ポジティブでもネガティブでも感想を引き出しそうな作品について黙っていよう、というようなトゥートが流れてきて、

マンガは自己・他己含む批判が1980年代過ぎくらいからオープンな場では発表が少なくなってきていて
醜かったり拙いような感情の発露は「売れない」、綺麗で整った商品としてのマンガが発展してきたけれど、それによって社会批判や政治批判が損なわれてきたのは事実で、そこに対して指摘されることはわかるんだけど、

消費コンテンツとして漂白されたマンガについて「最近のマンガは政治批判しない」とかって揶揄するくせに、

いざそういうドロドロした、構造批判の塗り込められた醜いマンガが顔を出したら「無視しよう」と呼びかける

流石に苦笑ですね。。マンガに何を求めてるんだい?「海外のドラマや映画は社会的な視点がある、すごい」とか言うのなら、日本のコンテンツが醜い感情を出し始めたら歓迎するところと違うの?よりにもよって無視?

「醜いのも下手なのも嫌だ、誰かに不快な思いをさせるのもどうかと思う、でも社会批判ができない日本コンテンツは幼い、何も言わないようにしよう」とか言われても、むちゃくちゃ言うなよ。。とは思いますけどね。

海外コンテンツだって、そういう幼さをバチボコ通ってここまできていて、そういう過渡期に対しての対応が「みんなで無視しよう」という呼びかけなら、そりゃ日本のコンテンツが批判の視点を持つ形で育つことはないよ。

どんな感想でも、それはたくさん出ればいいんですよ。
でも、無視しようという呼びかけ。

嘘やん。。

幼くても拙くても、引っ掛かりがあればみんなで議論して、それでコンテンツの全体は磨かれていくんですよ。

私は昨日、すごい賛否両論のある作品の感想をすごく楽しんだの。それはいろんな視点・いろんな社会的立場からの批判があって、それは全部正しいのよ。それをその作者が吸収するかは知らんよ?でも、業界全体として受け止める。それは業界を豊かに実らせるし、批判精神・批評も育つでしょ。

最も悪手ですよ。「あれは炎上目的で悪いものだから無視しよう」という呼びかけ。

炎上目的なら、なぜ炎上するのか、つまりどこに感情の逆撫でポイントがあるのか、どこが好きな人には刺さるのか、年齢層はどこなのか、嫌ってる人はどうなのか、

いくらでも検証するところがある。

それをねえ。。無視しちゃったら。
みんなの心が確実にざわついたものを、我慢して、黙っちゃったら。

もう、まさに、分断なわけです。

というか、みんながつぶやきたい!と思ったものを我慢する努力も意味わかんないし。。呟きたくなったんでしょ?じゃあ我慢する必要もないじゃん。

うつくしくてたのしくてみんながにこにこなものだけをにこにこリツイートしようね、って、

そういうの、批判精神がないって嘆いてなかった・・・?

このスタンスで、「日本は『福田村事件』で手一杯」とか言われたってさあ、

そりゃそうでしょ!!!としか言えねえよ。

自己批判や政治批判は必ず痛いし醜いし、最初は拙い。
でもその痛みや醜さを回避して批判精神のあるコンテンツが磨かれることはないよ。

いやいやいやいや。。。

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あのね、

マンガが炎上して、悪い感情がブーストして、ヘイトが増えるって言うならね、

それはマンガを無視しようじゃなくて「加熱系SNSやめろ」なんですよ。

ひとりひとりがその悪を見てどう考えるか、それに批判をすることはやった方がよいのに、よりにもよって創作を無視しようって話運びにして、それでコンテンツが育たないって嘆くとかどんなマッチポンプなの

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