社会の要請に人を合わせる、のではなくて、個々人の要請に従って社会のほうがデザインされなければいけない
って私は考える
通用しようがしまいがその人はその人として存在しているわけで、存在そのもので社会の一部なはずなのだから

小学校?中学校?で
「国語」への忌避感を解消するために、

生徒の評価を
「テストだけで評価しないで
 テストの点を半分
 ノートを半分」
にしたって話。(´・_・`)

良い話っぽく話してるけど、
これ、dyslexia(文字の読み書き障害)の子とか
マルチタスク(聴きながら書く)が不得手な子(自閉症の子とか)が、

「書く」ことにリソースを奪われ
話を聴けなく(理解できなく)なって

授業の理解度が下がるし
(学習機会の保証義務違反)、
得意な事(能力)まで封殺されるし
(傷害罪に匹敵するくらいの害悪)、
Self Esteem (自己肯定感)をぶちのめされて
(同上)
その子に生涯にわたる悪影響を及ぼす
文字通り「百害あって一利なし」だよ(´・_・`)

(→続

nhk.or.jp/radio/hensei/detail.


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続→)
今時は
小学校〜大学院、成人教育まで
診断の有無に関わらず
「ノート取らないで(書かないで)済む選択肢」を
指導者側が用意する様になってきてる。

板書の写真撮影タイムを設けたり、
ノートの代わりになるプリント配って大事な単語だけ穴埋めさせる、とか。

全ての子供と
全ての人に
学習機械の保証をできる社会に
少しずつ向かっているんだね (๑`・ᴗ・´๑)

(→続

続→)
かつては
「一部の人にしか
 配慮していなかった社会」
だったけど、
(例:授業を聴きながら授業の速さに遅れずにノートを書く能力のある人しかついて来れない授業、とか)

みんなが困らないように
「合理的調整(合理的配慮)」をしよう❣️
ってなってきてるんだよね。

社会は少しずつ進歩してるし
人類は少しずつ優しく
(加害や搾取や排除を自覚して
 改善の道を探る様に)
なってきてるんだね。

バックラッシュには
みんなで
「No! 」って言って行こうぜ╭( ・ㅂ・)و ̑̑

(→続



続→)

日本で標準的な体型の人が
別の国に行ったら
体型に合う服が子供服しか無かった、とか

逆に
日本の"標準的な体型"ではない人が
日本で服を買えない、とか

あと、日本で売られている
女性の下着や水着が小さすぎる問題とか。

それって個々の「人」が悪いんじゃなくて、
「様々な人を想定していない社会」
(商品なら資本主義)
が欠陥品だって事。

学校や公共交通、労働環境、
それから社会保障制度とかも
「システムに合わない個人」が悪いんじゃなくて

「様々な人を想定していない社会(システム)」
に欠陥品があるって事だよね。

みんなが幸せに生きるために存在するはずのシステムに
欠陥があるからって、
システムに人を合わせようとするの
本末転倒だし、

一部の人しか想定されてない社会で
多くの人が必死にしがみ付いてたり
別の一部の人が取りこぼされたりして、
結局みんなが幸せから遠かってる。

こんなに多くの人が
仕事つらかったり
毎日疲れてるのは
欠陥システムのせいだよ(´・_・`)

(→あとで時間あるときにまた続く [参照]

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