日本中に蠢く "異なるモノ" に対する嫌悪や疎外の根源は、ひとえに「恐怖」だ。
世界から見れば異様なまでの潔癖さも、表面的な柔和さも、病的なまでの集団協調も、全ては恐れから身を護るための方便なのだと思う。
オイラは子どもの頃からずっとそう考えているし、常にそれを感じて生きてきた。

オイラには人々の「恐怖」がまったく理解できない。
皆、何をそんなに恐れているか? それは恐れなのか、それとも畏れなのか?

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恐怖に支配された人間は、やがてそれ自身が真の恐怖になる。それを忘れてはいけない。

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