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「エンタメビジネス大全 ◆日本エンタメ全史【ゲーム章】唯一無二の業界開拓者 任天堂」中山淳雄

任天堂の祖業が「花札」というのはご存じだろうか? 花札は日本が鎖国によって16世紀には輸入されていたトランプを「禁じた」ことで、日本用独自に作り上げられた遊びである。
 
 ただその花札も江戸時代は賭博の対象となり、禁制品として通常の遊びからは遠ざけられる。
 
 国定忠治や清水次郎長などの例があるように、現在の東京・神奈川・山梨の県境である相模や甲斐は、飛び地が多く一つの領域で法律に追われると次の地域に移転して、コロコロ法の網をぬけるのに便利な場所であった。そういった地域で賭場は栄え、アングラに花札が続けられた。
 
「任天堂」の誕生
 
 明治期になって規制緩和の波がくると、任天堂が目を付けたのは市場開放されたこの領域であった。
 
 「賭場に対する営業」で全国70カ所以上もの賭場を供給先として花札を販売した山内房治郎は一代で財を成す。アングラな花札を商品とするような企業だ、運を天に任せるのがちょうどいい。そうして「任天堂」という会社名が生まれた。

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1983年任天堂ファミコンこそが、もはや消えると思われた家庭用ゲーム市場を不死鳥のごとく復活させ、世界市場を作った唯一無二の存在である。「世界市場を作った日本製品」という意味では、ウォークマンにもVHSビデオにも引けを取らない成功事例と言える。

1980年代末の「世界家庭用ゲーム市場」における任天堂のシェアは90%を超える。
 
 1社が世界市場の9割を独占するというまれな市場環境は、間違いなく1980年前後の山内溥1人のオールイン戦略から始まったものだろう。

任天堂は1990年代売り上げ5千億円規模をキープ、そしてWii・ニンテンドーDSによる1.5兆円売り上げという爆発的な成長(2007年は日本企業の時価総額でトヨタ自動車に次ぐ2位に輝いた)、その後スマホ普及やモバイルゲームの台頭による辛酸をなめる時代が続くも、2016年Switchによる再びの復活で2020年度は過去最高売り上げに並ぶ1.76兆円、営利では歴代最高の6400億円に到達している。

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