面白くなってきた
「あの、ユウゴさん」
いつになく真剣な顔つきで、名前を呼ばれてどきっとする。いつもの彼らの家、だが彼女以外は不在のようで。ラッキー、などと思ったのは嘘じゃない。
ついにこの恋情がばれでもしたのか。だとしたらもうここへは来られないな、と思いながら、そわそわするのは心だけに留めておく。
「ん?」
「内緒に……ふたりだけの内緒に、してくださいますか」
何でもないふうな返事を返し、内心、固唾を呑むなどと。なんだなんだ、急に。
「まあ、せやな。俺はええけど」
「ああ、よかった。ありがとうございます」
よくないよくない、なんだそれは。あんた主人がいて、皇帝陛下とも仲良しで、それを鑑みるならば、俺と――内緒?いったいなにを?
空恐ろしい。彼女はなにかの木箱を手にしている。なんだ。何が起こる?
「これ、昨日のお茶菓子の残りで……みなさんがいるときに出すには少し足りないので……今ふたりで食べてしまいませんか?」
頭の中が真っ白で、とりあえず頷いたのは覚えている。じゃあ紅茶を淹れてきますね、と彼女がその場を立ち去ったのも理解していた。
ずるり。椅子から転げ落ちそうになりながら。
「なんやねん、ほんま、なんやねんな……」
なんかネタもろうた
「ですからこのような」
そう言って唐突に振り向く彼女、今、いまはそう、何の話をしていたんだっけ?
ついとこちらへ伸びる手に戸惑って、反射的に一歩下がる――下がりたかったのだが、同時に彼女は一歩踏み出したかったらしい。足元がもつれて。
「耳のこのあたりに着ける――きゃっ」
彼女――桜眼の獅子は、その名に似つかわしくなく、そして可憐な乙女に似つかわしい悲鳴を零して、そして。そして……?
「すみませんユウゴさん。頭……打ちませんでしたか?」
打ちませんでした。なぜなら彼女の手が後頭部に回されて、緩やかに持ち上げられていたから。反対の手は先ほど耳許を示していたせいか、顔のすぐ横に突かれていて。まるっきり。まるっきり――押し倒されていた。
「洒落にならんで、ほんま」
顔が近い。きょとんとした桜眼がこちらの様子を伺っていて、鏡を見なくとも自分の顔が赤いのがわかる。いやちがう、彼女には、男女がこうなった場合――男女でなくたって――この次に何が起こるのか知らないのだ。これで向こうが少しでも照れた様子を見せようものなら、まだいくらか流れはこちらのものだっただろうに。
「どうされました?ああすみません、転ばせてしまったことは謝ります」
転ばせて、って。
20↑/LGBTQ+/たぶんゲームのオタク/鬱病/無職/年金生活/くろいいぬがいます