動物虐待も種差別も動物への搾取も勿論即刻なくすべきで、そこに議論の余地はないんだけれど、

こういった行事というものは往々にして「奪われたものを取り返した」「奪われゆく中で守り抜いた」「完全に取り返せず現在も交渉している」ものであることも多く、

「お前らから守るためにリソース使ってなかったら、こっちだってもっと自分たちの問題改善に力入れられてたんですけど?」と奪われていた/現在も奪われている側としては思うものだし、

大体奪った側は(奪っていいと思うほどに相手とその営みを軽んじている/奪ったことを覚えていないので)「おめーらまだこんなことやってんの?遅れてんな。ダメダメ、全部やめろ!」みたいな態度で来ることが多く、

その行事がなぜあるのか、誰が誰のためにやっているのか、何をどのように改善すれば動物虐待をせずに本来の目的を達成できるのか、
そのアップデートのための丁寧な検討や議論やトライアンドエラーができる場(とその場を得るための時間や情報)が数十年数百年分奪われたまま、
マジョリティの力で行事もそのまわりに連なるものも根こそぎ消滅させられることが多く、どうにかならんのかと常々思っています。

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(アヒル取りに関しては詳しくないので、「神事とアップデート」一般の話です)

そして「神事」へのアップデート、宗教ヘイトがすごい入るんですよね。

「どうせ神事なんて迷信だからやめても誰も困らない」とか、「大した経済効果はない」とか、「歴史が短いから文化的/学術的価値はない」とか。
祭祀として、呪術として、信仰としてどういう意味を持っているかが議論にも上がらないまま話が進んでいく。
動物の専門家や観光や行政の専門家が呼ばれても、呪術祭儀の専門家が呼ばれることはない。せいぜいその神事の主催者が呼ばれたらいいほう。
神事って何か知ってます? と思う。

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