【感想】『塩と運命の皇后』ニー・ヴォ 金子ゆき子訳
https://sasaboushi.net/blog/2023/08/05/3812/
主人公を同じくするファンタジー中編二本。「塩と運命の皇后」では、相棒である歴史を記憶する鳥、オールモスト・ブリリアントとともに歴史収集の旅をする聖職者チーが、亡き皇后の侍女だったという老婆から思い出の品について話を聞いていく。「虎が山から下りるとき」では、今回は一人で旅をしているチーが、古代象(マンモス)偵察隊の隊員と共に、虎の三姉妹と行き会ってしまい、絶体絶命の状況で、チーは伝説の虎と女学生の結婚の物語を虎たちに語りはじめる。両方とても良かった。
「塩と運命の皇后」では、まずオールモスト・ブリリアントが良い。歴史を記憶し伝える鳥(ヤツガシラ!)、それとバディを組んでいる聖職者のチー、という導入がファンタジーの設定の広さ・深さを一気に感じさせてくれて、導入からものすごく引き込まれてしまう。オールモスト・ブリリアントが結構チーにきつめの言葉を投げつつ二人に信頼関係があるのが冒頭のシーンでわかるのも好き。二人それぞれ自分たちの役目に誇りを持っているのも良いな。語られる物語の中身は、皇后の強さがまず印象的だった。最初は単なる思い出の話(いや、単なるというと語弊があるのだが、それこそ日本でいったら女房文学的なというか、平時の世の宮中に閉じた話)なのかと思っていたらそれを超え、秘められた苦難の物語……すらも若干超えた一回り大きなところに着地したのも、不思議な読後感に繋がった(ここ感想上手く書けなくて十分くらい止まってしまった)。思い出の品々の描写も一つ一つ良くて、挿画とか見てみたいな~と思ってしまった。
「虎が山から下りるとき」は、自分としてはオールモスト・ブリリアントが同行していないのが最初「おい!」と思ったのだけれど、読み進めればこちらの方がより自分好みの作品だったと思う。歴史・物語を収集するという役目を持った主人公、という設定がファンタジーと噛み合ってかなり良い効果を出している、千夜一夜物語的な状況設定。伝説の雌虎と女学生の異類婚姻譚。そしてその伝説が虎側と人間側でいかに変形して伝わっているか。話の内容のズレは、二者にいかに種の断絶の壁があるのかを感じさせるし、今まさに食べられてしまうという危機的状況もそれに拍車をかける。一方で詩の使い方なんかは人間の物語のほうが一部の虎(?)にはウケが良かったり、というかそもそもこの話は虎と人間の結婚の話であるのだから、両者が通じ合う可能性は存在しているのだ……という状況の深みが、美味しすぎる。虎の変身や、途中で出てくる狐、あるいは古代象と、動物たちのファンタジックな登場も楽しい。大満足だった。
「塩と運命の皇后」の終盤で明かされ、チーが持ち帰ることになった物語は、チーが重く感じると言うとおり重大なもので、おそらくは政治的にも大きな意味を持ってくる。一方で、「虎が山から下りるとき」では、シンギングヒルズの記録している物語と真実(と、とりあえずは想定されているもの)とのズレが露わになったり、真実がどう歴史になっていくのかについて語られる、という続き方も面白いな。
あと、これはきっと英語でも読むとよさそう、と思った(これだけ中華文化圏の物語要素や構造が使われているが、作者はイリノイ生まれ、英語で書いてる)。思ったので、でも思ったのが読書会の二時間前だったので、そうこれは読書会をきっかけに読んだのです、読むきっかけができてありがたいことです、それでThe Empress of Salt and Fortuneの電子書籍を買い、当然読み切れないので冒頭少しだけ読んだ(そしてこの感想をまとめはじめた、すべての着手が遅すぎる)。一番最初の段落、日本語と英語でそれぞれ引用すると、
「あれはきっと、あんたを取って食うつもりだよ」と近くの木の枝から戴勝ヤツガシラのオールモスト・ブリリアントが叫んだ。「そうなっても、同情してやらないからね」
“Something wants to eat you,” called Almost Brilliant from her perch in a nearby tree, “and I shall not be sorry if it does.”
Almost Brilliantのpronounsはsheであって、I shall not be sorryみたいな言い回しをしている。金子訳ではオールモスト・ブリリアントを彼女と受けている所は多分ない(見逃したのでなければ、おそらく代名詞を避けている)、けどこのキャラクターを特徴付ける言語表現としてはチーのことを「あんた」と呼ぶこのしゃべり方を採用していて、もちろん「あんた」は英語では単にyouだった。英語の方をみて自分は日本語のときにイメージしていたのと近いキャラクター像が浮かぶので、やっぱり翻訳って面白いなと思った。ちなみにチーのpronounsはtheyなのだが、金子訳はこれは日本語ならでは、チーと書いているのもなんとなく自分の感覚に近く響いた。オールモスト・ブリリアントをカタカナのままにしたのとか、Thriving Fortuneを栄える富とか、訳語の当て方も好きでした(ファンタジーって伝統的にそういうとこにこだわるイメージがあって、良いよね)。
そして英語版を見たら続刊がある……。読んでみたいし、邦訳も出て欲しいな。
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