長い SALLA.R
SALLA.R(サラ・リュティ)というVTuberがいる。いや正確には「いた」。
デビューは2019年の5月。VTuberの黎明期とまでは言わないが、初期時代といえる。
https://www.youtube.com/watch?v=wUVh1YWLG-g
不思議な香りのする動画でデビュー。
その後も
https://www.youtube.com/watch?v=d_X5G1E1Pio
など、マーティというロボットとともに暮らしていると見受けられる、退廃的な雰囲気のする動画を上げ、多くの人を魅了していく。
それからはやや路線を変更して、
https://www.youtube.com/watch?v=wf1-F-wDsR4
や
https://www.youtube.com/watch?v=wOlpe7WCHMA
のように、曲のカバーやゆるい雰囲気のショートアニメを交互に投稿していく。
彼女の声は、舌っ足らずで幼く、それでいて一生懸命に歌っているようで、実に愛らしく、その不思議な世界観とともに静かな人気を博していった。
もともとそこまで動画の投稿頻度がたかった訳ではないが、しかし、2020年の12月を最後に、しばらく消息を絶つ。
それから2021年7月に突如として今までとは全く方向性の違うサイケな曲と動画が上がる。
https://www.youtube.com/watch?v=d987LbvEk38
さらに8月には、ガンギマリ創造神というタイトルでスキンヘッドハゲの若いおっさんがヘッドバンギングしている動画が上がる。
https://www.youtube.com/watch?v=vIjLRxHGYhU
挙句の果てにコミュニティに、罵詈雑言・陰謀論・政治思想・女性蔑視などの汚言が投稿される。
当初はチャンネルが乗っ取られたのではないかと言われていたが、どうやらこのおっさんがSALLA.Rのプロデューサーこと湖池雄大らしい。
もちろんこのチャンネルやSALLA.Rを推していた人たちにとっては、卒業や活動停止よりも最悪の事態で荒れに荒れた。
ほどなくして今まで投稿されていた動画も非公開となり、Twitterのアカウントなども閉鎖されていった。
それから月日が経つにつれ、おぼろげながら全容が分かってきた。
SALLA.Rの声を担当していた声優と何らかのトラブルによって(一説には2.5次元俳優と駆け落ちし、熱意や方向性の差によって解散となったとされる)、コンテンツが更新できなくなってしまい、プロデューサーの精神がおかしくなってしまったのだという。活動中も常に資金難に悩まされ、精神科にも通っていたという。
2023年頃に動画は再公開されたらしい(ただしその後も公開と非公開を繰り返している)。
同年7月、サラがヒナゲシに微笑みかけるだけの6秒の動画が公開された。おそらくこれをもってサラの物語は終わりで、きっと更新されることはないのだろう。
https://www.youtube.com/watch?v=yRWef4x2ILk
以上がSALLA.Rの顛末である。僕が彼女を知ったころには、全てが爆散したあとだった。
これは悲劇であり喜劇でもある。本当に彼女を推していた人にとってはトラウマ級の悲しい出来事であるが、そんなチャンネルにあのスキンヘッドのハゲのおっさんが出てきているというのは滑稽でもある。
(古典的な)VTuberというのは虚飾と創作の世界であり、このチャンネルもまた独自の世界観を作ろうとしていた。しかし、あまりにも人間臭い結末で全てが無に帰した。
そしてこの儚くも美しい世界観を誰よりも愛していたのだろう人はこのガンギマリ創造神でもあり、そしてそれを誰よりも醜悪な手で壊したのもまたガンギマリ創造神である。「砂の惑星」を作曲したハチさんを僕は最初正気かと思ったが、VOCALOIDを強く愛していたからこその破壊だったのだと思う。
全てを台無しにしたこの創造神は、当然強い非難を浴びてみんなから憎まれただろうけども、事情が分かってきた今は、彼に同情したり幸せを願ったりする人も多く、事実上最後の動画は弔いと慰めの場にもなっている。
僕も、詳しくは言わないけど、愛したものが抗いがたい力によってメタクソになって、爆発四散して二度と触れられないものになったという経験があり、そういう意味でSALLA.Rはその境遇とも重ねるところがあり、どこか他人事ではない不思議な感覚を持ってしまう。
また僕は、廃墟というものに魅せられている人間である。廃墟は栄華を誇り人々の生活や希望が息づいた場所であるが、二度とそのときには戻せない不可逆の退廃的な美があると思う。このチャンネルもまた、人々こそいるが、それでもたぶんもう二度とSALLA.Rは帰ってこない。なんなら創造神もコミュニティで「バイバイSALLA.Rワールド」って言っている。不可逆の退廃的な美のある廃墟だ。やるせない。
さらに多くの場合、VTuberというのは前世や転生先が分かっているものだが、SALLA.Rに関しては一切の情報がなく、謎に包まれている。それもまたこの"物語"をより伝説めいた儚いものにしていると思う。
今でこそ、VTuberはよくも悪くもコモディティ化しているが、しかし数年前は多くのクリエイターが夢見て何かを作ろうとしていた。そんな時代に紡がれた一つのインターネット怪奇譚である。
SALLA.Rは墓標になってしまったが、令和のインターネット観光名所として、クリエイターとそのクリエイターが作った世界観、SALLA.Rという少女、それを応援した人たちと絶望した人たち全てに手を合わせたい。