夏野くん生きてた設定の定敏←夏2
「今日の晩飯どうする?」
夕方家の近くの路地を歩きながら、隣を歩く敏夫に尋ねる。敏夫は間髪入れずに
「久しぶりにラーメン食いたい」
と応え「それとビール」と続けた。ビールは久しぶりじゃないだろう笑うと、敏夫も違いないと笑う。この街に住み着いて一年になろうとしていた。
「先生」
どこかで聞いた声が背後から聞こえ足を止めた。横目で隣を見れば、驚いた顔の敏夫がいた。
「みつけた」
その声と共に振り返れば、逢魔時に相応しい禍時色の少し長めの髪をなびかせた切れ長の目をもつ少年がひとり、立っていた。どこかで見た顔だったが思い出せない。先生と言っていたのだから、中学の生徒だった?いや、こんな外見の生徒はいなかった、はずだ。そもそも『みつけた』と言っていたのだ。生徒に探されるいわれはない。と、なると
「…の、くん」
掠れた声が隣から聞こえる。はっとしてそちらを見れば、敏夫が驚いた顔で正面を、少年を見つめている。
「夏野くん、生きていたのか」
ハッキリと聞こえた名前に聞き覚えがあった。確か工房の息子がそんな名前だったはず…確か外から葬儀社の車が来ていたと…
「ごめん先生、逃した」
俺が知っている情報を思い出していると、工房の息子は表情を変えることなく端的に言葉を綴る。
夏野くん生きてた設定の定敏←夏 終
「先生しか頼れないんだ、だから」
「わかっているよ、夏野くん。行こう」
主語なく交される会話。それは俺とは違う対応だが、はっきりと分かる信頼関係でただただいつそんな関係を築いたのか不思議に思う。
「行くって、…敏夫!」
迷うことなく踏み出した敏夫の腕を掴めば、俺を振り返った顔は『若先生』の顔でその切り替えの速さにたじろぐ。
「止めを刺したいんだ、ヤツに」
敏夫の暗い瞳が、忘れていた夏の音を呼び起こす。近づく蝉の声に腕を掴む手に力を込めれば、抑揚のない声が俺にかけられる。
「若先生は俺が護るよ、外場の時と同じに」
沈んだ陽の残り火か、長い髪の隙間から覗く瞳が紅くひかる。その挑戦的な眼と台詞に血が昇った。村で敏夫を最後しか支えられなかった事は、口惜しさしかない。
「ひとりで往かせないぞ、敏夫。鬼の殺し方は俺も承知してる」
あの時の口惜しさを思い出し掴んだ腕を引けば、敏夫が戸惑った様に「だが」と呟く
「人は多いほうが良いだろう?夏野くん」
路地の奥へ挑発的に言えば、闇に閉ざされかけた道に浮かび上がる少年の影から
「名前を呼ばれるのは嫌いなんだ」
と不機嫌そうな声が聞こえた。