映画『窓ぎわのトットちゃん』2回目鑑賞 感想① 

先週末、上映が終わる前にと思い2度目の鑑賞をしてきた。やはりすごい!文学的で澄んだ表現、それらが現実世界と重層的に映った瞬間の凄みに圧倒される。チャンスがあればもう一度見るつもり。

トットちゃんは手の込んだ特殊アニメーションのシーンも圧巻だが、通常アニメーションの延長で描かれる曲に合わせたアニメーションシーンも素晴らしい。

中でも私のお気に入りは、自由が丘駅前、トットちゃんとやすあきちゃんが雨の中の水溜りで踊る場面だ。雨と戦争で澱んだ街に非現実的な極彩色のネオンがぱあっと灯る様子など、現実世界のカメラから、ほんの少し垣間見える2人の心の中の楽しさが、言いようのない救いを感じさせる。

この映画は全編を通して、小林校長先生の「蛙が池に飛び込むのを見たのは芭蕉だけではなかったはずだ。世に恐るべきものは、目あれど美を知らず、耳あれど楽を聴かず、心あれども真を解せず、感激せざれば燃えもせず……の類である。」の教えが見る人に優しく叩きつけられる作りになっていると思うが、このシーンは特にそれがわかりやすい。
そんな小林先生のリトミック教育が2人に共通言語を与え、2人を楽しませ、心を救ってくれたのだと息を呑む。もちろん、痛みを伴いつつではあるが……。

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映画『窓ぎわのトットちゃん』2回目鑑賞 感想② 

(続き) また、この雨のダンスシーンは、2人の暮らしに戦争の影が色濃く侵食してきているのを感じさせると同時に、人を搾取するためのわかりやすい標語をチープに見せる構図にもなっている。現実と、トットちゃんとやすあきちゃんに見えている世界が重層的に描かれるこのシーンでは、「撃ちてし止まむ」のポスターが楽しげな極彩色のネオンのおこぼれを浴びているカットなどが入るが、このカットは小林先生が軍艦の表を破り捨てるよりも、はるかに痛烈に唾棄していると思う。

大好きなシーンは山ほどあるけれど、個人的にはここが一番好き。その次にトットちゃんが初めてトモエ学園の電車の校舎に乗った瞬間の特殊アニメーション。その次は、この続きに書くつもりの、トットちゃんが葬儀会場を飛び出してトモエ学園まで走るシーン。このシーンについてはまだ言葉がまとまらないので、もう一度見てから書けたら書きたいなと思う。

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