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台湾・統一地方選「民進党大敗の構造は10月末に固まっていた」
小笠原 欣幸
中国が圧力を強める中で行われた台湾の統一地方選は、与党・民進党が記録的な大敗を喫し、蔡英文総統は責任を負って党主席(党首)を辞任した。だが総統選や、国会議員に相当する立法委員選とは違い、外交・安全保障問題は争点とはならず、経済政策など内政面で課題山積の与党に対し、各地の有権者が「ノー」を突き付けたかっこうだ。台湾の選挙に詳しい東京外大教授、小笠原欣幸氏が今回の台湾・統一地方選を総括した。
筆者は1か月前に各県市の当落予想を作成したが,結果は金門県を除いてすべて的中した。筆者の長年の観察で,台湾の選挙はある時点で構造が固まりその後は多少の変動があっても結果は変わらないことが多いと分析している。その「ある時点」は、今回は1か月前の10月末であった。つまり民進党の大敗という構造が固まったのである。しかし、民進党の支持者の中には「勝てる」と考えていた人も多くいた。
11月中旬に台湾に入り、専門家の話を聞いたり、現場の活動を見たりもした。筆者は台湾で選挙がある年はだいたい6回訪台し、注目の選挙区を順番に回り現地観察をしてきた。しかしコロナ禍によって、今回は11月にようやく訪台できた状態で、現地調査はまったく不足していた。それでも限られた観察ではあるが、民進党大敗の流れが変わっていないことを確認できた。
今回の選挙は、蔡英文総統と与党民進党の支持率が比較的高い中で行なわれた地方選挙であった。国政レベルでの一定の支持とこの惨敗との間にはかなりの落差がある。この事実をどう解釈するかは台湾政治を理解するうえで重要である。
台湾では国民党が弱体化し、民進党が「一強」に向かいつつあるという認識がある。新たに登場した台湾民衆党も政権を狙うにはほど遠い。国民党支持者は焦燥感を強めているし、民進党支持者は「自分たちがもともと正しかった」と鼻高になっている。
台湾社会には、閩南、客家、外省、原住民といったルーツによる族群対立や、日本の植民地支配、蒋介石の権威主義体制の歴史的経験から、1つの勢力が強大な権力を握ることへの警戒感がある。
国民党の一強時代には、地方選挙で「党外」人士あるいは民進党に票を入れることで国民党を牽制しようとする投票行動があった。民主化後は、中央政権は李登輝、陳水扁、馬英九、蔡英文と政権交代を繰り返してきたし、地方自治体も一部の県市を除けば政権交代が定例化している。そして、有権者はしだいに成熟し、国政選挙の争点と地方選挙の争点を区別して考える人が多くなった。
順番からすると蔡英文氏の次は国民党に政権交代してもおかしくはない。しかし、中国の統一圧力が強まる中で、国民党は説得力のある対中政策を出せていない。台湾の将来がかかる総統選挙で国民党の苦戦は必至であろう。米中対立の深まりも国民党に不利になっている。それは有権者の多くも何となく感じている。
民進党が2024年総統選挙でも勝利する可能性は十分ある。そうなれば、すでに偉そうにしている民進党がもっと偉そうになると警戒する人も増えてくる。今回の地方選挙は、民進党に「お灸をすえる」投票行動でもあった。国民党は「民進党を引きずり降ろそう(下架民進黨)」をスローガンとし、それが成功したように見えるが実態は異なっている。
今回の地方選挙を24年総統選挙の前哨戦と位置付ける報道もあるがそれは正しくない。地方選挙の政局はここでリセットされ、総統選挙の政局が1から始まる。しっかりとした候補者選び、そして「台湾のあり方」の論述が勝敗を決める。台湾の有権者はそれを見守っている。
今回の選挙中に「民進党に投票しなければ民主主義ではない」という議論が一部ででていたが、それは「共産党を愛さなければ中国を愛することにならない」というのと同じ議論である。民進党がそういう考え方にこり固まれば、それこそ本当に政権交代を招くであろう。