ラハに英雄と呼ばれるのが好きなヒカセンの話 くっついてる光ラハ
「そういえば、あの人は英雄と呼ばれるのが嫌いだったわね」
雑談中にヤ・シュトラが放ったその言葉に、オレはびくりと肩を震わせてしまう。彼を英雄と呼ぶことに、心当たりがありすぎたからだ。水晶公であった頃から散々彼のことを英雄と呼んだ記憶が蘇る。彼と恋仲になってからも名前を呼ぶのが照れくさく、よく英雄と呼んでしまっていた。嫌がっていたのだと気づけなかったことが悔やまれる。落ち込んでいるオレの耳に、ふふっと笑うヤ・シュトラの声が聞こえた。
「だった、と言ったでしょう? 今の彼は気にしていないわ」
楽しそうに笑うヤ・シュトラを見ながら、オレはどういうことかと首を傾げる。本当に気にしていないのならいいのだけれど、嫌いだったことがそんなに簡単に気にならなくなるものだろうか? 彼女が断言するくらいだし、何か理由があるのかもしれない。尋ねてもいいのだろうかと迷っていると、彼女はオレの方を見ながらなぜか笑みを深めていった。
「そうね、むしろあなたなら……いえ、これ以上は野暮と言うものね」
「そんな言い方されると気になるんだが……」
彼女は薄く笑いながら首を振って口を閉ざす。どうやらこれ以上、教えてくれる気はないらしい。さすがに気になるし、何かヒントだけでももらえないかと彼女をじいと見つめてちょっと催促してみる。
「気になるのなら彼に聞いてみなさい。嫌がるなら私の名前を出せばいいわ。きっと照れてるだけでしょうから」
彼が照れて嫌がるような内容なのか。それはどういう内容なんだろうとさらに疑問が深まった。今度会う時に聞いてみようか。あまり嫌がるようなら無理に聞くことはしたくないけど、呼び方は大事だしできればきちんと聞いておきたい。つい英雄と呼んでしまうから、呼ばれたくないのなら気をつけたいしな。そんなことを想いながら、ヤ・シュトラとのお茶会を続けていった。
「この前さ、あんたが英雄って呼ばれるの嫌だったって聞いたんだけど」
オレがそう聞くと彼は飲んでいたコーヒーを突然ぶふっと噴き出した。愕然としたような表情でオレの方を見ると、じわじわと視線を逸らし始める。噴き出したコーヒーを拭きながら彼の様子を観察していると、じわじわと耳が赤く染まっていくのが見えた。そういえばヤ・シュトラが話すのを嫌がるかもしれないけど、照れているだけって言ってたっけ。
「あー……その……ラハくん、それは……」
「ヤ・シュトラがあんたに聞けって」
照れてるだけならちゃんと聞きたい。自分の名前を出せと言ったヤ・シュトラのアドバイス通りにすると、彼はがっくりと肩を落としてそれは勝てないと呟いたのが聞こえた。ゆっくりオレの方を向いた彼に、一番聞いておきたいことを尋ねてみる。
「今は嫌じゃないってことでいいのか?」
これが一番聞きたいことだった。ずっと彼のことを英雄と言っていたのが、彼の負担になっていなかったのかが一番気になっていたから。彼は驚いたようにオレを見ると、そのままぶんぶんと首を縦に振りだした。
「い、嫌じゃない。というか、むしろ……」
「むしろ?」
そういえばヤ・シュトラも同じようなことを言っていたっけ。嫌じゃないと言っているし、顔がずっと赤いままだから嘘じゃないとは思う。でもちゃんと理由を聞かないと安心できないし、彼が話すのを促してみる。
「むしろ……お前に言われるのは、好き、というか……」
彼の言ったことがすぐに理解できなくて、ぱちぱちと何度か瞬きをする。えっと、好きって言ったよな。オレに英雄って言われるのは嫌じゃなくて好き……? 考えてみても結局よくわからない。オレが首を傾げていると、彼が真っ赤な顔のままぽつぽつと続きを話し始めた。
「その……だな……。昔は確かに英雄って言われるの……まあ、ちょっと嫌だったんだよ。俺は冒険したいだけなのに、英雄とか知るかー!って感じでさ……」
ああ、なんかちょっとわかるかも。この人がすごく冒険好きなのは眠る前からよく知っていた。クリスタルタワーも新しいものが見れるかもって調査に参加したらしいし、英雄って言うより冒険者って感じだったのは覚えている。
「でも、今だって冒険好きだろ?」
「もちろん! あー、その、冒険はそりゃずっと好きでさ、英雄より冒険者って呼ばれる方が好きなのは好きなんだけど……ラハはそうじゃないっていうか……」
オレはそうじゃない? オレと他の人が違う所っていうと恋人って事くらいしか思い当たらない。けれどそれと英雄って呼ばれるのが好きって事の関係が全然理解できなくてまた首を傾げてしまう。
「恋人には英雄って呼ばれたいってことか?」
そうオレが聞くと彼はふるりと首を横に振った。どうやら違うらしいけどそれならどういう理由なんだろう。じっと彼を見つめていると、観念したように彼が続きを話しだした。
「昔、ラハがクリスタルタワーと眠るって言ったのがさ、かっこいいなって思ったんだ」
「えっ……そう、だったのか……」
素直にかっこいいって言われるとオレもさすがに照れる。顔が赤くなるのがわかって、さっきの彼と同じように目線を逸らした。かわいいとか好きって言葉には慣れたけど、かっこいいって言われるのは珍しくてまだ慣れない。彼が照れるのを見るだけのつもりだったから、ちょっとこれは想定外だ。
「照れてるのかわいい」
オレの顔が赤くなってるのに気づいたのか、彼が笑ってかわいいと言ってくる。さっきと立場が逆転した感じでなんだか悔しい。すぐに気持ちを切り替えられるのはこの人のいいところだけど、こういう時にはもうちょっと動揺しててもいいのにって思う。
「うるさい。それで? それが何で英雄って呼ばれるのが好きってのに繋がるんだよ」
「あー……その……言わないとダメ?」
「だめ!」
またちょっと顔を赤くした彼が首をこてんと横に倒して尋ねてくる。あんただけ逃がすわけがないだろ。じろりと彼を睨んで、先を促す。
「ダメかぁ……えー、じゃあさっきの続きか。ラハがかっこいいって思った後だよな。うん、まあ、それで……そんなかっこいいラハがさ、俺の名前を探すって言ったんだよ。だから、未来にちゃんと名前残すためなら、英雄になってもいいかなって思ったんだ」
彼の言葉に混乱する。英雄って呼ばれるのを嫌ってたくらいの彼が、未来に、オレに名前を残すために英雄になった?
「ラハが自分にできることをしたなら、俺もできることをしたいって思ったっていうか…………俺が英雄って呼ばれるくらいでラハの希望になれるならそれはいいことだなってなったというか……まあ、それでさ! 英雄になってもいいなって思ったきっかけがラハだったから!! ラハに英雄って呼ばれるとちゃんと名前が届いたんだなーって嬉しくなる! ってこと!! な、んだけ、ど……」
なんだか熱烈な告白を聞かされてる気がして、さっきよりもさらに顔が赤くなってる気がする。彼もすごく顔が赤くて、互いに真っ赤なまま黙り込んでしまった。これに何て返せばいいのか全然わからない。ただ、動かない二人を余所に、しっぽが歓喜で揺れていることだけはすごくわかった。