『人魚釣りのはなし』
:mdlogo:内で書いてる一話2000文字くらいのお話。

クリップ版。収納が早くて絵とかFAも入っている。
https://misskey.design/clips/9gxfpxh6iw

カクヨム版、最初の二話ぐらいがきちんとしたやつ。
https://kakuyomu.jp/works/16817330663735960359

人魚釣りのはなし34個目、おしまい。お付き合いいただきありがとうございました。

 キョウチクトウの人魚に食われる約束をしている。そう伝えれば子供はなんとも言えない顔をした。どことなく鉱石人魚を思い出す表情である。
 船を降りてすぐのことだ。乗合を待つ間に今後のことを話した。内陸に家族が住んでいること、海辺には友人夫妻がいること、子供が好きなところへ住めるように手配すること。子供は黙っておれの服の裾を掴んだ。
 六つ足に引かれて揺れる乗合の中、子供はキョウチクトウの人魚に会ってみたいと言った。初めて聞いたわがままを叶えることにする。子供は人魚と人間のあいの子だそうで人魚を見ても魅入られることがなかった。目を見ないようにとの教えを守っているのかそれとも血筋が関係するのかは分からないが大丈夫だろう。
 乗り換えて馬に引かれる乗合に揺られ、昼過ぎには家の最寄りの待合に着いた。疲れて眠る子供を抱えて歩く。潮風が気持ちいい。
 家は全ての戸が閉めてある。片端から開けて風を通していると近所のじいさんが来たので世間話をする。ついでに足を伸ばして集落の相談役のところにも顔を出した。変わりはないか尋ねたところ頷かれる。よいことである。
 子供が起きたので学のある友人を尋ねる。嫁も取らずに子育てを本当にやるやつがいるかと呆れられた。おれはキョウチクトウの人魚に食われる予定のことは黙って、なにかあったら頼むとだけ告げた。子供は珍しく人見知りをしておれの影に隠れていた。
 その晩は揺れない布団でゆっくりと眠った。
 起きて釣り竿を点検してから子供と朝餉を食う。首から下げたお守りにはキョウチクトウの人魚の花弁が全て入っている。懐には念のため小刀を入れた。
 釣り竿と桶を持って子供と家を出る。子供が桶を持ちたいと言うので持たせて、空いた手を繋いで歩く。馴染みの道を短い歩幅に合わせて行けば不思議と子供の頃に戻ったような気になった。
 岩場で釣り糸を垂れる。海の色が違う、子供は不思議そうに呟いた。おれも理屈は分からないので、そうだなとだけ返した。
 海鳥が鳴いている。波が寄せては砕ける。魚が何匹かかかるのを見て子供が釣り竿をじっと見ていた。持たせてみようか迷ったものの商売道具を魚に取られては困る。いつだったか親父がおれを懐に入れて一緒に釣りをしたのを思い出して真似をする。子供は静かに喜んでいるようだった。
「あ、にんぎょ」
 馴染みの鉱石人魚が波間から顔を出す。少し顔つきが変わった気がする。成長したのだろうか。桶から魚を取り出して投げれば上手に口で受け止めた。そのまま波間に消えていく。
 子供が不思議そうにするものだから鉱石人魚がカニ籠に入っていた話をする。ふうん、子供はそれきり黙って寄りかかってきた。
 じきにキョウチクトウの人魚がやってきた。
 一度大きく水面で跳ねたのでおれは釣り竿を上げる。懐にいた子供を立たせていつでも逃げられるようにした。この子供のことをどうにかするまで食われるつもりはない。
 岩場に乗り上げたキョウチクトウの人魚は不機嫌そうだ。耳元の濃い桃色の花を揺らし、同じ花が咲き緑の細い葉がしげる腰ヒレをふくらません。腰ビレにひそむトゲに毒があるのを改めて意識した。
 おれがなにか言う前に、子供が大声を上げた。
「このひと、たべないで」
 人魚が台形の尾ビレで岩場を叩く。背を伸ばして腕を組む姿は威圧感があった。子供は恐れ知らずにも続ける。
「このひとといたい。まだまって、たべないで」
 しげしげと子供を見る。ついでキョウチクトウの人魚を見る。大変渋い顔をしたキョウチクトウの人魚に子供が近づく。慌てて捕まえようとするものの一歩遅かった。子供はキョウチクトウの人魚の腰元に抱きつく。毒のある腰ビレのすぐ近くに触れるのを見て冷や汗がつたった。
「おねがい」
 キョウチクトウの人魚はおれの顔を見る。ため息をつかれてしまった。おれは人魚に抱きつく子供の手をゆっくりと外し、脇を持ち上げて横へやる。
 すまない、キョウチクトウの人魚に謝る。
 それをどう取られたのかキョウチクトウの人魚は頭を掻いた。責められている気持ちになり、子供を引き取った経緯を話す。人間と人魚のあいの子だとも伝えた。食われる約束を破るつもりもないことも。
 キョウチクトウの人魚の指が鼻に触れる。ぶに、と冷たい指の腹で押されて瞬きをした。強い瞳を見る。なにがなんだか分からないが許されている気がした。
 ありがとう、ついそう言えば人魚は肩をすくめた。
 岩場ではキョウチクトウの人魚が鱗干しをしている。おれはそのそばで釣り竿を手にした。釣りをしていれば隣に座る子供が眠いのか体重をかけてくる。釣れた魚をときどきキョウチクトウの人魚にやる。午後の日差しはあたたかい。
 夕暮れ時までのんびりと過ごす。
「またねっ」
 子供が元気よくキョウチクトウの人魚に声をかける。人魚はちらりと子供を見て海に帰った。
 帰り路で手を繋いだ子供が笑う。キョウチクトウの人魚きれいだったね、子供の言葉に考え込む。人魚をそういった目で見たことがない。そうなのかと聞けば、そうだよと返される。人魚は怖いものだと釘を刺せば子供は頷いた。知っているならいい。
 海には人魚がいる。人魚は人間を惑わし食う危険ないきものだ。これからの人間は航路を拓いて人魚の棲む海を荒らしていく。対立は増すだろうし人魚釣りの出番もなくならない気がしている。頭の痛いことである。
 それでもたぶん、おれはこの子供を連れてキョウチクトウの人魚に会いにゆくのだろう。最後にはキョウチクトウの人魚に食われるというのに今日みたいにのどかな日が続けばいいと願っている。
 まったくおかしなはなしである。

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ひっそり追いかけていたこちらの人魚釣りのお話、今日完結したのだけれどとてもよかった。前々から言ってるのですが、人と似た生き物が、でも人とは根本的に違っている、というお話がとても好きなので、人魚が美しくて、でも人を食う生き物であるのが大変ツボでしたね……。
1話からは↓から読めます。
misskey.design/notes/9ki77ug5s
QT: misskey.design/notes/9l0140c3b
[参照]

ささひら  
人魚釣りのはなし34個目、おしまい。お付き合いいただきありがとうございました。  キョウチクトウの人魚に食われる約束をしている。そう伝えれば子供はなんとも言えない顔をした。どことなく鉱石人魚を思い出す表情である。  船を降りてすぐのことだ。乗合を待つ間に今後のことを話した。内陸に家族が住んで...
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