宗教の話をすると、皆すぐに宗教に理由をおっ被せた人権侵害の話をしてくるねえ〜〜
人権侵害を内包しない信仰が可能かどうか?
貴方が信仰を持たないと自負しているなら、その思考実験は無意味で有害だ。
貴方が信仰を持つ者であるなら、その議論は無意味だ。
可能か不可能かを論じる前に、どうすればできるか考えるべきだ。
信仰と主義は違う。
それを誰がいつ結びつけたのか、どのように理解し搾取や加害を分離すべきか、自分にとって信仰の本質とは何なのか、我々は考え続けなくてはいけない。
我々の社会は宗教に限らず、あらゆる面において人権侵害を内包してきた。
社会に生き続けるのなら、それらを是正していく以外道はない。
その社会の中で、宗教だけがそれを免れることもなければ、宗教だけが是正不可能ということもない。
やらなければならない、それだけだ。