ルックバックネタバレ感想である
京本の死後、藤本は「京本を部屋から出しさえしなければ死なせなかった」という現実逃避から出発し、空手の習得と偶然の実力行使くらいでしか京本を救うことはできなかったであろうことを発見した。京本が部屋を出るのも美大に行くのも、藤本の指導による成果などではないことが明らかだからだ。
先生と呼ばれている人と自分を先生だと思い込んでいる狂人との違いは、そう呼んでくれる存在がいるかの1点であるが、そうであっても藤本の自己認識は狂人すれすれのところにある。クラスメイトが「京本の絵に比べれば普通」、「中学までに卒業するべき」と口々に断言する藤本のマンガを、京本が絶賛するのが倒錯にしか見えないからだ。みんなと同じ社会的空間の中にあって、その社会のためにマンガを提供することは、伝統的なオタク的人格者、みんな以外の者である京本にとって、画力とは異なる次元の特殊能力であり、称賛は倒錯でもなんでもないにもかかわらず。
そもそも芸術とは日常生活に必要な程度を超えた技術の習得であり、術師は人々から強く疎外(「私たちと生活をともにするあの人」としてではなく「かのあの人」として)される運命にある。藤本は生来の外向性により技術を深められない定めにあったが、京本の欲望に従う(と本人は無意識に思っている)形で漫画家