を開いた
ーー中には丸まった紙
ため息が出た
夕食を食べながら、少し曲がってしまっている硬く巻かれた紙を開けると
手紙を読んで
と書いてあった
自然と喉が鳴る
今まで来ていた手紙を読んでいないのがバレている?
今まで来ていた手紙を開けてみる
中には他愛のない内容が書かれていた
開けた一つ目には
照りつける太陽が今日も眩しい。
こんな日はお家で涼むのが1番!
ゲームもいっぱいあるから遊びに来てよ!
と書いてある
…間違えている様にしか思えない
そもそも差出人の名前も、住所も何の情報もない
写真もついているが、どこかの屋内で少女とゲームが映っているだけだった
次は?
怪我しちゃった、でも大した怪我じゃないから安心してね。
でもお見舞いに来てくれると嬉しいな。
日記の様にも感じる
いや、子供の手紙ならこんなものか?
写真には、掌に包帯を巻いた部分だけが映っている
最後の手紙だ
捨て猫を拾ったよ、可愛いよね。
お父さんが飼っていいって、今度見にきてね。
写真にはーー屋内でピースをしている白いワンピースを着た少女だけが写っていた
猫は写っていない
カタンッ
扉についているポストの中に何かが投函された音
…どこか確信を持って、俺はポストの中を確認した
中には手紙
犬の書かれた手紙だ
封を切って中身を確認する
かくれんぼしよ?
もう一度、喉が鳴る
突然電気が消えた
そして、すぐ電気が付く
カタンッ
また、手紙が届いた
手紙の封を切る
もういいよ。
背筋が凍る感覚
俺に話しかけるように手紙が届く
こんなこと、普通に考えて起こるはずがない
ここに越して来る時に下調べはしていた筈だ、この場所に関する悪い噂も聞いていない
小さい頃から今まで霊感なんてものも持っていた覚えもない
家から飛び出したほうがいい気がして、ドアノブに手をかける
当然のように、扉は開かなかった
カタンッ
また、届いた
覗き窓から外を確認する
当然の様に誰もいない
封を切る
早く、私を見つけて。
この時の俺は恐らく諦めの境地の様な顔をしていたに違いない
とにかく、この状況を何とかするために、手紙に書いてある通りの行動をすることにした
トイレの扉を開ける
風呂場の扉を開ける
カーテンを捲る
誰もいない。
意を決して冷蔵庫を開ける
冷凍庫の方も開けてみる
クローゼットを開く
キッチン下の収納を開けてみる
誰もいない。
人が隠れられそうな場所を探したにも関わらず、どこにもーー
カタンッ。
玄関の方からまた音が鳴った
手紙を投函する音が
今までの物と違うーーどこか湿った赤い手紙だった
斑な色をしている気がする
封をきり、中を見る
見つかっちゃった。
写真を見て。
届いていた、四枚の写真のことだろうか
机の上に置いておいた写真を確認しに戻る
その内一枚の写真に、キッチン下の収納の中から俺の顔を取ったとした思えない映像が映っていた
ボトリッと、玄関から音が聞こえた
手紙の音じゃない
液体を含んだ質量のある何かが玄関ポストに入れられている音
嫌な予感が脳をよぎる
慌てて、俺は身を隠した
「いーぢ、に“ーい」
ゴボゴボと粘性の水が泡立つ様な音と共に数字を数える声が聞こえる
当然の様に、玄関ポストから
ボトボトという音は数えられる数字と共にドンドンと大きくなっていく
「なーな“、はーぢ。」
ガコンッと、玄関ポストが内側に開く音と、グチャグチャグチャと、肉がくっつくとしか言いようのない音が耳についた
「キューう、じゅ〜う。」
10を言い終わる頃には、可愛らしい少女の声が耳に入ってきた
「もういいかい?」
この狭い家の中で声を出せば場所が割れるのは間違いない
もういいよ、とは間違っても声を出すことはできない
その言葉を呟いた瞬間、俺の隠れていた場所の扉が開き始める
慌てて、俺はドアノブを掴んで扉を閉めようとした
