狩猟採集みたいに、すぐ結果が出て食えるわけでもない農業という作業を、人類ができるようになるのはとんでもなく大変だったと思うけど、世界のほぼ全ての地域でそれが実現したというのは、どういうことなんだろうねー。半年後食べれるものができるまでに、膨大な労力必要なのが農業じゃんね。

当たるとデカいがハズレも多いクジが狩猟で,当たっても大した事ないが割によく当たるクジが栽培農耕で,両方を何千年かやってるうちに,儲かったのが農耕の方,ってことではあるまいか。

狩猟か農耕かじゃなくて、獲物を求めて移動しながらの狩猟採集チームと、定住して農耕するチームがいて、収穫を交換しあった感じが想定されるのかな

採取と栽培と農耕の違いも曖昧だよな。
狩人が栗とトチの木だけ残して他を薪にしてたら,それは採取か栽培か。
女どもが採って来たウリの種を捨てるところを1ヶ所決めて,芽が出るのを待ってたら,それは栽培か農耕か。

実際に生活をイメージして考えるとそうなるよね。狩猟社会、農耕社会、みたいな言葉じゃなく

「主に何で食ってるか」を便宜的に分別するのには,狩猟採取/農耕と「書く」のも有意義だろうけど,実際に字面のようなキッパリした区別があったかというと,ないとは思う。

キッパリとした区別は無い。と言うのが最近の定説です。気候の関係で稲作が不可能な地域はありましたし。

なんとなく、ズルズルっと、場所に応じて変化していった物なんでしょうが、それだと中々に文字にして教えるのが難しいですが、あと何年かすると書き方も変わっていると思う者です。


縄文農耕ってな言葉を10数年前から一般誌で散見しますしね。

それでなくとも日本史学は稲作の起源にこだわりすぎだよな。稲作やってないと日本人じゃないのか。

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山内丸山遺跡の調査結果からして、クリの木を植栽したり、1年草を栽培してたのは明らかで、稲作はせずとも農耕といいますか、食うための努力はなんでもやってますから。

思うに小学校の教科書がよろしくないです。見開き4ページで、狩猟採集と稲作農耕を『わかりやすく』イラストで描いてあり、違いを探しましょうってのを、2単元くらいで片付けてしまうらしいです。

小学生にヤヤこしい事を教えるのは大変な事ですが、もうちょっとなんとかならない物かと。

自分も中学生に「縄文は狩猟採取、弥生は稲作」と教えてるのでアレなんですが、将来彼らが成長して歴史を詳しく学ぶようになったときに、自分の教えた範囲から自力で脱出してくれればそれでいい、と今は考えております

農耕の始まりを水稲耕作と狭義に定義してしまうと,世界史上 本邦だけがモノスゴク農耕の起源が遅い。という変なことになってしまうが,まぁ今までそうやって教えて来た惰性は,なかなか改まらないんだろうな。

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