学術誌「British Journal of Sports Medicine」に掲載された最新の研究によれば、アスリート・トレーニングをしているトランス女性はシス女性と比べて、肺機能が低下し、筋力に関連する骨密度が同等。また、トランス女性は特定の心血管検査においてシス女性よりも成績が悪く、下半身の筋力もシス女性より劣っていたとのこと。このように反トランス論者や世間が思っているほどトランス女性アスリートは有利な身体性を持っていないことは続々と研究で明らかに。それでもスポーツ界ではトランスジェンダー選手の排除が止まりません。 #LGBTQ
https://www.lgbtqnation.com/2024/04/trans-women-athletes-may-actually-have-disadvantages-compared-to-cis-women/
河村たかしが共同代表になった日本保守党について、愛知県民としてはチェックしないとねえ、と重い心で「日本保守党の重点政策項目」を読んだ。極右なのは言うまでもないけれど、特に危険なのはLGBTQ+と外国籍への人権侵害に、アンチ気候変動対策が明確なところか。外交と安全保障については、一体何の夢を見たらこうなるのだろう。浮動層に訴える現代的な反共という印象。3分もかけて読んだ。時間を返してほしい。
居住地の市議会議員選挙の広報をえいやっと(見ると暗澹とするので気合がいる)読んだところ、候補者たちのなかにたったひとり「外国籍」の文言を入れている方がいて、地獄絵の隅に菩薩を見たような感じ。
吉祥寺プラザ閉館のニュース、さみしい。黒沢清監督『回路』(2001)を観に行ったのを覚えている。当時は大学留年が決定していて、実質はワーキングプアで、長い長いうつ病のまだ入り口にいて、そのあと10年掃除ができなくなったアパートの部屋にひとりで帰ったんだった。
https://news.yahoo.co.jp/articles/7a3a0660f771b4ab955db81fb4d52201e967df28
他人の外見をあれこれいうのは浅ましい行為ですが、X(旧Twitter)のリンダ・ヤッカリーノCEOのこの写真が、『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』のリンダ・ファーガソン(刑務所や移民収容施設の人権を無視した民営化で利益を得る組織に適合してのし上がる、ネオリベがひり出したつるつる一本糞みたいなキャラクター)にそっくりで笑ってしまいました。役職は顔を作るのですね。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN10CSC0Q3A810C2000000/
周司あきら、高井ゆと里『トランスジェンダー入門』を読んで、自分のノンバイナリ自認について考えたことをブログに書きました。
https://koiw.info/?p=673
トランスジェンダーに関する話題でも頻繁に登場するようになった「生物学的性別」。「生物学的男性」「生物学的女性」なんているのか? その言葉の本来の意味とは何か。その定義、歴史について整理しました。「性スペクトラム」という現在の生物学の考え方や、それに対する政治的反発(バックラッシュ)、その政治的動きに関与する生物学者の動向まで、ざっくり網羅しています。内容が長文となったので「Part1」と「Part2」に分かれています。時間があるときにぜひ。
https://cinemandrake.com/what-biological-sex-spectrum1
ツイッターでも投稿したことだけど、シスという言葉の使われ方や説明のされ方にはフェミニズムの観点から問題があり得るけどそれでもなお重要な概念であるという説明がされてる記事としてこれを。
「シス」は『権力と特権に関わる歴史的・政治的なカテゴリー』であり、『トランスフォビアによって定期的に苦しめられていない(もしくは苦しめられる可能性を管理しなくてもよい)人のことを指すべき』というエミコヤマさんの主張に賛成。トランスを語るためにシスを相対化する必要が絶対にあるから。
https://transinclusivefeminism.wordpress.com/2020/09/01/koyama2013/
ヘイトの加速とその現れ方の暴力性は底がない(ナチスの強制収容所=虐殺くらいの沼)。だから「軽いノリ」や「無知」を装った差別言説や行動は早めに批判されて社会全体で抑制されないといけないということは、色んな形で語られ伝えられてきたはずなのに、またもやその分かりやすい事例が連発している今年のプライド月間。
差別は、その属性を持つ者を同じ人間として扱わないこと、人間としての権利と尊厳、最終的には生そのものを剥奪してもいいモノとして扱うこと。いい差別などあるはずがなく、今の差別的な社会では最終的に命を脅かされる属性に生きる者として、抗い闘い続けるしかない。これは疲弊するし、結果的に命を削っているという心身の感覚もある。それでも身体が持つ限り人に語りかけ、差別のない社会と文化を一緒に構築するよう呼びかけ続けること、違う在り方を模索し続ける人々の声と経験を記録していくことが、研究職にある今の自分のミッションだと思っている。
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酷い社会に生きることへの恨みもある。でも山に行くと、この地球上で他の驚くべき生物たちと時代を共有できたことを幸運に思う。生きる力をもらうために山にいく。
今日のNYタイムズ記事は性別移行を途中でやめた人たちが、米国保守派の反トランスジェンダー運動に賛同し、精力的に活動しているというもの。性別移行した人たちの何パーセントか(2~13パーセント)は、「移行を後悔」し、出生時の性別に戻るとされる。自分の体験した後悔を若い子にさせないため、という大義名分があるようだが、米国小児科医学会などによれば大多数は性別移行によって命が救われているとする。
性別移行を止める理由は「後悔」だけでないことがもっと一般に知られるようになれば、宗教右派、政治保守派によるプロパガンダの毒が少しは減るのではないかと思う。
ギフトしますので、どうぞお読みください。
https://www.nytimes.com/2023/05/16/us/politics/transgender-care-detransitioners.html?unlocked_article_code=F1kuNwmrlt1Cb_W75ksjsEpiI1gSvw7Cwns0tVrknKzvcaWkzBKGAU1mljhfQsTWDQGg2XdiahFacLhkqGCRNAkm8FL-vbllW6XssmctcyKq8vY4dRI5Q25cK4GxVqTWXn552AnH5G4tsq4APeEZjmfCxBSjverEgjgNcVwfW9cjcn4MGBBuEtDI7S1hFzXl_JE_MK6Xzy2NpLOpDKedLi0jQVwHV9zXlIL_r85xyURRBNNn6HtT7SFuWe6U_LESYDr4MMN6chSBEt2APV2loXI0Rcw4_CIXmIylesT3fW2DIFiWpn4wshwQrA0ng8PjTgmAo_0t26Y0fP4F2FddUc35sGdhzs6moKE4RcVM&smid=url-share
学術会議法は学問の自由が奪われた戦前の反省を踏まえて今の形になっています。
そして、防衛政策のためにそれを変える必要があるという発想は、学問の自由やそれを支える表現の自由よりも、軍事的なものを優先しようとする軍国主義(militarism)であり、社会にとって危険な兆候です。戦前には、そのような発想が極まり、防衛で守るべき国民を犠牲にする事態が生まれました。似た空気がある今、重症になる前に踏みとどまる必要があると考えます。
https://chng.it/h7ctRKtvdw
小謂雨りよ(こいう りよ)
書評ブログ: ナマケモノ、ナリナタ祭 http://koiw.info
海外文学中心
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こちらには昔作った映像がふたつだけ。サミュエル・ベケット作品が好きなら「"Not I" plays something "Quad"」はおすすめ。