ーー閉まる前に、白くて細い指が扉の間に挟まった
「見ーつけた。」
気付けば、叫びながら、俺は、扉を何度も開け閉めしていた
何故そんな行動を取ったのかはわからない
扉が開き始めた時に一瞬見えた、目らしき部分が、複数の黒目で埋まっていたからだろうか
それとも、1回目に強く締めた時にちぎれ飛んだ指が床に落ちた後地面を這い始めただからだろうか
閉めるたびに飛び散る、肉と、血
その度に増えて体を登ってくる指と肉片
それが口を無理やり開きながらーー
ーー気付くと、俺はその場で眠っていたらしく、目を覚ました
昨晩のことは全て仕事で疲れていた幻覚だったのだろうかーー
その言葉を、否定するように
目の前に見覚えのある手紙
「開けて。」
どこからか、そんな言葉が聞こえた気がした
幻聴で、済ませる
済ませてしまいたい
だが、心のどこかで、その声に従わないと何かまずいことが起こるという予見があった
いや、予見とは違う
確信の方が言葉的には近いのだろう
昨日から何度目かの喉を鳴らして、手紙を開ける
そこには、一枚の写真と、手紙
写真には、棺に入った黒髪の少女
手紙には「もういいよ」の文字が書いてあった
#ノート小説部3日執筆 お題【ホラー】
「真なる望みは」
寺子屋でいつもの指導を終え、子ども達を見送っていると母からお使いを頼まれたので、室賀は草履を履いて外に出た。田園地帯を抜け、いわゆる城下町に向かう。
橋を渡れば瓦版屋が威勢の良い声を張っている。その脇を通り過ぎ、馴染みの味噌問屋に顔を出した。
「いやいや、遠いところよくおいでましたな、若」
「……旦那、おれァもう若なんて立場じゃねぇやい、よしておくんな」
「こりゃ失敬、昔のクセで」
いつものやりとりで一笑いしたところで、室賀は母からの言伝を店主に伝える。店主は頷きながら奥へ行き、風呂敷に包まれたものを差し出してきた。そして室賀の持ってきた風呂敷包みと交換する。
「……いやー高登谷家は安泰ですなぁ。あの若がこんなおっきくなられて、ご立派な兄上方がいらして……うちの息子は遊び呆けてて困りますわぃ」
「……そういやぁ、若旦那はどちらに?」
「最近来た瓦版屋に入れ込んでましてねぇ、すーぐ店を抜け出しちまうんですよ。話が終わるまで帰っちゃあきませんて」
「……うん、確かに面白そうな話っぷりだったわぃな」
傍らを通り過ぎた時の人だかりを思い出しながら室賀は頷く。店主は大きなため息をつき、息子を見かけたら帰るよう言ってくれ、ともぼやいている。室賀も、見かけたら、と返して店を後にした。
それから数日後、室賀は再び所用で町に向かった。この日、いつもと違ったのは橋の袂にあの瓦版屋がいないことだ。もちろん彼がいなければ、集まる人々も居らず、賑わっていた場所が急に静まり返ってしまうとなんともいえない不気味さが漂う。
心なしか、通りに人も少ないような気がしつつ、そのまま馴染みの味噌󠄀問屋を通り過ぎようとすると、店の脇から伸びてきた手によって急に建物の陰に引き込まれてしまった。
「!?」
室賀は反射的に応戦姿勢を取ったが、手の主が味噌󠄀問屋の若旦那とわかりその拳は緩められた。本気で拳をぶち込まなくて良かった、という安堵をごまかしつつ自分から話しかける。
「……若旦那、急にどうしたっていうんでぃ」
「……いつもの瓦版屋が消えてしまったんだ」
瓦版屋だけではなく、ここ数日の間で町の何人もが行方不明になっているらしい。
「頼む、一緒に探しておくれ! 他の誰に頼んでも鼻で笑われるばかりで」
確かに、身内でもなんでもない人間に入れ込んでいるとあれば、誰も本気にはしてくれないのだろう。室賀はややあってため息をひとつ吐いて承諾した。
さほど広くはない町とはいえ、ひと一人を探すとなればなかなか骨が折れる。しかしどこをどれだけ探しても、道行く人には話を聴いても、瓦版屋を見かけた者すら現れなかった。
