もちろん、この日本にも、生活に大して困っておらず、本を思う存分買えるひともいるだろう。
でもそういうひとは、もう本を買い、「本好き」向けイベントでも消費をしているだろう。
その層の購買意欲の引き上げは、その購買規模を多少は嵩上げするかもしれないが、それが全国の書店を生かすだけの規模になるのかといえば甚だ疑問だ。
そしてたとえ大きな規模になったとして、生存に不可欠な支出の工面に困っているようなひとの多い状況を置き去りにした「本好き」の消費が「豊か」などと言えるのか。
そもそも、書店経営者も書店で働くひとも、そしてその本づくりに携わるさまざまなひとびとも、大半は潤った生活からはほど遠い。自分もその末端にいる(こともある)から、こうして書いててほんと自分を刺してるようだよ。
物価が上がって「用紙代が……」「印刷費が……」と言っても、フリーランスの報酬は据え置きにされる。インボイス制度が始まった今、据え置きならいいほうとすら思えるようになってしまった(絶対慣れてなどやらないが)。
そういう状況があるなかで「書店支援」ってさあ……
で、この「書店支援」の源流をたどっていくとこれなわけじゃん。
この、2016年に自民党に働きかけた「書店有志」は、この働きかけが仮に「奏効」するとして、そのことが自民党にどう利用されるか考えなかったのだろうか(考えてやってたら相当たち悪い)。
軽減税率が適用された新聞の今をどう思ってるんだろう。
で、「政治」が嫌いな日本のマジョリティはも、こうした自民党への働きかけ「は」「政治的」とは呼ばない。むしろ喜々として「わたしのかんがえたさいきょうの『まちのほんや』」を語ってキャッキャするわけでしょ。……。
本当に腹立たしい。本を買えなくしたの誰だよ。自民党だよ。その構造から目をそらし続けて、自民党の靴をなめて生き残らんとする、それが社会にどういう影響を及ぼすかわかっているのか。
いや、そうしたところで生き残れるかどうかもあやしい。前述のように、根本的な問題は何ひとつ手当てされてないんだから。
自民党のことだ、これを言い訳にして実施する政策が、むしろ社会にまた1個も2個も大きな穴を開けると考えておくべきだろう。そうなったとき、日本で自由に本を買えるひとがどれだけ残るのか。