いつだったか、ふるやが女性と並んで歩いているのを見て、あずさは混乱した。何で?どうしてと一人で泣いた日に彼が息を切らせてやってきて、ひと悶着した後、アレは仕事だからとあずさを抱きしめながら一生懸命弁明するからそれを信じて。でも彼に触れていた女性への嫉妬からその日のあずさは積極的に彼を求めた。
それに味を締めたのかは分からないが、何故かふるやと女性が一緒にいる所を目撃する事が増えたのだ。
「ちょっと疲れちゃいました」
ニッコリ笑うあずさが何度泣いたのか知人程度のあかいには分からないが……彼女がふるやを見かける回数が増えた件に関して確かに人為的な策を感じる。
だが一途に彼女を愛している彼がそんな事をするだろうか?
「ふむ」
あかいがその端正な顔をあずさに近づける。
「ふぁ?!」
真っ赤になって毛を逆立てた猫のように後退る様子に笑いそうになるが、腹に力を込めてグッと耐えた。
「アメリカでは恋人になる前、お試しでデートをすることが主流でな。告白して付き合おうというのが意外と少ない。デートを繰り返していつの間にか恋人になってるパターンが多い。まぁ、友人に紹介されたら恋人と確信を持って良いだろう」
「へぇ、意外です」
「お試し期間中にキスや身体の関係を持つこともある」
「!?」
「相性は大切だろう?」
「おや、看板娘の姿が無いな」
「いらっしゃいませ。彼女でしたら数日お休みですよ。おかえりください」
翌日あかいがぽあろに足を運べば出迎えたのは退職した筈のふるやがあむろとなってカウンター内に鎮座していた。
店員失格な態度の気にかけず、カウンターに座れば表面張力ギリギリの水がドゴンと置かれる。一応テーブルが傷つかない程度には力が抑えられていたようだ。
「誤解は解けたようだな」
「癪ですが、礼を言います」
言葉と共に赤いの目の前に置かれたのは特製のハムサンドとシチュー、アイスコーヒーだ。彼のなりのお礼なのだろうと有難く頂く。
「オカシイとは思ったよ。君は決して彼女に不誠実な行動はしないだろうと思ってね」
あずさが不自然なまでにふるやに遭遇したのはこの二人を別れさせようとした彼の【元】上司のせいだった。元潜入捜査先の人物に目撃させるという失態を繰り返した証拠を提出した事により、件の人物は既に遠方に飛んでいる。
「彼女にはキチンと事情を話して誤解も解いています」
今頃は一晩泣き続けた疲れから深く眠っているはずだ。ぽあろの仕事が終わり次第、また様子を見に行く算段はついている。
「……それは何よりだ」
色々と察したあかいだが、賢い彼は何も突っ込むことはしなかった。
「ただいま、あずさ」
「れいさんのバカァ」
ふるやの家で彼のシャツを着たあずさが投げた枕を余裕でキャッチしてしまう。
しまった。ワザと顔面で受け取るべきだったか。と反省するも、やってしまたものは仕方がないと開き直って手洗いうがいを済ませる。
その間もふるやの背中をポカポカ叩く。もうちょっと強く叩いても良い位の按摩具合だ。
「なんてところにアト付けるんですかぁ!しかも歯型なんて誤魔化せないじゃない!」
嫉妬したとは言え、流石に顎下に齧り付いたのは遣り過ぎた。
「その間は僕があむろとしてぽあろで働きますから」
あずさの可愛らしい攻撃がピタリと止まる。その隙を付いて正面から彼女を抱きしめ、抱き上げた。
ギュッと首に抱きついて来る恋人が可愛くて仕方がない。
先日の仕事終了から【元】上司のドタバタで何故かふるやにまとまった休みが命じられたのだ。
アトが消えた後でも余裕のある休暇のウチに一緒に住む為の準備も進めている。
最初あずさは渋った。何度も見てしまったふるやと見知らぬ女性が寄り添う事で別れようとしていたらしい。見て無くても仕事中そーゆー事があると分かってしまったから無理だと。嫉妬から心が擦り切れた。疲れた。もう嫌だと。
あかいとイチャついたのはワザとだと知った瞬間、ふるやの何かがキレた。
キレたと言っても荒々しく扱った訳では無い。
根絶丁寧に、説明しながら痛く無いように如何に愛しているのかを説いた。
恋愛初心者故に真っ直ぐな想いを伝え、ヤダと口にされる度に軽く顎下を噛んでいた。痛みは無いが、あずさが納得するまで繰り返した行為故に気がついたらクッキリとしたアトが付いてしまったのだ。
空が白み始める頃、クッタリとした彼女の身を整えて、たいいと共に自身の住むマンションに連れ込んだ。
荷物は最小限にと下着とスマホ。愛猫のご飯とトイレ。おもちゃははろのがあるし、どれかで遊んでくれれば良い。
あぁ、イケナイ。服の着替えを忘れてしまった。今着ている服を汚しては大変だと僕のシャツに着替えて貰い、ぽあろに出勤した。
で、帰宅したら可愛いポカポカ攻撃。コレは頬が緩むしかない。
「……私もあむろさんと一緒に働きたいのに。マスターずるい」
可愛らしい不満にふるやの表情筋が限界を突破した。
【終】
海の向こうの恋人事情に興味が湧くが、この距離感は?
あかいがチラッと横目で何かを見るが、あずさが確認する前に鍛えられた腕が彼女の肩を引き寄せる。
「わわっ」
あずさから出てくるのは色の無い戸惑い。
「彼の嫉妬を煽る事には協力しよう。そのまま俺の腰に手を回すと良い」
あかいの表情は兄を思い出す保護者的なモノ(顔の作りが違うことは目をつぶるのがマナー)で。
「……あ」
「どうした?」
「やっぱりあかいさん、せらちゃんに似てますね」
この日、あずさはあかいに家までエスコートして帰宅しただけになったが、海外の恋人までのプロセスを知って楽しい一日だったなと思えるようになった。
ピンポンポンポンピンポンピンポーンピーンポーンピーンポーンピンポンピンポンピンピンポーン
鬼のようなインターホンと、スマホの着信、施錠(ドアロック付き)したはずの扉が何故かギギギイと開くまでだが。