しばらく続けても成果は得られず、二人は川の脇で一休みする。はぁ、やれやれ、と砂利の上に室賀が腰を下ろすと、その隣に若旦那が力なく座った。辺りはだいぶ日が傾いてきている。室賀もこのまま付き合い続けるわけにはいかない。
「……若旦那ァ、とりあえずこの辺で一旦帰りましょうや。もう日が暮れてきてるし、明日改めて」
奉行所に言えばいいと言いかけたところで、若旦那は突然立ち上がると無言のまま河原を突き進み藪をかき分けていく。慌てて室賀はその後を追いかけた。道なき道を行き、彼は突然立ち止まる。ようやく追いつき、彼と同じ方を見上げた室賀は言葉を失った。目の間の木には首を吊った男が―例の瓦版屋に違いなかった―いたからである。死後、数日ほど経過してると思しき腐敗臭などが急に襲いかかってきた。
「……なんだか、呼ばれた気がして」
若旦那はそう呟き、膝から崩れ落ちる。若旦那の迎えや死体の通報など室賀は夜遅くまでかけずり回る事になり、結果、家に帰ることができたのも日付が変わる頃合いになってしまった。
それにどうも身体中にあのなんともいえない現場の臭いが纏わりついている気がして、彼は使った厠も風呂場も井戸周辺も、念入りに清めてから就寝した。
その日の晩、どうも変な音を聞く。
最初は外の風が強く、家がきしんでいるのだと思っていた。しかしどうも違うらしい。どこか聞き慣れた音、それはまるで畳の上を歩く足音によく似ている。
その音は、寝ている室賀の肩くらいの位置から頭の上を通り反対側の肩まで進むと一旦止まり、また同じところを逆に進む。肩から逆の肩まで、行ったり来たりを繰り返していた。
すたすたすたすた……
すたすたすたすた……
そしてもう一つの異変は、仰向けのまま身体が動かないことだ。指の一本すら動かない。それなのに目は開けられそうな気がする。もし、目を開けて『なにか』と目があってしまったらまずいのではないか、いやまさかそんなことはあるまい、と葛藤しながら目だけは開かないよう頑張った。
翌朝、釈然としないまま起き出し、顔を洗おうと井戸に向かう。しかし井戸は昨晩あれほど清めたというのに、まったく同じ臭いを纏っていた。井戸だけではない、厠も、風呂場も、水回りだけは一向に薄れていなかった。それは何度も清めたところで変わらない。
そして足音も毎晩、室賀の頭の周辺を歩き続ける。
さすがに3日も続けば偶然とはいえず、懇意にしている山寺の住職にその話をした。すると彼は、それは困りましたなぁ、と穏やかに笑う。
「…坊、相手にしてはなりませんよ。その瓦版屋が心の底から見つけてくれたお礼を言いたいのかもしれないし、寂しくて道連れを望んでいるかもしれない。どんな理由であっても、住む世界が違うのですから、繋がりを持たせてはなりません」
「……そんな気はしてたでな」
「……初七日法要を過ぎてもまだ坊のところに行くようならまたご報告下さい。対処を考えましょう」
「……まだあと3日もこんな日が続くんかい……」
足音もだが、一番きついのは臭いだ。水回りでしかも自分だけが薄れないままなのは地味に辛いものがある。
「……嗅覚は記憶と直結しますからねぇ、相手さんも必死なんでしょう」
油断なされず、と忠告を受け、室賀は山寺を後にした。
住職の言われた通り、初七日を過ぎるとあれだけ濃かった異臭も足音もピタリと止まる。これで水回りにも気にせず近付けるし、夜の足音に不安を駆り立てられなくて済むようになった。
これで一旦は解決したのだろうと胸を撫で下ろす。
室賀が足音と異臭から解放された同じ日。
味噌󠄀問屋の若旦那は、蔵で首を吊っていた。
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