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『ざわつく心臓』 

 二月十四日の放課後、部活の始まる前に「ちょっといいですか?」と声をかけ、可愛らしくリボンのかけられた箱を手にしながら言葉を選ぶ素振りをしていたら、そりゃあこう言いたくなるよね。
「えーっと、宮城…俺今からお前に告られようとしてる?」
 うん、三井サンは悪くないです。でもちょっと心臓がざわつくから、頬を染めたりしないで、誤解だから。

 ことの発端は前日にまで遡る。バレンタインデーにそわそわわくわくしない男子はいないだろうが(いやモテる男は別だな。流川がバレンタインに浮かれる姿は想像できねぇ)そこは女子も同じだろう。我が家の女子中学生アンナも例外ではない。しかし今までのところアンナに好きな人ができたという話は聞いたことがなく、友達とこの世間の浮かれた空気に乗っかって楽しみたいだけのようだ。
「はいリョーちゃん、これ、明日やっちゃんに渡してね。リョーちゃんの分は明日ね。」
 そう言って渡されたのはいかにも義理チョコというやつで、やっちゃんとはヤスのことである。アンナは毎年兄の唯一の親友であるヤスにチョコを渡している。兄をよろしくという意味らしい。そしてヤスは良いやつなのでちゃんとホワイトデーにはお返しをくれるのでアンナはすっかり味を占めてしまっている。

 いつもならここで終わりなのだがアンナはもう一つ、今度はもう少し洒落た包みのチョコを出してきて、
「これはね、みっちゃんに渡して欲しいんだ。」などと言った。
 みっちゃんとは三井サンのことで一度うちにやってきたことがある三井サンにアンナは秒で懐いてみっちゃん呼びが定着している。
 三井サンと俺との間にあったあれこれはまだ家族には話していないのでアンナにとって三井サンは気さくでイケメンの、兄のバスケ部の先輩という立場の人だ。
「え、ちょっアンナ、まさかお前三井サンのことが?!」
 好きなの、とはなぜか言葉にできなかった。だが妹は即座に「ちがうよ〜。」と否定してきた。どうやら友達が本命に渡すためのチョコを選ぶのに同行してお店で眺めているうちにその雰囲気に当てられて良い感じの本命チョコを買ってしまったという。買ったはいいが、渡す相手はいない。俺に渡すのは勿体無いし自分で食べるのもちょっと違う。
「でね、みっちゃんならあたしも『本命チョコあげちゃったー』って気分も味わえるし、でも本気にはしないで受け取ってくれるでしょ?」ちょうど良い感じの相手なんだよねー、みっちゃん。と実に気楽な返事が返ってきたのだった。

 そしてそのチョコを三井サンにいざ渡そうとした時にこの流れをどうまとめて説明したものかと悩んだ結果、なんか俺が告白しそうな雰囲気を醸し出してしまったわけだ。

「いや、いやいやいや、違いますよ!アンナからの義理の本命チョコっす!」
 俺が慌てて昨日のこと意を説明すると、
「そっかー、アンナちゃんからか。」
 三井サンは残念そうな顔をちょっとしてから「ありがとう。」と言ってチョコを受け取った。
 
 はい、ちょっと待って。残念そうなって何?俺が勝手にそう思ったんだけど、ここで残念がる何かがありましたっけ?
 どうも俺は三井サンのことになるとどこかおかしい。おかしい理由にうっすら気が付いてはいるがまだ目を背けていたい。
 もうすぐ三井サンは卒業しちゃうけど…。

「さ、部活部活!練習しましょ!」俺はいつものようになんでもない顔でそう切り替えた。そもそも推薦で大学入学をもぎ取った三井サンが卒業までの忙しい中で練習に顔を出してくれているのだ。時間を無駄にはできない。
「おーし、練習練習!この三井のスリーポイントシュートの極意を早く習得してもらわんとな!」
 三井サンもいつもの調子でそう言ったかと思うと、
「三月一四日はお返ししに行くから、しっかり予定はあけとけよ!」
 にかっと眩しい笑顔を俺に向けた。
 

 卒業してからの約束を取り付けられたのだと気が付いた時にはその背中は体育館のほうに向かっていて、俺の赤くなった顔は見られずに済んだ。

(終)

 ホワイトデーに三井サンからすげーセンスのいいクッキー缶のお返しを受け取ったアンナは、「あたしこれから毎年みっちゃんにチョコあげるね!」と来年以降の約束を取り付けていた。

 

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