他者の不幸や困難に喜んだり、快感さえ覚える心理「シャーデンフロイデ」についての解説記事。
「さらに、人々のイデオロギーを操作するために、ソーシャルメディアでシャーデンフロイデが利用されることもある。特に、政治問題でそれが起こりがちだ。「米国の保守派が掲げる『Own the libs(打倒リベラル)』というスローガンは、シャーデンフロイデを増幅させることが狙いなのです」と、米ハーバード大学の哲学教授であるスザンナ・シーゲル氏は言う」
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/23/072700392/?ST=m_news&P=2&s=09
繁忙期が終わった途端に体調を崩してしまって2週間まるまる休んでるのだけど、明日から復帰する予定。ただこの2週間ほぼ外出せず、ろくに食事も摂らず、体重が3kg減ってるので、無事に退勤できる自信がないよ
>ここまで書いて思いました。私のこのリプライは、軽い気持ちで書いたことに対して根掘り葉掘り聞く、一般的に嫌がられる行為なのかもしれないと。
そうですね、わたしが雑談に対してとってしまう対応はこのような感じですね。
barlow2001さんは「このリプライは、一般的に嫌がられる行為なのかもしれない」と書かれてますが、そう思ったにも関わらずリプライしてしまうのと、わたしが単なる雑談に対して自分の「知りたい」という欲求を優先させ相手の「応答する負荷」に無頓着になってしまうのと似てるかもしれません。
> ネットで、自分は〇〇(ASD, ADHD,…)だから困っている、という人をたまに見ますが、その人の書く文章からは「変わってる」という点は感じないことがほとんどなので、その文章を書くときの意識で生活したらスムーズに生活できるんじゃないかといつも思います。
当事者でない方からしたら「文章を書くときの意識で生活したらスムーズに生活できるんじゃないか」と不思議に思われるかもしれませんが、発達障害の特性は努力で克服できないことも多いです。
克服できないことを前提にして困りごとを回避するための工夫を紹介している書籍や知名度の高い当事者の方もいるので、わたしに聞くよりもそういった情報にあたってみる方がいいとおもいます
ASDの特性なのか雑談がとても苦手、というかそれが雑談であることにも気づかなかったりする。発言者が結論を出すためでも議論するためでもなく、ただなんとなく持ちだした話題に発言者と同じ適切な「ノリ」で応えることもできない。
何度か質問してその話の全体像をはっきりさせようとしたり、事実関係や詳細を確認しようとしたり、その場でネット検索して調べたりまでしちゃうからかなり嫌がられる。
この雑談のできなさにかなり悩んでたけど、これは非オタクがなんらかの作品についてカジュアルに言及したり感想を述べたとき、当該作品のオタクがとんでもない質量の追加情報を喋り立てたり作品やキャラクターへの思い入れまで語ってしまうようなものだから、どうすることもできない。
B型事業所の見学をしたことがある。その事業所では結構立派なお弁当やパンを作っていた。
「健常者が作ったなら能力の高低に関わらず時給1000円はもらえるのに、同じ食べられるお弁当を作っているのに、どうして障害者が作ると時給100円になるんだろう」
そういうふうにしか思えなかった。
その事業所では交通費の支給もなかった。障害者が働けば働くほど赤字。
しかも働く場ではなくて障害者の訓練の場と言ってる割に、就労につながるスキルが身に着く作業はないんだよね。み〜んな嘘つき。
性自認(ジェンダーアイデンティティ)を尊重するという命法を、本人が申告する人称代名詞(she, her, they...)の通りにその人を呼びましょうとか、そうした実践を念頭に置いて理解するのは、わたしは単なるおためごかしだと思っている。シスの人たちならば経験しないはずの、(1)性別のアイデンティティを否定される環境や、(2)アイデンティティを故意に侮辱されたり嘲笑されたりする経験の可能性を、トランスの人たちは現在の社会で恒常的に生きさせられているのだから、まずはそれらの制度的・構造的な環境を変える必要があり、コミュニケーションにおける代名詞尊重の文化の醸成は、あくまでそうした大きな構造的変革の一部分に組み入れられるべきもののはず。「性自認を尊重する」のは、アイデンティティを教えてもらった時にその通りの性別として扱いましょうとか、そんな次元の話ではないし、シスバイナリーの人たちを基準に作られた制度や空間のなかに、本人の申告通りの性別でそのトランスの人を押し込めましょうとか、そんなことと同義でもないはず。結局後者は、ノンバイナリーの人たちの存在を徹底的に否定するだけだし。
トランスの人たちの「性自認(ジェンダーアイデンティティ)を尊重すること」が求められるとき、はじめにその命法のもとで求められているのは、
(1)その人のアイデンティティが否定される環境をなくす
(2)その人のアイデンティティを意図的に侮辱しない
といったことのはず。
なぜならこの社会では、
(1’)トランスの人のアイデンティティが否定される環境が放置され、
(2’)トランスの人のアイデンティティをわざわざ侮辱する行為が横行しているから。
そしてざっくり言えば、(1)については、必要のないはずの文脈で性別が問われずに済む社会が設計されること(履歴書、制服、トイレ…)によって達成され、(2)については、個人を対象とした中傷や、集団を対象としたヘイト・差別発言が(法的・倫理的に)禁止される環境が作られることによって達成されるはず。
「性自認を尊重する」という命法は、このように(1)(2)の要請を最初に含意するはずが、トランスの人たちが生きている性別違和や性別移行の実態が無視されたうえで、トイレや公衆風呂を念頭に置いた「性自認至上主義」へとこの命法が短絡され、ヘイトの増幅に利用されている。
文章から音が聞こえるのは、じぶんがなにかの情報を取り入れるときに文章が最もよく理解できる手段であることと関係してるのかも。
その一方で聴覚情報と視覚情報の処理がとても苦手で、とくに視覚的なもの(動画・グラフ・イラスト)は見ても意味や意図か汲みとれないことも多い。だからIGやTikTokをどう楽しめばいいのかわからなくて呆然としちゃう。
特定のSNSが苦手なだけなら「加齢」として大雑把に済ませられるけど、職場で見せられる研修動画も苦手で頭に入ってこないのにはかなり困ってる。研修内容を箇条書きにした用紙を渡してくれたほうがずっといいので、従業員の特性に合わせて動画か書面かを選べたらいいのに。
なんだか急にTLがどんぶら流れていくけど鳥のほうでなにかあったの……?たまたま?
そういえば最近はじめて気づいたけどじぶんは文章から音が鳴ってるように感じるみたいで、たとえば旧TwitterのTLをスクロールしてるときは「大都市の喧騒」のようなざわざわ音を感じていた。音を感じるのはじぶんにとって自然なことだったから何年も気にしてなかったけど、マストドンのTLから鳴ってる音が旧Twitterのときとぜんぜん違うことに気づいてやっと自覚したところ。
いまのところマストドンにおけるじぶんのTLは大都市の喧騒というより「休憩時間の教室」くらいの音量かな
無職とアルバイトを反復してる統合失調症のノンバイナリー。
未診断ですが、ASDとADHDと思われる特性が強めにあります。
トランス差別を含むあらゆる差別に反対しつづけたいので勉強中ですが、間違うこともあると思います。
❏調子が悪いときはTL見れてません。